第40話王国の都

「だいぶ人が多いなぁ。…これだけ数の人は日本にいたときぐらいしか見たことがないや」


 アキラは門を潜り王都の中に入ると周りをキョロキョロと見回しながらゆっくりと進んでいく。


「…っと、観光は後でするとして、どうしようか?」


 どうする、とは泊まる場所のことであった。アキラは今馬車に乗っている。これが乗合馬車であれば降りればいいだけなので何の問題もないが、アキラが乗っているのは自分の所有する物だ、気軽に何処かにおいて行くわけにもいかない。


「どこか馬車を停められる宿を探すか……。でも見つかるか?」


 宿を探すのは簡単に思えるかもしれないが、馬車に乗っているアキラにはなかなかに難しいことだ。アキラは一人しかいないので話を聞こうと宿の中に入ったら盗まれる、なんてこともあるかもしれないのだから。


 実際にはアキラの魔法によって馬と意思疎通ができているので勝手に進んだりはしないのだが、何かしらの問題が起こる可能性は拭えない。


「…商業組合に行けば教えてもらえるかなぁ…」


 商人にとって色々な情報を教えてくれる組合に行けば宿くらい教えてくれるだろう。もし何らかの理由で教えてもらえなかったとしても、ひとまず馬車を停めることは出来る。そうすれば後は自分の足で探せばいい。と考えアキラは商業組合への道を馬に教え進んでいった。


 因みにこの時アキラは魔法を使って商業組合の場所を周囲にいた人たちから調べたのだが、その時に宿についても同じように調べればいいとは思いつかなかった。




 商業組合にたどり着き馬車を停めた後、アキラは商業組合の建物へと入って行く。

 建物は清潔に保たれており、建築様式が古いけれど日本にあった役所のようだった。

 アキラのいた街も交易が盛んに行われているだけあって綺麗ではあったが、流石に首都に存在する建物には見劣りしたのでアキラは素直に驚いている。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


 ここでは門番の時と違い、あからさまに注意を受けることはなく、周りにいる大人たちもアキラに目を向けるが、それは一瞥しただけで終わった。

 これは子供の商会長が珍しくないのではなく、商業組合に子供がくることが珍しくないからだ。

 子供であったとしても、商会に所属しているのならお使いとしてやってくることは珍しくないのだから、受付も商人たちもいちいち驚いたりはしない。


 それを理解しているアキラは素直に話せば門番の時のように面倒になるだろうと思い、お使いの体で受付の人に話しかけた。


「こんにちは。実は親の使いでこの街にやってきたのですが、何処か馬車を停められる宿って紹介してもらえますか?」

「ええ、構いませんよ」


 街を跨いでのお使いというのはそれほど多いわけではないが、いないわけでもないので、特に問題が起こる事もなく教えてもらった。




 そして辿り着いた宿は少々高めではあったものの、下手なところに泊まってしまえば商会を侮られることになる。アキラにとって商人として本腰を入れてやって行くつもりは今のところないが、転生した女神を見つけた後のことを考えるとないがしろにするわけにもいかない。それに加え、この商会の後ろ盾とし実家が付いている。アキラの商会の評判が落ちれば其方にも被害が出る。故にそういった意味でもアキラは適度に商会のことを考えて行動しなくてはならなかった。

