第108話予選の突破

「くあ〜……ねみぃ」


 ウダルは柔らかなソファに座りながら、人が目の前にいるにもかかわらず、隠すことなく呑気にあくびをしている。

 そんな無防備な状態を晒すのは、それが気心の知れた友人だからだろう。


「お前ら、受付はしっかりと終わらせたんだろうな? ここで忘れてました、なんてなったらがっかりじゃ済まないぞ?」


 翌日、アキラたちは応接室にて朝食をとりながら、本日行われる闘技大会について話をしていたのだが、呑気に眠そうにしているウダルの様子を見て、アキラは少し心配になり尋ねた。


「大丈夫だ。忘れるわけないだろ。終わらせたさ!」

「ちょっと寝坊してたけどね」


 ウダルはなんの問題もないとばかりに自信を持って言った。

 しかし、確かにウダルは闘技大会の予選受付を忘れてはいなかったが、今日が予選の日だと思うとなかなか眠ることができず、結果として今日はつい先ほどまで寝ていてエリナに起こされることでようやく起きることができたのだ。


 時間としてはそれほど早いと言うわけでもないのに眠そうにしていた様子からすると、もしかしたらエリナが起こさなければ予選が始まるまで起きなかった可能性さえある。


 もっとも、冒険者は野営をすることもあるので、多少の寝不足なんかはすぐに問題ないくらい動ける。ウダルも同じだ。このあとすぐに戦うことになっても問題なく動けるだろう。


 まあ、それでも眠いものは眠いことに変わりはないのだが。


「ま、まああれだ。まだ始まるまで時間があるし、適当に祭りを回らないか!」


 今日は予選の始まりがあるのだが、それは正午の鐘が鳴ってからだ。

 なので、それまでには多少の時間があった。


「いいぞ」

「ええ、私も構わないわ」

「そうか! こんだけでかい祭りは初めてだからな。いろいろ回ろうぜ!」


 ウダルだけではなくエリナもアキラも街暮らしではあったが、三人の故郷はこの王都よりも小さな街だった。

 それに加え、今回の闘技大会のように全国から人が集まるような大きなお祭りは行われたことがなかったので、まだ予選が始まっていないと言うこともあって、ウダルは大会で戦うんだと言うことなど忘れたかのようにはしゃいでいた。


 そんなウダルの様子を見てエリナは楽しげに笑い、アキラは仕方ないかと同行することにした。




「そろそろだな」


 アキラ達は朝食をとった後にアキラは、自身の配下兼信者兼従業員兼自称従者のレーレに言伝をしてからウダルとエリナとともに、今までに体験したことのない規模の祭りを楽しむべく街へと繰り出していた。


 だが、それもそろそろ終わる。何せもうすぐ正午の鐘が鳴り、予選のルールが告げられる。

 そうなればあとは早い者勝ちの勝負だ。あらかじめルールを知っているとはいえ、それでも間違いがあるかも知れないし、聞き漏らすわけにはいかなかった。


「広場で説明があるのよね?」

「ああ。広場ならどこでもやってるらしいがここからだと……あっちだな」


 そうしてアキラ達は予選のルール発表が行われる街の広場に向かうが、すでにそこには何人何十人どころか何百人、いや、千人以上いるかも知れない人が集まっていた。


 街にはいくつかの広場があり、そこでも同じように説明がされるはずなので人数は分散されるはずなのだが、一つの広場だけでこの人数だ。


 それはこの大会がそれだけ世界から注目を集めていると言うことに他ならない。


 とはいえ、今回ばかりは少し事情が違う。

 今回は予選の形式が例年と違うと言うことで、話の種に聞こうとするものや、もしかしたらルール次第では自分も本戦に出られるかも、と考えた実力の不足している者まで様々なものが集まっていたのだ。

