第107話大会の前日

「さて、ようやく大会の前日となったわけだが……」


 アキラがコーデリアの記憶を消してから数日が経ち、今日は輝の願いを叶えるための本命とも言える闘技大会の前日となっていた。


 この闘技大会は、優勝すれば『剣神の寵愛』などと呼ばれている王女と会うことができる。

『剣の勇者』と『剣の聖女』が女神の生まれ変わりではない以上、残っている候補の中で一番生まれ変わりの可能性が高いと思われるのがこの王女なので、アキラとしては負けるわけにはいかない大会だった。


 なので、アキラは明日に備えてゆっくりしようと思っていたのだが……


「お前ら、なんでここにいるんだ? いやいても構わないけどさあ」


 なぜかアキラの目の前にはウダルとエリナの姿があった。


 二人は実家への報告のために一度故郷へと帰ったが、大会に参加するために戻ってくるともいっていた。

 だから戻ってきたことはおかしくはないし、ウダルとエリナはアキラの友人なので、アキラの家にいること自体もおかしくはない。


 だが、なぜだろうか。どうにも友達のところへ遊びにきただとか挨拶にきただとかというような様子ではない。


「いやぁ、それが……」


 アキラが問いかけるとウダルは説明しようと口を開いたが、その言葉は途中で止まってしまい、視線を彷徨わせ始めた。


 そんな混乱した様子のウダルを見て、エリナは少しの間ウダルにはバレないようにニヨニヨと邪悪な笑みを浮かべた。

 邪悪と言っても別に悪意があるのではないし、害があるわけでもない。……いや、ウダルには害があるかもしれないが、まあどうでもいい些細なことである。

 最終的に助けを出すのだから、総合的に見れば害にはなっていないはずだ。多分


 今回もそうだ。エリナはウダルの様子を楽しむと、仕方ないんだから、とでもいうかのようにわざとらしくため息を吐いてからアキラに向かって事情を話し始めた。


「少しでも宿代を節約するために前日に行こうぜ。それでも大会には間に合うだろ……って、ウダルが」

「ああ。把握した」


 エリナの言葉を聞くと、アキラは納得したように頷き、額に手を置きながらため息を吐いた。

 今回の大会は、国中どころか、国外からも人が集まる。この時期は街の中だけでは人が入り切らず、街を囲っている外壁のさらに外にも仮説の住居を作って人を泊めるほどだ。


 そんな状況で、時間に余裕があるからなどと大会の前日に来るなんてことをしてしまえば、どうなるかなど火を見るより明らかというもので——つまりは宿がなくなったのだ


「国一番の大会を舐めすぎだろ」

「うっ。そりゃあそうなんだけどよ……まさか宿に空きがなくなるほど人が集まるなんて思ってなくて」

「まあ、この街は首都ってだけあって人の往来が多く、それに比例して宿も多いからな。そう思うのも無理はない」

「事前に宿の話くらい聞いておけよ」


(けど、エリナはなんとなくだが知ってたような気がするんだよな……慌ててないと言うか、余裕がみえる。……っつーかさっきからウダルしか見てないし、こりゃあウダルが困惑する様を見て楽しんでるな)


 ウダルの様子を見て楽しんでいるエリナは、宿はアキラのところを使えばいいとでも思っていたのだろう。

 普通なら事前の連絡なしに押しかけたら断られるかもしれないし、部屋が余っていないかもしれない。


 だがエリナは、アキラならば自分のことは断ってもウダルのことは断らないと考えていたし、ウダルだけを受け入れて自分だけ放置することはないとも考えていた。


 加えて部屋数の問題だが、アキラの家は普通ではなく、かなりの数の部屋があるので、泊まれないということはないだろうとも考えていた。


 実際、アキラとしても断るつもりはなかったので、素直に頷いて了承した。


「まあ、部屋だけなら余ってるし問題ないけど」

「じゃあ、泊めてくれるのか?」

「ああ。断ったら本格的に泊まるところないんだろ?」

「助かる」


 ウダルたちを泊めるために部屋を準備させようと配下のサキュバスたちであるレーレに魔法を使って連絡をする。


 街中には魔法感知の結界が張ってあるので普通なら魔法を使ったら役人が来るが、結界なんてものは不都合になるとわかっていたので、この家の敷地内ではバレないように細工をしてあった。


