第70話村への帰還

「ん? なんか来やがったな。ありゃあ……人、か?」


 村を守る門の外で待機していた男性は、目の前に広がる森から出てきたもの達を視認すると即座にその者達を観察し始める。


「おい! 森から人が来た! 数は複数!」


 そして同時に、村の中に向けて大声で人が来たことを伝えた。

 これは人に化ける魔物もいるのでその対策でもあるのだが、一番は同じ人間への対策だ。

 街道に続く方角から人が来たのであれば分かるが、男がいるのは森──魔境のある方角であり、その人物達が出てきたのもその魔境だった。

 ならば謎の人物達は魔境を抜けてこられる程には実力があるということで、そんな者達が賊であった場合、なんの対策もしてなければただ奪われるだけで終わってしまう。


「しかし、ありゃあ……なんだ? 賊って感じじゃねえよなぁ……」


 斥候役の冒険者であるセリスとローブ姿のダスティンはともかく、高そうな鎧をつけたチャールズやアズリア、神官姿のソフィアなんかは賊には見えない。

 そして、その中でも特に賊に見えないのがアキラだ。十歳より少し上程度にしか見えないアキラは、どう見ても賊には思えなかった。


「いやー、やっと帰ってこれましたね」

「ねえちょっと。なんだか警戒されてるみたいだけど?」

「あなた方が剣を抜いたりしなければ問題ないでしょう」


 アズリア達はアキラがこの村の出身だと思っているので、まさか仕掛けられないだろうとは思っていたが、それでも相手の警戒が伝わってしまい緊張していた。


 まあ実際はアキラはこの村に知り合いはいれど、住人ではないのだが。




 アキラたちが門に近づくと、門衛は目を凝らして何かを訝しむようにアキラたちのことを見ている。まあはたから見れば今のアキラなど訳の分からない集団だろう。


 アキラ以外の勇者一行は武器を構える門衛に若干緊張しているが、両者の顔がしっかりと見えるくらいの距離になると門衛は何かに気がついたように声をもらし、少しだけ考え込むとハッと何かに気がついたように声を上げた。


「あん? お前は……ゼルベンさんとこの? 生きてたのか!」


 アキラが森に一人で入っていくのを見ていた青年は、もう二度とアキラが帰ってこないだろうと思っていた。


 それもそのはず。目の前に広がる魔境は熟練の冒険者でさえ複数のチームを組んでなんとか生き残ることのできる場所だ。

 この村の住人であり慣れているのであればまだしも、アキラは子供で、なおかつ村の住人ではなかった。


 だからこそアキラは死ぬと思っていたし、こんな子供を一人で森に行かせるなんて何を考えている、とゼルベンに突っ掛かったのだが、それは当のアキラ自身に止められてしまっていた。


 普段は出て行ったっきり二度と帰ってこない者たちが多いだけに、青年はアキラが帰ってきたことが殊の外嬉しかったのだった。


「はい。そもそも生き残る算段がなければ魔境に入ったりしませんよ」

「そうか。いや一週間以上帰ってこなかったから心配したぜ!」

「本当はもう少し早く帰ってくるはずだったんですけど……途中で荷物を拾いまして」


 そう言いながらアキラは自身の背後についてきている勇者たちに視線を送る。すると、その視線に門衛の青年は気がついたようでそちらに視線を送った。


「荷物ってのは……そっちの人たちか?」

「はい……ああ、身元は保証しますよ。ただ、聞かない方が面倒にはならないと思うんで、聞かない方がいいですよ?」


 勇者一行。言葉にす流のはとても簡単なものだが、実際に会って話をすると言うのは大変な事だ。

 会うのが難しいと言う意味の『大変』ではなく、会えば何かに巻き込まれるかもしれないという意味での『大変』だ。


 勇者とは魔物を倒して人々の生活を守る存在だが、その暮らし、行動は貴族や王族と切っても切り離せないものだ。

 それも当然で、ともすればドラゴンほどの強さを持つ者が、あるいはそれ以上の強さを持つ者が好き勝手に動き回るのだから、それを手に入れよう、制御しようと考えるのは自然な流れだ。


