第86話友人達の顔合わせ

 

「ルークが? ……まあいいか。通してくれ」

「かしこまりました」


 部屋の外から聞こえたそんな言葉にアキラは疑問に思いながらも、ちょうどいいからウダルとルークを合わせておくかと、と思って通すことにした。


「え……」


 だがウダルは間の抜けた声を出し、訝しげな表情をしてアキラへと問いかけた。


「俺がいていいのか? つーかそのルークって、例の貴族じゃないよな?」

「大丈夫だよ。実は俺、この前までちょっと遠出してたんだが、ルークはそこで会った……弟子?」


 アキラはルークとの関係を何と表すか少し悩んでからそう言ったが、その直後、部屋のドアを開ける音とともに一人の少年──ルークが入ってきた。


「アキラ。稽古に──あ」


 稽古、と言う言葉から分かる通り、ルークはアキラに修行をつけてもらおうと誘いにきたのだろう。だが、いざ部屋の中に入ってみると、そこには誘いにきた明だけではなく自分の知らない人がいた。そんな様子を見てルークは、アキラに客が来ていたのだと理解した。


 ここは応接室だと言う時点で気づくべきかもしれないが、ルークは今まで辺境の村で暮らしていて応接室なんて知らなかったのだから、知らなくても無理はない。


 その上、同年代に比べればしっかりしているものの、ルークはまだ十にもなっていない。兄のような存在と思っているアキラに対して甘えてしまうのもまた、仕方のないことかもしれない。


「ご、ごめんなさい。お客さんが来てるなんて知らなくて……」

「ん? ああ、別に構わないよ。どうせ客って言っても、こいつはただのしがない一般冒険者だから」

「なんか言葉にトゲを感じるな……」

「気のせいだから気にするな」


 そんな風にアキラはウダルを指差して冗談めかしながらそう言った。

 もとよりアキラにルークを咎める気などない。何せ会えないかとやってきたのはルークだが、この部屋に入れることを決めたのはアキラなのだから。


「ルーク、こいつはウダル。俺の友人で、幼馴染だ」


 アキラはウダルに指をさしながらルークへと紹介するが、その紹介の言葉はとても簡素なものだ。

 だが、村人以外の者に正面から向き合うのが初めてなルークは緊張していた。そんな状態でいろいろ言ったところで、ろくに頭に入らないだろうと考えてのアキラの心遣いだった。


「で、ウダル。こいつがルークだ」


 ウダルには簡単な説明をさっきしたし改めてする必要もないか、と判断したアキラは、先程のルークの時よりも簡素すぎる紹介をした。


「俺はウダルっていうんだ。よろしくな」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 アキラの適当にも思える紹介を機にすることなく、ウダルはそう言いながら手を差し出して握手を求めると、ルークも緊張したままではあるがウダルにつられて手を伸ばし、握手をした。


「そんなに堅くならなくてもいいぞ。どうせ俺は偉いってわけじゃないし……」


 そこでさっきの一般冒険者と言われたことに対するあてつけとしてアキラへと視線を送るが、アキラはしれっとした表情で全く気にした様子がない。


「何より、同じ弟子仲間じゃないか」

「え?」


 ウダルがそう言うと、ルークは気の抜けた声を漏らした。


「ルークはアキラの弟子なんだろ? 俺もアキラから戦い方を教えてもらってさ。俺たちは兄弟弟子ってことになるだろ? だからそんな気を張らなくてもいいって」

「……そう、なんだ」


 ウダルは朗らかに笑いかけたのだが、ルークはどことなく不満気な様子で小さくそう呟いた。


「どうした?」

「……ううん。何でもない」

「?」


 そんなおかしな様子のルークにアキラは尋ねたが、ルークが首を振って否定した事で首を傾げる。

 明らかに何かある様子なのに……と、アキラは一瞬ルークの悩みを魔法で読み取ろうかと思ったがそれはほんの一瞬のことで、すぐに頭を振ってそんな考えを捨て去った。


 アキラには分からなかったルークの態度のおかしさ、それは自分がアキラの──兄のように慕っている存在の一番弟子だと思っていたのに、実は一番弟子ではなかったことへの嫉妬だ。


