第35話女性の正体
コンコンッ
木造の建物の廊下にドアを叩く音が響く。
「オリバー支部長。アキラ・アーデンです。仲間を連れてまいりました」
「入れ」
臆する事なくオリバーの待つ部屋に入っていったアキラの後を追ってウダル達のビクビクしながら入っていく。
アキラ、ウダル、カーナ、キャリーの四人が部屋の中に入りオリバーの前に背筋を伸ばして並ぶ。
エリナとクララがいないのは馬車に残してきた女性を一人にしておくわけにはいかないので、何かあった時に対応できるようにウダルとカーナのそれぞれのチームから一人づつ置いてきたのだった。
「──おおよその話はアキラから聞いたが、お前達にも聞くぞ。お前達はゴブリンの目撃情報があった場所での調査が依頼だった筈だ。そこに間違いはあるか?」
違わないと全員が首を振る。
「──では調査だけではなく発見したゴブリンの巣に攻め入ったのも本当か?」
更に続く質問に今度は全員が頷き肯定する。
一際大きなため息を吐くとギロリとアキラ達のことを睨みつける。
「馬鹿者どもが!!お前達は自分が何をしたのかわかっているのか!」
「だけど──」
「黙れ!言い訳など必要ない!俺はお前達が何をしたのかわかっているのかと聞いているんだ!」
「わかってるよ!ゴブリンを逃がすと危険だから戦力を揃えてから攻めないといけないって事ぐらい!でも捕まってる人がいたんだぞ!助けるべきだろうが!」
自分は間違っていないとキャリーはオリバーに食ってかかるが、オリバーも引くことはない。
睨み合いしばしの沈黙の後オリバーが徐ろに口を開く
「なら聞くが、もしお前達がゴブリンの巣を襲った結果ゴブリンを逃してしまいどこかの村が襲われたらどうするつもりだった」
「そ、それは……」
答えることができず言葉に詰まってしまうキャリー。
助けを求めるべく周りを見回すが誰も自分の援護をしてくれない。
しかし、そこでアキラのことが目に入り一つの考えが閃きキャリーはその考えにすぐさま飛びついた。
「大丈夫だ。逃した奴はいない!なんせ終わった後にこいつが探したんだからな!」
キャリーはそう言いながらアキラのことを指差す。
だが、オリバーが聞いたのか逃げられた場合どうするかであって実際に逃げられたかどうかは聞いていない。オリバーの質問に対する答えを出せていない以上キャリーのそれはただの話のすり替えでしかなかった。
そのことを理解しているキャリー以外のメンバーはため息をを吐き出す。
「お前たちはわかっているな?」
呆れを含んだオリバーの言葉はキャリー以外に向けられ、皆その言葉に頷いている。
「ならば次回同じような状況になったらどうする?」
「そんなの助けるに決まってるだろ!」
キャリーがそう主張するが皆一瞥するだけで誰も反応することがない。
「今回は実力があり探知系の能力があるアキラが共にいたから大した問題にはならなかったが、毎回共にいるわけではあるまい。ならば次は失敗するかもしれない。先ほどの言ったが、その時もしゴブリンを逃がすことになったらどうする気だ」
「そんなのあたしたちだけでも──」
「黙れ!お前の考えはよくわかった。今はこいつらに聞いているのだ!」
キャリーが言い募ろうとするがオリバーの怒声に遮られ仕方がなく黙ることになる。
静かになったキャリーから視線を戻し、相変わらず鋭い目つきでカーナを睨み問う。
「で、どうなんだ」
「……その時は、見捨てます。……今回はアキラさんのおかげで捕まっていることが明らかであったので、そして戦力としても十分だと判断したので戦いを挑みました。ですが私たちだけでしたら無理だったでしょう。ですのでその時は……捕まっている人を見捨てます」
顔をしかめ自身の力不足を悔やみながら言葉を絞り出すカーナ。
チームのリーダーとしてその答えは正しい。オリバーはカーナの答えを聞き満足そうに頷こうとするが、カーナのチームメンバーであるキャリーには納得できなかったようでその言葉に反論する。
「おいカーナ!なんで──」
「うるせえ!お前は黙ってろ!」
だが、部屋の中に今日何度目かわからないオリバーの怒鳴り声が響く。
「で、お前は?」とオリバーの鋭い視線がウダルを射貫く。
「俺もその時には見捨てます。……状況次第ですが」
「なんだと?」
「ゴブリンの数が俺が確実に対処できる数であれば殲滅します。それは冒険者の活動として認められていますよね」
冒険者は依頼中であっても組合で定められている魔物を発見したのであれば狩らなくてはいけないという規則がある。ゴブリンもそのうちの一つだ。対処が遅れれば際限なく増えてしまうためだ。もし自分たちでは倒せないと判断したとしても速やかに組合に知らせなければならなかった。
「むっ……」とオリバーが声を漏らす。納得したわけでは無いがウダルの言葉を否定しきれない以上何も言うことはできなかった。
「ひとまず捕まってた女性を休ませたいんだけど、部屋の準備はできてるの?」
誰も喋ることなく沈黙が場を支配するが、話が途切れたところを狙って今まで黙っていたアキラが口を開く。
「そういえばそっちもあったな。準備はできている。こっちだ」
オリバーは立ち上がり並んでいるアキラたちの横を抜けてドアを開け廊下を歩いていく。
「この女性がゴブリンに捕まっていた者か。捕まっていたにしては妙に綺麗だな」
目の前のベッドで眠っている女性を見てオリバーは言う。
オリバーは今まで冒険者としてゴブリンに捕まった人の姿を何度も目にしたことがあった。その経験からすれば目の前の女性は些か綺麗すぎる。救出後に魔法や薬で癒し身なりを整えたとしてもその痕跡は隠しきれるものではない。今は寝ているがうなされていることもない。
オリバーは今までの自身の経験との違いに違和感を感じずにはいられなかった。
「どうやらその人は捕まったばかりでなにもなかったみたいだ。ほかに捕まってた人もいたみたいだしそっちに集中してたんだろ。詳しくは後で話すよ」
「……そうか」
アキラはオリバーにだけわかるようにウダル達のことを見る。狙い通りにそれに気づいたオリバーは何か他の者がいたらまずいのだろうとアキラ以外の部屋にいたメンバーを帰すことにした。
「なにがあったのか詳しく聞かせてもらうぞ」
ウダル達がいなくなった部屋でアキラとオリバーは向かい合っている。
アキラは一つ頷くと捕まっていた女性に起こったことを話し始めた。
「この人の名前はコーデリア・コールダー。ここから西にある領地を収める貴族の娘で王都の学校から実家に帰省するときに森のそばを通ってゴブリンに襲われたらしい。そして──」
アキラの口から語られるのはカーナ達に話した作り話ではなく女性──コーデリアの身に起こった真実。
だがアキラの話を聞いたところで一つの疑問が生まれる。
「お前、なんでそんなに詳しいんだ?」
当然の疑問であった。なぜ助けた際に初めてあった女性のことをそんなに詳しく知っているのか。それにコーデリアが捕まった経緯まで知っているとなるとなおのこと聞かないわけにはいかない。オリバーはありえないと思っているが、もしかしたらアキラが今の状況を作るために何かした可能性もないわけではないのだから。
「実は俺、一つだけ嘘を付いていたことがあるんだ」
そしてアキラの語る。『探知』などではない本当の能力である『外道魔法』。その魔法で何を行なったのかを。
「──そういうわけでこの人の記憶は消した。この人が起きたとしても自分になにが起こったのかわからないはずだよ」
「──『外道魔法』か……。まさかお前が使えるとはな」
「どうする?無許可で使ったことを国に報告する?」
そう問うアキラの口調は軽いものであったがその瞳はこれ以上ないほど真剣であった。
「いや。そんなことはしない。できるとも思えないし、できたとしても|お前達(・・・)を敵に回したくはない」
「そっか。それならいいや」
軽くではあるが一般人であれば動けなくなるような威圧行なっていたアキラはそれを解いた。
「それにしても、|お前達(・・・)って俺の他に誰か敵に回る人がいるの?
「いるだろ、お前とは別方向にやばいのが。……お前の母親だよ」
オリバーの言葉に「あー」と声を出すことしかできないアキラ。
アイリスの普段の言動。それと過去アキラのために教会と敵対した事はオリバーも知るところなのだろう。
「──まあ、いいや。それでこの人はどうするの?」
「ひとまずは親であるコールダー伯爵連絡する。確か一月ほど前に内密に知らせが来ていた筈だ」
自身の娘がいなくなったのだから内密にではなく大々的に捜索を頼めばいいのではないかと思うかもしれないが、そういうわけにはいかない。
未婚である貴族の子女が拐われたとあれば今後結婚相手ができなくなってしまうし、他の貴族達からの口さがない言葉が一生つきまとう。ともすれば家の恥ともなるが故に、もし娘が攫われたとしてもそのことが広まらないように絶対に話さないと信頼できる相手にしか頼まないのであった。
「だが、どうしたものか……」
「?親を呼ぶんじゃないの?」
「伯爵に呼んだとしてどこまで話したものか、とな」
チラリとアキラに目線をやるオリバー。それでオリバーがなにに悩んでいるのかをアキラは理解した。
自身について誰にも話さないと先ほど約束したばかりではあったが、それを守ろうとしてる姿勢はアキラにとって非常に好感が持てた。
「その時は俺から話すよ。もし何かあったら魔法を使って問題にならないようにするから」
「……流石に伯爵ほどになると精神防御の魔法具をもってると思うぞ。効かないだろ」
アキラを心配しての発言であったが、その程度では問題ないとアキラは笑う。
「平気だよ。そこらにある物じゃ俺の魔法は防げはしないから。あんただって防御の魔法具の一つぐらい持ってるだろ?それで俺の魔法が防げると思った?」
たしかにオリバーも冒険者組合の支部長というそれなりの立場にいる以上外道魔法に対する対策をしないわけにはいかなかったので魔法具は常に持ち歩いていた。だが先ほどアキラから威圧された時にはその程度の魔法具では防ぐことなどできないだろうと感じていた。
ふう、と一度大きくため息を吐いてオリバーは話を戻す。
「任せてもいいんだな?」
「当然。寧ろこっちからお願いしたいくらいだよ」
「そうか。伯爵が来たらすぐに知らせを出すからいつでも来れるように用意しておけ」
オリバーはもう一度大きくため息を吐き出すと改めてベッドで眠るコーデリアの姿を見る。
「この子はこっちで面倒見るからもう帰っていいぞ」
「任せた」と一言言うとアキラはベッドで眠るコーデリアを一瞥してから部屋を出て行った。
ーーーーーー
「ふう。面倒ごとは勘弁して欲しいんだがな」
冒険者から組合の職員となって支部長になった俺は事務仕事というのがそんなに得意ではない。寧ろ苦手だ。
俺みたいなやつに求められるのは事務仕事よりも緊急時の戦力だから問題ないといえば問題ない。事務仕事は他の優秀な奴らがやってくれるし。
だが、今回はそうはいかない。娘を探して欲しいと内密に話された以上この件は最後まで俺が対応しなければならなかった。
決して捕まっていた者が見つからなければ良かったなどという気はないが、それでもやっぱりこの後のことを考えると面倒だと思ってしまう。
これから伯爵に手紙を出してやり取りをして、伯爵がこっちに来たら対応をしなくてはならない。
伯爵に関してはあいつ──アキラが対応すると行っていたが完全に任せっきりというわけにもいかないだろう。──ああ、後はアイリス殿にも連絡入れておいた方がいいか?どうせあいつから事情は話すだろうけど一応俺からも話をしていたほうがいいよな。
……はあ。それにしてもまさかあいつがあれほどの実力者だったとはな。
あの時感じた威圧感。あれは常人が耐えきれるものではなかった。未熟な者が受ければ気絶していただろう。なぜそれほどまでの威圧をすることができるのかわからないが余り首を突っ込まないほうがいいだろうな。どうにかする能力もないのに竜の逆鱗に触れるのは馬鹿らしすぎる。
「面倒だがやるしかないか」
伯爵に手紙を出すことも重要だが、さしあたってはこの子の看病をする口の固いやつを用意するところからだな。
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