 そしてそんな王侯貴族と知り合いがいるどころか、絶賛王族が同行中の勇者に下手に関われば後で何かに巻き込まれる恐れが無きにしもあらず、といったところだ。

 故にアキラは、宿や買い物などは仕方がないにしても、出来る事ならあまり村人と勇者達を接触させたくなかった。

 アキラは自分が勇者を連れてきたせいでこの村に害が出るのは嫌だったから。


「……大丈夫なのか?」

「ええ」

「……そうか。ならいいさ。ほら、早くゼルベンさんに顔見せてやんな。ルークにもな」

「ええ。もちろんです」


 そう言葉を交わしてアキラと勇者一行は通行許可をもらって村の中に入って行ったのだが、少し歩いたところでその背後から声がかかった。


「……っと、そうだ。おい待った!」


 アキラたちが声に反応して立ち止まり後ろを振り向くと、門衛の青年はニカッと笑った。


「そっちのあんたらにはようこそ。んで、お前にはおかえり、だ」

「──ありがとうございます」


 おかえり。その言葉が欲しくて、でも一度ももらうことが出来なかった前世に比べて、この世界の自分はなんと恵まれたことか。


 アキラはそれほど深く関わったわけでもない青年にすらも、自分はこの村の住人だと思われているように感じられて、アキラは温かさを感じて嬉しくなった。


「いい村ね」

「……ええ。とっても」


 村人の言葉に嬉しそうにするアキラを見て、アズリアはなんだかほっこりした気分になり、そしてアキラ自身もその言葉を噛み締めていた。




「それにしても、この村ってかなり防御を堅めてるわね」

「魔境の近くですからね。最悪の事態が起こったらこれでも足りないと思いますよ」


 最悪の事態とは、魔境の魔物達が一斉に森の外に出てきてしまう事だ。

 そういった現象が起こる場合は必ず何かしらの原因があるはずだが、それがどんな理由でいつ起こるのかは誰にも分からない。そして、理由がわかったところで止められなければ意味がない。


 この村は魔境の近くだけあって村人全員を戦力として数えることはできるが、それでも本職というわけではないので、魔物達が溢れ出したときには気休めにしかならない。いや、気休めにすらならないだろう。


「あなた方のきた場所にあった村は違ったんですか?」

「私たちがちが来たのは村じゃなくて町だったから。普通、魔境の近くに村なんてないわ」

「魔境の近くに村など作ったところですぐに壊されて全滅するのがオチだ。……だが、ここは違うのだな……」


 アキラはアズリアと会話していたはずなのに、二人の会話にいつのまにかチャールズが会話に入ってきた。先ほどまで無言でいたはずなのにどういう風の吹き回しかと思って横目にその様子を窺ってみると、チャールズは熱心に村の様子を観察していた。


 恐らくはそれなりに立場あるもの──王族として、どのようにすれば魔境のそばでも生活できるのかを把握しようとしているのだろう。


 だがそんなチャールズの様子もアキラにとってはどうでもいいことであったようで、すぐに視線を前に戻してチャールズを加えての雑談を始めた。


「冒険者組合との連携とかじゃないですか? 元々はとある冒険者のチームがここを作ったらしいですよ」

「冒険者か……だが、何人必要だ? 少なくとも数人では村を維持するなどできぬだろう……セリス。村を作るタメに冒険者を集めた場合、どの程度の人数が必要になると思う?」

「え? えっと、んー、そうだねぇ……村の規模とか集める冒険者の質、後はそばにある魔境の脅威度によるけど、私たちが入ってきた場所に、村じゃなくて集落みたいなものだったら銀級が十五人で何とか、って感じかなぁ……それでも結構キツいと思うけど」


