第32話囚われの女性
アキラ達はゴブリンが住処にしている洞窟の中に入っていったが、気づかれる可能性があるため松明などの灯りを使うことができず足元を照らす程度の光をだす道具をつかっている。だがそれでも十分とは言いがたく、暗い中罠を警戒して進んでいるため未だにゴブリンの一体も見つけることができないでいた。
「おいまだかよ」
洞窟の中ではあるため小声ではあるが不満に思っていたことを遠慮なく言うキャリー。いや、今に至るまで何も言わなかったので遠慮はしていたのだろう。だが彼女以外のメンバーは、敵に気づかれないように行動しているのに無意味に声を出すキャリーをよく思っていない。同じチームであるカーナとクララでさえ顔をしかめるほどだ。
みんなからの無言の視線を感じたキャリーは流石にまずかったと思ったのか、ブスっとした顔を背けそれ以降話すことはなくなった。
先頭を進んでいたクララが何かに気づいたらしくアキラの耳元に口を寄せ囁く。
「この先で音が聞こえた。敵の反応はどう?」
クララから言われるでもなく既にゴブリン達の位置を把握していたアキラはもうそろそろ言おうと思っていたところで声をかけられたので、すぐにその情報をみんなに伝えた。もちろん声ではなく身振りであった。
──敵25。人間1。
身振りだけで簡単ながらそう伝えると他のメンバーの間に緊張が走る。
それぞれが武器を構え準備ができたのを確認するとウダルがカウントを取り、一斉にゴブリンに突撃していく。
「うおおおおぉぉぉ!」
「死ねぇ!ザコども!」
広い空洞のような場所に出たアキラ達は各々作戦通りに行動していく。
初撃は仲間にあたる心配がないのでエリナとクララが囚われている人に当たらないように注意しつつも矢を放つ。
それに続くように走っていったウダルとキャリーは叫びながら剣を振るいゴブリンを斬っていく。叫びはしていないがアキラとカーナも同様にゴブリンの群れに切り込んでいき、矢を撃ち終わったエリナとクララも弓を捨て彼らの後を追っていった。
本来は魔物の巣を制圧する場合は範囲に効果のある魔法具を使うのが一般的だが、今回は人間が囚われているのでそれはできない。非殺傷のものであれば使えるがそういったものは冒険者や兵士や騎士といった荒事を生業とした者しか買うことができず、また売ることもできない。この辺りは国によって違うが少なくともアキラの国ではそのようになっていた。
だがウダル達は冒険者であるのになぜ持っていないのか。それは単純に高いからである。非殺傷系の薬は使い方次第で犯罪にも使える。故に信頼のない低位の冒険者には高値で売っているのだ。高位になっていけばその金額も安くはなっていくが、今のウダル達では到底買えなかった。
アキラは冒険者だし金額でいえばその程度買うことはできる。だがアキラは必要な時には自身の魔法があるからとそういったものを用意する事はなかった。だがそれは一人で旅をすることを前提としての話だ。今のように他人の目がある場所では精神魔法を隠すために使うことができなかった。
それでもたかがゴブリンの数十程度であればアキラにとって問題にはならなかった。その程度は女神の試練で嫌という程こなしてきたのだから魔法を使うことができなかったとしても障害にはなり得なかった。
「これでっ!終わりだぁ!」
キャリーが倒した個体をもって洞窟内にいたゴブリンを全て倒すことができた。
「みんな怪我は?」
アキラを除き全員怪我をしていたが誰も死んではいない。中でもキャリーは全身に多くの傷をつけていたが化膿しないように適切に手当てすれば問題ない程度だった。
ウダルの問いかけにそれぞれが返事をすると、安心したウダルは息を吐き警戒をしつつも残心を解く。
「お疲れ様、ウダル」
自身も戦闘で疲れているはずのエリナだが終わるや否や真っ先にウダルの元に向かい布と水を渡した。その姿はさながら恋する乙女といったところか。いや、『さながら』ではなく恋する乙女そのものであった。乙女というには少々澱みのある感情をしてはいるが……。
「ありがとう。エリナもお疲れ様。──みんなもお疲れ様」
ゴブリンとの戦闘が終わり自身の周りに集まってきた仲間達にも声をかけるウダル。だがその中に親友の姿がないことに気付く。
「あれ?アキラはどうした?」
その言葉で今回の戦闘で誰も死ぬことなく終わることができた大きな理由であるアキラの姿がないことに気がつき周りを見回す。
「そういえば、どこに……」
「あっ!あそこっ!」
比較的に余裕のあるクララが辺りを見回すと広間の端にしゃがみこむアキラの姿の発見した。
「ですが誰か一緒に……あっ!」
アキラがしゃがみこみ側に誰かが倒れているのをみてカーナはこのゴブリンの巣になぜきたのか思い出した。
「そうです!囚われていた女性が!」
カーナが叫びながらアキラの元に、いやアキラのそばに倒れている者の元に駆け寄る。
「うっ……」
