第72話勇者一行の話し合い

 宿屋に着いたアズリア達は勇者という身分を隠して泊まる事にした。

 そうしなければ無用の混乱を生むと今までの経験から理解していたから。


「ふぅ、これで一息つけるわね」

「そうですね。流石は魔境ですね。普通の魔物の巣とは全然違いました」


 アズリアとソフィアは、セリスのとった宿の一室で荷物を下ろして一息ついていた。


 部屋にいるのはアズリアとソフィアだけで、他のメンバーは別の部屋だ。

 まあ男女同室にするわけにはいかないのでそれは当然なのだが、金を持っていないわけではないのだから全員個室でもいいのではないかと思うだろう。

 だが、そうはいかないわけがある。


 この村は冒険者のための宿が多いとは言っても、一つの宿で五部屋も空いているような宿はなかったのだ。

 とれて三部屋が精一杯だった。故に同室となったのだが、この場合は勇者であるアズリアを一人部屋にするべきだろう。


 だが、アズリアとしては今までが一般人だっただけに高い宿で一人で眠るのはあまり好きではなく、セリスはセリスで一人で動ける状況の方が好ましかった。


 そう言った事情からセリスが個室となってアズリアとソフィアが同室となったのだった。


「そうね。それに、そっちもあるけど……」

「この村やあのアキラという少年のことですよね」

「ええ。ソフィアはどう思う?」

「……正直なところ、判断がつきません。特にあの少年の事は」


 あまりにも今までの自身の常識から外れすぎた少年であるアキラ。

 ソフィアはアキラという存在を受け止めきれずにいた。


「この村はまあいいでしょう。魔境のそばにあると言っても、対策をすればできないというわけではないみたいですし。ですが、あの少年はどう考えても異常です」

「……まあ、そうよね」


 アズリアとしてもアキラの存在は異常に思えた。勇者である自分、それも戦闘に特化しているはずの勇者である『剣の勇者』と互角に戦えるなんてあり得ない事だった。

 勇者として目覚めた直後であっても並の騎士であれば余裕を持って倒せたのに、今hアズリア自身が修練を積みさらに強くなっている──はずだった。


 だというのにアキラはそんな勇者を圧倒していた。


「……ねえ、もしかして、アキラくんって……」


 コンコンコン


 だがアズリアが何かを言いかけたところで部屋のドアが叩かれる。


「あっ、はい。どうぞ!」

「失礼する」


 入ってきたのはチャールズだった。

 そしてその後ろにはセリスとダスティンの二人。


「お邪魔しまーす!」

「これ、もう少し静かにせんか」


 そうして三人が入ってくると、アズリアは三人に部屋の中にあったテーブルを勧め、自分たちもそちらへと移動していった。


「さて、では今回の旅の事を話し合うとするか」


 司会というか、こう言った話し合いの場で仕切るのは大抵がチャールズだった。

 普通は勇者であるアズリアがするべきなのかも知れないが、元々貴族でもなんでもない一般人のアズリアでは、生まれながらに人をまとめる事を教えられてきたチャールズに比べてそう言った類の能力に劣る。なので、よほどのことがない限りは話し合いの進行役はチャールズの仕事だった。


「ではまずは初めての魔境についてだが──」


 そして始まった勇者一行の話し合い。


 アズリア達は、何処かへ依頼に行き宿等で泊まると毎回こうして集まって話し合いをしていた。

 今回は魔境に入った時点からすでに一週間は経過しているので、話す内容も普段より長くなるだろうと各々が予想していた。


「──と、こんなものか。まとめるのなら我々は十分に警戒していたつもりだが、それでもまだ舐めていた、という事だな。その点を踏まえてこの村で準備をしていけば、問題無く向こうに戻ることができよう」


 この村は魔境に入る冒険者がよく来る。そのため、この魔境に特化した品揃えの店もある。しっかりと準備をすればチャールズの言った通りに森を抜けることもできるだろう。


 今回が初めての魔境という場所に入ったアズリア達はいくら警戒を促されていても、それを真の意味で理解できていなかった。勇者であれば生き残ることぐらいは簡単だろう、と。正直に言って、本人たちが言うように魔境という場所を舐めていた。


 唯一ダスティンは何度も入った事があったが、実際に体験してみなければわかるまい。と基本的なことはチャールズ達に任せており、自身は本当に危険そうな時だけ口を出す事にしていた。


 実際に生き残ることはできたが、何度か危険な場面もあった。だが、生き残る事ができたのだから次に生かせばいい。

 経験した事を参考にこの村で準備を整えてもう一度森に行けば、その時は今回よりも楽に対処できるはず。


 そうして話がまとまると、一行の話は次の話題へと移っていく。


「では次に、あのアキラと名乗った子供についてだ」


 チャールズがそう切り出すと、それまでとは一転して空気が変わった。皆、それだけアキラのことを注目しているということだ。それがどのような思いからなのかはそれぞれではあったが。


「一応組合証は本物だったよ。アレは魔力を流すと本物かどうかわかるから」


 最初に口を開いたのはアキラの組合証を確認したセリスだった。


「偽造の可能性は?」

「ないと思う。あれって発行する魔法具を弄れるのは組合本部だけなんだよね。で、その技術は他所には知らされていない。組合支部長だってどういう原理で組合証が作られてるのか知らないはず」

「そうか。なら組合証に書かれている事は本当であるという前提で話を進めよう」

「ならばセリスよ、組合証に書かれていた事を今一度話すと良い。齟齬があってはまずかろう?」

「ん、そうだね。なら──」


 ダスティンに促されてセリスは再度自身の見たアキラの情報を共有していく。


「……見た目と年齢の齟齬以外では特におかしいところもない、か」

「その見た目とて、ワシからすればおかしくはないがな。魔力の量によっては老化速度が遅くなという理屈さえわかれば納得できる。そして、あれだけの見た目の齟齬ができるほどの魔力があれば、魔物に遭遇せずに森のほぼ反対側に出ることもできよう」


 基本的に魔法使いの方が長生きすると言われているが、それはダスティンの言ったような理由からだった。


 凄腕の魔法使いに、いかにも魔法使いというような老齢の者が多いのはそのせいだ。皆、歳をとってからの方が魔力が多くなる。正確には歳を取るごとに保有魔力が多くなるので、必然的に老化が遅くなるほどに魔力を持つ凄腕の魔法使いは老齢の者が多くなるのだ。


