第34話街への帰還

「それじゃあカーナ達を起こすけど、打ち合わせ通りに頼む」


 今アキラ達はゴブリン達の巣であった洞窟から外に出て、洞窟の入り口の少し開けたところにいる。

 ウダルとエリナは了承の意を示すために頷き、それを見たアキラは眠っているカーナ達を起こすために魔法の準備をする。カーナ達に向けられた手が光その先で魔法陣が描かれる。アキラの手に宿る淡い光が弾け魔法が発動した。


「──うう。……!ここは!?」


 眠っているカーナ達の中でカーナだけは少しだけ早く起きるように魔法をかけていたため彼女だけが目覚める。

 何故カーナだけ先に起こしたのか。それは一斉に起きられるとその対応が面倒というのであった。先にリーダーであるカーナに説明しておけば後の二人も話を進めやすいだろうとアキラ達が話し合った結果だ。


「よかった!無事だったか!」

「え?えっと、あの、何があったのでしょうか?」

「覚えてないのか?」


 魔法で眠らせ記憶を改竄した本人であるアキラはそんな事をつゆほども感じさせない様子で、さも心配していたという感じでカーナに話しかける。

 カーナは何が起こっているのか。もしくは何が起こったのかわからない不安から周りを見回すが同じチームの二人は隣で寝ている。寝ている仲間を見るとさらに不安がこみ上げたが悩んでいるだけではわからないと、現場を確認する意味でも何が起きたのかを思い出す事にした。それが魔法によって歪められたものであるとは知らずに。


「私達は捕まった人を助けるためにゴブリンの巣にやってきて、巣の奥にいたゴブリン達に奇襲をかけたはず……。それから……。!キャリー!」


 何かに思い至ったカーナは隣で寝ている友人に飛びつき彼女を頬をペシペシと叩き始めた。


「ちょっと待った!カーナ待て!キャリーの傷は治したから落ち着け!」


 その言葉を聞くとカーナはグリンッとアキラの方を向き瞳に涙を溜めながら嘘は許さないとばかりに問い詰める。


「落ち着いてよく見ろ。腹を刺されたせいで服に穴は空いているけど傷は残ってないだろ」

「……よかった」


 実際にキャリーは腹を刺されてなどいないが、あたかもそう見えるようにその部分にだけ切ったのだった。


 アキラの書いた筋書きはこうだ。

『ゴブリンの巣に奇襲をかけたが戦闘中に敵の数が少なくなってきたと油断したキャリーが背後から腹を刺されてしまい、その救援に行こうとしたカーナとクララの二人もゴブリンの攻撃を受け気を失ってしまった』というものだ。


「──うぅ。おもい……」


 キャリーは目が覚めたようで横たわる自身の上に倒れ込んでいるカーナをどかそうと手を動かしている。

 本来予定していた時間よりも目がさめるのが早かったが、カーナが頬を叩いたり大きな声を出したりしたからだろう。


「キャリー!よかった!本当に良かった!」

「あ?おい!なんだよいきなり」


 よかったよかったと繰り返すカーナを見てキャリーは何が何だかわからないでいたが、真実を知っているアキラ達三人の中には罪悪感が生まれていた。


 本当にこれでよかったのか? これが最善だってお前も認めただろ! そうだけどさぁ。 大丈夫よウダル。バレなければなんの問題もないわ。いや、そう言う問題か?


 カーナ達が感動の再開を果たす側で、アイコンタクトによる会話を行うアキラ達。


「あっ。おはようクララ。体に異常はないかい?」


 少し経つと寝ていたはずのクララがバッと飛び上がるように起きキョロキョロと周囲を警戒している。

 そんなクララにアキラが話しかけると一瞬悩んだものの|改竄された記憶を(なにがあったのか)思い出したのかハッとしたようにキャリーの姿を探す。

 カーナに抱きつかれ困惑しているキャリーの姿を確認するとクララはその場にヘタリ込むようにして座り込んでしまった。



「それじゃあ、みんな起きた事だし何があったか整理したいんだけどいいかな?」


 本当であればチームリーダーであるウダルが話をするべきなのだが、今回は非常事態というか異常事態なのでアキラが仕切る事になった。

 アキラの言葉に記憶を書き換えられた三人は頷く。記憶を書き換えたとは言ってもそれはこの洞窟の中に入ってからのことだけなので、アキラに敵意を持ったままだったキャリーだがこの時ばかりは素直に頷いている。

 その様子にアキラは頷きを返して話を進める。


「キャリーが倒れた後、助けに入った二人も倒れてゴブリンに犯されそうになったけど、そこにゴブリン達の隙ができて殲滅自体はすぐに終わった」


 三人はバッと体を押さえたり自身の体の様子を確認したりする。アキラのいったゴブリンに犯されるという言葉のせいだった。


「大丈夫だよ。犯されそうになっただけで実際には何もされてないから。まあ、服くらいは乱れてるかもしれないけど」


 ホッと安堵の表情を見せるカーナ、キャリー、クララの三人。女性がゴブリンに捕まって仕舞えば生きていることを後悔するほどの事が起こると言われていて、冒険者組合の初期講習でも散々言われた事だ。

 なので実際にゴブリンが誰かを襲っている現場に遭遇したわけでもないし、襲われた人間を見た事があるわけでもないが女性である彼女達が恐れるのも十分だった


「話を戻すよ。そのあとお腹を刺されたキャリーにポーションを飲ませて回復させた後、捕まっていた女性にも飲ませて回復さた。今は寝てるよ」

「捕まっていた人は無事だったんですか?」

「ああ、怪我はしていたけどゴブリン達に襲われた形跡はなかった。というのも、ここはもともと盗賊か何かのアジトだったみたいで彼女は盗賊に捕まっていたみたいなんだ。で、その盗賊もゴブリン達に襲われて全滅したってわけ」

「それだったらその捕まってた人は盗賊に、その、犯されたんじゃないの?」

「それがどうも他にも攫われた人がいたらしくてね。彼女は後回しにされたんじゃないかな?身代金の要求のためとかで」

「じゃあ盗賊が殺された後ゴブリンどもに襲われなかった理由はなんだよ」

「さっきも言ったけど他に捕まった人がいたみたいでね。そっちの人が犠牲になったんおかげで助かったんじゃないと思う」


 犠牲になった。その言葉でその人物がどうなったかは理解したのだろう。話を聞いていた三人は悲痛そうに顔を顰めている。


「──つまりはあたし達が助けに来るのが遅かったから死んだってことか?」


 その言葉は鋭い眼光とともにアキラに向けられていた。

 アキラが探知を使うことを渋らずこの森についてからすぐにゴブリンの居場所を調べていればもしかしたら助けられたのかもしれない。キャリーはそう考えたのだろう。今までキャリーを抑えアキラに味方していたカーナとクララでさえ薄っすらとではあるがアキラのことを睨んでいた。

 だが、そのことについても既に言い訳を考えていたアキラは言いよどむことなくキャリー達に説明していく。


「──勘違いしないで欲しいのは俺が探知を使ったところでその人は助けられなかったってことだ。どうもゴブリン達はその人が死んだ事にも気づかずに犯し続けていたみたいだから」

「クソがっ!」


 キャリーは握りしめた拳に宿る行き場のない怒りを暴言と共に地面に叩きつける。


「そのままにしておけないしゴブリン達はの死体は燃やしたよ。その女性も」


 その場に沈黙が訪れる。

 キャリーは悔しそうに歯を食いしばり、カーナとクララはその犠牲になった女性のことを思って瞑目している。

 そんな三人の姿をなんとも言えない様子でウダルは眺めていた。



「それでこの後どうする?俺としては捕まっていた女性をここで休ませるよりも、馬車に乗せて街で休ませたほうがいいと思うんだけど」

「そうですね。捕まっていた期間がどれほどかはわかりませんがしっかりと休めるところへ連れて行ったほうが良いでしょう」


 そうと決まればあとは早い。アキラ達はキャリーが捕まっていた女性を担ぎ他の者が護衛をしながら馬車へと戻っていく。


 道中、仲間には内緒にしながらも魔法を使ったアキラのおかげで何も起こる事なく、一行は無事に馬車へと戻ってくることができた。

 キャリーのおぶってきた女性を丁寧に馬車に寝かせ馬車に異常がないことを確認してから街に向けて出発する。



「──ところで、この人がどこの誰だかわかる?」


 馬車に女性を寝かせて仕舞えばそれだけで結構な場所を取り、全員は乗る事ができなくなってしまった。なので馬車の周りを護衛として歩きながら進んでいる。

 そんな中、歩くこともなく御者をやっていたクララが暇なのか捕まっていた女性について質問する。

 だが、当然ながら記憶を変えられて眠っていたカーナとキャリーにはわかるはずもなく、ウダルもエリナもさっぱりわからず顔を見合わせている。


「多分だけど、ここから西に二つ離れた領地の貴族だよ」

「なんでわかるの?」

「捕まった際に身につけていただろう短剣に紋章が付いてた。これでも商人だからね。主な貴族の家紋は覚えてるんだよ」


 ほえ〜、と漏らしながら感心しているクララ。だがふと何かに気づいたように再びアキラに質問する。


「ねえ、貴族ってことは色々まずくない?」

「まずいって、何が?」

「いやほら、なんかこう、よくわかんないけどまずそうな気がしない?」

「問題ないだろ。あったとしても俺たちじゃなくてあの辺りに治安維持をしなければならない領主様か街のお偉いさんのせいになる筈だ」


 あまりにも抽象的すぎるクララの質問に関係ないとはっきり返すアキラ。

 このメンバーの中で一番貴族の対応に詳しいアキラがそう言うのであれば大丈夫なんだろうとクララだけではなく話を聞いていた他のメンバーも安堵した。

 本心ではもしかしたら何かあるかもしれないとも思っていたが、その時は魔法を使ってなんとかすれば良い。女性を救出したメンバーの中にア自分がいれば街の上役もそう簡単に手を出すことはしないだろうという考えもあった。

 相手がアキラに何かしようとしたら母アイリスは例え貴族相手でも喧嘩を吹っかけるだろう。そうなれば街に流通している食料の大部分を占めるほどの大商会の力を使い報復をするだろう。アイリスが息子のために教会に喧嘩を売ったのはあの街のものであれば全員が知っていると言っていいほど有名だった。

 それでも問題が起きる時は起きるが、安易な考えは危険であると知りつつもその時も魔法を使えばいいかとアキラは考えていた。



 帰りは全員が馬車に乗っていたわけではないので行きで森に行ったときよりも時間がかかりはしたものの日が落ちきる前には街に到着する事ができた。


「おう!おつかれ!行っていいぞ!」


 依頼で街の外に出るたびに何度も顔を合わせていた門番がまともに調べることもなく通行の許可をだす。

 それでいいのかと思わなくもないが、この街は商売によって栄えた街だ。今のように日が落ち門が閉まる前や逆に早朝門が開く時間は商人の行き来で忙しくまともに話しているような暇などなかった。


 門を抜けて冒険者組合に向かうが、ここも人があふれていた。依頼に向かうものと依頼から帰ってきたものたちの影響で冒険者組合も又、朝と夕方が最も忙しい時間帯であった。


「ちょっと待ってて」と言い残してアキラは組合の上階に上る階段をあがっていった。


 アキラが階段の上に消えていくと残されたウダル達は女性を寝かせている馬車がここ──組合の入り口の前──にあったら邪魔だろうと馬車を止める専用のスペースに移動していった。

 短い時間でしかなかっとはいえ馬車の操縦の仕方を教えてもらったウダル達。その中で一番上手く動かす事ができたクララが駐車場所に移動させることになったが、何かにぶつけることもなく終わらせる事ができてクララはホッとしていた。



「ただいまー。話があるから上に来いってさ」


 そう言われ皆どことなく嫌そうな顔をする。街に戻る前に組合から呼び出しをくらうだろうとはアキラに言われていた。


 本来ウダル達が受けた依頼はゴブリンの調査で有り、退治はまた別の依頼として処理されるはずだった。別に、依頼にないからといってその行動をしてはいけないというわけではない。依頼にないからと行動しなかった結果、事態が悪化することはめずらしくない。故に依頼主次第だがある程度は依頼から外れたことをしてもうるさく言われることなどない。だが今回の依頼は違った。

 ゴブリンはここは弱いがその生態から何か起こった場合の被害はバカにならない。なので見つけ次第調査し、一体も逃さないように包囲してから殲滅というのが当たり前でありしなければならないことであった。

 それを今回ウダル達はゴブリンを逃がしてしまう危険性があったにも関わらず戦闘を行っていた。囚われていた女性を助けるためとはいえ危険な行動をとったのだから呼び出されるのも当然といえた。


「じゃあ行こうか」


 くるりと振り返り組合を進んでいくアキラは覇気のない返事を背後から感じて苦笑いしていた。

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