 特に立場があると言うわけでもないセリスは村のことについて考えていなかった。精々がこんなところで良く暮らしてられるなぁ、程度だ。

 それ故にアキラたちの話に入って行ったチャールズの事を訝しげに見ていたのだが、突然チャールズから声をかけられ動揺してしまった。

 だが、最初に動揺した以外では問題はなく、チャールズの問いにしっかりと自身の考えを答えている。


「そうか……だが、一度拠点さえ作って仕舞えば後は楽になるか? だとしたらやはり最初が肝要か」

「魔法を使って最初に土台を作って仕舞えばよいのではないかの? 魔法使いを常駐させるのは無理であっても、最初に拠点を作るだけであればそう難しくはあるまい。まあ、過去に同じような事を考えなかったわけではなかろう。だが失敗しているということは、何かしらの考える要素があるということになるがの」

「……なるほどな。帰ったら父上に報告し、調べてみるか……」


 そんな雑談を繰り広げながら一行は村の中を歩いていくが、元々それほど広い村というわけでもないのですぐに目的の場所までたどり着いた。


「着きました。ここが俺が──」

「アキラ!」


 アキラが自身が世話になっていたゼルベンの家を紹介しようと思ったところで、その家の裏から少年が飛び出してきた。


「ん? あっ、ルーク」

「良かった、生きてた!」

「当然。あの程度で死にはしないよ」


 家の裏で剣の訓練でもしていたのだろう。使っていた木剣を手に持ったまま飛び出し、アキラに抱きついた。

 アキラはいくら魔境から帰ってきたからと言っても少し大袈裟だな、と思っていたが、それはアキラの認識違いだ。アキラは自分が簡単に行き来することが出来たから魔境といえど危険なところとそうでないところがあるんだな、と思っているが、勇者がわざわざ魔物を倒しに来るような場所が危険でないはずがなかった。


「それは分かってたけど、それでも心配だったんだ。──おかえり」

「うん、ただいま」


 アキラとルークは、年齢差はあれど体格の差はそこまでない、というかほとんど同じなので傍目から見ると仲のいい友達にしか見えない。


 一頻り再開を楽しんだ後、ルークはやっとアキラの後ろにいた勇者達に気がついたようで、首を傾げながら疑問を口にした。


「そっちの人が探してた人?」

「んー、半分正解?」

「半分なの?」

「そう。半分だけ。もう半分は期待外れだった」


 正解だった方の半分とは会いに行った先に勇者がいたという事で、ハズレだった半分とはその勇者がアキラの探している女神の生まれ変わりではなかったということだ。


「へぇー」

「何よ期待外れって」


 それに相槌を打つルークだが、期待外れと言われた勇者であるアズリアは自身に対するアキラの言い草に抗議をする。が当然ながらアキラはそんなことは知らんとばかりに聞こえなかったフリをして話を進めていく。


「ところで、ゼルベンさんはいるか?」

「お爺ちゃん? んー、多分稽古場の方じゃないかな? もうすぐ日が暮れるし帰ってくると思うよ」


 稽古場とはこの村の自警団が訓練で使う場所であり、ゼルベンはそこで教官のような事をやっていた。

 流石に毎日というわけでもないが、基本的にはそちらに行っているか、もしくは森で狩りをしているかのどちらかだ。


(訓練を中断させるのも悪いか? けど勇者を外で待たせるのも不味いよなぁ……)


 日が暮れるまで帰ってこないとなると直接聞きにいかなければならないが、その場合は訓練を中断させてしまう。

 個人的な用で、なおかつ緊急でもないのにと思うと声をかけに行きづらかった。

 だがしかし、だからといって勇者であるアズリアや王族であるチャールズなんかをそこらへんに放置するわけにもいかない。


(仕方ない。一応ルークと一緒なら大丈夫だろうし、帰ってきたら謝ろう)


