第61話辺境の村
遠目に見えた村は、アキラの見たことがある村と違ってかなりしっかりした作りになっていた。
具体的には村を囲う形で丸太を使った壁が形成されており、その外側には堀が掘ってある。その上、壁の内側には物見櫓までついている。
これは通常の村ではあり得ないことだった。
「結構しっかりした村ですね」
「これくらいはしないと魔物におそわれるでの」
ここまでしなければ守りきれないんだったらもっと別の場所に行けばいいのに、とアキラは思った。いくら新たな土地では色々大変だと言っても、それは先のことを思えばそちらの方が安全なのではないだろうか。
だが、それでも譲れない何かがここの人たちにはあるんだろうとアキラは納得する事にした。譲れないものというのは人それぞれであり、その大切さをアキラは知っていたから。
「おい、帰ったぞ。開けとくれ」
「ああ、お帰りなさい、ゼルベンさん。……そちらの子は?」
門を守っている若者にゼルベンが声をかけると、その若者は少しだけ眉を寄せながらアキラの方を見て尋ねた。
「こっちの子は冒険者のアキラだ。今回の護衛をしてもらった」
「はじめまして。銀級冒険者のアキラです。この度は護衛として参りましたが、しばらくの間は滞在するつもりですので、よろしくお願いします」
あまり関わる事はないだろうが、ここで手を抜いた結果、村のものから嫌われるのをアキラは避けたかった。それは勇者探しの事もあるしゼルベンの孫の事もあるからだ。
一応勇者の件が片付いたとしても、しばらくはゼルベンの孫の稽古に付き合うつもりでいるアキラは、滞在中に問題がないようにと丁寧に挨拶をした。
「は? ……えっと、銀級? この子が、ですか?」
訝しむ、というよりも混乱の方が大きい若者。
アキラとしてはそんな反応には慣れたものだが、それでもいい気分かというとそうではない。
まあ、アキラ自身その見た目を利用することがあるので、特に他人に何かを言ったりするような事はあまりないが、できる事なら年相応の対応をして欲しいと思ってしまう。
「うむ。気持ちは分かるが、お前よりも強いぞ、ゾラン。ここにくるまでに何度か魔物に遭遇したが、全てアキラ一人で片付けおったのだからな」
「こんな子供が、俺より強い、ですか……。まあゼルベンさんがそういうんならそうなんでしょうかね」
ゾランと呼ばれた若者はまだ納得した様子ではなかったが、それでもゼルベンはこの村では一目置かれているようで、その場は引き下がった。
「それで、通してくれぬか?」
「ああっと、すんません。今開けます」
「早くルークのところに行ってやってください。随分と待ってますよ」
「分かっているさ。お前が止めなければもう少し早かったのだがな」
ゾランは肩を竦めると、端によってゼルベンに道を譲った。
「さあ、行こうか」
「おじいちゃん!」
アキラたちが一軒の家の前にたどり着くと、一人の少年が駆け寄ってきた。
ゼその手には木剣を持っていることから、おそらくは剣の修行をしていたのだろうと思われる。
「おお、ルーク。元気だったか?」
「うん! おじいちゃんがいない間にゾランさんに褒めてもらったんだよ、強くなってるって! それにね、もう文字が読めるようになったんだ!」
「おお、そうかそうか。それはまた随分と頑張ったのう。流石はワシの孫だ」
ゼルベンをルークは楽しげに話している。この世界では何らかの用で故郷を離れたまま帰らないということが多々ある。現にゼルベンの娘夫婦もゼルベンと同じように買い物に行って帰ってこなかった。故に再会を喜ぶのはおかしくはないのだが、この場にはもう一人アキラがいた。
「……あー、水を指すようで悪いのですが、これにて依頼は終了でよろしいですか?」
「ああ、すまんかった。うむ依頼は完了だ。報酬と証書は家の中にあるでな。このあと渡そう」
依頼を果たした場合はその依頼人から完了の証明書をもらわなくてはならない。そして、そこに書かれた依頼人からの評価でその後の冒険者の階級に響くのだが、階級などどうでもいいアキラにとってはそんなこと関係ないので、ただ依頼が終わったという証でしかなかった。
