第41話冒険者組合の職員

「はい!何でしょうか!」


 間違ってしまったことを恥じているのか、それを隠すように元気に応える組合職員。


「あっ、そんなにかしこまらなくてもいいですよ。…どうせ僕はまだ子供ですし……」

「えっ!?あ、あの、その…えっと……」


 フッと視線を逸らして少し落ち込んだように笑うアキラ。そしてそれを見て自分のせいで落ち込んでしまったと思い焦る職員の女性。


 だが、一瞬後にはクスッと笑ってから職員に向かってアキラが話しかける。


「冗談ですよ。この程度では落ち込んだりなんかしませんよ。…これでも成人してるんですよ?」


 アキラが見た目とは違い、既に成人しているという事を思い出したのか、女性は目を見開いた後、ぷくりと頬を膨らませた。


「む〜。大人をからかってはいけませんよ!」

「私も大人なのですが…」

「私の方が年上ですから!」


 ふんすっと胸を張り偉ぶる女性。なんだかそこはかとなく残念な感じがするが、愛嬌があると思えば入口の案内役としては合格なのだろう。


「──あっ!そうでした!何か聞きたいことがあったんじゃないですか?」



 職員の女性の言葉に応えようとしたが、ふと周りを見ますと、アキラのことを見ている者達がいる事に気がついた。


(…なんだか注目を集めてるな。このまま聞いても構わないではあるが、さて…)


 目立ったとしても問題はない。が、こうも視線を集めている状況では聞きづらいのは確かであった。魔法を使えばここにいる者達から思考を読み取るぐらいはできるし、なんなら記憶を消してもいいアキラだったが、ここは冒険者たちの集まる場所。どんな魔法具を持っているのかわからない。もしこの中の誰かが魔法察知、もしくは精神防御のような魔法具を持っていた場合、アキラにとってまずい事になる恐れがあった。


 そうでなくともアキラの魔法はその能力的にも倫理的にも危険なのでなるべくなら使いたくはないとアキラは思っていた。使い過ぎ頼りきってしまえば、いつか見た光景のように世界の敵になってしまうから。


 そんな事になれば女神に怒られてしまう。そんな事になれば母に泣かれてしまう。


 だからこそアキラは自分に枷をつける事にした。


 女神に再びあった時に怒られないために。自分を受け入れてくれた母を悲しませないために。



「……あれ?えっと、何を聞こうとしてたんでしたっけ?」


 結局アキラはこの場ではど忘れした事にしてまた明日にでも聞きにくる事にした。

 目立つのは女神の方から気づいてもらえるかもしれないから構わないのだが、現状ではしっかりとした立ち位置を確保できていないので何かしらの騒ぎが起こる事を嫌ったためだった。


「ふふっ、そんなの聞かれてもわかりませんよ〜」

「ですよねー」


 あははっと笑う二人。


「んー、まあ今日は挨拶に来ただけなんでこの辺りで帰りますね」

「あら、そうなんですか?聞きたいことはいいんですか?」

「思い出せないんで良いです。それにどうせ明日も来ますから、その時に思い出してれば聞くことにします。…聞いたら教えてくれますか?」

「もちろんです!あっ、でも私が知らないことは無理ですよ?」


 そう言うと再び笑い出す二人。


(情報集めはできなかったけど、焦って無理する必要はない、か。このまま宿に戻ってもやることないから町の散策でもするか。…まあ元々そのつもりだったし、歩く時間が延びただけだな)


 そしてアキラは挨拶をすると歩き出しその場を離れていった。




 翌日。


 高価なだけあってなかなか心地のいい朝を迎えたアキラは、準備を整えてから昨日はできなかった冒険者組合での情報収集を行うために出かけた。

 だが、途中で気になったものを見つけるたびに寄り道しているため、なかなか進まない。観光は用事が終わってからでもいいじゃないかと、アキラ自身も思ってはいるがそれでも気になってしまう。


 生まれ変わり、前世の記憶があると言っても、それは今世の記憶がなくなったわけじゃない。前回の『晶』としての人格も、この世界で十歳まで生きた『アキラ』としての人格も存在しており、その両方が混じった状態が今のアキラだった。


 故に、大人びてはいるものの、始めてきた場所を楽しみたいだとか、見たことないものが欲しくなるだとかの年相応な部分もあるのだった。




「こんにちは」

「あら、今日もきたんですね」


 言葉だけ見るのならば「なんだ、今日もきたのかよ。チッ」とでも言っているように感じられるが、そう思わせないのは彼女の放つ柔らかな雰囲気と話し方のおかげだろう。


「ええ。今日も来るって言ったじゃないですか」

「そうですけど〜、でもこの街に来たばかりって言ってましたから色々とやることがあるかな〜って」


 日に何人もの人と顔を合わせているのにアキラとの話をしっかりと覚えているのは流石は案内を任されるだけはあるといえよう。…ただ単にアキラが覚えやすかっただけかもしれないが、そんなことはないだろう。


「あっ!そうです!こっち!ちょっとこっちに来てください!」

「な、なんです!?」


 職員の女性に引っ張られてアキラは受付のカウンターの前まで連れてこられた。


「リーリアさん!この子です!昨日言った子!」


 そう言ってアキラの手を引く職員の女性は、受付にいたリーリアと呼ばれる気怠げな女性に話しかける。


「あら、本当にいたのね。…ふーん。この子ねぇ」


 ジロジロと仏頂面でアキラを見るリーリア。

 その視線に居心地の悪さを感じるものの、悪意はなかったのでアキラはじっと耐えることに徹した。


「ねえ、あなたの組合証を見せてもらえないかしら?」


 ついで、そう言われたが、これも冒険者組合の職員に組合証を見せろと言われても断る理由はないし、断ってもろくなことにはならないのでアキラは自分の組合証を素直に見せる。