 それを証明するように、その場に集まっているもの達は全員が武装しているわけではなく、何割かは子連れだったり手に買い物をもったりしていた。


「それでは闘技大会参加者のみなさま! これより今大会の予選説明を行わせていただきます!」


 そうして正午を告げる鐘が鳴り、広場に設置された台の上に乗った役人が説明を始めた。


「今大会は今までとは違い、参加者同士の戦いではありません! その代わりに魔物の討伐を行ってもらいます!」


『ゴブリン・一点。オーク・四点。オーガ・八点。ドラゴン・百点』


 そうし狩りの得点が伝えられるが、それは事前にアキラが調べた通りのものだった。


「この中から十点分の魔物を倒したものが本戦に進めます! 倒した証として、それぞれの討伐部位を回収し、王城前の広場に設置されている受付に提出してください! なお、手段は問わず、他の参加者たちと協力しても構いません! ただし、その場合は人数分の得点を集めること! ルールは以上! それでは予選開始!」


 役人の説明の途中から俄かにざわめき始めていた広場だが、説明を終えるとそのざわめきはより大きなものへと変わっていた。


 予選のルール変更は聞いていたが、参加予定の者の大半は、まさかここまでまるっきり変わるとは思っていなかったのだ。


 しかしそんな中でもアキラ達は混乱することなく、事前に話していた狩場へと歩き出していた。


「随分と簡単な説明だが……まあ聞いてた通りか」

「なら、ここでお別れでいいのよね」


 しかし、今は一緒に行動しているが、このあとは別だ。

 三人は仲間や友人ではあるが、アキラはウダル達とは普段から行動を共にしているわけではないし、ウダルの目標アキラに勝つことである以上、試合が始まった今は敵同士だ。


 故に、アキラはもとよりウダルは、エリナはともかくとしてアキラとは行動を共にして狩りをするつもりはなかった。


「ああ。一応敵同士だからな。それとも、やっぱり協力がいるか? 魔物の場所くらい簡単に調べてやるぞ?」

「いや、いらない。俺はお前の敵だからな。自分の力で勝ってやる」

「そか。……まあじゃあ、頑張れよ」

「お前もな!」


 そうして人混みから抜けたウダル達はアキラと別れて目的の場所へと走り出していった。


「……さて。一旦家に戻るか」


 しかし、狩りが始まり、すぐに狩りに行かなければ対象の魔物がいなくなってしまうと言うにもかかわらず、アキラはゆっくりとした足取りでいったん店兼家へと戻っていった。


「お帰りなさいませ。主様、例の物は集めておきました」

「ん、お疲れ様。普段の仕事もあるのに悪いな。ありがとう」

「いえ、この程度のことでしたらなんの支障もありません。それに、本日は皆、主人様よりお力をいただいておりますので、今ならばゴブリンのような木っ端ではなく、国すらも落とすこともできましょう」

「いや、さすがに国はいらないかな」


 アキラは重い忠誠心を前面に押し出しているレーレに微妙な笑み向けると、レーレからわずかに生臭さの臭う袋を受け取った。


「ありがとう。いつも助かってるよ」

「あ、ありがとうございます!』

「なんでお礼にお礼言ってんだか。まあ、今日は祭りなんだ。余裕があるっていうんなら適当に遊びながら気楽にやってくれ。なんなら休みにしても構わないぞ」


 袋を受け取ったことで目的を果たしたアキラは、普段は店のことなどを色々と任せてしまっているレーレにお礼を言ったのだが、なぜかそのお礼にさらにお礼を返されてしまい、もう少しどうにかならないかな、と苦笑を漏らした。


