第59話勇者の情報

「随分と派手にやったようだな、アキラ」


 そう言ったのはアキラの祖父であるグラドだった。


 アキラはゲールとのお話しを終えて、「やべぇ、ちょっとやり過ぎたか?」なんて思いながら歩いて自身の店に戻ると、従業員であるサキュバスの一人からグラドが来ていることを知らされた。


 アキラがグラドのいる部屋に行くと、グラドはにやりと笑いながらアキラに話しかけたのだ。


 だが、そのことにアキラは顔をしかめざるをえない。

 とはいえ、その理由はグラドがこの場に来ていることではなく、別の理由だ。


「……どうしてご存知なのか、お聞きしてもいいですか?」


 アキラがゲールの仕事場で事を起こしたのはついさっき、時間にして一時間ほど前と言ったところだ。だというのに自分が伝えるよりも早くグラドはゲールのところであった事を把握していた。それが正しい事なのかは分からないが、それでもある程度は把握しているのだろうというのがアキラの考えであり、それは正しかった。


「お前にゲールのことを教えただけで傍観しているとでも思ったか?」


 グラドは自身の行動の結果、家族を傷つけたことを今でも後悔している。そしてもう二度とそんな間違いをしないと誓った。

 そんなグラドが、アキラに危険を教えただけで守るために動かないなど、あるはずがないのだ。


 結局のところ、アキラだけでなく、グラドもアイリスも、そしてクレストもクラリスも『家族』というものに甘いのだ。助けた結果自身が大変な思いをしたとしても助けるために行動しようと思うぐらいには。


「でも、これ以上は向こうもなにもしないと思いますよ。気づいてはいなかったようですけど、魔法で暗示を掛けておきましたから」


 そう。あの状況でアキラがなにもせずに魔法について話すはずがないし、開放するはずもなかった。

 まだ何かされたわけでもないので、洗脳することはやめておいたが、それでも安全のためにアキラと敵対しないようにしようと思うように暗示を掛けておいたのだ。


「ふむ、そうか。なれば手を出す必要もない、か」

「ええ。本当は魔法を使わずに終わってくれればよかったんですけどね」

「……確かにお前の力は強力であり、忌避されるものであるかもしれない。が、それでもそれはお前の力なのだ。お前自身が忌避する必要などはない。使いたいと思ったのなら好きに使えば良いのだ」


 普通であれば他者を洗脳する力など使えとは言わないのだろう。だが、それでもグラドは言った。もう二度と、家族には傷ついて欲しくないから。


「間違っていると思えば、私もアイリスもお前のことを止めるだろう。……いや、アイリスは止めんかもしれぬな」


(確かに。母さんなら俺を止めないで、むしろ俺を止めようとする者を止めようとするかもね)


 自身のことを止めることのないアイリスの姿が容易に想像できてしまい、アキラは苦笑いするしかなかった。


「まあ、一般人相手には使わないというのは、一応自分で決めたことなので。もちろん自分に害がありそうなら躊躇うつもりはないですけど」

「む、そうか。ならばこれ以上は言わぬとも良いか」


 アキラは、相変わらず魔法を使って無茶をするつもりはない。それでは自分のことを出し時にしてくれている母にも、自分が会いたいと願っている女神にも顔向けする事ができないから。

 だがそれでも、アキラはグラドの言葉でもう少しだけ自由にしても良いのかな、と思い始めたのだった。


「──今後ゲールとその関係者は手を出さぬと思うが、それでもじゅうぶんに気をつけるのだぞ」


 グラドはそういうと、アキラの答えを待つことなく部屋を出て行ってしまった。




「アキラくん何かした?」


 数日後。アキラが冒険者組合に行くとそんな事をルビアから言われた。


「何かって、また抽象的ですね。何かってなんです?」

「え? えっと、そうね……。例えば裏の組織を潰したとか? あとは権力者に会ったとか、かな?」


 ルビアの言った事は事実とは少々違うが、それらの事と似たようなことはつい先日行ったばかりだ。

 裏の商人であるゲールに呼び出されその場で少々|お話し(・・・)をし、店に戻ってからはグラドと話した。

 どちらも裏の組織や権力者と呼ぶことのできる存在だった。


 だが、それはアキラが行ったのだと分からないようにしていたはずだった。だというのにそのことを自身に聞いてきたことを、アキラはよく知ってるな、と素直に感心してしまった。