 女神を探すことだけを考えれば商会の維持など、余分ではあるがアキラはそれを煩わしいとは思っていなかった。


「ようこそお越しくださいました。当店は紹介制となっておりますが、紹介状などはございますか?」

「はい。商業組合から紹介されました。こちらが紹介状です」

「拝見いたします」


 アキラが肩にかけていたカバンの中から手紙を取り出し差し出すと、従業員は手慣れた動作で受け取り読み始めた。


「……拝見いたしました。この度は当店のご利用誠にありがとうございます──本日はどのようなお部屋をお求めでしょうか?」

「そうですね……。一人部屋を一部屋お願いします。それと外にある馬車の管理と馬の世話をお願いします」

「…一人部屋、ですか?」

「はい。…ああ、連れはいませんよ。私一人です」


 何を迷ったのかを察したアキラは自分から組合証を見せ、成人していることを教えた。


「…これは申し訳ありませんでした。馬車の管理は承りました。──ではこちらへどうぞ。お部屋にご案内いたします」


 アキラは案内されて二階へと登っていった。


 商業組合から教えられたこの宿、アキラは少々高めとしか思っていなかったが、実は少々どころかかなり高い。

 教えた商業組合の者も、まさかアキラのような子供が一人で泊まるわけがないだろうと思いながら紹介したのだが、アキラが悩むことなく選んだので、一人ではなく親と来ているのだろう。そして親に宿を選んでくるように言われたのだろう。と勝手に納得した結果特に確認することもなく紹介状を書いてしまったのだった。


 これによってアキラはかなりいいとこの坊ちゃんと認定されていた。組合の受付にも、紹介状を見た宿の者にも。事実それなりに大きな商会の跡取りであるし、自身も商会長を務めているのだから間違いではないし、その結果が接客の質の向上なのでアキラにとってはなんの文句もない話ではあったが。




「うん。なかなかいい部屋だな」


 アキラは持っていた荷物を降ろしてから窓に近づき、窓を開けはなつ。


「景色もなかなかいい感じ。……まあ、ガラスがないからちょっと残念だけど」


 ガラスではないので風の強い日や雨の日には開けることができない。この世界に来てから雨には雨の趣があるなと思っていたアキラにとってはその景色が見られないことが少し残念だった。


 この世界にもガラスがある。だが街道がろくに整備されていないこの世界では壺ガラスなんて割れやすいものは製造場所から運ぶのが容易ではない。その上、強度もそれほど高くはないので使用中に割れる可能性もある。故にそれなりに高くなってしまうのがこの世界の常識だ。

 アキラのいる宿はそれなりに良い宿とはいえ、全ての部屋にガラスを使っている訳ではない。アキラの止まっている部屋もまた、ガラスではなく一般的に使われている木の窓だった。


「…まあ良いや。それよりこれからどうするかなぁ」


 窓を離れてベッドの上にボスンと体を投げ出すアキラ。


(魔法を使って王都全体を調べるか?……はあ。どう考えても無理だよなぁ)


 以前実家で魔法を誤って使用したときには王都よりも小さい町だったのに頭が割れそうな程の激痛が起こった。それなのにもっと規模の大きな王都でそんな事をすればたちまちアキラの頭は壊れてしまうだろう。


(…剣の使い手についてだけを調べるのは?……いや、その情報を抜き出すのは自分なんだから結局変わらないか…)


「はあ……。結局は地道に情報を集めて探すしかないか」


 結局のところそうするしかないのだと溜息を吐き出す。が、すぐに次はどうするかを考え始めた。


(情報収集ならやっぱり商業組合と冒険者組合の二つが候補だよな。『凄い剣の使い手』を探すんなら冒険者の方が向いてるけど、商人の方もバカにはできない。できるならほかの職人系にもあたってみたいけどその二つよりは効果が薄いだろうな……)


 当たり前ながら剣の使い手の情報を調べるのに飲食系の場所を調べても意味はないし、服飾系も同じだ。それでもいろんなつながりと辿れば多少なりとも情報は集まるかもしれないが、優先順位はかなり低い。


(一先ずは最低限のやることやって余裕ができたら鍛治師組合の方には尋ねてみるのもいいかもしれないな)


 食べ物や服であれば効果は薄いかもしれないが、鍛治師──つまり剣を作る者であればその使い手の情報を持っている可能性はある。

 とはいえ、結局は職人なのでどこまで情報の重要性を知り、集めているのかはわからないため調べるとしても後回しとなる。


「よし、一旦整理しよう」


 そういうとアキラはベッドに横たわっていた体を起こして立ち上がると、今度は近くにあった椅子に座った。


「──えっと、まずは冒険者組合に行って滞在の報告と情報集め。次に商業組合での情報集め。それから買い物を済ませながら街の散策、かな」


 自分の中で改めて考えをまとめると一度頷き立ち上がる。が──


「ん?商業組合が先の方がいいかな?」


 アキラは冒険者として登録してありはするが、実際の活動としては商人としての方が多い。そしてこれからも商人としての活動は続けて行くつもりでいる。であるのなら先に商業組合に行った方が向こうの印象が良くなるのではないだろうか?とアキラは考えた。

 それはほんのわずかな違いであるのかもしれない。誰も目を向けないような小さなことかもしれない。だが、誰かは気にするかもしれない。だが、そういったことの積み重ねがどこで影響するかわからないのである。


「…そうだな。どっちを先にしたところで大して変わるわけじゃないし、懸念があるんならそっちを潰した方がいいだろうな」


 アキラは「よし!」と言いながら歩き出し、部屋を出て商業組合へと向かって行った。




「はあ…。まあ予想はしてたけど、大して情報はなかったな…」


 商業組合からにこやかな表情で出てきたアキラは、しばらく歩いたのちに途端に顔を顰めてがっかりと肩を落とした。


 商業組合にいるときはあからさまに落ち込んだ表情を見せるわけにはいかないと常に笑顔でいたが、内心はすぐにでも溜息を吐いてしまいたいぐらいだった。


 本人の言っている通り、商業組合には『凄い剣の使い手』の情報はほとんどなかった。多少はあったが、それは既にアキラが知っている事でしかなかったのだから、予想していたとはいえ一国の首都にあるのだからと多少なりとも期待していたのは確かだった。それだけになんの情報も得られなかったことにがっかりしているのだが。



「次は冒険者か…。今度は何か手がかりがあるといいんだけど……」


 冒険者組合なら。と期待しつつも、今出てきた商業組合で期待した結果何も得られなかったおかげでがっかりした事を思い出して、再び溜息を吐きながらアキラは冒険者組合に向かってトボトボと気持ち遅くなった歩みで進んでいった。




「こんにちは。今日はどういった依頼なのかな?」


 冒険者組合に着くなり入り口の横で待機していた組合の職員にそう問われたアキラは最初何をいっているのかわからなかった。なぜ自分が依頼にきたことになっているのか、と。

 今まで何度も冒険者組合に来ていたがそんな事を言われたことはなかった。何年か前はよくあったが、最近はなかったのに、さてはこの人新人だな?と思いそこではたと思い直した。


(そういえば、ここは違う街なんだった)


 街が王都に変わり建物が大きくなっているとはいえ、冒険者組合の雰囲気自体は同じだったためにすっかり自分が違う街にきたという事を忘れていたアキラ。


 どう見ても自分の今の姿は成人している者には見えないのはアキラ自身理解している。なので、職員の間違いをとやかくいうつもりはなかった。


「いえ、実は俺は冒険者なんです。こんな見た目ですが、もう成人してますよ」

「え?」


「ほら」とアキラが自身の冒険者の組合証を見せると、他の人に見せたときと同じように職員のポカンとした顔が見えた。


(これは大きくなるまで続くのか?)


 そんな風に思いながらアキラが苦笑していると、ハッとしたように職員の意識が戻った。


「ご、ごめんなさい!」

「いいですよ、慣れてますから」


 謝る職員をよそにチラリと受付に目を向ける。


(うーん、受付に行って聞いても同じように騒がれるかもしれないな。それで時間を取られるよりはこの人に聞いた方が早いかな?どうせ今日聞いたところですぐにわかるとは思ってなかったから今日は町の情報を集めるだけで終わらせるつもりだったし、いいか)


 商業組合での結果を踏まえて、アキラは情報はそうすぐに集まるものではないと理解した。元々そうであると知ってはいたが、実家にいるときは求めれば多少の手間ですぐに欲しい情報が手に入った。完全でなくとも手がかりぐらいは情報が手に入り、全くわからないということはなかったので忘れていたのだった。


 なので今日は情報収集よりも挨拶という意味合いが大きかったのである。


(次に来た時にはもう俺のことは知っているだろうから幾分か話しやすくなってると思うし)


 自意識過剰かもしれないと思いつつも少なくとも話題にはなるだろうとアキラは考えた。


「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」

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