──が、その足も後少しというところで止まり、それ以上に進む事はなかった。
せっかく助けに来たのに囚われていた人の側による事をやめたカーナを訝しみ他の者も近づいていく。
「っ!これは──」
カーナ同様にある程度近づくと皆絶句しそれ以上近づく事だなくなった。
「おいウダル。お前はこっちに来るな。この人は女の人だ」
アキラの言葉でハッと我に帰ったウダル達は進んでいくが直前のアキラの言葉を思い出したウダルはその場に留まった。だが皆が恐る恐ると近づく中でキャリーだけは走るかのように進んでいく。
「っ!──おいテメェ!どけ!」
アキラの後ろまで来たキャリーはアキラの肩を掴み投げるように引き倒す。
「うっ。──クソッ!おいあんた大丈夫か!助けに来たぞ!」
先ほど止まった位置でもわかったが近くに寄るとなおの事女性の状態がよく分かってしまう。
身につけているものは何一つなく長く背中まで伸びていた髪はボサボサになり頭皮は一部赤黒くなってる。顔は元の形がわからないほどに膨れ上がり、開かれている眼には濁った輝きしか見ることができない。全身は汚れと痣で覆われている。
女性に何が起こったのか。ここが繁殖のためなら異種族であろうと苗床とするゴブリンの巣であることを考えればこの女性に何があったのかは容易に想像できる。
だがキャリーは怯みはしたもののそれでもまだ死んではいない女性に駆け寄ってその体をゆすり声をかける。
「やめておけ。その人はまだ起こさないほうがいい」
助かったとはいえ今までゴブリンの|おもちゃ(・・・・)として扱われていたのだ。起きたとしても落ち着いて話をすることができるか言われればまず不可能だろう。
「テメェが言ってんじゃねぇよ!テメェがグダグダ言ってねぇでさっさとゴブリンどもを探していればこんなことにはならなかったんだぞ!もし捕まっている人がいたら責任取れんのかって言ったよな!?どうすんだテメェ!」
だがそんなアキラの考えはキャリーには理解できなかったようで怒りを露わにし胸ぐらを掴む。
「聞いてんのかよ、おい!なんとかいえよ!」
どう責任を取るかその答えを未だに出すことができないでいたアキラはキャリーの問いに答えられない。
「テメェのせいでこうなってんだぞ!どう責任を取るつもり──」
「カーナ!待ちなさい!今はするべきことがあるでしょ!」
ソレを見てキャリーは更にまくし立てようとするが、いつものようにカーナ達に止められる。
カーナは口元を押さえながらも女性に近寄り介抱しようとするがキャリーと同じようにアキラに止められる。
止められたカーナはキッとアキラのことを睨むがアキラはソレを意に介さずに口を開く。
「──ぃ…ぁ…。ぃいいいいぃぃぃぃぃぃやあああああぁぁぁぁ!!」
──が、アキラが何かを言う前に意識を取り戻した女性の口から出た絶叫が洞窟内に響く。
「いやあああぁぁ!ぃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
途端に叫び出した女性はそれだけではなく手足を振るい暴れ出した。
「いやあ!ああああ!ぃあああああああ!」
「おいあんた!落ち着け!もう大丈夫だ、あんたは助かったんだ!」
キャリーは暴れる女性を押さえ落ち着かせようとするが、キャリーに掴まれたことにより更に暴れるようになってしまった。おそらく自身のことを押さえつけるキャリーのことを魔物──ゴブリンと間違えているのだろう。
いくらキャリーやカーナが宥めようとも一向に静まる様子はない
今まで完全に壊れていた女性の心は自身に呼びかけるキャリー達の声によって中途半端に戻ってしまったためゴブリンの巣で起こったことを思い出してしまっていた。ともすればそのまま壊れていたほうが幸せだったと思えるほどの出来事を。
「おいアキラ!なんとかならねえのかよ!お前が力でどうにかできないのか!?」
遠目から見ていることしかできないウダルはアキラの肩を揺らす。
アキラはウダルには自身の精神を操る魔法について教えていたのでウダルはその力ならばと考えている。
だがアキラは答えない。ただじっと暴れる女性と彼女を抑えるキャリー達のことを見ている。
アキラには押さえつけられながら泣き叫ぶ女性の姿が生まれ変わる前の自分の姿が少しだけ重なって見えた。もちろんキャリーは女性のことを虐めているわけではなく、寧ろ助けようとしているのだが見るだけであればそう変わらない。晶もあそこまでひどい状況になったことがあるわけではない。だがそれでも彼には重なって映るその光景を許すことはできなかった。
そしてもう一つ。泣き叫ぶ女性を見て引くことのできない理由を思い出した。
そう思うと同時に、アキラは今までこの倒れている女性にどのように対応するか悩んでいたがようやくその悩みに答えを出すことができた。
「どいてくれ」
「あ!?んでテメェの言うことなんか──」
「お前が言ったように、責任を取るから。──どいてくれ」
ビクッ!