 レーレとしては、このような人のいる場所で危険を感じることなく仲間達と暮らせるだけで十分幸せなのだ。

 それも自分たちが祀る存在相手に仕えることができるのであれば、それ以上に喜ばしいことなどないと断言でき、それはこの場所にいるサキュバス達の総意だった。


 中にはアキラへ不満を持つものもいるが、それはアキラが自分たちのことをサキュバスとして使ってくれないことに対してだ。


 夢魔である彼女らは、相手の精神に干渉して魔力や精気や生命力といったものを奪い、それによって命を維持する。

 だがその吸精は、相手が油断している時ほどやりやすくなる。


 なので、サキュバスというのは夢を見せるか、人間が油断しやすい性行をもって相手からエネルギーを回収する。


 しかし、中には生きるかどうかなど関係なく男女の交わりを好む者もいる。


 その辺は一般的なサキュバス像と同じなのだが、それをアキラに求めている者もいる。というか全員が求めている。

 普段は性行などせずに夢を見せて吸精するような者まで全員が、だ。


「それじゃあ、そろそろ行くとするかな」

「いってらっしゃいませ」


 しかしそれに応える気のないアキラは、すぐに頭を切り替えてレーレ達に一言告げてから大会の受付をやっている場所へと歩き出した。




「ん? どうかしましたか?」


 レーレ達と話したあと、アキラは王城の前に設置されている大会予選の受付にやってきていたのだが、受付場にはまだ準備が整いきっていないのか、本来そこに誰かが座っているはずのカウンターには誰も座っていなかった。


 なのでアキラは仕方なくカウンターの近くにいた女性へと声をかけた。

 その際に男性も近くにいたのだが女性に声をかけたのは、子供のように見えるアキラの見た目が役に立つからだ。具体的にはみんな普段よりも優しくなる。


 普段は自分の成長のことを気にしているアキラだが、こういう時は割と気にせずに、むしろ率先して見た目を使っていた。


「受付はどちらでしょうか?」

「えっと……ごめんなさい。大会の受付はもう終わってしまってるの」


 しかしアキラが問いかけると、女性はアキラが予選に参加するための登録をしにきたんだと勘違いをしたようで、すまなそうに眉を寄せていた。


 しかし、アキラの言った受付というのはそっちではなく、本戦の方だ。


「あ、そっちじゃなくて、本戦の方です」

「え?」

「大会参加登録はしてあります。そして討伐の証としてゴブリン十体分の討伐部位を持ってきましたので、その手続きを、と」

「え、うそ……こんな子供が? ……早すぎない?」


 それは参加する年齢が、という意味か、それとも本戦の手続きにくるのが、という意味かはわからないが、どちらにしても好意的なものではないだろう。


 だが、そんな態度には慣れきっていて、自分でも見た目のことを利用するアキラは苦笑いをするだけで、不快に思ったりはしない。……いや、やっぱり少しは不快だった。その辺は自分で利用していても他人から言われるのは嫌なのだろう。


「一応これでも成人しているのですが……」

「あっ、ごめんなさい」


 アキラが冒険者証を見せると、すぐに本当なのだと理解した女性は謝罪をしてから受付作業をするカウンターへとついた。


「えっと、それじゃあ確認をさせていただきますね」


(よくもまあこうも物怖じせずにいられるな。冒険者ギルドの受付ならともかく……いや。実際、冒険者関連なのか?)


 そしてアキラの渡した袋の中身を確認し始めたのだが、アキラはその様子を感心しながら見ていた。


「はい。確認させていただきました。確かにゴブリン十体分の討伐部位ですね」


 血のついたゴブリンの耳を顔色を変えることなく確認した受付の女性は、手元の紙に何かを書くとアキラへと木製の札のようなものを渡した。


「それでは本戦への出場を受付させていただきます。こちらぞどうぞ。本戦への参加証なので無くさないようにお願いします」

「はい」

「明日の昼にもう一度こちらにきてください。それから本戦に際しての説明などがありますので」

「わかりました」

「それではご検討をお祈りします」


 笑顔の女性や、驚いた様子の他の係りの者達に見送られて、アキラは本戦の受付を終わらせてその場を離れていった。


「これで予選は終わりっと。あとは本戦だが……さすがに手抜きはできないよな」


(まあ、これも目立つためだと思えば、むしろ全力で戦った方がいいのか?)


 目立てば女神の生まれ変わりに見つけてもらえる可能性が上がるので、積極的に目立ちに行ったほうがよかったのではないかとそう考えているアキラだが、そもそもアキラのような見た目のものが出場している時点で目立つに決まっていたので、アキラの考えは無駄だとも言える。


「まあともかく、今は適当に街をぶらついてから帰るか」


 そうしてアキラは無傷で、最速で予選を突破することとなった。

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