第24話第二の人生

「ーー恥ずかしい」


泣き疲れて眠ってしまった晶は眠る前のことを思い出して誰も見てはいないが顔を覆い隠す。

あの時はさほど気にならなかったが、今になって思い出すとその恥ずかしさからその場で身悶えてしまう晶。


(でも。ーーああ。俺は母さんを息子なんだな)


アイリスから言われ言葉を思い出し心の中で何度も繰り返すと晶は一つの覚悟をした。それはこの世界で『晶』としてではなく『アキラ』として生きていく事をだ。なんとしても母さんを悲しませない、とアイリスの子供として生きていく事を心に誓った。

そうは言っても当初の目的である女神との再会を諦めるつもりはない。だがあまり無茶な行動をして母に迷惑をかけるつもりもなかった。同じ『迷惑をかけない』だが前世と今世でそこに込められた思いが違う事に晶は思わず笑ってしまった。


窓の外を見ると空はすでに暗く二つの月が頭上で輝いている。

晶の記憶を思い出してから見る初めての月を眺めるアキラ。その心のうちは一体何を思ったのか、月に向かって手を伸ばし、そしてその手を握りしめる。


「まずは出来ることの確認と出来ることを増やす事からかな?」


アキラは上げていた手を下ろして今後女神を探すのに必要であろう事を考える。

現在アキラが出来ることなどたかが知れている。記憶を思い出す前も剣の訓練はしていたようだがそれだけだ。魔法を使ったことがなければ商人としての経験も積んだことがない。十二歳になったばかりなのだからそれは仕方がないとも思うが、もっと早く思い出していればもっと何か出来たのではないかとも思う。

だが過ぎてしまったものは仕方がないと早々に切り捨て、次にすべき事を考えていく。


(剣技は実際に動いて確認しないとだし魔法も実施に使ってみないといけない。商売に関しては母さんに言ってからじゃないとしっかりと学べない。そうすると、今できることはない。…いや、魔法が使えるかどうかの確認ぐらいならできる、かな?)


この世界で魔法使いになるにはまず自身の持つ魔法適性を調べなければならない。

魔法適性とは魔法を使うにあたって自身に適した|性質(せいしつ)の事だ。例えば『液体』の性質を持つものは水を操る事に長けている。『燃焼』であれば炎を扱う魔法。『癒し』や『再生』であればなにかを治癒する魔法。というようにそれぞれその性質は違う。中には『土』や『風』という属性そのものを適性としてもっているものもいる。

性質は多岐にわたり、そのままでは管理しづらいので性質ごとにある程度まとめて『属性』と読んでいる。炎に関係する性質のものは炎属性の魔法使い。というように分類分けされる。

適性はある程度の大きさのある教会で調べることが出来る。他にも魔法使いの学校ならあるし、王侯貴族なら独自に持っているかも知れないがそのいずれもアキラが使用することはできない。普段なら教会で調べることは誰であっても可能なのだが、現在アキラの家、というかアイリスが教会に喧嘩を仕掛けている最中なのでもし今アキラが適性を調べに言ったとしても快く調べてくれるとはアキラには思えなかった。


(まあ調べてもらえなくても魔法の使い方自体は知ってるし、使ってみれば使えるかどうかわかるしいいか)


普通なら適性を調べずに魔法を使うものはいない。何をどう使えばいいのかわからないのだから使いようがないからだ。だがアキラは女神のところでおこなった試練のおかげで魔法の使い方を知っている。それどころか魔法に関しての技術はこの世界でも上位に位置する。そんなアキラをもってすれば魔法の適性を知らない事程度さした障害にならない。……筈だった。


「……あれ?」


この体になってから初めての魔法だし事故を起こしたらまずいと思いつつも、試練であれだけ魔法を使っていたのだから余裕だろうとたかをくくってたアキラ。だが直径1センチくらいの水を生み出そうとしたが一向に魔法は発動しない。

魔法を発動するための式が間違っているのだろうかと今度はゆっくりと確認しながら魔法を構築していく。間違いのない事を確認したアキラは今度こそ、と魔法を発動するが魔力を無駄に消費しただけで何も起こらない。


「なんでだ?この体は魔法が使えないのか?それとも水系統だけ?……他の属性も使ってみるか」


自分は魔法を使うことができないのか。それとも特定の属性だけ使えないのか調べるために他の属性も使ってみるがその全てが発動しない。炎も土も風も光も空間も回復も障壁もなにも使うことができなかった。


(…なんでだ?魔法が使えない体?…でもその割に魔力はあるんだよな。……なんでだ?)


魔法が使えない原因を考察していくと思い当たることがいくつかあった。

一つ目は、この体に魔法の適性が全くないという事。その場合はどうしようもないので諦めるしかない。

二つ目は、転生するときに無茶をし過ぎて魔法を使うための機能が壊れた可能性。これも一つ目と同じでどうにかしようと思ってなるものでもないので諦める

三つ目は、試練においてのアキラの行動の結果。女神は言っていた。「この試練の結果があなたが生まれ変わった際の能力に関係します」と。ならば試練の最後(正確には試練ではなかったのだが)女神と闘った際に晶は剣を多用していた。それにより魔法の適性が著しく下がったのではないかとアキラは考えた。


(もしそうなら剣だけであの化け物達をどうにかしなくちゃいけないのか?)


試練にて戦った魔物達のことを思い出し、今後遭遇した場合の心配をするアキラ。


(いや、まだ強化は試してなかったな。強化が使えればなんとかなる)


そう思い至ると魔法の準備をし、使う。すると今度は発動しないなんてことはなく、しっかりとアキラが思い描いた通りの効果が現れた。


「これなら、まあ、なんとかなる、かな?」


強化だけしか使えないのかとがっかりとしながら、使えるだけマシだと思い直して無理やり気持ちを上向きにし、他に何かなかったかと思い出そうとする。とそこで何かに気づいたようにハッとし魔法を構築し始めた。


(そういえばまだ精神干渉系統の魔法は使ってなかったな。でもこれが使えたところで…)


そこまで考えてアキラは魔法を発動する。使ったのは一定範囲内の人間の精神に干渉してその人数を調べる魔法だ。これならだらかに害が出ることもないと軽い気持ちで使ったが。


「ーー!?っうぐ!」


突如頭の中に流れてきた情報の多さに頭痛を感じ即座に魔法を消す。

試練での経験によってある程度の痛みは耐えることができるが、それは耐えられるだけで痛いものは痛い。

突然の痛みに頭を抑えよろめきながら椅子に倒れこむようにして座り痛みが引くのを待つ。


「なんであんなことに…」


頭痛が治まったアキラはなぜ自身がダメージを負うようなことになったのかを考えるが、それは一瞬で終わった。答えはもうわかっている。先程自身が使おうと思った魔法が過剰に発動してしまったことが原因だ。

では、今度はなぜ魔法が過剰になってしまったのか。その原因を探る。


(んー、魔法の構成を間違えた?いや、間違えた程度であんなことにはならない。なら誰かに干渉された?でもそんな感じはしなかったし、するとしても誰が?)


そのまましばらく原因を考えるがいくら考えてもまとまらない答え。気晴らしに手のひらに魔法で小さな水球を生み出そうとするが何も起こらない。

自身が魔法を使えないことを忘れていたアキラはそのことを思い出し、ハアとため息をつく。が、そこでなぜ魔法が過剰になったのかではなく、なぜ精神干渉魔法だけは発動することができたのか気になった。

試しに先ほどと同じ魔法を使うと、やはり効果は過剰ではあるもののなんの抵抗もなくしっかりと発動する。では、と風を起こしたり灯りを作ろうとしたが今度は何も起こらない。

その結果に何が起きたのかをおおよそ察したアキラは最後の確認として全属性の魔法を一つずつ使って行く。


「精神魔法に極振りとか…まじかぁ……」


アキラの出した結論は強化魔法と精神干渉魔法にしか適性がないと言うものだった。一般的によく使われるような属性の魔法は一切使うことができない。強化魔法は思った通りに使うことができたので人並みにはあるのだろうが問題は精神魔法の方だ。そちらの方はどうにも適性が高すぎるようでアキラがその系統の魔法を使おうとするとその全てが過剰に発動してしまう。


(これ本当に試練の最後のやつみたいなことにならないよな?)