アキラの声は静かであったがそこに込められていた意思は今までとは桁違いであった。アキラに反発心を抱き怒り心頭であったキャリーでさえそのアキラの様子に怯み動くことができなくなった。
キャリーに止められることなく再び女性の側に近寄りしゃがみこむアキラ。
「あああああああああ!!」
「悪いとは思わない。元々、俺はここにくる予定じゃなかったし一日助けるのが早かったところで大した変わりはなかった。貴女が捕まったのは貴女のせいだ」
女性の状態を見ればキャリーが言うように昨日今日捕まったわけではないことがわかる少なくとも一週間以上は前に捕まったのだろう。
アキラの言うように一日早くゴブリンの巣を見つけだし助けたところで女性がゴブリン達に犯された過去は変わらない。
「だけど、俺は今ここにいる。──だから、助けるぐらいはしよう」
アキラの言葉など聞かずに未だ暴れている女性の頭部にアキラは手を置く。
「<眠れ>」
「──あ」
それまで暴れていたのが嘘のように静まり安らかな顔で眠る女性。このままの状態であれば死んだように見えるがまだ死んでいない。死なせるつもりもアキラにはなかった。
「……おい。もうだいじょ──」
自分がどうにかするように頼み込んだから動いたと思い込んでいるウダルがアキラに手を伸ばし話しかけるが、その言葉は最後まで出ることはなかった。
突如ウダルは自身が今まで経験したことがないような圧力を感じ後退りしてしまう。それは他のカーナ達も同じようで額から汗を流していたが、それがアキラからのものとは分からずにその圧力の出どころは何処かと辺りを見回している。
「──これは……アキラ?」
チームの索敵を担当しているクララはすぐにその圧力の出どころに気づいたようで呆然と口から零れ落ちるように呟いた。
「アキラ、さん?でも、だとしたら……どうして……」
クララの言葉で自身の感じている力の正体がわかったカーナ。だが、彼女はそのせいで余計に訳が分からなくなっていた。なにせアキラはまともに魔法が使えず、使えるのは周辺の生き物を探す『探知』だけだったはずなのだ。それなのに今目の前で振るわれている力はどう見ても『探知』などではない。明らかに別の『魔法』である。
仲間といえど同じチームというわけでもないのだから切り札を隠すのは当たり前である。だが今アキラが使おうとしているのは一体なんの魔法なのか。
人が魔法を使う際それぞれ個人ごとの属性に適した魔法でなければ使うことはできない。隠していたとはいえアキラはすでに『探知』という魔法を使っていた。それがどの属性のものかは分からないけれど、いずれにしても回復系の魔法は使うことができないはず。
そんな風に考えていたカーナ。事実アキラは回復魔法は使えないし使うつもりもない。今から行うのはもっと別のものだ。
「望まぬ|現実(ゆめ)を閉じ込めて 深い海に沈めよう 二度と浮かぶことなどないように」
《夢現牢》
アキラの前の中空に魔法陣が描かれると女性の体がうっすらと光りその魔法陣が吸い込まれていく。
魔法陣が完全に女性の中に消えていくと女性を覆っていた光も徐々に弱まり、そして完全に消えた後そこには変わることなく地面に横たわっている女性の姿があった。
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