第42話3人の候補

「私はリーリアよ。よろしく」

「はい。よろしくお願いします」


 アキラはルビアに続きリーリアとも挨拶を交わす。


「それで、自己紹介も済んだみたいだから本来の用を聞いてあげたらどう?」

「え?本来の用ですか?」

「…はあ。アキラ君はここにきた用が何かあるはずでしょ?…それとも貴方に会うためにここに来たとでも?」

「え!?そんな!私に会うためにだなんて。…えへへ〜」


 ルビアはリーリアの言った言葉を真面目に聞いていなかったのか、大きく誤解して理解したようだった。

 そして、その言葉を聞いて一人で喜んでいる。その姿は側から見るとちょっとどころではなく、だいぶおかしい人であった。


「……ごめんなさいね。この子ちょっとアレだから」

「……ええ。分かってます。とっても」


 アキラとリーリアの間で先程交わされた会話と同じようなものが再び繰り返されるが、そこには先ほどとは比べ物にならないほど実感がこもっていた。



「それで、あなたは何の用があったの?」


 使い物にならないルビアを放置して話を進めることにしたリーリア。

 アキラもそのことに異存はないので同じようにそばでによによと笑っているルビアを無視することにした。


「俺この街にきたばかりなので何か情報というか、知っておいたほうがいいことはあるかな、と。冒険者組合に来れば何かしらはわかるでしょうから」

「ああ、なるほどね。しっかりしているわね。そういうことを気にしない人は多いのに」

「情報は大事ですから」

「そうね。…そう言ったことを全員がしっかり理解していればいいのだけれど……」


 ハァ、と気怠げに溜息をつくリーリア。

 冒険者という荒くれ者を相手していると、どうしても色々と問題があるのだろう。純粋に冒険者に憧れてなったというものはいいが、中には他にできることがないので仕方なくなったというものも少なくない。そういった者達は教養などないので情報や知識の大切さを理解していないものが多くいる。そして、そうした者達は必ずと言っていいほど何かしらの問題を起こす。冒険者組合の受付をやっているとそういった輩に出くわすこともあるのだろう。


 アキラはそのことを理解しているので多少同情はするが、特に声をかけることはしない。


「……ああ、ごめんなさいね。それで情報だったわね……」


 リーリアから告げられる情報の中には特にこれといって収穫はなかった。街を騒がすような事件が起こっているわけでもないし、指名手配の人物がこの街にいるとか近くにいるということもない。まさに平和そのものであった。


「──でも、それは今だけでしょうね。半年後には大会があるから騒がしくなるわよ。それに合わせて問題も増えるでしょうからその時期になったら気をつけなさい」

「大会、ですか?」

「あら?知らないかしら?この街では冬の前になると闘術大会っていうのが開かれるのよ。各地から武芸者が集まって闘うの」

「ああ、それでしたら知っています。確か王女様の結婚相手を探すんですよね」


 アキラがそういうとリーリアは苦笑いをして答えた。


「それは間違いではないけど、今だけね。今いる王女様が嫌いな相手と結婚したくなかったから自分よりも強い相手でなくては結婚しないって言い張ったらしいわ。それで大会の優勝者は王女様と戦えるんだけど…多分あれは時間稼ぎだと思うわ」


 一国の王女が戦うというのはどういうことかと普通なら疑問に思うだろうが、この国ではそれが普通だった。いや、この国では、というよりも件の王女に関しては、といったほうが正しいか。

 何しろこの国最強と呼ばれているのは騎士たちの長でも、最高位の冒険者でもなく、王女自身なのだから。


 王女が優勝者と戦うことも、王女に勝てたら結婚できることもアキラはもちろん知っていた。

 この国最強の剣使い。他にも何人か候補はいるが、王女は女神の生まれ変わりなのではないかと疑っていた。だから以前より王女に関する情報を集めてはいたが、流石に王族の情報はそう簡単には手に入らない。仕方ないではあるが、アキラが集めたその情報の中に時間稼ぎというものは入っていなかった。


「時間稼ぎ?なんのです?」

「その嫌いな相手との結婚の、よ」


 リーリアは、王女は相手が諦めるまで時間を稼ぐつもりだと言う。


「ちなみにその相手というのはわかるんですか?」

「…確か隣国の王族だったはずよ。この国はそれほど大きなわけではないから政治的に見れば良いのでしょうけれど、王女様が嫌がっている以上無理強いはできないでしょうね」

「なぜです?王女と言っても父親である国王様の命令には逆らえないのでは?」

「普通ならね。でも王女様はこの国の最高戦力。その御力は一人で戦況を変えられるほどなの。だから無理強いして逃げられたら捕まえられないし、それが敵国なら目も当てられないわ」


 この世界には魔法があるが、だからといって個人で国を相手できるほどの持ち主はそうはいない。いるとしたら女神の試練を受けた時の晶のような化け物じみた力の持ち主となる。それほどの力は持っていなくとも準ずる力は持っていなくては単独で戦況を変えるなどできはしない。


(強いとは聞いていたが、それほどとは……。これは可能性があるか?)


 剣を使い、王すらも配慮しなければならないほどの力をもつ女性。

 それはまさにアキラが探している条件にピタリと一致する。あとは件の王女に会えばアキラには分かるが、その会うまでが問題であった。なにせ相手は王女である。


(…だが大会で優勝すれば会えるようだから難しくはないか。……それよりも他の候補の情報を聞いておくか)


「それほど強いなら是非弟子入りしたいですね」

「弟子入り?…あなた戦えるの?」

「これでも冒険者ですよ。ある程度は戦えますよ」


 冒険者といっても雑用をこなすことを生業としている者もいる。組合に届いた荷物を町の中に配達したり、街の外に行く者の荷物持ちとしてついて行くこともある。

 そういった者は冒険者に所属していてもそれほど強いというわけではなかった。おそらくリーリアはアキラもそういった非戦闘員や準戦闘員だと思っていたのだろう。


「…とてもそうは見えないわね」

「そうですね〜」


 まだ若干疑わしそうにしているリーリアの言葉にいつのまにか現実に戻ってきていたルビアが相槌を打った。


「そうですか…。まあ見た目については理解してるんで良いです。でもどうせなら強くなりたいじゃないですか」

「は〜。やっぱり男の子ですね〜」


 そう言ってルビアは納得しているが、実際のところアキラは剣だけに限らなければ最強を名乗っても問題ないほどの力を持っている。魔法を使えるかは生まれつきの才能が重要なこの世界で、その中でもさらに希少な精神に干渉する魔法はほとんど対策はされていない。大きな街などには防御の魔法具があるが、それを個人で持っている者はほぼいない。いたとしてもアキラであれば力押しでなんとかなってしまう程度のものだった。


「強くなりたいんですけどやっぱり独学じゃ限界があるんで弟子入りしようかな、なんて考えたことがあるんですけど、剣を使う強い人って王女様以外にわかりますか?」


 流石に王女様に弟子入りはできませんから。と言ってアキラは肩をすくめるとそれを聞いた二人もクスリと笑った。


「…冒険者の方なら二つ名持ちの方は大抵強いけれど、大抵は我が強いので師事するのは向かないかもしれないわね…」

「ん〜、そうですね〜。あとは勇者様とかですかねぇ?」


 勇者というのは魔物の領域を減らす為に活動する者である。

 この世界の者がなることがほとんどだが、異世界から喚ばれることもあるが、その選別方法は変わらない。

 神から与えられたとされる道具──『神器』を使いこなすことができるかどうか。それだけだ。


 十の神から与えられた神器。その所有者の全てが同時に揃うことは今までなかったが、どの時代にも最低でも一つは所有者が存在する。今は剣の神器の勇者が存在しており、当然アキラもその情報を知ってはいた。

 剣の女神から与えられた神器を扱える者がアキラの探している者である可能性は高い。もし勇者が探している相手なのだとしたら、その者は剣の女神本人なのだから剣の神器が使えて当然なのだから。


「…流石に勇者様に師事は無理でしょう?」

「でも過去の勇者様に弟子入りした冒険者のお話ってありますよね?」


 勇者の仲間として活動することになった者の話は割と有名である。子供向けの絵本にすらなっているぐらいだ。


 だが、基本的に勇者は人間同士の戦いには干渉しないが絶対ではない。中には進んで他国に干渉しようとする者もいた。神器が選ぶのは適正だけで、その人間性は考慮されてはいないのだ。そんな者が弟子を取るかというと取らないと思われる。弟子になれたとしても、それは弟子と言う名の小間使いや情婦だろう。


「とりあえず弟子入りできるかは置いておいて、剣を扱う人で有名な方の名前を教えてもらえませんか?どこかで会うことができるかもしれませんし」


 アキラが知りたいのは自分が知らないような人物がいるかどうかであり、個々人の情報は必要なかった。必要になれば後から調べればいいのだから。


「……その剣を扱う人という条件だと聖女様も入ってしまうわよ?」

「あっそうですね。…聖女様か〜。一度会ってみたいですね〜」


 聖女とは十の神の加護を受け、神の力の一部を使うことのできる者を指す。

 聖女は勇者とは違い、全ての時代において十人全員が揃っている。


「……もし会えたとしても、あなたは会うのをやめておいたほうがいいんじゃないかしら?」

「えっ?なんでですか!?」


(何かやらかしそうだからだよ)


 代替わりするときなどは各神を祀っている本拠地ごとに大々的に祝うし、神の加護を見せる為に度々民衆に姿を見せるので王族よりは親しみやすいが、それでも聖女『様』だ。えらいことには変わりない。そんな人物に何か不敬を働いてしまったらどうなるかなど想像もつかない。


(…しかし聖女か……。戦闘員じゃないから弾いてたけど、本人なら神の加護が使えて当然だし……あるかもな)


 あの場所で女神と戦った感想として女神は戦うのが好きだとアキラは思っていた。だからこそ戦いの場に出ることがほとんどない聖女は違うだろうと思っていたが、よくよく考えてみれば今代の剣の聖女が神の加護を使えると言うのは少しおかしい。なにせ剣の女神は死んでいるのだから。

 加護を与える大元がいないのに加護が使えるのであればそれは本人だからではないかとアキラは考えた。




「ありがとうございました。色々ためになりました」

「そうですか〜?お役に立ててよかったです!」


 その後、他にも何人か高名な剣の使い手を教えてもらったが、アキラのメガネにかなったのは王女と勇者と聖女の三人だった。

 もちろんその三人の中にいない可能性は十分にあるが、優先して調べるのはこの三人でいいだろうとアキラは今後の算段をつけていく。


(ひとまずは宿に戻るか。わかったことを記しておかないとだし、知り合いに連絡を取って詳しい情報収集をしないと。商業組合の方は明日でもいいだろう。とりあえずの挨拶は終わってるわけだし)


「では俺は今日は帰りますね」


 そう言って宿に戻ろうとしたアキラにリーリアが声をかけた。


「あら?依頼は何も受けないの?」

「え?」

「あっ!そうですよ!せっかく来たんだから何か受けましょうよ〜!」


 今日は特に何か冒険者として活動する気のなかったアキラとしてはさっさと宿に帰りたかった。


「これなんてどうです?」


 ルビアはそう言ってアキラが何かを言う前に依頼の書き留めてあるファイルをカウンターからとりだしてアキラに見せた。


「……いいんですかこれ?」


 本来冒険者が依頼を受けるときは専用の掲示板に張り出されているものか、もしくは冒険者ようにまとめてあるファイルをみることになっているが、今ルビアが取り出したのは職員が使う用のまだ手続き等をしていないものだった。つまりはまだ一般には張り出されていないものだ。


「……組合の受付としては完全にダメだけれど。別に禁止されているわけではないわ。実績があったり信頼できる人にしか見せないけれど」

「…俺は実績も信頼もないと思うんですが?」


「そんなことないわよ?実績はともかくルビアが気に入っているじゃない。この子、アレだけど人を見る目はあるから」

「あっ、ちょっと!リーリアさん!さっきからアレってなんですか〜!?」


 騒がしくしているルビアの横でアキラは考える。ここで依頼を受けた方がいいのか、それとも断ってもいいのか、と。


 アキラとしてはもう帰りたい。そして色々と作業をしたかった。情報を集めるのには時間がかかるのだから行動するなら少しでも早い方がいい。だが、それはどうしても今日中にやらなくてはならないと言うものではない。どんな人間も自分の提案が断られるよりは受け入れられた方が好感が持てるはずだから、ここで断るよりも相手の提案を受けて少しでも仲良くなっておいた方がいいのではないか?


 そんな考えがアキラの頭の中に浮かぶ。


(さてどうしたものかな……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る