他者の精神を弄る魔法を得意としているような魔法使いが人々から受け入れられるのか?そう考えた時アキラの答えは「いいえ」だ。考えてみるといい。すれ違っただけで記憶を読まれ、大した労力もなく人を操り

好き勝手に動かすことができる。そんな者がいたとしてその人物と仲良くすることができるのかを。仲良くしたいと思えるのかを。自身でも知らないうちに操られているかもしれないそんなことを一切考えることなくいられる者はいないだろう。いるとしたら奇跡的な頭の悪さか、もしくはアキラのことを心の底から信じているもののどちらかだろう。だがそんな人物は稀で普通であれば拒絶するだろう。


(魔法のことは隠していくしかないかな)


もちろん必要であれば戸惑うことはない。最悪の場合見た者すべての記憶を書き換えればいいのだから。だがアキラとしてはそれはしたくなかった。一度そうして仕舞えば次も、その次もと止められなくなるような気がしたから。だが、アキラには|そんなこと(・・・・・)で悩むより重要なことがあった。


(母さんには言うべきか。言わないほうがいいのか)


ただでさえ息子が他の誰かの生まれ変わりというおかしな状態になっているのに、そこに更に精神干渉魔法を得意としているなんてことになったらいくら自身の味方であるとは言っていても嫌気がさすのではないかという不安にアキラは襲われていた。

その不安を消すかのように、どうにかして『普通』の魔法を使うことができないかと試行錯誤したがどうにもならない。その結果に再び不安に襲われるアキラ。なんとなしに窓の外を見ると既に空が白んできた。

このままではいけないと立ち上がり、気晴らしとして部屋の隅に立てかけてあった木剣を手に部屋を出て庭へと向かった。


「ふうぅ。こうして剣を持つのは久しぶりなきがするな」


1日も欠かすことなく剣を振っていたが、それは『アキラ』であり『晶』としては十年ぶりとなるのだから間違いではなかった。

初めは気晴らし程度に剣を振っていたが次第に熱が入り始め、遂には女神との闘いを思い出してのシャドーを行なっていた。


シャドーがアキラの負けで終わり地面に倒れていると、視界の端で何かが動いた。思わずそちらの方向を向くとそこにはウダルがいた。ただしその手にはいつもの木剣はなく、着ているものもいつもとは違う気がする。


「ああ、ウダル。おはよう」

「!あ、ああ。おはよう…じゃない!お前もう動いて平気なのかよ!?」


ウダルにそう言われることでアキラは自身が倒れて数日寝込んでいたことを思い出し苦笑する。


「うん、特に体に異常はないし問題ないよ。心配かけたようでごめん」


アキラがそういうとウダルは心の底からホッとしたように胸をなでおろした。だがその直後ウダルは怒ったようにアキラに詰め寄る。


「問題ないからってこんなにすぐ動いてるんじゃねぇよ!後からくるヤツだったらどうすんだバカ!もっとしっかり休んどけ!」


口は悪いがその言葉にはアキラを心配する思いが詰まっていることがわかる。それを聞くだけでアキラの悩んでいた心は綺麗になくなっていた。


「ありがとう。でも本当に大丈夫なんだ。原因もわかってるし」

「原因わかったのか!?医者に見せたけどわからなかったって、アイリスさんが言ってたけど…」


まあ倒れた原因なんて誰にもわからないだろうなとアキラは苦笑する。


「ちょっと色々思い出したことがあってね」


少し悩んだが自身のことをここまで心配してくれたウダルには話しておくことにした。とは言っても全てではなく、アキラが生まれる前に女神に稽古をつけてもらった。という事実とは少し違うかたちでだが。生まれ変わりしただなんて言ってもおかしな奴と思われるだろう。ウダルなら信じてくれそうな気がするが、隠し事の苦手なウダルに教えて周りに変なことを口走っても面倒なことになりそうなので、最初から違う事実を教えることにした。


「悪魔どころか剣の女神様と修行なんて教会も見る目がないな!」

「あんまり大きな声で言わないで欲しいんだけど」

「あっ、悪い!…でもお前が女神様の弟子ってことは俺は女神様の又弟子ってことだよな!そうすると俺の剣の流派って『女神流』でいいのか?」

「さあ?今度女神様にあった時に聞いておくよ」


「また会えんのかよ!?」とウダルは笑いだしつられてアキラも笑う。そこには下を向きながら悩んでいた少年の姿はどこにもなかった。

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