「どうぞ」

「ありがとう」


 リーリアはアキラから組合証を受け取ると、本物かどうかを確認する為の道具にかざした。


「…本物ね」

「だから言ったじゃないですか〜!ねっ、本当にいたでしょう?」


 リーリアと案内役の女性がそう話しているが、いきなり組合証の提出を求められ確認されるのはアキラとしては何かしてしまっただろうか?と不安になる。


「あの、一体なんなんです?俺、何かしてしまいましたか?」


 話を続けている女性二人に割り込んで、つい、そう聞いてしまったアキラは悪くはないだろう。始めてきた街で、始めてきた場所で呼び出しのようなものを受けたら十五歳の少年としては心細いものがあって当然だ。


「ああ、ごめんなさいね。特にあなたがどうってわけじゃないのよ。昨日、この子から新人式を終えたくらいの子が来たってあなたのことを聞いてね、他種族ならまだしも、人間にそんな子がいるわけがないって思ったのよ」


 人間以外の種族であれば十五歳なんて子供と言ってもいい歳の種族もいるし、見た目が子供のまま成長しない種族もいる。中にはある程度自身の見た目を変えられる種族もいるが、人間は地球にいた時と同じように成長する。大量の魔力を保有していれば体の成長は止まる、ないし遅くなりはするが、アキラと同じ歳で成長に変化が出るほどの者はそうはいない。


「それでこの子が騙されてるんじゃないかって思ったのよ。…この子、ちょっとアレだから」

「ちょっ!?アレってなんですか!?」

「ああ、わかります。そんな感じしますよね」

「え!?あなたまで!?出会ったばっかりなのになんだか酷いこと言われました!」


 心外です!とばかりに全身で感情をあらわにしている女性。


 目の前で憤る女性を見て、アキラとリーリアは顔を見合わせた後同時に頷いた。


「あら、酷いことなんて言ってないわよ?私はあなたが心配なのよ」

「そうですよ。あなたは可愛いですし、守ってあげたいオーラが出てますから」

「え!?そ、そうですか?私を心配して?そ、それに可愛いって……」


 照れながら、「守ってあげたいオーラってなんですかぁ〜」と呟いているが、その姿を見てアキラとリーリアの心は一致した。すなわち『ちょろい』である。


「あなたとは仲良くなれそうね」

「そう言ってもらえると嬉しいです。俺も同じように思ってましたから」


 そう言ってニコリと笑い合っている二人。




「──ところで、さっきはごめんなさいね」

「…?何がですか?」

「いきなりあなたのことを疑ったことよ」


 リーリアが言っているのはアキラに組合証を見せろと言ったことだ。


 いきなり組合証を見せろと職員が言うのは「お前のことを疑っている」と言うのに等しいので、リーリアの謝罪も当然だった。

 事実、リーリアはアキラのことを疑っていたのだからアキラは怒ってもいいことではあった。なんの証拠もないのに疑うなんて、と。


 その事をこの組合の支部長に言えばリーリアにはなんらかの処罰が下される可能性はある。注意だけで終わる可能性の方が高いではあるものの、それでも彼女の不利益にはなっていただろう。だが、そんな事をしてもアキラにとって意味はない。リーリアに罰が下ったところでアキラには得はないし、彼女とその知り合いである案内役の女性との仲が悪くなるだけだ。

 そんなことになるぐらいだったら笑って流した方がいいとアキラは判断した。


 ──だがその判断も確かにアキラの考えではあるが、一番の理由はそれではない。


「構いませんよ。……それだけ彼女のことが心配なんでしょう?」


 一番の理由はリーリアが本気で彼女のことを心配しているのがわかったからだ。それが仕事仲間としてか、友人としてか。はたまた恋愛関係としてかはわかっていなくとも、その心が本気であることは魔法なんか使わなくともアキラには理解できた。アキラも、誰かに心配してもらったことがあるから。


「……ええ。──ありがとう」


 リーリアは照れ臭そうにはにかみ、礼を言う。──だがその瞬間、周囲がざわめいた。


「っ!?」


 色めき立つ周囲の感情がアキラに流れ込む。精神に関する魔法に適性がありすぎるが故に、気を抜いていると今のようにちょっと周囲の感情が高ぶるとその感情を強制的に理解させられてしまう。

 すぐに緩んだ気を引き締めるが、流れ込んできた感情を整理するのには少しばかり時間がかかる。一人一人はちょっとした感情でも、それが何十人分ともなればそれだけ負担も大きくなるのだから。


「わあ!リーリアさんが笑うなんて珍しいですね!」


 だが、そんなアキラには気づかなかった案内役の女性は楽しげにリーリアに話しかける。


「やっぱり笑ってる方が綺麗ですよ!」

「……やめてちょうだい」

「えー。でも……」

「それよりも、彼のことはいいのかしら?」

「え?……あー!」


 すっかりアキラのことを忘れていた女性にアキラは苦笑するしかない。この様子を見るとリーリアが『アレ』と称して心配しているのが嫌でも理解できる。


「ごめんなさい!…えっと……」

「アキラですよ。アキラ・アーデンが俺の名前です」

「アキラさんですか。私はルビアって言います」


 今更ながらな自己紹介を行う二人。ルビアは一度アキラの組合証を見ているはずなのだが、忘れているようだ。いや、もしかしたらそもそも名前を見ていなかったのかもしれない。普通ならまず確認するところだが、ルビアならば…。と思えるのは普段の彼女の行動故だろう。


「…貴方達お互いの名前も知らなかったのね……」


 それなりに仲が良さそうだった二人がまだそんな状態だったことにリーリアが呆れてポツリとこぼした。


 だがアキラは思った。


 ──それはこの慌ただしい娘に言って欲しい、と。

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