第71話ルークの成長
「いいもの?」
「ええ。これです」
「これは……?」
「うちの実家の優待券です。まあ俺のところでも使えますけど、あなたはあまり使わないでしょうからうちの実家の方で使った方がいいと思いますよ」
アキラの店は基本的には誰でも歓迎しているが、勇者のような存在がいく事には向いていないだろう。
決してやましい店ではないのだが、そういう風にも使うことはできる。というより、元々はサキュバス達の食糧集め用の店だったので、登録自体は健全なものだがどちらかといえばそっちが本命だ。
余計な噂や不利になるような何かを敵に与えたくないのなら行かない方がいい。
それに対してアキラの実家の方は本当に健全な店だ。食糧を多く扱っているが、アキラの母親であるアイリスの運営している店は魔法具も扱っている。なのでそっちの方が勇者にはあっているだろう。
「実家? ……ああ、そういえば商人だったわね、あなた」
「初めにそう名乗ったはずですけどね」
アキラが商人だということを忘れていたアズリアを見て、アキラは苦笑している。
「それを使えば五割まで引いてくれるはずです。ついでに、俺の名前を出せば優先的に注文とかできますよ」
「……どうしてそこまでするの?」
「どうして、とは? 何かおかしいですか?」
「おかしいっていうか、ここにくるまで一緒に行動したけど、あなたはそんなに他人に親切にするようなタイプじゃないでしょ? ……いえ、この言い方は何か違うわね……」
アズリアは先ほどのアキラのように、顎に手を当てながら自身の言葉に感じた違和感を考えだす。
そして何かに思い当たったのかアズリアは口を開いた。
「んー、そうね……あえて言うのなら、他人に関心を持たない、かしら? そんな貴方がその子のために頼み事をするって言うのはちょっと違和感を感じたのよ」
まさか自身の性質を見透かされるとは思いもしていなかったアキラは、その予想していなかったアズリアの言葉に顔を顰めてアズリアの顔を見つめ、しばらく見つめた後にため息を吐き出した。
「……はあぁぁ……流石、ですね。ええ。俺は基本的に他人なんてどうでもいいと思っています。親しい人たちが傷つくのは嫌だとは思いますけど、それ以外の人間がどうなろうと俺は構わないと思っています」
他人などどうなっても構わない。身内だけ助けられればそれでいい。
未だにそのスタンスは変わっていないが、それでも今のアキラは余裕があれば助けてもいいかもしれないと思えるようになっているし、『身内』は未だに特別視しているが、『味方』と判定する際の基準は甘くなっていた。
現に、この村の全員が『身内』というわけではないが、それでも出来ることなら手を貸してやりたいと思えている。
「……なら、どうして……」
「俺にとって、『家族』というのはとても大事なものなんです。だから、家族のために強くなりたいと言ったルークの事を気に入っているんです。それこそ、前に進む努力をしているルークの手伝いをしたいと思う程度には」
そしてその中でもルークは特別だ。だからこそアキラはルークが強くなるために協力を惜しまないでいる。
「……それで、ルークとの稽古は受けていただけますか?」
真剣な表情のアキラに見つめられたアズリアは、アキラのことを正面から見返して頷いた。
「ええ。あなたの言ったように大した事ってわけでもないし、あなたの待ってる人が来るまでまだかかるんでしょう? ならその間の時間潰しにちょうどいいわ」
そしてアズリアは少しばかりおどけてそう言ったのだが、その言葉にアキラは違和感をかんじた。
なので、感じた違和感を解消するべくアキラはアズリアに聞いてみる事にした。
「確かに俺は人を待ってますけど、何もあなた達まで待ってる必要はないんじゃないですか? 泊まるところが必要なら適当に宿をとればいかがです?」
「……あ」
だが、アズリアから帰ってきたのはそんな間の抜けた声。
「あ、ってもしかして全員ここに泊まるつもりでした? 流石にお勧めしませんけど?」
「……ど、どうしよう!」
アキラについてきてこの家までやってきたが、アズリアは止まる場所などについては考えていなかったようだ。
今までは誰かしらが勇者のために動いていたのであろうが、この村に勇者達がいるのを知っているのはアキラとルークしかいない。なので宿を用意するものなど誰もいない。アズリアはその事を忘れていたようだ。
「安心しろアズリア。セリスが既に動いている。ここは冒険者が多いから村にしてはまともな宿が多い。空いている場所もあるだろう」
だが、慌てるアズリアを落ち着かせるようにチャールズが声をかけた。
「良かった」
「意外と抜けてますね」
剣の勇者がある意味で親のような存在である女神と同じように、少し抜けているところがある事をおかしく思いつつも、アキラはアズリアに対して先ほどまでよりも少しばかり親しみを感じていた。
「……そ、そんなことより! 稽古をつけるなら早く始めましょう!」
「そうですね」
