第87話もう一人の友人


 場所を移してアキラは再び応接室にやって来ていた。

 そして話されるのはエリナがこの店にいる理由。


「最初はあなたに確認しにきたのよ」

「確認? なんのだ?」


 生存確認の類だろうか、と一瞬悩んだが、アキラはその考えを本当に一瞬で消し去った。狂気的なほどにウダル一筋で今までやってきたエリナが、アキラのことなど心配するはずないのだから、と。


 実際エリナはアキラが死んだら葬式に出るし顔をしかめることはあるだろう。だが、その程度だ。

 演技で涙を流すことはあっても、心の底から悲しむことはない。

 だって、エリナにとってはそれがたとえ親であっても、ウダル以外は全て等しく『その他大勢』なのだから。

 アキラはウダルと一緒にいるからこそ、その他の中でもマシな扱いになっているだけ。


 そんなエリナがアキラの生存や健康状態の確認をするなどとは、アキラには到底思うことができなかった。


「もちろんこんな店をやってる意図を、よ。そして私がダメだと判断した場合は、ウダルはここに連れてこないように言い含めておくためでもあったわ」


 そしてやはりというべきか、エリナはアキラの想像通りアキラの心配などしていない。


 アキラのやっている店の内容は、すでに明から母親であるアイリスへと伝わっている。そしてその内容はアイリスからエリナへと知らされていた。

 それを聞いたエリナは、厳密には違うが娼館のようなことをしているアキラの店にウダルが行ったらウダルにとって悪影響を……いや、エリナにとって不都合な影響を及ぼすのではと考えた。


 そしてエリナはウダルとアキラを会わせるかどうか判断するために、街についたその日のうちにウダルを置いて一人でアキラに会いにきたのだ。


「でも、私がここを訪ねてきたときに働きたがるのはあなたはいなかった」

「ああ。昨日まで出かけてたからな」

「そうみたいね。で、そんなわけであなたと話せなかったけど、せめて一度くらいは体験しておこうかと思ったのよ。直接的な行為をする店ではないわけだし、見たところそういう目的以外の女性とかもいたから、私でも平気かと思ってね。もし大丈夫そうならウダルをあなたに合わせるためにここに連れてきてもいいかもと思ったのよ」


 そう言い終えたエリナはこれで終わりだと黙り込んだが、アキラにはまだ納得できないことがあった。

 故にアキラは、不自然にならない程度に視線を逸らしながら出されたお茶を飲んでいるエリナへと問いかける。


「お前たちがこの街にきたのはいつだ?」

「一週間くらい前じゃない?」

「なら最初に俺の店にやってきたのはいつだ?」

「……街についた次の日ね」

「ならその日から今日まで大分時間が空いてるが、それはどうしてだ?」

「…………私だってやることがあるのよ」


 アキラの問いに答えるたびにエリナの言葉は間が開いていく。

 それに加え、本人は隠しているつもりなのかもしれないが、アキラが質問するたびにピクリとエリナの表情は動いている。

 そんなエリナからは何かを隠しているという様子が見て取れた。


 が、すでにアキラはエリナが何を隠しているのか知っている。それは別に魔法を使って彼女の頭の中を覗いたとかではない。


 そしてアキラは少しだけわざとらしく首を傾げると、決定的な言葉を口にする。


「へぇ? ……ちなみにここに調査書があってな。お前の店の利用は三回目ってことになってるが──」

「ああもう! そんなものがあるんだったら最初から聞く必要なんてないじゃない! あんた昔からそういうところが嫌だったのよ!」


 その内容は先ほどウダルとの歓談中に渡された資料。そこに書かれていたことだった。

 だがそのことを話している途中でエリナは大声を上げて椅子から立ち上がる。

 自分が頑張って隠そうとしていた秘密がとっくにバレていて、今までの話は全部茶番でしかなかったのだからそれも当然か。


「そういうなよ。俺はお前のことがわりと好きだぞ? 何も気にすることなく本音で語り合える数少ない友人だからな。もちろん好きとは言っても恋愛対象ではないけど」


 アキラとしては、自身の事情を全てではないにしてもある程度まで知っていて、気兼ねなく話をすることのできる存在は現状ではエリナしかいない。

 母親であるアイリスはアキラの事情を知っているが、アキラは素の自分で接してはいるもののどうしても丁寧さが出てしまう。

 友人であり幼なじみであるウダルもアキラの事情を知っているが、友人であるからこそ気兼ねしてしまい話せないこともある。


 だが、エリナはその二人とは違う。自分の事情を完全に知っているわけではないが、生まれ変わりのことや外道魔法を使えることなど、ある程度事情を知っている。

 その上で、エリナはアキラのことをどうでもいいと思っていて、特に関わってくることも、下手に心配してくることもない。だからアキラも変に相手のことを考えることなくどんなことでも話せる。だってアキラが話をしたとしても、エリナにとってはアキラの言葉など街中で聞いた喧騒程度の価値しかないから。


 エリナにとっての自分の価値というものを理解しているアキラは、だからこそエリナにこうして本音をぶちまけて話していた。


「安心して。私も恋愛対象としてみてないし、これからも見ることはないから」


 そんなアキラの言葉に、態度に隠れている意図をエリナは気づいていた。が、やはりどうでも良いので態度を変えることはなかった。


「ところで相談があるんだが、いいか? 今ここに滞在してるルークって子の面倒を見て欲しいんだ。報酬は用意するし、お前がこの店に通ったこともそれらしい理由でごまかしてやる」