「中で待たせてもらってもいいかな?」

「え? 今更何言ってるの? いいに決まってるじゃん」

「いや俺じゃなくて、そっちにいる他のやつら」

「あー。いいんじゃないの? アキラが連れてきた人たちだし」

「そうか。ならいいか──どうぞ中へ」


 アズリア達が先に入って行ったアキラとルークの後に続いて家の中に入る。


「えっと、何にもないですけど適当にくつろいでください」

「ええ、ありがとう」


 家の中に入ったっきり立ちっぱなしだった勇者一行にルークが声をかけると、アズリアは笑顔でお礼を言った。

 それからアズリアは視線を巡らせ、アキラがしていたように靴を脱いでから適当な床に腰を下ろした。


「……なあ。本当に大丈夫か? 後で知らない人を入れたな〜、なんて怒られたりしないか?」


 アキラはゼルベンが戻ってくるまでやることもなく暇だったので、知らない人が家の中にいて若干緊張しているルークを揶揄う事にした。

 以前ならそんなことをしなかったが、最近では転生前と転生後の人格の同化が進んできたのか子供らしい一面を見せることも増えてきている。

 そして今は体の本来の持ち主である子供のほうのアキラの影響が強く出ていた。


「ぅえ? お、怒られるかな……?」

「さあ? その時はしっかりと怒られろ」

「え!? や、やだよ! アキラが連れてきた人たちなんだからアキラが怒られてよ!」

「はっはっは! やだよ」

「僕だってやだよ!」


 アキラの近くに腰を下ろしていたアズリアはそんな二人を──正確にはアキラを見て「こんなふうに笑うのね」なんて思い、森で出会ってから自分たちに向けられた態度とのギャップに少し戸惑ったりしていた。


 だが、アキラのことがなぜか気になるアズリアは、できることならアキラと仲良くしたいな、と思い話しかける。


「ねえ、本当に大丈夫なの?」

「うん? ああ、大丈夫ですよ。もしダメでもルークが──この子が怒られるだけなんで」

「アキラが連れてきたんでしょ!?」


 ルークの憤りに笑って返すアキラだが、アズリアが話しかけてきたことで何かに気づいたのか、アキラはアズリアのことを見た後にニヤリと笑ってルークの方に向き直り口を開いた。


「まあ、安心しろルーク。そこの今話しかけてきたお姉さんは勇者様だから、ゼルベンさんも怒れないさ」

「ゆうしゃ? ……え!? 勇者って、勇者様!?」

「そうだぞ。しかも剣の勇者だ。稽古をつけてもらうといい訓練になるぞ」

「ちょっと!?」


 突然告げられたアズリアの正体に、ルークは混乱と共に驚き、正体をバラされたアズリアもまた驚きを露わにしアキラに近寄って抗議の声をあげた。


 だが、アキラはそんなアズリアの様子を気にした風でもなく言葉を返す。


「特に隠すもんでもないでしょう?」

「それは……そうだけど」

「ならいいじゃないですか。良かったな、ルーク」

「わあああ! やった! 勇者様、よろしくお願いします!」


 森で仕掛けてきたアキラとは違い、純粋なルークの期待する視線を裏切ることはできなかったのか、アズリアは断ることができなかった。


「あっ、でもアキラも後で稽古に付き合ってよ。僕、今度こそ一本取ってみせるから!」

「なら後でな」

「うん!」


 アキラとルークは盛り上がっているが、勝手に約束させられたアズリアは少々げんなりとしている。


「何勝手に決めてるのよ……」

「いいじゃないですか。仮にも勇者でしょ? 子供の稽古相手くらいどうって事ないでしょうに」

「それは、そうかもしれないけど……」


 いまいち乗り気になれないアズリアの様子を見て、アキラは口元に手を当てて考えると何か思いついたのかポーチから何かを取り出した。


「なら、一ついいものをあげますんで、お願いできませんか?」

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