第33話記憶の封印

アキラはふぅ、と息を吐くと背負っていた袋の中から液体の入った瓶を取り出し女性に飲ませる。それが終わると再び瓶を取り出し今度は全身に振りかけていく。

すると女性の体を覆っていた傷や痣はその姿を徐々に消していき、しまいにはすべての傷がなくなった。


「終わりだ。なんとかなったな」


もう一度大きく溜息を吐くとアキラは後ろで見ていたウダル達に振り返る。


「終わったぞ。もう彼女は置きても暴れることはないぞ。まあ、起こす前に話し合わなくちゃいけないことがあるけどな」


反応がないことにアキラは「ん?」と首をかしげる


「お前たちどうしたんだ?」


まさかさっきの女性に集中しすぎるあまりに余波でウダル達にも何か影響が出てしまったのでは!?とアキラは慌てたが直後にかけられたウダルの言葉でそうではないと証明された。


「──ああいや。なんでもない。……話には聞いていたけど、まさか本当に魔法が使えるとはなって驚いただけだ」


そうなのか?という意思を込めてカーナ達を見るアキラ。それに慌てたようにカーナは答える。


「わっ、私は魔法を使える人を見たことがなかったので、その、驚いてしまって」


カーナの言葉にクララも頷き同意を示すが、キャリーだけは何が起こったのかよく分かっていないようだ。

女性の傷が治ったのは薬のおかげで、見ている限りではアキラが何をしたのかわかるようなものではないのでそれも無理からぬことだろう。


「それで、一体どんな魔法を使ったんだ?」


先ほどの光景を見ているだけでは何が起こったのかわからなかったウダルは問う。それは他のメンバー達も気になるようで言葉を発することなく耳を傾けていた。


「ん?あー。……まあいいか。──さっき使ったのは彼女の記憶の一部を消して、そのなくなった記憶の周囲の他の記憶も夢だったかのように薄れさせる魔法だ。これでよほどのことがない限り彼女はここであったことは忘れるしそもそもここに連れてこられたことも覚えていない筈だ」


だがこのままでは女性が起きた時に何があったのかと聞かれて仕舞えば正直に言う者と事実を隠そうとする者それぞれの話に矛盾ができてしまう。「だからそのことで話をすり合わせなければならない」と言うアキラの言葉が続き仲間たちが頷くがキャリーとカーナは頷かないでいた。キャリーはアキラへの反発心から。カーナはアキラの使う魔法が異端の魔法である『外道魔法』であることを知ったから。



「それで、この後のことだけど。まずカーナ達には約束してもらいたいことがある」

「約束ですか?一体何を…」

「この女性に起こったことと俺の能力に関することの全てだよ」

「なんで?アキラが魔法を使えるんだったらもっと上位の冒険者として階級をあげられると思うんだけど……」

「魔法は使える人が貴重ですから。面倒事を避けるという意味でも戦力を隠すという意味でもを秘密にしたいのは理解できます」


カーナはクララの疑問に答えるがそれだけでは終わらなかった。


「……それに、精神に関する魔法は|外道魔法(・・・・)と呼ばれて忌避されていますから……」


眉をひそめているカーナの言葉に肩を竦めるアキラとそんなアキラに視線を集めている仲間たち。


『外道魔法』。それは他者の精神を魔法で意のままに操り多くの被害をもたらした魔法使いが使っていたからそう呼ばれるようになったものだ。しかし魔法の適性とは生まれつきのものなので適性を持っていると言うだけでは捕まえることは出来ない。そうは言っても野放しにしておくには危険であり、国のために使えば利益をもたらすものである。

なので国ごとに違いはあるが、大抵はその資質のあるものは国の管理下に置かれている。国の管理下に無くとも外道魔法を使うものには許可が必要となる場合が多い。だがその許可なく使ったのであれば即座に犯罪者として生涯国の利益のために働かされることになる。


今回のように誰かを助けるためとは言え許可なく外道魔法を使ったアキラはこの国の法に従えば捕まってしまう。

故にアキラはここにいる者たちに秘密にするように言っているのだ。


「そういうこと。俺は冒険者として活躍することを望んでるわけじゃないからね。あくまでも行動しやすくするための道具でしかないんだ。一応本職は商人だし」


言葉の途中でキャリーから敵意ある眼差しを向けられるアキラだが、今までも似たような状態だったので気にすることはない。が、そのことについてウダルから忠告がされる。


「アキラ。お前の考えは知ってるけど反感を買うから他の冒険者の前でそう言うのはやめたほうがいいぞ」


冒険者は誰でもなることができる故にその数も多く、偉業をなした英雄のように自分も、と夢を抱き冒険者として努力している者もまた多い。だがその大半は日々の糧を得るのに精一杯で夢を叶えるどころか夢を追いかけることすらできない者たちだ。大人になればそんなものだと折り合いをつけ細々と暮らしていくことはできるだろう。だがそれでも諦めないものはいる。そんな人物の前で「冒険者はお遊びだから」と言ってしまえば怒りを買うことは明白だ。ウダルはそのことを心配しているのだろう。現にキャリーも偉大な冒険者になることを夢見ているので、今のアキラの言葉を聞いて自身の夢を侮辱されたように感じそれまでより更に怒りを感じている。


「ん。そうだな。次からは気をつけることにするよ」


アキラはキャリーのことを横目で伺うとウダルの言葉に素直に頷くことにした。ウダルも「それがいい」と頷き話を戻していく。


「それでどうする?俺の秘密を守るって約束できる?」

「はい、絶対に話さないとお約束します」

「もともと他人の能力は言いふらさないのがマナーだしね。……それに今回は仕方がないと思うし」


明確に決まっていないただのマナーとは言っても他人の秘密をおいそれとバラすようでは他の冒険者から信用されない。今回に限ればアキラは法を犯しているので言っても構わないのだが、冒険者といえど大なり小なり何かしらの罪を犯している。なのでそんな者たちからすればアキラのことを話すことは仲間を売ったと思われてしまうことであり、それでは問題があった。そうなれば今回のように他のチームと合同で依頼を受けることは出来なくなるし、何か知っておいたほうがいい話しがあったとしても教えてもらえなくなってしまう。そんなことは関係ないと振る舞えるほどの実力があれば別だがカーナたちにはそんな実力はなかった。少なくとも今はまだ。


「そっか。よかったよ。それでキャリーはどう?約束できる?出来ないって言うならそれはそれで構わないよ」


カーナとクララを口止めしてもキャリーが喋って仕舞えば意味が無い。なのにアキラは構わないと言う。そのことに約束することに了承したカーラ達だけでなくそばで聞いていたウダルとエリナも驚いていた。


「チッ!誰にも言わねえよ!これでいいんだろ!」


満足そうに頷くアキラ


「いいのかそれだけで。単なる口約束じゃなんの意味もないだろ」


このままうまく終わりそうだったのに話を掘り返すウダルに振り向きその理由を視線で問うカーナとクララ。

だがウダルとしては当然のことだった。仲間とは言ってもカーナたちは一時的なもの。言うなればただの協力者だ。そんな者と今まで長い時間を過ごしてきて色々教えてくれた友。どちらが大事なのかなど聞くまでもないことであった。


「もちろんこのまま終わるつもりはないさ。悪いけど君たちのことを無条件で信じられるほど俺は甘くはないんだ」


アキラがカーナたちに手を向ける。カーナたち三人はそこから先ほど感じたような威圧感を弱くしたものを感じ、それが魔法の準備であることを悟る。

それを理解するや否やキャリーがアキラの方に走り出し自慢の怪力をいかした拳を振るう。持っていた剣を手放し、剣で斬りかかるのではなく拳で殴りかかったのは殺してはまずいという一応の自制心が働いた結果か。常人が受ければ痛いでは済まないほどに威力ののったその拳はまともに受けて仕舞えばアキラとてけがは避けられない。だがそれは|まともに受ければ(・・・・・・・・)の話だ。女神の試練を乗り越えたアキラにとってはその程度避けられないはずがなかった。


「おっと。いきなり殴りかかるなんて、危ないだろ。何考えてんだよ」

「それはこっちのセリフだ!テメェ何をしようとした!あたし達に魔法を使おうとしてただろうがっ!」

「ああ。口約束だけで約束を守ってもらえるなんて思ってないからな。魔法でちょっと縛らせてもらおうかと思って。それで、魔法を使おうとしてた、だっけ?よく見なよ。まだ魔法は消えてないよ」


キャリーの拳を躱したアキラの手に全員の視線が集まる。

そこには未だ消えることのない淡い光が灯り焦りを呼ぶ圧力が感じられ、魔法陣が出来上がっていた。


「なんで……。魔法の構築中には動けなはずじゃ……」

「そんなわけないじゃないか。それは単なる未熟者ってだけで、本当に魔法を使いこなせるのならあの程度の攻撃を避けながらでも魔法を使うことは出来るよ」


アキラの言うことは正しい。だがキャリーの言うこともまた、正しくはあった。

当たり前だが全く違う二つの事を極めるのは難しい。戦いで役に立つほどに魔法を鍛えたのならそれと同程度に戦士として鍛えるのは才能があるか、もしくは余程の修練を積んだ者だけだろう。

アキラは女神の試練によって鍛えられたがそんな者が他にいるわけはなく、一流の魔法使いとしての才能と戦士としての才能を合わせ持つものもそうはいない。

なので通常の魔法使いは魔法を使うか攻撃を避けるか、どちらかに専念しなくてはならなかった。しかしどちらかに専念しなければならないとなると当然魔法の構築途中に攻撃を避けるのであれば魔法を中断させなければならなくなる。それが一般には魔法使いは魔法の構築中には動けないと言われている理由だ。

だが魔法使いとしても戦士としても両方を同時にこなすほどの力があれば魔法を構築しながらも戦うことができる事になるし、戦士として鍛えていなくても卓越した魔法技術があれば魔法の構築中にパンチを避けるくらいはできる。


「それじゃあ、約束をするって同意はしてもらえたし──《改竄》」


アキラが淡い光を放つ手を再びキャリー達に向けると手の先の空中に描かれていた魔法陣も一緒に動きキャリー達に向けられる。

このままではまずいとキャリーは動き出そうとするがそれよりも早くアキラの手に宿っていた光が弾けた。かと思うと魔法陣の輝きはまし魔法が発動した。


「クソがっ!」

「キャア!」

「うわあっ!」


発動した魔法はしっかりとかかったようで、キャリーとその後ろにいたカーナとクララの三人は短く悲鳴をあげた。

三人は少しふらつくとバタリと意識を失い倒れてしまった。


「よし!これでなんの問題もなくなったな」


アキラは一仕事終えたというふうにウダルとエリナに向き直る。

その様子に呆れはしたもののアキラのことだから自分達にもカーナ達にも、そしてアキラ自身にも害が出るようなことはしていないだろうと理解していた。それは友として長年培ってきた信頼の証であった。


「それでこれからどうするんだ?」


ウダルはアキラの魔法によって気を失ったカーナ達に目を向けながら問う。

問題はないはずだが一応倒れたカーナ達は今エリナが見ている。しかしその様子を見る限りは慌てている様子もないので本当に問題はないのだろう。


「彼女達にかけた魔法は記憶を書き換える魔法で、ゴブリンの巣に突入してからの記憶を書き換えた。具体的には──」


その後アキラ達はカーナ達の記憶を書き換えた結果や捕まっていた女性への対応について話し、今後の予定を立てていった。

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