「この状況でそういう話を持ちかける?」


 アキラは、エリナがアキラの店にやってきていたことを知っている。それも一度だけではなく何度も来ていたことを、だ。

 ウダルに秘密にしてまでやってきた店で一体何をしていたのか。なんの夢を見ていたのか。それを知らされたくなかった。

 アキラの店は淫夢以外にも戦闘訓練用の夢や、過去を思い出すことにも使える。だがそれならばウダルに秘密にすることはない。それでも知られたくないということは、つまりエリナは『そういう夢』を見にきていたということ。


 その事実をウダルにばらされたらと思うと、エリナはアキラのいうことを聞くしかなかった。


 とはいえ、アキラはそれを話すつもりはなく、エリナもまた、アキラにそのつもりがないことを分かっていた。

 相談というのも自分たちにとって酷い不利益にはならず、むしろ有益なことである可能性さえあるとすらエリナは考えていた。


「……はあ。まあいいわ。そのお願い、聞いてあげる」

「いいのか?」

「ええ。あなたはあまり好きではないけど、嫌いでもないもの。何よりウダルの友人役の頼みだもの。それに、あなたが魔法を使えば私なんて簡単に命令を聞かせられるのに、こうして報酬まで用意して頼んできたんだから、こっちのことを考えてくれてるっていうのは理解してるもの」


 そしてアキラの言葉にエリナはそう言って頷いた。


 やはりいくら興味がないとは言っても幼なじみ。本人は意識していなくとも、ある程度はアキラのことを気にかけているし、理解もしていたのだった。


「そうか。ありがとう」


 そんなエリナの言葉にアキラは礼を言って笑った。


「それにしても、友人『役』とはひどいな。俺は真面目にあいつのことを共だと思ってるんだぞ」

「知ってるわ。でもそれがなんだっていうの? あなたがどう思っていようと、私にとってはあなたは所詮『ウダルの友人』という役についているだけの存在だもの」

「……お前、昔から変わらないよな。そういう一途を通り越して狂ってるところ」

「変わらないのはあなたもでしょ? あなたも昔から誰かを探し続けてる」


 エリナがアキラについて知っているのは、どこかの誰かが生まれ変わったことと、魔法が使えることの二つ。

 それ以外は教えておらず、女神に関しても言っていないし、誰かを探してるなんでことも言っていない。

 だがエリナは知っていた。完全ではないものの、アキラが誰かを探し、どんな思いで探しているのかを。


 エリナの言葉を聞いた瞬間、アキラはぴくりと反応するが、今まで一緒に行動したこともあるので不思議ではないのかもしれないと思い、エリナを見つめてため息を吐き出した。


「因みに、そのルークって子だけど、なんでそんなに気にかけてるのよ。他でもないあなたが」


 エリナは自分の他人に対する無関心さを自覚しているが、アキラの他人に対する無関心さもまた、理解していた。

 だからこそ疑問に思うのだ。自分であればそんな事をしないのになぜこいつは、と。


「んー……まあ一言で言うなら、気に入ったからだ。まだ子供だから世界を知らないだけだろうけど、将来がきになる程度にはな」


 アキラとしても最初は少しの間世話になる家の子供、としか思っていなかった。

 だが、強くなりたいと願うルークを見ていて気まぐれを起こした。そしてルークの想いに触れて、その在り方に気に入った。


「そう」


 だからアキラはルークに手を貸しているし面倒を見ているのだが、そんなアキラの言葉にエリナはつまらなそうに短く呟くだけだった。


 そんな素っ気なさすぎるえりなの態度を見て、アキラはさもありなんと肩を竦めるだけだった。


「ところで、お前はウダルの前だとまだ猫を被ってるのか?」

「失礼ね。人によって対応を分けてるだけで、ウダルといる時のもれっきとした私よ」

「それを猫を被ってるというと思うんだけど……まあいいか。今更だし」

「ええ。気にするのはやめておきなさい」


 エリナはそう言うと立ち上がり、部屋の扉へと歩いていき、アキラはそんな彼女を引き止める事なく見ているだけ。


「それじゃあ、私はこれで戻るけど、くれぐれもウダルに変なことを吹き込まないでね」

「それはお前の来店に関してか、それとも店の内容についてなのか……」

「両方に決まってるでしょ」


 エリナの言葉にアキラが冗談めかして返すと、エリナは眉を寄せてアキラを睨みつける。


 中身はともかくとして、一見しただけでは成長の止まっているアキラと順調に成長したエリナでは、大人に睨まれて威圧されていじめられている子供のように見える。


「分かってるよ。……またな」

「ええ」


 だが実際にはどちらかというといじめられていたのはエリナの方であり、アキラは彼女の言葉に若干の苦笑いをしながら別れを告げ、エリナもそれに頷いてさっさと部屋を出て行ってしまった。


「俺は恵まれてるよな」


 自分が厄介な性格をしているのも、面倒な状況に置かれているのも、アキラは自覚している。

 本来であれば本音を言うことのできる相手も遊ぶ相手もいなかったはずだ。

 何せアキラはこの世界で忌避される外道魔法の使い手。普通は外道魔法が使えると知った時点で人は離れていくものだし、つかまってしまう。

 一歩何かが違っていれば自由になど動けなかったはずだ。


「……それに、ウダルともルークとも違うお前みたいな友人がいるってのは、俺みたいな奴にとっては幸運な事だよな」


 それでも今アキラは友人がいて、自分を慕う者達がいて、やりたい事をやっていられる。

 ウダルやルークのような友人とは違うが、本性で語ることのできる悪友とでも呼ぶべきエリナもいる。


 アキラは今の状況がいかに幸せなことなのかを噛み締めて深呼吸をした。


「これからもよろしくな」


 そして、アキラは知人友人恩人。今まで関わってきた全ての身内に向けてそう呟いた。

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