 そんなわけで、レーレに部屋の準備を頼むと、アキラはエリナへと視線を戻して、分かってはいるだろうと思いながらもアキラは軽く忠告をした。


「エリナ。程々にしておけよ」

「ええ。助かるわ。ありがとう」

「?」


 そんなアキラとエリナの会話を聞いたウダルだが、何を言っているのかわからず首を傾げていた。



「あっと、そうだった。これ、アイリスさんからだ」

「……なんだこれ?」

「手紙だってよ」


 だがすぐに何かを思い出したかのように持っていたカバンの中を漁ると、こちらに戻ってくるときにアキラの母親であるアイリスから渡された手紙をアキラへと渡した。


「いや、そりゃあ見ればわかるけど……なんでこんなに束になってるんだ?」


 が、なぜかその手紙は、手紙というには厚すぎるくらいの量となっていた。


「あー、なんだっけ。確か……」

「食料品の搬入に関しての品目と時期に関してよ」

「食料? なんでまた……」

「知らないけど、おじいさんから連絡があったから、って言ってたわね」

「……あー、この間のでか。それでこれだけ送り込んできたと」


(祭りが近いし、今はどこも食品を集めるのは難しいだろうからそれが終わってから後でまた保存用に手に入れようと思ったんだが……心配かけたみたいだな)


 アキラはこの間の炊き出し会を開くにあたって、自分たちの貯蔵分から削って使用していた。

 そのことが祖父であるグラドからアイリスへと伝わったのだろう。


 そしてそれを聞いたアイリスは、時期的に難しいであろうにアキラへと、アキラが使った分以上の量の食料を贈ることにしていた。

 今回の手紙の半分くらいはそんな食料の搬入についてのことだ。……残り半分は私的な手紙だが。


「この間って、何かあったのか?」


 故郷に帰っていたためにこの町ででアキラが炊き出し会をしていたことを知らないウダルは、首を傾げながら問いかけた。


「ん……まあ、ちょっと教会と協力して炊き出しをな」

「教会って……お前、仲悪かっただろ?」

「それを改善する意味も込めて、だ」


 結果としてアキラに対する教会からの当たりは弱くなった——というよりも、ほとんどなくなった。

 まだ多少はあるものの、それでも調査だなんだと騒ぐものはいなくなった。


 それはアーシェがこの街の教会の上層部を一掃したからなのだが、アキラはそれを知らない。


 多少はアーシェが何かしたんだろうなと思っていたが、まさか上層部を全員排除するなどという荒技をやって退けたとは思っておらず、ただ炊き出し会の成果とアーシェの『ちょっとした』手伝いのおかげだと思っていた。


「まあ面倒だったがそれももう終わったことだ。それよりも、明日からの大会について話そう」

「つってもさ、話すこととかあるか? 午前中までに登録して戦うだけだろ?」

「ああ、いつもなら、な」

「今年は何かあるの?」

「なんでも、今回の大会はちょっと違うらしい。具体的には魔物狩りだそうだ」


 例年は場所を用意してそこで戦うだけだったが、今年は違う。

 だが、そのことをしらなかったウダルは、わずかに眉を寄せてアキラに問いかけた。


「魔物狩り?」

「そう。いつも大会の間は街の警護にかかりっきりで街の外の魔物への対策は不十分になる。それのせいで祭り後は魔物の被害が増えたり騎士団の出動が増えたりするんだが、それではいけないと参加者を使って安全を確保するらしい。もっとも、表向きの理由としては、参加者が多くて予選に時間がかかるから選別する、ってことになるみたいだけどな」


(まあその理由もどこか怪しいものだけどな。でなきゃこんなに急に決まるわけがない)


 アキラが……と言うかアキラの店で働いているサキュバスたちがこの情報を掴んだのは、わずか四日前。

 それまでは誰も知らなかったのは明らかにおかしい。


 だがこれには理由がある。

 それはアーシェだ。まあ、アーシェが、というよりも聖女が、と言った方が理由としては正しいが。


 アーシェはコーデリアがあんな状態になったのは三つの理由があると思っている。


 一つは自分の不注意と慢心。

 聖女としてやってきた自分ならばコーデリアにかけられた魔法を解くことも可能だ。友達を助けることができるのだ、と本人にすら相談せずに魔法の解除を行ったこと。


 二つ目はその際に起きた襲撃を行ったものと指示をした者。

 半ば八つ当たりに近いというのはアーシェ自身でも理解したいたが、それでもあの襲撃さえなければ自分がコーデリアにかけられた魔法に気づくことなく何も起こらなかった。


 そして三つ目が、そもそもの原因となった賊とゴブリン。

 これらがいなければ、そもそもコーデリアが傷つくこともなかったし、今回のように思い出して狂うことも、それをどうにかするためにアキラが無茶をすることもなかった。


 賊の方はすでに死んでいるし、ゴブリンもコーデリアを襲った個体の方はアキラ達によって殺されている。

 だがそれでも、人を襲うという性質を持ったゴブリンという種は存続している。


 これも逆恨みや八つ当たりの類だとは理解しているし、ゴブリンという種を滅ぼすことなどできはしないということは理解している。


 だがそれでも、せめて現在コーデリアのいるこの街の周辺からはゴブリンという存在を一体でも多く消しておきたかった。


 そんな思いから知り合いである王女を通じて『少々』強引に無理を通して決めさせたことだった。


「因みに、その魔物狩りっていうのはどういう感じなの?」


 普段と違うと聞いて、エリナは不機嫌そうな様子を見せている。

 その不機嫌さの理由は、おそらく普段と変わったことで予定が狂ったからだろう。

 ただの選手同士が戦うだけの予選であればウダルが負けることはないし、重傷を負うようなこともない。


 だが、魔物の討伐となれば話は別だ。

 だからこそ怪我をしないかなど、不安で、そんなことを突然決めた運営に対して不満を感じているのだろう。


「ん、ああ。決められた魔物を狩って一定の得点を稼ぐ感じだな。ゴブリンは一点、オークは四点、オーガは八点、で、ドラゴンが百点だな。全部で十点集めたら予選突破のようだ」

「ドラゴン百点って……十点で合格なんだろ?」

「……協力ありってこと?」

「そうらしい。まあ、ドラゴンなんてこの辺にはいないからとりあえず載せただけだと思うけど」


 因みにオークやオーガが半端な点数を付けられているのには理由がある。

 それは少しでも多くのゴブリンを倒させるためだった。


 オークを例にだそう。オークを倒した場合は四点を手に入れるが、二体倒しても八点にしかならず、二点足りない。

 そうなるともう一体オークを倒すか、もしくは二体のゴブリンを倒すかだが、オーク一体を倒すよりもゴブリンを倒したほうが簡単だ。そしてそのことは街の外で戦う者であれば誰もが知っていること。


 ならばゴブリンを倒した方が簡単だ。大会の本戦前なのだから、わざわざ疲れるようなことをする必要などない。


 とはいえ、実際には探す手間がかかるのでわざわざゴブリンを探しに行かないでオークを三体倒す物がほとんどだろうが、それでもゴブリンを倒そうと思うものも中に入るはずだ。


 加えて、オークを倒したのならそれはそれで女性の被害が減るので構わないとも考えていた。


「ちょっと面倒ね。急がないとまずいかも」

「だな」

「? なんでだ? 時間制限は丸一日あるんだし、十分集められるだろ?」


 ウダル自分たちの力量を理解しているので、ゴブリンだけならばなんの問題もないと分かっていた。


 なのでアキラとエリナの言葉に不思議そうに尋ねたのだが、アキラはその言葉を首を振って否定した。


「集めるだけならな。参加者は少なく見積もっても千人はいる。……さて問題だ。千人の人がポイント分のゴブリンを狩るとして、必要なのは全部で何体のゴブリンだ?」

「そりゃあ千人いるんだからその十倍で一万体だろ……まった。この辺、魔物の目撃例ってそんなにないよな?」

「あるけどゴブリンだけで1万はいないな。精々が五千ってところだろ」

「それも、ちょっと遠出して人があまり行かないようなところに行けば出会える、って程度よね」

「ああ。だからまあ、簡単に言えば早い者勝ちだな」


 確かにゴブリンなどの魔物は繁殖力が強い。

 だが、それは何千何万といるわけではない。


 それを狩ろうとすれば、必然的に獲物に出会えない者も出てくる。


 予選とはふるい落としの意味を込められているのだから当然と言えば当然なのだが、急がなければまずいというアキラ達の言葉の意味を理解したウダルは、わずかに唖然とした後、グッと拳を握って覚悟を決めた。


 そんなウダルの様子を見ていたアキラは、フッと小さく笑うと、明日から始まる大会の『その先』へと想いを馳せて大きく息を吸うと、それを静かに吐き出した。

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