 そしてウダルと楽し気に接しているアキラを見て、大好きな兄を取られたと思ってしまった弟の嫉妬。


 アキラにとってウダルとルークでは接してきた時間が違うのだから、態度に差があったとしても仕方がない。それを理解していたとしても、それを受け入れられるかは別だった。


 その嫉妬という感情をルーク本人も理解していないが、それでも何となく不愉快なんだと言うのはわかっていた。


「邪魔しちゃったみたいだし、戻るね」


 だからついその場にいたくなくて、ルークはその部屋を去っていった。


「……かわいいですね」


 そんな部屋を出て行ったルークの姿を見送ったアキラ達だが、ルークが出ていって数秒経つとアキラでもウダルでもない者の声が聞こえた。レーレだ。


「……お前、いたのか」

「はい。最初から」

「……そういえば出て行くように言った記憶はないな」


 アキラも忘れていたが、実はこのレーレ、ルークが部屋の中に入ってきた時点で部屋の隅に移動して会話に入らなかったから空気となっていたが、実際はずっといたのだ。


 そのことを思い出したアキラは一度咳払いをすると、軽く睨みつけるように目を鋭くしてレーレを見つめた。


「まあそれはそれとして……ルークに手を出すなよ」

「存じております」


 サキュバスは誰かから溢れる感情と魔力を食べることを食事としている。性行をするのも淫夢を見せるのも、それが彼女らにとって美味しいと感じる味の感情だからだ。

 中には幸福な感情や、逆に苦痛などの不幸の感情を美味しいと感じる変わり者もいるが、それは少数派である。


 サキュバスという種族の評価が性欲方面に傾いているも、ある意味ではその食事のせいだとも言える。

 が、些か傾いているものの、その評価全てが間違っているというわけでもない。彼女らは食事としてではなく、純粋に性行を行うことが好きなのだ。


 この店だって淫夢を望むものはいるし、サキュバス達もその夢の中に入り込んで楽しんでいる。


 アキラはまだ成人していないルークが彼女らのその毒牙にかからないようにと牽制しているのだ。


 もちろんサキュバス側としてはアキラの命に逆らってまでするほどのことではない。食事という意味では客に夢を見せ、そこから漏れ出るものを食べているだけで十分なのだから。


「ですが一つ訂正を。私が『かわいい』と言ったのは、何もルーク様の容姿などではありませんし、対象として狙ってのものではありません。その感情の動きが、子供らしさを感じさせて愛らしいと思ったが故のことです」


 アキラには見抜くことができなかったが、人の感情を味として判断することのできるサキュバスである彼女には、ルークが何を思って、何を感じて部屋を出ていったのかがはっきりとわかっていた。


 だから溢れ出た感情に宿っていた幼さを見て『可愛い』と言ったのだ。


 そんなレーレの言葉に納得はしたものの、ではなぜルークがそんな感情を? と分からないアキラは首を傾げることとなった。





「じゃあ俺は帰るな」


 その後は二人で話していると瞬く間に時間が過ぎていき、もうすぐ日が沈むというあたりで解散することとなった。


「ああ、また用があれば来てくれていいぞ。なんなら冒険者ギルドで会うかもな」

「だな。その時はまた一緒に依頼にでも行こうぜ!」


 そんな風にアキラはウダルのことを見送り、さて部屋に戻るかと振り返り、だがちょっとだけ店の様子を見て行くかと思い直してアキラは進む先を変更した。


「あ……」

「あ……」


 アキラが店の廊下を観察しながら歩いていると、アキラは部屋から出てきた少女と目があった。

 そしてアキラと少女は両者ともに同じように間の抜けた声を漏らし動きを止めてしまう。


「アキラッ!? な、なんでここに!」

 一瞬の魔を置いてから即座に動き出したのは少女の方で、まるでアキラのことを知っているかのように叫んだ。


 この少女、まるでもなにもアキラのことを知っている。そしてアキラもまた、この少女のことを知っている。

 何せこの少女の名前はエリナ。アキラにとってウダルとともに幼なじみと呼べる存在だった。


 エリナは幼い頃からウダル一筋で、ウダルが困った事があったのなら陰ながら助けてきた少女だ。

 その想いの強さは、彼に手を出そうと言う者がいたのなら手を引いてもらうように『お願い』をして諦めてもらってきたこともあるほどだ。それほどまでにエリナはウダルに入れ込んでいた。


「なんでも何も、ここは俺の店だからな」


 そんなエリナがなんでここに、と思うかもしれないが、アキラはうろたえることなく堂々と、そして若干呆れたようにそう言ってのけた。


 エリナはアキラの言葉に目を見開いた後、口元を歪めて悔しげな表情へと変わった。


「……とりあえず、少し話さないか?」

「……ええ」


 お互いに話したいことはあったが、こ子は不特定多数が行き来する店の廊下だ。込み入った話をするには向いていない。

 なのでアキラは場所を移すことを提案し、エリナもそんな言葉に苦々しい感情を乗せて頷いた。

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