 だが、老化が遅くなる者はいても、老化が止まるほどの魔力となるとそうはいない。


 通常であれば老齢になってから老化が遅くなるであろう魔力量だが、アキラは今の時点で老化ではなく成長が止まってしまっている。それは異常という言葉がふさわしいものだ。


 それだけの魔力があるのなら、なんだってできるだろうというダスティンの意見に、一向は皆黙ってしまった。


「……でもさ、森を抜けたのはいいとして、あの戦闘力は異常じゃない? あれも魔法でどうにか出来るものなの?」

「身体強化の魔法を使えばどうにかならんわけではない。実際に使っていたようであるしな」

「ですが、私は何も感じませんでしたが……」

「それはごく弱くしか発動していなかったからであろうな。ワシの弟子達がいたとしても気付けんかったであろう。事実、同じ魔法系のソフィアは気付けんかった」


 女神の試練の時は出力だけを考えていたせいで、魔法の使用を隠すことをあまりしてこなかったアキラは、魔法の使用を誤魔化すのを苦手としている。

 それでも自身の専門分野である精神系であれば問題ないが、身体強化などのそれ以外にものとなると、途端に精度が落ちてしまう。だからこそダスティンも気付けたのだ。


「でも、強化したところであんなに戦えるもの? 力で押すんじゃなくて技術で渡り合ってたように思えたんだけど?」

「そうね。寧ろ、最後に力押ししたのは私の方だしね……」


 森でのアキラとアズリアの戦いは、終始アキラがペースを握っていた。

 そしてアズリアはそれをどうにか挽回しようと思い、まさに力押しと言えるような大技を使ったが、それさえもアキラに受けられてしまっていた。


「それに、あの少年だけではなくもう一人、ルークという子もいます」

「そちらは魔力を感じなかったな」

「なら純粋な技術って事? それだと、負けたとは言ってもあんな子供が勇者相手に剣を打ち合えたって事になるんだけど?」


 最後には負けたとは言っても、ルークは最初、稽古の始まりにアズリアを驚かせるほどの動きを見せ、その一撃はあわやというところまで迫っていた。

 これも普通の子供ではありえない──いや、子供でなくとも戦いに特化した『剣の勇者』と剣で打ち合えなどしない。


「だが、事実だけを見るのならそうなのであろうな」

「「「……」」」


 勇者と互角に打ち合うことのできる少年が二人。片方はすでに成人しているが、それでも少年と言える歳だ。

 しかも、その成人している方──アキラに至っては国一番とも言えるほどの魔法使いのダスティンさえもが驚くほどの魔力を持っている。


 その事実にどう向き合えばいいのか分からず、皆黙ってしまう。


「……あ、あのっ。皆さんが来る直前、アズリアさんが言いかけてたことってなんでしょうか?」


 だが、そんな空気を変えようとしたのかソフィアがそんな事を言った。


「何かあるのか?」


 ソフィアの言葉を受けてチャールズはアズリアのことを見たが、その視線はどこか疑っている様にも感じられる様なものだった。

 それ故に、問われたアズリアは少しばかり萎縮してしまったが、しどろもどろになりつつも質問の問いに答えた。


「あっ、えっと……あの子、アキラくんも勇者なんじゃないかなって……」

「勇者? あいつが?」

「ふむ。なればあの実力に納得もできなくはないが、神器特有の力は感じられなかったぞ?」

「そうですね。流石にあれだけ一緒にいればわかると思いますが……」


 アズリアの言葉はすぐに仲間達によって否定された。

 勇者とはこの世界を見守っている十の神から与えられた神器を扱うことのできる適合者のことを指す。それ故に勇者とは常に神器特有の強力な力を放っている。もちろん多少であればその力の気配を隠すこともできるが、何日もの間完璧に隠し続けることなどできはしない。

 ダスティンとソフィアはそれを知っているが故の言葉だった。


 だが、否定されてもアズリアは簡単に引き下がることなく食い下がった。そこに自身の願望を込めて。


「なら、神器に選ばれる前だったら?」

「選ばれる前、か……」

「私だってこの剣を手にする前は一般人だったわ。それでも、その時から周りの子よりも力があった。一般人である私がそうだったんだから、アキラくんが勇者の資質を持っていて最初から冒険者として鍛えているとしたら、おかしくはないんじゃないかな?」


 どうあってもアキラを勇者としたい。いや、勇者であって欲しい。言葉に込められたそんなアズリアの意思に気づいたものは、はたして居ただろうか。


「勇者候補。ないわけではない、か……」

「……成長が止まるほどの魔力を持っているのであれば、杖、杯、秤、月、陽、のどれかである可能性が高いが、月と陽以外は既に勇者がいたはずだ」

「だが、そうなると確認は難しいな」


 月と陽の神器は、神器とは言っているものの、実際にものがあるわけではない。適性者が現れるとその者の体に痣が現れるのだ。


 他の神器の適性者であれば、それぞれ対応した神器に触れば勇者となることができるのだが、実態ある神器が存在しない以上は触らせて確認するという方法も取れない。


 一応それぞれの適性者──勇者が誕生した場合はそれぞれを祀る教会に啓示があるが、それが誰だかまではわからないので、痣の意味を知る人が伝えるか、自分から名乗りでない限りはわからないままだ。


「……そもそもさ、そこまで気にする必要ってあるの?」


 だが、皆が悩んでいる中で一人、アキラの話題になってからあまり会話に入ってこなかったセリスがそう言って皆の思考を遮る。


「なに?」

「いやだってさ、私たちってこの村にずっといるわけじゃないじゃん。森の中での事は確かに不気味だし、異常に感じられるけど、これから関わらなければいいだけじゃない?」

「……まあ、それもそうだが……」

「でしょ? 精々この村に滞在してる間と、森を抜けるまで。そこだけ警戒してればその後は気にしなくていいと思うな」


 セリスとしては、これ以上明に関わりたくなかった。それはアキラから感じる得体の知れなさも関係しているが、それ以上にアズリアに悪影響があると感じたからだ。だから、これ以上明に関わることなく、出来る限り早めに準備を整えてこの村を去りたいと思っていた。


「そうですね。今後どうなるかはわからないわけですけれど、今の時点で敵対しなければそれで十分だと思いますよ」

「そうよのぉ。親しくなれるのであればそれに越した事はないが、警戒しすぎる事もない、か」

「まあ、私としましては本当に勇者であるのなら教会連れて行きたいですが、確証もないのに無理をすることはできないので、かえったら報告しておくくらいですね」


 ソフィアとダスティンがセリスに言葉に同意を示す。

 ソフィアは神殿の関係者という身分上、勇者の存在を神殿に招きたいと思っているが、アキラが本当に勇者であるかは未定である。しかも、仮にアキラが勇者、および勇者候補であったとしても、その気がないアキラを今の自分たちにどうこうできる様なものでもないと理解しているので、戻ってから報告するだけにすることにしたのだった。


「そうか。ならば、あの者に極力接触しない様にしっつ注意をし、休息と森を抜ける準備を終え次第この村を出る。それでいいか?」


 一行は頷き、その場は解散となった。


 結局、明日からはアキラには関わらずに、森を抜けるための準備に取り掛かることで納得したのだった。


 ただ一人、不満そうな顔をしているアズリアを除いて。

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