第58話裏の商人

「……なんでこんなに人がいんの?」


 朝、アキラが店に行くと、すでに店の中は満員状態だった。

 アキラの店は、客に夢を見させるというものなので、どうしても場所を取る。なので一度にそれ程多くは客が入れないのだが、それでも全部が埋まることはないだろうなとアキラは思っていた。少なくとも今はまだ。


 なにせ『夢を見せる店』など怪しすぎる。


 だが、ある日を境に客が増え始めた。そのある日というのは、クラリスの願いを叶えるために新たに客に見せる夢の内容を追加した日だ。


 元々はクラリスだけしか使っていなかったのだが、クラリスの急な成長を訝しんだパーティーメンバーがクラリスを問い詰めた。問われたクラリスは、特に隠すようなことでもない、寧ろ宣伝してやればアキラのためになると思い新メニューのことを話した。

 それを聞いても最初は訝しんでいたメンバー達だが、ならば一度行ってみようという事になり行ってみた結果──ハマった。


 なにせ普通なら死ぬような怪我でも死なずに安全に経験を積むことができるのだ。それは命をかけて金を稼ぐ冒険者にとっては貴重な事だ。もっと簡単に倒したいけど、新たな方法を模索するとなればそれは危険が伴う。故に少々手間であっても今までと同じ方法で狩りを続けることしかできなかった冒険者達だが、死なないとあれば危険を覚悟で色々と試せる。

 そうして何度も怪我をしながら経験を積み、クラリスのパーティーは最適化された動きで魔物を狩っていくことができるようになった。


 そしてハマったのは訓練用の夢にではあるが、元々の夢の方にでもある。

 ヘタな店に行くよりも安く、質の良い|夢を見る(・・・・)ことができ、なおかつ訓練のためだからという言い訳もできるので堂々と利用できる。

 なので、クラリスのパーティーメンバー達はその後何度もアキラの店を利用する事になった。

 女性は訓練のために。男性は訓練と『|夢(・)』のために。


 そうして機嫌よく毎日を過ごしていた彼らは、酒の席で他の冒険者に話した。

 それからはあっという間だ。彼らから話を聞いて店を使ってみた者は常連となり、他のものにも勧める。そんなことが繰り返され、今では毎日埋まっており予約制となっていた。


 そう。アキラは甘くみていたのだ。人の欲望というものを。

 自身にはそう言った経験がないのでそれ程良いものだとは思えなかった。特にアキラの場合はその精神の大半が人嫌いな前世のものだ。

 故に一般論として、|そういうの(・・・・・)を利用する者がいるというのは知っていたが、その本質を理解していなかった。


 なんでも思い通りになる理想てきな世界。それがアキラ達の見せる夢だ。

 一回の料金はそこそこ高いが、高すぎるということもない。貧民であっても、ちょっと頑張れば普通に通える程度のものだ。


 現実では貧民でも、夢の中では神様になれる。

 誰だって人にはいえないことがあるだろう。禁じられているから我慢していることだってあるだろう。モラル、マナー、常識、そう言ったものに縛られることのない幸せな世界。それは一種の麻薬と同じだ。人間とは、一度知った幸福を手放すことは出来ないのだから。


(──って言っても流石に不味くないか?)


「アキラ。少しよいか? 少々面倒な事になりそうだ」


(あっ、やっぱり)


 グラドが言うには、この街の商人の裏をまとめている者がアキラの店に不満があるとのことだ。

 まあいきなり入ってくる金が減ったのなら不満にもうのもわからなくはない。普段なら自身の配下に加え|話し合い(・・・・)をすればそれで収まる。だが、アキラはすでにグラドの庇護下にある。それはグラドが表だけでなく裏にも手を伸ばそうとしていると思われてしまっているようだ。いくら否定しようとも代表である者がグラドの孫で、その孫であるアキラの年齢を考えればそれも当然のことだと言える。なにせ、すでに一般の商人が稼ぐ金額をとうに超えているのだから。


「そんな気はしてました。何かあるだろうなって。明日にでもその方のところへ行ってきます」

「……そうか。お前にその気があるのなら止めはせんよ。だがな、前にも言ったが、何かあったのなら後の事など考えずに動け。何か問題になったとしても、お前が無事に戻ってくることの方が大事なのだからな」


 そうしてアキラのことを心配するグラドを見てアキラは笑った。自身のことを心配するグラドの姿が、自身の母親でありグラドの娘であるアイリスによく似ていたから。


「やっぱり親子ですね。そう言って心配する様子が母さんとそっくりです」


(そういえば、母さんへの手紙はもっと頻繁に送った方がいいんだろうか? まだ二回しか送ってないけど、母さんからは週一で届くんだよなぁ)


 普通は週一などと言う頻度で手紙を書いたりはしない。街の外には魔物や盗賊が多く、手紙を届けるだけと言っても一苦労なのだ。だから確実に届けようとするとそれなりに料金がするので、この世界の者は一旦街から出て生活するようになると、その後どうなったかわからないというのも稀ではない。というかそれが一般だった。

 それを、アイリスはそんなことは知ったことかとばかりにアキラへの愛情を暴走させて手紙を送っていた。それで破産するような事はないが、やはり多すぎると思ってしまうアキラだった。


(ああ、手紙で思い出した。コーデリアって一応この街に家があるんだよな? 本宅じゃなくてこっちに用があるときに使う別宅らしいけど。挨拶はしといた方がいいのか?)


 コーデリアとは以前アキラが冒険者として活動している最中に出会い、助けた女性である。そしてその正体は貴族の子女であったのだが、どうにも自身のことを助けたアキラに好意を寄せているようで、こちらも定期的にアキラに手紙を送っていた。こちらはアイリスほどではなく月に一度程度だったが、それだって十分に多いと言える。

 だが、それもアキラが故郷を出るまでであり、王都に着いてからは一度も手紙のやり取りはしていなかった。


(……まあ後で機会があったらでいいか。俺が顔を出さない方が向こうの迷惑にならないだろうし。こっちで問題がある今は特に)


 コーデリアは、賊に襲われて即座に助けられたが、その時怪我をし一年間意識不明だった。ということになっている。

 それは彼女の今後のことを考えた結果だ。賊に襲われて犯されたとなれば、元の生活に戻ったとしても悪意にさらされる事になる。それを防ぐために作った設定なのに、アキラが出入りするようになればそれも意味がなくなってしまう。故に、アキラは自分からコーデリアに関わろうとは思えなかった。




「突然であったにも関わらずお時間を作っていただき感謝いたします。ゲール殿」


 アキラがいるのは裏の商人のまとめ役であるゲールという男の家。家と言ってもこの場が本宅というわけではなく、単なる仕事場の一つでしかない。


「なに、こちらとしても貴方とはしっかりと話してみたいと思っていたのです」


 人の良さそうな笑顔を浮かべて答える男は、昨日グラドが言っていた裏の商人のまとめ役であるゲール。一見しただけではとても裏のまとめ役などやっているようには思えないが、よくよく見てみればわかるものには分かる。身につけている装飾品は全て魔法具で、部屋の至る所にも同じように魔法具が仕掛けられている。


「それで、お話の内容というのは貴方のお店について、でよろしいですか?」

「ええ。なんでもそちらをご不快にさせてしまったとの事で。申し訳ありませんでした。若輩故、昨日祖父から言われるまで気がついておりませんでした」

「いえいえ、駆け出しというのは誰だってそういうものです。……ところで一つお伺いしたいのですが、昨日祖父から、グラド殿から聞いたという事ですが、彼はお店には関与していないのですか?」

「はい。あの店は私がたまたま知り合った魔法具師に作ってもらった魔法具を使っているので、祖父は最初の挨拶などで手伝ってくださった以外関与していません」


 そこまで話すと、ゲールは何かを考えるように少しばかり目を伏せた。

 そして視線を正面に戻スト、そこには先程までとは若干違う笑みを浮かべていた。


「そうですか。……では相談なのですが、私にあの店の経営を任せてもらう事はできませんか?」

「……は? えっと、それはどういう……」

「今回のミスのように、商人となったばかりの貴方ではあの店の経営をするのは厳しいでしょう。どうやらグラド殿も手伝ってくださらないようですし。ですので表向きは貴方が代表となったまま私が経営を行い、貴方はその間に色々学ぶ。そういうのは如何でしょうかね?」


(……え? これマジで言ってるのか? ちょっと俺のこと舐めすぎというか、バカにしすぎじゃないか?)


 そのゲールの言葉はあまりにも酷いものだった。アキラは、ゲールは自分のことをなめているだろうなとは思っていたが、まさかここまでとは思っておらず、驚愕から言葉を失ってしまった。


「……申し訳ありませんが、折角自分で始めた商会ですので、潰れたとしても最後までやり遂げたいと思っています」

「……そうですか。──ハァ」


 ダンッ!


 ゲールはため息を吐くと、アキラとゲールの間にあった机に拳を叩きつけた。

 そしてもう一度先程と同じ質問をアキラにした。


「もう一度お聞きしたいのですが、私に任せるつもりはありませんか?」

「何度聞かれようと変わりません。あの店は私の店ですから」


 アキラが再度断ると、ゲールはその態度が豹変した。それに合わせて周りにいた護衛達は武器を手にする。


「チッ。うるせえよ。お前は黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ。お前の店の全てを寄越せ。一応お前を代表としたままでいてやる。そうすりゃお前に金は入るし、お前は次に店をやるときに高い評価のまま始められる。何より、まだ死にたくはねえだろ? これは俺とお前、どっちにも理のある話だぞ」


 アキラは一瞬考え込むそぶりをすると、にこりと笑いかけて言った。


「お断りします。あの店は私の店なので」


 だが、それに対するアキラの答えなど最初から決まっている。


「……そうかよ。なら頷くまで|話し(・・)をしようじゃねえか。店の事について関わらないぐらいだ、どうせあの爺さんはお前を助けにゃこねえからよ」

「ふふっ。助けに来ない、ですか」


 ゲールもその護衛達も、アキラがなぜ笑っているのかがわからない。助けが来ないと理解しておかしくなったかと考えたが、どうも目の前のアキラの姿はそんな様子には見えない。