「……おじいちゃん。この人はだれ?」
と、アキラとゼルベンが話していると、自分と同じくらいの歳のアキラが気になったのか、ルークが二人の話に割り込んできた。
「ん? この者はアキラと言ってな、今回ワシを護衛してくれた冒険者だよ」
「はじめまして。冒険者のアキラです」
相手が子供とは言え、いつものように礼儀正しく挨拶をするあきらだが……
「冒険者? なんか弱そう……」
無慈悲なルークの言葉がアキラの胸を貫いた。
普段言われていることだから慣れているが、それでも自分よりも年下の少年にまで言われると、アキラとてそれなりに傷付くのだった。
「ルークや、そういうでない。アキラはワシよりも強いのだぞ。 ……すまんのぅ。許してやってくれぬか?」
「構いませんよ。自身の見た目は理解してますから。ええ」
ゼルベンの謝罪に対して、まるで自分に言い聞かせるようにアキラはそう言う。
「ルーク。ワシらは話があるのでな、すまんがこいつらを戻してやってくれんか?」
「うん! わかった!」
家に着きはしたが、乗ってきた馬車をそのまま、というわけにはいかない。
ゼルベンは荷台にあった物をいくつか持つと、ルークに馬たちの世話を頼み、ルークはそれに元気よく頷いた。
「ワシらは中に入るとしようかの」
「ではお邪魔させてもらいます」
家の中に入ると、二人はそこにあった椅子に座って、机を挟んで向かい合った。
二人の目の前にはゼルベンが入れた茶があるが、茶菓子の類はない。こういった辺境ではそんなものは出さない方が普通だ。
「──それで、これが今回の報酬と証書だ。受け取ってくれ」
「……確かにお受け取りしました」
アキラが渡された証書と金銭を確認し終えるとそう言い、そこで依頼は完全に終わったことになる。アキラにはまだ組合に証書を提出するという事が残っているが、それでも一度受け取ってしまえば、後は失くしたとしても依頼人と冒険者の間で面倒なことにはならない。
アキラが確認した事を確認すると、ゼルベンは息を吐いた。
もし、この段階で何か不備があれば、依頼人であっても罰則料を取られてしまうのだから、ゼルベンとしても無事に終わってくれて一安心だ。
「ふう。これでひとまずは終わりだな」
ゼルベンはそう言って自身の目の前に置かれていた茶を飲んで一息つき、続いてルークの稽古の件について話し出そうとした。
「ではルークの稽古の件だが……」
「おじいちゃん!」
だが、馬を馬小屋に戻しに行ったはずのルークがなぜか戻ってきた。
「ルーク? 馬たちはどうしたのだ?」
「ターカスさんが『俺がやってやるから、お前はゼルベンさんのとこに行ったらどうだ?』って言ってくれたんだ!」
「ターカスが? ……珍しいなあやつが村の中で働くなど……」
「早く会いに行ってやれ、って」
ターカスとはこの村で狩りを行なっている若者だ。普段は狩りにいかない日はそこら辺をぶらついているだけだが、どうやら今日はルークの手伝いをしたようだ。
「そうか。まあちょうどいいな。実はの、このアキラだが、お前に稽古をつけてもらおうと思ってのぅ」
「……え?」
「お前も強くなりたいと言っておったし、ちょうどよかろう」
「……この子に? 僕と同じくらいの子でしょ?」
「いや。アキラはこう見えて成人しておるよ」
「え〜、うそだ〜」
「嘘などつかんよ。どうだ、アキラに稽古をつけてもらうのは?」
アキラから予め承諾を得ていたので、後はルークが頷くだけでよかったのだが、ルークは乗り気ではないようだ。
というよりも、アキラの実力を疑っていると言った方が正しいか。
ルーク自身それなりに強いという自負がある。そしてその自負にふさわしいだけの実力もあった。
もちろんそれは子供の中で、ではある。だが、村を出たことのないルークにとっては村の中が世界の全てであり、そこでの常識が世界の常識だった。