 どうやら普段の様子はアレだが、組合に勤めるだけはあるらしい。とアキラはルビアに対してなかなかに失礼なことを考えていた。


「まさかそんな。裏の組織を潰すってなんですか。そんな力あると思いますか? まあ権力者には会いましたよ。なにせ自分の祖父ですから」


 実際には裏組織を潰すどころか、ちゃんと計画を立てて魔法込みでやれば小国くらいなら乗っ取ることのできるアキラだが、そんなことはおくびにも出さずに否定する。そして言葉の半分だけを認めることでルビアの思考をそらすことにした。


「ああ〜。そういえば大商会の会長のお孫さんだったね〜」

「……そう言うと、なんだかなかなかボンボンに聞こえますね。俺」

「なかなかどころか、かなり、だよねぇ〜。実際この国で総資産は上位五本に入る商会でしょ〜?」

「だとしても、孫にはそんなに来ませんよ。俺の持ってるのは精々自分で稼いだものと母からの仕送りぐらいです」


 アキラは必要ないと断っているのだが、それでもアイリスはアキラに仕送りをしている。その金額は少々子供に送るには多すぎるものであったが、アキラはその金には手をつけていなかった。


「え? 自分で稼いだって言ってもそんなにないでしょ? アキラくんあんまり冒険者の活動してないし」

「あれ、行ってませんでした? 実は自分の店を始めたんですよ。最近はそっちが忙しくて。ちょっと予想外でしたね」


 パチパチと目を瞬かせて驚きを露わにするルビア。


(そういえば最近冒険者組合にはきてなかったし言ってなかったかもな)


 アキラがそう思い出していると、ルビアはハッとしてアキラに話しかけた。


「お店始めたんだ! そういえば前から何かやるとは言ってたっけ」

「ええ。まあいろいろと問題もありましたけど、なんとかなりました。そんなわけで俺自身はそんなに貰ってませんよ」

「ほぇ〜」


 間の抜けた声で関心をするルビアだが、アキラにはそれよりも気になることがあった。


「ところで、さっきの話ですけど、どこからの情報なんですか?」


 組合のものだから知っているのはいいとしても、そもそもなぜ組合は知っているのか。それを知らなければ今度の行動にも差し障りがあるかも知れない。アキラはそう考えて探りを入れてみることにした。


「ああ、えっとね、どこからってわけじゃなくていろんなところから、かな? 最初は組合お抱えの商人の人達が言ってたの。ある裏の売人が潰されたって。その影響で勢力図の塗り替えなんてあったら組合としては放置できないじゃない? だから情報を集めてたんだけど、どうも子供に潰されたって話だったの。それでそんな事の出来る子供って言ったらアキラくんぐらいしか思いつかなかったから」


(他の商人達か……。でもなんで……いや、ゲール達を抑えても、元々騒いでいたのがいきなり大人しくなればそりゃ疑いもするか)


 アキラが考え込んでいると、ルビアは心配そうにアキラの顔を覗き込んで話しかけた。


「アキラくんじゃないのよね?」

「……俺、そんなに組織とか潰しそうに見えます?」

「ううん! でもやっぱり心配だから」


 違う。そう言ってしまえば嘘になる。だから嘘をつかないようにとはぐらかそうとしたのだが、自分のことを案じているルビアを見て自分の小狡さが嫌になった。今の自分はまるで前世における自分を虐げた奴らと同じじゃないか、と。


「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。裏の組織と喧嘩なんてしていないですし、あったとしても祖父に頼めばなんとかなります」


 それでもアキラは自分の感情を押し殺して何も心配する事はないとルビアに微笑みかける。


 アキラは裏の組織と喧嘩などしていない。ゲールの件はもう終わった事なので|現在は(・・・)していないのだ。それにこの間のは喧嘩ではなかった。喧嘩にすらならなかったというべきか。アキラとゲールのやり取りは単なる蹂躙だった。そういう意味でもアキラの言葉は嘘ではない。


「あっ……」

「どうしました?」

「えっと、あっちでリーリアさんが……」


 ルビアの指差した先を向くと、その先にはリーリアがアキラに向けて手招きをしていた。

 普段からめんどくさそうにしている彼女の様子から考えると違和感のある行動に、アキラは嫌な予感がした。

 だが呼ばれている以上無視するわけにもいかない。

 仕方なくアキラは嫌な予感を押し殺してリーリアの元に向かった。


「なんでしょう?」

「……裏の商人の件、あなたでしょう?」

「その話は今ルビアさんとしていましたが、違いますよ」


 アキラは先程と同じように誤魔化しにかかる。だがリーリアはそう簡単に信じたりはしないだろうなと思っていた。


「……本当に?」

「ええ」

「……そう。なら、いいわ」


 しかし、アキラの予想に反してリーリアはあっさりと引いた。そのことにアキラは若干の違和感を覚えながらも、深く聞かれないならそれでいいかと突っ込む事はなかった。


「それだけですか?」

「……もう一つあるけど、こっちは雑談みたいなものね」


 リーリアは一旦そこで言葉を切ると、意味ありげにアキラのことを見た。


「どうやら、勇者様がこの国に来るらしいわよ」

「え?」

「えっ!?」


 アキラとルビア。両者が同時に驚きの声をあげる。


 勇者が来る。そのことに驚いて思考が止まってしまうアキラ。だがそれも仕方がないことだろう。なにせ勇者には、女神の生まれ変わりがいるのかもしれないと予想しているのだから。


「じゃあ王都まで来るんですか!? 見ることってできるんでしょうか!?」


 そんなアキラをよそに、ルビアは若干の喜びを混じらせた声をあげてリーリアに問う。


「……この国って言っても、端の端みたいだからどうかしら?」

「端って何処なんですか?」

「……ここよ。この魔境の魔物狩りが目的みたいね。それで一応こっちの国の領土でもあるから知らせたってことみたいなの」


 カウンターの引き出しから取り出した地図の一部を指差しながらリーリアが説明する。


 彼女の指差した場所には、国境を跨ぐようにして森が広がっていた。魔境と呼ばれる人の住むことのない地。勇者はそこに魔物を借りにいくのだと言う。


「よく知ってますね。ルビアさんはご存知なかったのに」

「……私の方が階級は上だからじゃないかしら? ルビアにもその内教えられると思うわ」


 冒険者組合の職員に階級とかあったのか、と今まで知らなかった事実に驚くアキラだが、その驚きもすぐに消え去った。


「……その勇者って|どれ(・・)だかわかりますが?」

「……さあ、そこまではわからないわ」


(ここに勇者が来る……。今代の勇者は『剣』がいたはず。ならこの勇者があいつの生まれ変わりの可能性もあるかもしれない……)


 勇者とは神器に選ばれた存在であるため神器の数だけ存在する。故に、勇者であったとしてもアキラの望んだ勇者であるかはわからない。だとしても、アキラは勇者に会いにいくつもりだった。


「……やっぱり会いに行くつもり?」

「えっ? アキラくん勇者様に会いに行くの!?」


 リーリアの言葉に驚くルビアだが、アキラとしてはどうしてリーリアがそんな事を知っているのかと不思議に思う。確かにアキラは勇者に興味があるとは言った事はあったが、それでも言ってしまえばそれだけだ。勇者などと言う存在に自ら会いにいこうとしているなんて、この世界のものではそうかんがえられないことだろう。


「ええ、まあ。せっかく近くにいるんだったら一目見てみたいな、と」

「でもここ魔境だよ! アキラくんには危ないんじゃ!


 ルビアは慌てて止めるが、祖父であるグラドの言葉もあって、もうちょっと魔法を使っても良いのではないかと思い直したアキラにとって、魔物や賊程度で相手になるはずもない。


「いや近くの街に行って会えたらな、ってくらいです。危ないことはしませんよ」


 とは言え、それを正直に言うわけにもいかないのでアキラは誤魔化しにかかる。


「む〜。でも……」

「……やめなさい。冒険者は何があっても自己責任でしょう? 心配なのは分かるけど、それ以上はむしろ迷惑になるわよ」

「リーリアさん……」


「……うぅ〜。ちゃんと帰ってきてよ!」


 むくれながらそう言ったルビアに対し、アキラは感謝の念を抱いていた。

 今まで何度か似たような事があったが、これまではただお節介としか思っていなかった。


 だが、短いながらも自分のもとにやってきたサキュバス達と生活してみて、人との付き合いを改めて知る事でアキラは変わった。

 人との付き合い、とは言ってもそれは今までもあった。だが、付き合いはあったものの、アキラはごく限られたものしか信用していなかったのだ。どうせ本心では自分のことを否定するのだから、と。


 それは前世での経験からであったが、今世においてアキラが他者の心を読めるというのが原因でもあった。

 最近はあまり使う事はなくなったが、魔法を使えるようになってからは頻繁に使っていた。実験という意味合いもあったが、憧れもあったから。


 そして人の記憶を覗いた結果、人の負の側面を見ることになった。


 それからアキラは、自身の母であるアイリスと親友であるウダルしか信じる事ができなくなっていたのだが、グラドやガラッドに信じてもらえた事で自分も他人を信じてみようと思えた。

 その変化は微々たるものかもしれない。本質は変わっておらず、未だに他人に対して辛く当たることもある。だがそれでも、アキラ本人は自覚していないかもしれないが、それでもアキラは変わっていた。


(こうも心配してくれるなんて、ありがたい事だね。ほんとに)


 今ならそう思えるアキラだった。

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