第88話ルークの冒険者活動
「──というわけで、エリナから話は聞いてるかもしれないけど、よろしく」
ウダルとエリナと再会した翌日、アキラはルークとともに朝から冒険者組合へとやってきていた。
たどり着いたアキラは、特に手間をかけることもなく目的の人物であるウダルを見つけることのでき、軽く挨拶を交わすとアキラがここにきた理由を話し出した。
そして、全て話し終えると、ルークの背中を押してウダルの前へと出してそう言った。
「なんだって突然?」
「今説明しただろ?」
「いやまあ、確かにされたけど……」
アキラがウダルに頼んだのは、ルークを連れて町の外に冒険者活動に行ってほしい。と言うものだった
それは村の中でしか生きてこなかったルークに村の外を見せておこうというアキラの考えだ。
ルークはここを出て村に帰れば、村で一生を過ごすことになるだろう。何せ彼がもともと強さを求めたのは村と、そこに住む皆を守るためだったのだから。だからルークが村を離れることはない。
とはいえ、あくまでも定住するのは村だろうが、今回のように街に出てくることが全くないわけではないだろうし、万が一の時に、知っていることが一つでも多い方がいろいろと役に立つ。
家に止めてもらった恩というのなら、アキラが家に泊めたことですでにチャラとなっている。
それでもなおそんなお節介をルークにかけているのは、それがアキラの在り方だからだ。
気に入った者──『身内』に関してはとことんまでお節介をかけてしまうのがアキラだった。
そんなアキラの頼みだが、それを聞いたウダルは説明を受けてもなお納得できないようで、目の前に立っているルークを見下ろしながらポリポリと頭をかいていいよどんだ。
だがそのまま黙っていても話が進まない、とウダルは小さくため息を吐いてから再び口を開いた。
「……俺、ルークに嫌われてるんだぞ? それにルークはまだ十歳にすらなってないじゃないか。それじゃあ連れてけないぞ」
ウダルはアキラに戦い方を教えてもらってしれなりに戦えるが、それでも圧倒的に強いと言えるほどの実力ではない。そんな自分の実力を弁えているウダルは、子供であるルークという足手まといを連れて行けば絶対に守りきれると言い切ることができなかった。
だからルークの、そして自分の安全を考えて連れていけないと判断したのだ。
「……僕は強いよ」
だがそんなウダルの物言いが気に入らなかったのか、それともアキラがウダルを頼ったことが気に入らないのか、もしくはそれ以外か……。
とにかく前に突き出されたルークは不機嫌そうにしながらウダルの言葉を訂正した。
「だってさ」
「……お前、わかって言ってるだろ」
冒険者には十歳をすぎないと登録できない。だがルークはまだ十歳にすらなっていない。だからウダルと一緒に依頼を受けることは不可能なのだ。
そのことをアキラだってわかっているはずなのに……とウダルは問いかけたが、アキラは頷きながら答えた。
「まあな。でも連れてけないってことはないだろ。ルークは依頼を受けなければいいだけだ」
確かにそれであれば共に行動することはできる。冒険者以外は街を出てはいけないなどという規則があるわけではないのだから、ルークが街の外に出てもおかしくはないのだ。
「まあ、できなくもないけど……庇ってやれるほど余裕があるわけでもないぞ。予想外のことがあれば守りきれない」
「僕は誰かに守られるほど弱くない!」
ウダルが自分の考えをはっきりと口にした瞬間、ルークはそう叫び声をあげた。まだ自分の中でハッキリしない敵意を感じているウダルに、弱いと言われるのが我慢ならなかったのだ。それは言ってしまえば世界を知らない子供の思い上がり。だがルークのそれは、すでに自力で魔物を倒すことができることからくる増長も加わっていた。
子供特有のその声は冒険者組合の建物内に溢れる喧騒の中であってもはっきりと響き渡り、周囲にいたものたちの視線を集めることとなった。
「まあ落ち着けルーク。いくらお前がここにいる奴らより強いと言っても、十歳以上じゃないと登録できないってのが冒険者組合の規則なんだ」
そんなルークをアキラがなだめにかかる。
が、ルークよりも自分たちの方が弱いと言われた周囲にいた冒険者のうち何人かは、顔をしかめたり目元をピクピクさせたりしていた。
「それに、お前一人じゃ門を出られないだろ」
いくらルークに単独で魔境の魔物を狩ることのできる実力があったとしても、それは他人にはわかりようのないことだ。故に、街を囲っている門に勤めている門番らは、ただの子供が無謀にも一人で街の外に行こうとしているのを止める。
なのでいくらルークが強がったところで、街の外へと出ることができない。
だが、それも一人なら、だ。一人ではなく、冒険者であるウダルたちが一緒であるのならもんのを都に出ることも可能となるのだ。