「やだ〜。なんか弱そうだし」
それ故に呟かれたルークの言葉がアキラの胸をえぐり、これには思わずアキラも顔をしかめてしまうった。
「ルーク!」
「ああ、いいですよ。子供というのはいくら言っても理解はできないものですから」
「まるで自分が子供じゃないみたいに言うんだね」
人生二度目であるアキラにとってはルークなど、まだまだ子供でしかない。……今の見た目は同じようなものだが。
「少なくとも君よりは大人だからね」
アキラがそう言うと、ルークはムッとしたように顔を膨らませて反論した。
「でも、僕の方が強いんだから!」
「……なら勝負してみるかい?」
「勝負?」
「そう、勝負。本当に自分の方が強いんだって思うんなら、俺と戦っても勝てるだろう? 君はおじいさんを守りたいらしいけど、だったら俺に勝つくらいできて当然じゃないか?」
言葉で聞かせるよりも実際に体験させた方が早いと考えたアキラは、一回ルークの鼻をへし折ってやろうと申し出る。
本来、ルークに対してアキラがそこまでする理由はない。だが、アキラは自身は強いのだと言い張るルークではなく、そんな孫のことを思うゼルベンの頼みのためにルークの稽古をつけようとしているのだ。それ故に、この程度の面倒は必要なことであると思っている。
「ア、アキラよ。それは流石に無理というものではないか? 強くなったと言ってもルークではお前さんに勝てるはずがなかろう」
しかし、アキラの強さを知っているゼルベンは、アキラの年齢を知っていても、その見た目からアキラが自身の力を見せつけるためにルークと勝負するのではないかと思いアキラのことを止める。
だが、そんな祖父の言葉がルークのプライドを傷つけた。
「いいよ! 僕が勝つんだから!」
「そうか、なら外に行こうか」
そうして二人は家の外に出て行った。
「さあ、かかってくるといい」
「え?」
「どうした? こないのか?」
「え、だって、そっちは何も持ってないじゃないか」
「気にしなくてもいいよ。君程度なら武器なしでもあしらえるから」
現在アキラとルークの二人が対峙しており、ルークの手には家の外に立てかけてあった木剣を持っているが、アキラの手にはなにもない。
それでも構わないというアキラに、ルークは馬鹿にされているのかと思ったが、だったらその思いを考え直させてやろうと思い直し、剣を構えた。
「なら、行くよ! タアアア!」
ルークが構えていた木剣を振りかぶって斬りかかる。その動きは褒められたというだけあって同年代にしてはなかなかにいい動きだったが、それでもそれは、悪魔でも同年代だったら、だ。アキラにとっては敵ではない。
もっというのであれば、ルークと同じ歳だった時のウダルよりも弱い。
「え? ……え?」
ルークが持っていた木剣は取り上げられて、その首に突きつけられていた。
「これで終わりだけど、まだやるか?」
「う、うそ……」
女神に放り込まれた試練を乗り越えたアキラにとって、現在のルークの実力など、ルークが実剣を持っていたとしても素手のまま容易くあしらえる程度のものでしかなかった。
「まだ。まだだ!」
「ならもう一回かかってくるといい」
そう言ってアキラは持っていた木剣をルークに返す。
カラン、と足元に落ちた木剣を拾い上げたルークは、悔しそうに顔を歪めながらも再び挑みかかる。
「やああああ!」
だが、結果は変わらない。先程と同じ光景が繰り広げられて終わりだ。
「ど、どうして……」
「そんなの、俺の方が強いからに決まってるだろ? 素質はあるけど、まだまだだな」
それでもまだ認めることができないようで、ルークは悔しそうに拳を握り締めてアキラのことを睨みつける。
「ル──」
ゼルベンが声をかけようとルークに手を伸ばしながら口を開いたが、ゼルベンが言い切るよりも早くルークはアキラを睨みつけながらも問いかけた。
「どうしたら、強くなれるの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます