第60話勇者探しの旅

「よし。それじゃあ俺は明日からちょっと出かけるけど、後の対応はよろしく。くれぐれも問題は起こさないように」


 アキラが勇者の情報を聞いてから三日。アキラは既に出発の準備を整えていった。


 一ヶ月、場合に寄っては半年程度は離れていても問題がないようにグラドやガラッドにも話を通し、後は出ていくだけとなっている。


「「「はい!」」」


 玄関ホールに集待っている人数はおよそ五十人。そのすべてがレーレが呼びかけたサキュバス達であり、その全員は店で働く従業員でもあった。まだ増えそうだったが、これ以上は、とアキラが止めた結果増える事はなくなったのだ。

 そんなこともあったが、それでも五十人だ。それだけの人数が集まっているにもかかわらず、彼女らから発せられる声はチリほどの乱れもない。


「万が一何か起こったらすぐに報告をして、その後は俺が戻るまで時間稼ぎをしておいてくれ。そうすればどうにかするから」

「「「はい!」」」

「じゃあ行ってくる」

「「「いってらっしゃいませ!」」」


 数十人もの配下に見送られて出発するなど、まるでどこぞの貴族になったような扱いだが、ある意味ではその通りだ。サキュバス達には、いや、サキュバスだけでなく、夢魔と呼ばれる存在の全てはアキラの配下として扱われても文句などないのだから。




「これから数日よろしくおねがしいますね」


 店のことはサキュバスたちに任せて勇者探しに出かけたアキラだが、正確に勇者がどこにいるかは知らない。

 国境付近の森にいると言っても、その森は広大であるので、闇雲に探したところでそうそう見つかりはしないだろう。


 故にその森の付近に住んでいる者に話を聞くために近くの村や街に行こうと思ったのだが、偶然その付近に向かう依頼が冒険者組合に張り出されていたので、ついでに受けることにしたアキラ。


「ん? ……お前さんが依頼を受けたモンか?」

「はい。こちらが組合証になります」


 外見が未だに成人に見えないアキラは、慣れた様子で自分の事を村まで運んでくれる依頼人である老人の男性に組合証を見せた。


 それを見ても、訝しげではあったが、納得したようだ。元々辺鄙なところに向かうにしては金額も安かったので、誰も受けないと思っていたのだろう。

 なので、一人であっても、その見た目に不安があったとしても、冒険者がついてきてくれるというのであれば多少は安心できると依頼人の老人は考えたのだった。


「ふむ。……準備は出来ておるのか?」

「はい。こちらにあります」


 アキラは自身の背負っている鞄を示す。当然移動に何日もかかるのに必要な荷物が全部その中に入るはずもないが、この世界には収納具という内容量を増やす魔法のかかった鞄があるため、その中に全部入っていると言われても不思議ではない。


「む、そうか。では早速行くとしようかの」


 先ほどよりも幾分か柔らかい態度になった老人。もちろん理由がある。


 収納具はサイズによってピンキリだが、どの大きさでもそれなりに値段がする。故に、そんな高価なものを持っているアキラはそれだけの金額を稼ぐことのできる冒険者なのだろうと判断した結果だった。


 実際には冒険者として稼いだわけではないが、実力で言えばそれ以上にあるので老人の考えはあながち間違いでもない。




「へぇ〜、ゼルベンさんって強いんですね〜」


 依頼人の老人は、名をゼルベンと言うらしく、アキラの目的地付近にある村から買い出しに来たのだそうだ。ゼルベンは村から来るときは一人できたが、帰りはできる事なら護衛が欲しいので今回の依頼を出したのだと言う事だった。


「なに、あのあたりで暮らしていれば嫌でもそうなるわ。なにせ森から魔物が来ることなどしょっちゅうだからのぅ」


 魔境のそばに村があるのだから、その森から魔物がやってくると言う事は珍しくないと言う。


「移住しようと思ったりはしないんですか?」

「……孫の安全のためにそれも考えた事があったのじゃがな……」

「お孫さんがいるんですね。おいくつぐらいなんです?」

「そうさな。お前さんより少し下……ああ、いや。お前さんは今十五じゃったのぉ。孫は今七つじゃな」


 アキラの見た目が幸いしたのか、道中特に雰囲気が悪くなることもなく、寧ろ和やかに話をしながら進んでいく。

 アキラは自身の見た目を気に入っていないが、それでもこういうときは相手に警戒心を持たれづらいので便利だなぁ、と思っていた。


「これがまたいい子でのぉ。ワシのことを守るんだと訓練もサボることなくやったおるよ。それに、最近では文字も覚えようと頑張っておる」


 この世界では文字を教えるところなどない。正確には一般人には、であり、貴族やそれなり以上の商会の子供が通う学校はある。

 だが、それは一般人には関係のないことだ。そんなものがあろうとなかろうと、通うことができないという意味では同じなのだから。

 故に、武芸を鍛え、学も鍛えるというゼルベンの孫は、この世界の基準からいって身贔屓なく頑張っていると言える。


「そうですか〜。それでしたらご両親もさぞ鼻が高いでしょうね」


 普通であれば自慢の息子だと言いふらしてもおかしくないほどだ。アキラもそう思ったからこそそういったのだが、アキラの言葉を聞いたゼルベンの表情は暗い。


「……いや、あの子の両親は……」


 死んだ。


 ゼルベンは何も言わなかったかが、アキラはそんな彼の様子から察するとこができた。

 アキラたちは和やかに進んでいるが、実際にはアキラたちがいる所はそんなに笑っていられるほど安全な場所ではない。

 街道を進んでいるし、主要な街道は定期的にある騎士の巡回や街道を進む冒険者によって魔物が狩られ、ある程度の安全は確保してあるものの、それとて絶対ではない。


 それを証明するように現在アキラ達に向かって魔物の集団が迫ってきていた。


「……。……辛いことを思い出させてしまい申し訳ありません。重ねて申し訳ないのですが、馬車を止めていただいて良いですか?」

「いや、もう一年も前の事だ。気にする必要は無いが……何かあったのか?」

「魔物です。数は……八ですね。この辺でこの速さと数だと、多分狼系の魔物でしょう」


 多分どころか、魔法によって既に敵の存在がなんであるか把握しているアキラ。だが、ゼルベンに外道魔法のことを教えるつもりはないので、それらしいことを言って説得する。


 魔法で倒してしまえば簡単だが、暗くなってしまった空気を誤魔化すのに丁度いい、とアキラは魔法を使うことなく直接倒すことにしたのだった。


「八!? 待ちなさい。私も手伝おう。それだけの数一人でなど……」

「ご安心を。俺はこれでも銀級冒険者ですよ」


 銀級とは一人前の中でもそれなりに実力のある者がなる事のできる階級だ。中には一生銅級のまま終わる冒険者も珍しくは無いのだから、その評価は一般人においてもそれなりに高い。

 とはいえ、アキラはその見た目が見た目だ。孫ほどの年齢に見えるアキラを心配してゼルベンが止めようとするが、アキラはなんら気負った様子なく言葉を返した。


 持っている武器は一般の冒険者であれば珍しくも無い単なる鉄の剣。だが、それはアキラが持てば子供が頑張って背伸びしようとしている様にしか見えない。


 それを見て更に不安が強くなったゼルベンだが、アキラの様子を見ていると、ゼルベンは大丈夫なのでは無いかと思えてきた。


 そしてそれは正解であった。


 停止した馬車に接近してきたのはアキラが言った通り、狼の魔物が八体。

 馬車を傷付けさせまいと、アキラは迫りくる魔物達に向かって歩き出す。


 そして両者は接近し、アキラに飛びかかり噛みつこうとした先頭を走る魔物は、アキラが無造作に振った剣によって動かなくなった。


 その後も続く剣閃が、流れるように敵を斬っていく。


 接敵してから数秒もすれば、そこには既にアキラしか立っていなかった。

 だが、たたずむアキラの周りには、全てが一撃の元に殺された魔物の死体が散乱しており、そこから流れる血が地面を赤く染めていく。


「終わりましたよ。素材は特に必要ありませんし、ゼルベンさん要ります?」


 服に血の一滴すらつけることなく魔物を倒したアキラは軽く剣を拭うと鞘に納めて振り返った。


 だが、話しかけられたゼルベンは先ほどの戦いとも呼べぬ戦いを目にして、驚愕で目を見開いて呆然としている。


「……ゼルベンさん?」

「っ! あ、ああ。……お前さん、随分と強いのだな」


 再びアキラが話しかけると、その言葉でハッと意識を取り戻し、戸惑いながらも返事をした。


「ありがとうございます。それで、これどうします? いるんだったら解体しますけど?」

「いや、要らぬよ」

「そうですか。では燃やしておきましょうか」


 魔物の死体から魔石を抜かずに放置しているとアンデットとなって動き出すので、倒した魔物は魔石を取るか、燃やしたり潰したりして原型を留めないようにするというが常識だった。


 魔石は売ればお金になるし、冒険者組合にて常時出ている討伐依頼として提出すれば評価も上がるが、アキラにとってはどちらもそこまで魅力的では無い。冒険者としてやっていくつもりはないし、お金も自前の商会があるのでその程度は端金と言えたからだ。


「じゃあ行きましょうか」

「うむ。そうだな」


 アキラが馬車に乗ったことを確認すると、ゼルベンは再び馬車を走らせ始めた。


「それほど時間はかからなかったとはいえ、止まってしまいましたからね今日中に次の街に着くでしょうか?」

「なに、もとよりある程度は余裕を保ってある。心配せずとも問題なかろう」

「そうですか。それならよかったです」


 しばらく街道を走っていると、それまで馬車に揺られながらも本を読んでいたアキラにゼルベンが話しかけた。


「……のう、アキラや。お前さん、ワシらの村に着いたらどうするつもりだ?」

「ん? そうですね……」


(勇者の件については言っても平気か? ……うん。勇者に会いたいってやつは珍しい訳じゃないから問題はないだろう)


 そう結論付けると、アキラは自身の目的を話しはじめた。もちろん、女神云々は言わなかったが。


「俺、勇者を探しにきたんですよ。ゼルベンさんの村の方向に勇者が来るらしいっていうんで、一度会ってみたいなって思ったんです。だからとりあえずは|色々(・・)情報集めて勇者探しですかね?」


 勇者を探すために情報を集めるとは言ったが、もちろん集めるのは勇者だけではなく女神の情報もだ。アキラが今回探しにきた勇者が女神の生まれ変わりであるとは限らないのだから、明としては当然であった。


「そうか。……もし時間があるようならでかまわぬのだが、孫に稽古をつけてもらえはせんか?」

「稽古?」

「そうだ。言ったようにワシらの村は他所にくらべ危険が多い。孫には、死んで欲しくないのだ」


「だから、どうか頼めないだろうか?」


 アキラは考える。本当なら情報次第ではすぐに動きたいのだ。だから稽古をつける時間なんてないと、そういうことはできた。だが、アキラに頼むゼルベンの眼が、アキラにはどうしても無視することはできなかった。

 その眼は、家族を想うという願いを宿していたから。


(……俺、家族を大事にする人には弱いんだなぁ)


 自身の弱点とも言えるものに、今更ながら気がついたアキラ。

 だが、アキラはそんな自身の弱点を嫌いにはならなかった。


「良いですよ」

「──っ! 本当か!?」

「ええ。と言っても、そう長い間は無理ですけど」

「かまわぬ! 感謝する!」

「いや、そう言うのいいですって! 俺だって好きでやるんですから」


 そう言って頭を下げて大袈裟なほどに感謝をするゼルベンを止めるアキラ。


 その後も何度か魔物に襲われながらもアキラ達は進み、途中の町によりながら徐々に村に近づいていった。


「おお、やっとみえてきたのぅ」


 そうして数日の間ゼルベンとアキラは馬車に乗り、ついにゼルベンの住む村であり、アキラの目的の村にたどり着いた。

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