自分が一緒に行っても良いが、こうして今は一緒にいるがこれでも忙しい身。いつも一緒に、というわけにはいかない。だからアキラは自身の代わりになる人物としてウダルへと頼んだのだった。
「今回はいい経験になると思ったから、あの村だけじゃなくてこの辺りの魔物の強さを知っておいたほうがいいと思ったんだ」
そしてそれはルークのため。ルークはそう遠くないうちにこの街を離れて村へと戻るが、自身の目が届かないところに行ってしまえば危険が増す。それは当たり前のことではあるのだが、そうわかっていてもアキラはルークには死んで欲しくない。
そして離れて行った後もいつかまた会えるように、と願ってアキラはルークへと色々と施すのだ。
「それに、ウダルは一応同門になるし、冒険者としては先輩だ。何か学べることがあるかもしれないぞ?」
「学べることなんて、そんなのアキラが教えてくれればいいじゃないか」
「俺一人からよりも、いろんな人からの方がいろんなことを学べる。お前は守りたいものがあるんだろ? 強くなりたいんだろ? だったら、教わる相手を選んでいる場合じゃないんじゃないか?」
アキラは女神の試練だけではなく生まれ変わる前の世界での経験もあるからいろいろなことを教えられるが、それでも世界中のすべてを知っているというわけでもないし、アキラは自分の知識や経験に偏りがあるのを自覚している。そのため、自分一人から学ぶことのできる事には限界があると理解し、他の者からも学んでほしいと思っていたのだ。
「強くなるために、ウダルに冒険者として色々教えてもらえ」
「うん」
そんなアキラの真摯な想いが通じたのか、ウダルに教わる事に嫌悪感……とまではいかなくとも若干の不快感を感じていたルークも素直に頷いた。
「と言っても、この辺なら大した魔物はいないし、お前なら慢心しない限りは一人でも大丈夫だろうけどな」
アキラはルークへとそう言いながら笑いかけると、ルークの肩を軽く叩きウダルたちへと振り返った。
「よし、じゃあ行こうか」
そうして頷いたウダルたちと歩き出し、依頼を受けるために受付の方へと歩き出した。
「ちょっと待てよ」
アキラたちが歩き出した背後でそれまでは聞こえなかった誰かの声が聞こえた。
だが、アキラにはその誰かの声に聞き覚えがなかった。
「とりあえずは定番のゴブリン退治からやっておいた方がいいだろうな」
なので自分に話しかけているわけではないだろう。だって知り合いじゃないし。と判断して今後の予定について考えながらウダルへと話かけた。
「今更か? ゴブリンっていい思い出がないし報酬の割に面倒なことが多いしで、できればやりたくないんだよなぁ……」
「と言っても、ある意味冒険者の基本だし、ルークには体験させておきたいんだよな。それにほら、初心忘れるべからずっていうだろ? 後は、適度に間引いとかないと被害が出る。それはお前も嫌だろ?」
「まあな。あんな光景を見たなら、嫌になるに決まってる……まあいいか」
「うん。お前なら頷いてくれると思ったよ。じゃあ後は任せた」
以前ゴブリンに襲われ、犯された女性──コーデリアを見たことのあるウダルは、ゴブリンを放っておけばどうなるかを知っている。
あの光景を見たウダルは嫌悪感を抱いていた。故に、アキラが言ったようにゴブリンをの数を減らしておくことの重要性を理解し、特に断る理由もない上にアキラからの頼みでもあるのだから、と受ける事にした。
「待てっつってんだろ!」
そうして依頼の貼り出されている場所へと進んでいたアキラたちだったが、背後から聞こえた大声にその歩みを止めざるをえなかった。
そして、その声はもしかしたら自分に声をかけられているんだろうか、と思いながら振り返る。
自分が覚えていないだけで、声の主は実はどこかであったことのあるのでは……もしそうならば悪いことをした。
アキラはそう思って背後から聞こえた大声の主を見たのだが……
「どちら様でしょう?」
全く知らない顔だった。
アキラは記憶力がいい。というよりも、関わった者は全て完璧に記憶している。
それもこれも、魔法のおかげだ。アキラは魔法を使うことで、自身に関わった者の顔を全て強制的に頭の中に記録させていた。
だが、そんな記録の中には目の前にいる男のような姿をしたものはおらず、近い容姿をした者もいなかった。強いていうのならその装いは見たことのある冒険者と同じようなものをしているが、それは大抵が同じような装いなので特に意味はない。
「……てめえ、そのガキを狩りに連れて行くつもりか?」
男はアキラの問いに答えることなく眉を寄せ、顔をしかめながら威圧するような声でアキラに問いかけた。