「違いますよ。助けに来ないんじゃなくて、助ける必要がないんですよ」


 アキラはポーチの中に入っていた剣を取り出した。


「収納具か……。それで、そんな剣を取り出したところでどうする? まさか剣一本で勝てるとでも思ってんのか?」

「ええ、もちろん。面倒なのでできれば穏便に済ませたかったのですが、どうやら無理そうなので貴方がやろうとしたように武力で|お話(・・)しようかと」


 アキラがそう言うと、突如、なんの合図もなしにアキラの背後にいた男が、持っていた魔法具を使用してアキラを捕らえようとする。

 それはスタンガンのようなもので、触れた相手を動けなくするものだったが、そもそも当たらなければどうと言う事はない。

 アキラは振り返る事なく体を少しだけ動かしてその道具を切り落とす。


「なに?」


 それだけで決まると思っていたゲールは、顔を顰めながら思わずと言ったように声を漏らした。

 それを見て他の者もそれぞれ連携をとりながらアキラにを攻撃するが、有効打が与えられないどころか、服にかすることすらもできないでいる。


 当然だ。アキラは地獄とも呼べるような場所をくぐり抜けてきたのだ。この程度であれば心を読むまでもなく対処できる。


「まさかそんな事はないと思いますけど、もしかしてこれで終わりですか? あれだけ大きな態度をしておいて? いや、そんな事はないですよねぇ?」


 目の前の光景を受け入れられず困惑するゲールを煽っていくアキラ。


 普段ならそんなことをしないが、先程のゲールの言葉がアキラの心を苛立たせていた。

 アキラが怒る要因としては二つある。

 一つは『身内』を悲しませることだ。前世において『本当の家族』のいなかったアキラにとってはこの世界でできた『身内』は何よりも大事なものの一つになっていた。


 そしてもう一つは、自身のものを奪われることだ。

 前世では自分のものなどなかった。なにかを手に入れたとしてもそれはすぐに奪われた。それは前世の晶としても今世のアキラとしても心に傷を残していた。故にアキラは自身のものを奪おうとする者には容赦するつもりはなかった。


「ねえ、どうなんですか? やるなら早くしてください。全部潰すんで」


 アキラは笑っているが、その瞳の奥には暗く淀んだ感情が渦巻いている。

 そんなアキラに瞳の奥に存在するものがゲールには理解できた。だが、そのせいでゲールはただゴクリと唾を飲み込むことしかできない。分かったから、分かってしまったから。自分がとった行動は、どうしようもないほどの悪手であったことを。


「……まあ、いいです。今回は見逃しましょう。今後はちょっかいをかけないでくださいね? 私は貴方達に構っている暇なんてないので。──次は|壊す(・・)」

「こわ、す……?」


 つい、といったように言葉を漏らしてしまったゲール。アキラは律儀にもその言葉に答えた。


「そう、壊す。殺す、じゃない。殺したらそれで終わりだ。そんなのは言うまでもなくあんた達も分かってると思うけど、それだって結局は最後は殺すんだろ? そうじゃない。それじゃ足りない。……うん。あんたならいいかな」


 なにがいいというのだろうか。ゲールはそんなことを思ったが、直後のアキラの言葉で理解した。


「俺は魔法が使える。外道魔法って呼ばれる奴なんだけど、知ってるだろ?」


 魔法を使えるものは一般にもいる事はあるので、珍しくはあるものの、ゲールのような立場のものが驚愕するほどではない。

 だが、アキラのように外道魔法は一般には全くいない。バレれば国によって処理されてしまうから。そんな存在が目の前にいるとなれば驚くのも無理はなかった。


「もし、俺に害を成すようだったら、頭の中をぐちゃぐちゃにして俺の駒になってもらうよ。……とはいえ俺も鬼じゃない。そうなったとしても、意識だけは奪わないでおいてあげるよ」


(……ああ。確かに鬼じゃないな。……鬼なんかじゃ、全然足りねぇよ。この化け物がっ……!)


ゲールの視線の先にあるアキラの顔は、まるでゲールのことを人とは思っていないような──いや、そもそも価値のあるものとして見ていないような、かけらも感情のないものだった。

それを見た瞬間、ゲールは自分がとんでもないものに手を出したのだと思い知らされた。


 意識だけは奪わない。それは逆にいえば、意識しか残っていないという事だ。自身の体が、自身の思いとは違う動きをする中で、それを途切れる事なく見続けることしかできない。それは全く意識がなくなってしまうよりもつらいことなのではないだろうか。


「わ、分かった。俺の手の届く範囲ではもうお前に手を出さないし、出させない」

「そうですか。それは良かったです。まあそっちにもリターンがないとやってられないですよね。俺としても貸しを作るというのは嫌ですから、俺の魔法が必要になったら頼ってくれれば条件次第では受けますよ」


 そう言い残すと、アキラは壊れた家具や飛び散った血の広がる部屋を悠々と歩きながら去っていった。

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