「今から始めるけど、ルークくんって言ったっけ? 準備はいいかしら?」
家の外に出て木剣手に持って向かい合っているアズリアとルークの二人、アキラ、そしてアズリアの仲間達はそんな二人を少し離れた位置で眺めていた。
「はい! よろしくお願いします!」
ルークは勇者が相手ということもあって少しばかり緊張しているように見える。
だがしかし、一旦剣を構えて仕舞えばその緊張など消え去ってしまった。
それも当然だ、何せルークはアキラの見せた夢の中で何度も殺し合いをしてきたのだ。
アキラが受けた試練に比べれば楽になっていたとは言っても、戦いにおいてちょっとしたことが命取りになると学んだルークは、緊張などで全力が出せなくなるという事はあり得ない。
「じゃあ俺が審判をしますね。と言っても終了の宣言と危ない時くらいしか干渉しないので、好きに始めてください」
アキラがそう言って一歩下がったのだが、二人は動こうとはしないで剣を構えたまま見つめあっていた。
「先手は譲ってあげるわ。いつでもきていいわよ」
「なら、いかせてもらいます。──せあああああっ!」
アズリアは、今回は稽古なのだし勇者である自分から攻めるのは違うだろうと思っていたからこそそう言ったのだが、その考えは少しばかり甘いと言えた。
「っ!?」
叫びながら飛び込んできたルークの予想以上の速さにアズリアは驚愕を露わにしたが、流石は勇者といったところか、驚きながらも流れるのように剣を構えルークの攻撃を防いだ。
初撃を防がれたルークはそのまま止まることなく即座に次の攻撃を仕掛ける。
そしてその攻撃も防がれはしたが、臆することなくどんどん打ち込んでいく。
だが、そのどれもがアズリアの体にあたる事はなかった。
「くっ……!」
何度打ち込んでもかすり傷すら負わせることのできない状況に、ルークは次第に焦り始めていた。
「ッヤアアア!」
そして、なんとか状況を打破するために全力の一撃を放ったのだが……
「ハァッ!」
ルークの放ったその一撃はアズリアに迎撃され、バキィッ! と言う音とともにルークの持っていた木剣は中程でへし折れ飛んでいってしまった。
そしてそこで動きを止めてしまったルークは、その首元に剣を突きつけられ試合は終了となった。
「ハァハァ……あ、ありがとう、ございました……」
ルークは息切れし途切れ途切れになりながらもアズリアに礼を言った。
だがその直後、よほど疲れたのか崩れ落ちるかのようにその場にしゃがみ込んでしまった。
「ふぅ……ええ。どういたしまして」
アズリアはルークほどではないが、それでも少し息を乱した状態でルークの礼に言葉をかえした。
稽古であり全力ではなかったとはいえ、アズリアは自身がこれほどまでに苦戦するとは思っていなかった。
森でアキラと戦った時は自分では勝てないと思うほどに強かったが、そんなのは異常だ。普通は勇者である自分にそうそういるはずがないとアズリアは思っていた。
だが、その異常と思える子供は何もアキラだけではなかった。今の試合、アズリアが勝ちはしたものの、ルークは異常と言ってもいいほどに強かった。
未だ成人していない子供が勇者の相手をして息を乱すことができたのであれば、それは十分すぎるほどに十分と言えよう。
「……ねえちょっと、貴方もだけど、この子も外見詐欺過ぎない? なに? この村の住人って全員こんなに強いの?」
それ故にアズリアは聞かずにはいられなかった。
もしただの一般人が勇者に匹敵するような強さを持つことができるのであれば、もしかしたら……とは思わずにはいられなかったから。
もしかしたら……。
無意識に心の中に生まれたその言葉。無意識であるが故にその言葉の先に何が続くのかはアズリア本人でさえ気付いていなかった。
「いや、そんな事はないよ。ルークは俺が鍛えたってだけだ」
「そう。なら良かった」
アキラの答えを聞くと、アズリアはホッとしたようにそう呟いたのちに、何かに気がついたようにハッと慌てながら訂正し始める。
「……あっいや、村人は強いに越した事はないのだけど、勇者が村人相手に苦戦してるようだと、ちょっと、ね……?」
「……ああなるほど……しかも勇者の中でも戦闘型の剣の勇者がとなると……」
そんなアズリアの反応にどこかおかしなものを感じたアキラ。だが具体的に何がおかしいとはわからなかったのか、少しだけ顔をしかめるだけで終わり、しかめられた顔も数瞬後には元に戻っていた。
「ええ。色々とあるのよ……」
アズリアはアキラの言葉で何か嫌な物をを思い出したようで、アキラの様子に気がつかなかったらしい。
「それにしても、ふふっ……」
アズリアは思い出した何かを振り払うかのように顔を横に振ると、アキラの顔を見てから笑いをこぼした。
「どうしたんだ?」
「いえ、敬語をやめてくれたなって思ってね」
「……ああ。申し訳ありませんでした」
「あっ、別に注意したわけじゃないの! むしろ、これからも普段通りっていうか気楽にして欲しいわ!」
どこか縋るような視線をアキラに向けているアズリア。先ほど目の前の少女が女神に似ているなと思ってしまっただけに、アキラはそんなアズリアを突き放す事に戸惑いを覚えてしまった。
「……わかった。それほど付き合いもないと思うが、よろしく頼むよ」
「ええ! よろしくね!」
深く関わるつもりはなかったんだけどな、と思いながらアキラは態度を改める事を承諾すると、それが嬉しかったのか、アズリアはアキラの予想以上に喜んだ。
そしてそんなアズリアから逃げるかのようにアキラはしゃがみ込んでいるルークの元に歩いていく。
「あっ、アキラ……どうだった?」
アキラが近づいてきた事に気がつくと、ルークは顔を上げて先の試合について問う。
「んー、良かったんじゃないか? 最後は少し焦りすぎだったが、まあ勇者相手にあれだけ戦えたんだ。このまま鍛え続ければ強くなれるだろ」
「ほんとっ!? やったあ!」
だがそう言って立ち上がったルークは、未だアズリアとの試合の疲れが抜けていないのか若干ふらついている。
「んー、疲れてるみたいだし俺との稽古は明日にしておくか。俺はすぐにいなくなるってわけじゃないんだし」
勇者に会うという目的を達成した以上、アキラがこの村にいる理由などないのだが、だからといってすぐに出て行かなければならない理由もない。
むしろ、勇者たちがこの村にいる事で何か問題が起こる可能性がある。そしてその場合は、勇者たちを連れてきたアキラがいなければ、アキラの保証人のような感じになっていたゼルベンに迷惑がかかるだろう。
それは避けたいアキラとしては、せめて勇者がいる間はこの村に留まっていようと思っていた。
「えー! 大丈夫だよこれくらい」
「ふらついてるくせに何言ってんだ」
アキラが止めてもなお稽古を乞うルークだが、アキラがルークの肩を少し強めに押すと、それだけでルークはよろりと後ろに下がってしまった。
「ほらな。明日にしておけ」
「うー……分かった。でも明日になったら絶対だよ!」
「はいはい」
そう言って話しながら家の中に入って行った二人と、その後を追うように勇者一行も家の中に入って行った。
「ただいま、ルーク……ん? アキラか? おお、もう帰ったのか! おかえり!」
そして家の中に入って数分待っていると、玄関の扉を開けて家の主人であるゼルベンが入ってきた。
ゼルベンは自身の孫に帰宅を告げると、その横にいたアキラに目を留め驚きに目を丸くし、直後、ニッと人の良さそうな笑顔をもってアキラの帰還を喜んだ。
「ゼルベンさん。戻りました」
「うむ。無事で何よりだ」
自身に向かって歩み寄るゼルベンの姿を見たアキラは立ち上がり、自分からゼルベンに近づいて行く。
ゼルベンはアキラが手の届く範囲に入った途端アキラのことを抱きしめ、そのまま背中をポンポンと叩いて無事を確認すると、今度は家の中にいる見知らぬ人物──アズリアたちに視線を向けた。
「それで、そちらの方々は勇者様方でよろしいでしょうか?」
アキラがこの村に──森に来た理由を知っているゼルベンは、見知らぬ者たちのつけている装備や状況から考えて勇者だと判断し、少しばかり硬い表情でアズリアたちに問いかけた。
「はい。初めまして。剣の勇者であるアズリアと申します。こちらは私の旅に同行してくれている者達です」
仲間を紹介するアズリアのその言い方に、少しばかり違和感を感じたアキラ。
だが今追求することでもないかとその場は流す事にした。
「そうでしたか」
「ただいま。宿は確保したよ〜」
ゼルベンが勇者相手ということで緊張して言葉少なに返事をすると、威勢のいい声が玄関の扉を開く音と共に家の中に響いた。
どうやらアズリアの知らないうちに宿の確保に行っていたセリスが戻ってきたようだ。
「ありがとう、セリス」
(……随分と時間がかかったな。普通の村なら宿を探すのも大変かもしれないけど、この村の宿は冒険者用に多めにある、こんなに時間がかかるはずはないんだけどな……覗くか? ……いや、何かしたってわけじゃないのに使うのはダメだな)
「それじゃあ私達はこの辺で失礼させてもらうわね」
だが、アキラがセリスが遅かった理由について考えていると、アズリアからそう声がかかり考えは中断させられてしまった。
アズリアはアキラに声をかけた後、家主であるゼルベンに挨拶をしてから玄関のドアを開けて外に出て行こうとしていた。
「……一応言っておくけど、この村に迷惑をかけるなよ」
そんなアズリアの背中にアキラは声をかけたのだが、勇者であるアズリア達が問題を起こすとは考えていない。
だというのになぜ声をかけたのか、アキラは自身のやったことながらその行動が不思議だった。
「ええ、もちろんよ」
だが、そんなアキラの内心を知らないアズリアは、一旦立ち止まってアキラの方に振り返ると、笑顔でそう返した。
「また明日」
「……ああ」
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