その様子は小さな子供であれば泣いてしまうかもしれないほどに恐怖を感じるものだが、実年齢は子供ではなく、女神の試験にてドラゴン相手にも戦ったことのあるアキラにとっては目の前の男など、一般人に等しい存在だった。
そして実際に子供ではあるものの、アキラの施した夢の中での訓練や、現実の魔境で魔物を買ったことのあるルークにとってもまた、男の威圧はどうでもいいものだった。
とはいえ、そんなどうとでも対処できる相手ではあるがアキラは油断することなくいつでも戦えるように警戒をしていた。
「ええ。それが何か?」
アキラたちが自身の威圧を気にした様子がない事に男は訝しげに片眉を上げてアキラたちの様子を見ている。
だが、自身の威圧を受けてもなお平然としているのはその威圧に気がつけない程度の実力しか持っていないのだ、とアキラたちのことをそう判断した。
そして男は軽く首を横に振ると、再びアキラを睨みつけて話し始める。
「……そいつだけじゃなくててめえもだが、てめえらみてえなガキが倒せるほど魔物は弱かねえんだよ。ガキのチャンバラごっこで強くなった気かも知んねえが、魔物と戦うってのは本物の殺しあいだ。んな遊びとはわけがちげえ。怪我しねえように、帰んな」
どうやら男はアキラたちを心配していたようだ。
男の見た目は見るからに厳つく、野蛮で野卑で粗暴でまさに冒険者の悪い見本という感じだが、その中身は見た目とは違い心優しい者だったようだ。
最初は難癖をつけてきたチンピラの類かと思っていたアキラだったが、それを理解したことで若干戸惑ったものの警戒を解いてから男に向き合うと、軽く笑いながら男の言葉に応える。
「ご心配ありがとうございます。ですが大丈夫です。俺たち、この辺の魔物で死ぬほど弱くありませんから」
アキラはそう男へと返したが、子供が危険なところに行こうとするのを止めるような男がそんな言葉で納得するはずがなかった。
「チッ。うっせーよ。んなのは魔物の強さを知らねえから言えんだ。あいつらは──」
「知ってますよ」
乱暴な言葉でありながらアキラたちを止めるべく説得を続ける男。
しかしアキラはそんな男の言葉を遮って言う。
「あん?」
「魔物の強さは知ってますよ。これでも魔物を倒してきてことはあるので」
男はアキラのことをじっと見つめてその言葉が嘘か真か見極めようとしたが、魔力を含めた実力を隠しているアキラの力を読み取ることはできず、男には相変わらずただの力のない少年にしか見えていない。
だがそのアキラの態度は到底嘘を言っているようにも見えない。
アキラの言葉の真贋を判断することができなかった男は、ならばと、今度はその狙いを変えてアキラと中良さそうに反していたウダルたちへと変更した。
「十歳以下のガキを魔物と戦わせるために街の外に連れてくのは違法だったはずだ」
「そうですね。ですが俺たちの場合は自主的に魔物と戦いに行くので合法です。連れていかれるわけじゃない」
しかしウダルへと描けられた男の言葉は、ウダルが答える前にアキラによって答えられてしまう。
ここで一つ勘違いがある
アキラは自身のことを成人だと思っているが、周りはそうだとは思っていない。
異常ともいえるほどの体内の魔力の量によって、アキラは成長は止まっている。そのせいで周りからは実年齢通りではなく、それよりも低い年齢で見られている。
はっきりと言うのなら、アキラはルークよりも一つか二つ上程度だと思われている。
そんな子供に見えるアキラの言葉は、子供が屁理屈をこねてわがままを言っているようにしか思われていなかった。
「……だとしても、んなことをしちゃあ、今後組合にも警備にも目ェつけられんぞ」
「それは困りますね」
だからだろうか。男は乱暴だった態度を消して呆れたようにため息を吐くと、アキラを諭すようにそう言った。
実際、子供を無理に連れて行くのは犯罪だが、アキラの言った通り子供が自分の意思で出ていくというのであれば合法だ。そして今回はその子供の独断行動にウダルという大人がついていくだけ。
まあアキラも年齢上は成人しているのだからウダルと一緒に出ていったところで合法なのだが、ルークは違う。ルークはまだ子供だ。
そんな子供であるルークを今アキラの言った理由を前面に出して外に連れて行けば、違反はしていないが世間一般でいうところの無茶を子供にさせたと判断される。そうなれば、アキラはこれから先、冒険者組合からいい感情を抱かれないことになる。
流石にそれは面倒だなと思ったものの、アキラは元々冒険者としてやっていくつもりはないので組合から疎まれようとも構わなかった。
そんなことよりも、親切心で言ってくれているのだろうが自分の行動を阻もうとする男のことが気に入らなかった。
もっと言うなら、アキラは苛立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます