第25話組合の登録

「坊ちゃん。朝食の準備が終わりました」


ウダルと談笑していると使用人の男性に声をかけられてもうそんな時間かとアキラは気づいた。


「わかった。すぐに着替えていく」


立ち上がり、ウダルはどうするのかと聞こうとしたところで再び声がかかった。


「奥様が少々お怒りですのでお早めにしたほうがよろしいかと」


その言葉でアキラの動きは止まった。

子煩悩であるアイリスは普段アキラに怒ることはない。仕事中も基本的には怒らない。ウダル曰く、新人式の時にアキラが倒れ教会が拘束しようとした際は見たことがないくらいに怒りを露わにして殺気すら感じたと言っていたが普段はとても優しい人だ。

ただアキラが危険なことをしようとすると怒るし、自分の言いつけを守らなくても怒る。まあそれは当然といえたがその後が問題だった。もう危ないことをしないように、本当に言いつけを守っているかを確かめるためにその日の予定を全部キャンセルして一日中アキラに付きまとうのだ。アキラが友人と遊ぶ時でも部屋にこもっている時でも構わずついてきた。

以来、母との約束は一つも破ってはいないはずなのになんで!?と自分の記憶を必死に確認するがそれらしきものはない。


「あー、じゃあ俺帰るわ。どのみち今日は見舞いだけのつもりだったし」

「いやいや、そんなこと言わずに一緒に食ってけよ。ほら、いろいろ話すことがあるだろ?なんか、こう、さあ…」

「なんもねえよ。諦めろ。どうせ寝てたはずのお前がここで剣振ってたことについてだろうから」


その言葉を聞き、朝とは違う意味でがっかりとした気持ちになるアキラ。

その姿を見て帰ろうとしたウダルは急になにか思い出したかのように振り向く。


「あっ、そうだ。お前も冒険者組合に登録するのか?」


この世界の子供は新人式を終えたら全員どこかの組合に所属しなければならない。組合に登録することによって身分証としてそれぞれの組合の組合証をもらえるのだ。そしてその情報が国にいき記録される。

なので新人式が終わったら国民として扱われるのではなく正確にはギルドに所属した時点で認められる事になる。


「うん。そのつもり。まあ商業ギルドの方にも登録するしそっちがメインになりそうだけど」

「そっか。じゃあ明日の朝も来るから冒険者になったら教えてくれ。チーム組もうぜ!」

「わかった。あんまり参加できないかもしれないけどよろしく」


アキラは以前よりウダルとともに冒険者として活動しようと思っていた。だがそうは言ってもアキラの家ははそれなりに大きな商会で、アキラはそこの一人息子。どちらを優先するかといったら商会の方だが、何も一つしか組合に所属してはいけない決まりなどない。なので普段は商会で仕事をしつつ暇があったら冒険者として活動すると約束していた。

ウダルは冒険者組合に所属しているが、普通なら親と同じギルドに入り親のコネで親と同じ仕事をするものだ。だが、ウダルの家は上に三人の兄がいるので仕事を継ぐ必要がなく、冒険者に憧れていたこともあって冒険者としての道を進むことを選んだ。

去っていくウダルを見送りアキラは家の中に入っていく。

一度部屋に戻って身だしなみを整えた後食堂へと向かうとそこには拗ねたような顔をした母、アイリスがいた。


「お、おはよう。母さん」

「……」


いつもなら笑顔を持って迎え入れてくれる母がなぜか今日は無言で有ることに冷や汗をかきながら席に着く。


「……どうして…」

「え?」


何を言おうか、と悩んでいたアキラにアイリスが一言呟くが、それだけでは母の言いたいことを理解できなかったアキラは戸惑う事になった。

だが、その言葉で自身の思いが伝わっていないことを理解したアイリスは声を荒げて晶を問い詰める。


「どうしておとなしくしていないの!もう大丈夫って言っても何日も寝てたのよ!また倒れたらどうするのよ!」


その言葉で母の思いを察することができたアキラはウダルにしたのと同じように説明をする。忘れていた事を思い出しただけだからもう心配はいらないと。


「でもーー」

「でもじゃないわよ!心配したんだから!昨日の事でアキラがどこかに行っちゃうんじゃないかって。心配したんだから…」


昨日の事。それはアキラが自身について話した事だろう。大丈夫だと、見捨てはしないとアイリスは言ったが、子供の心は簡単なようで複雑だ。もしかしたら自分の言葉を信じてもらえなかったのではないか。話した事によって嫌われたと思い込んだアキラが何処かに行ってしまったのではないか。と思ったようだ。

それは間違いではあったが、そう間違われるような事をしたアキラが悪いとも言えた。


「それは、その。…ごめんなさい」


アイリスが自身のことを心配してくれているのがわかったのでアキラは素直に謝る事にした。だがその顔は、自分のことを話してもなお心配してくれる母親の存在を知り笑っていた。


「今回は私の勘違いだったけど、次からはちゃんとおとなしくしてないとダメよ」


アイリスを落ち着かせた後朝食をとり、何の問題もなく朝食が終わるとアイリスがそう言った。


「……母さん。話しておきたいことがあるんだ。いつなら時間がある?」

「あなたの頼みならいつでも時間があるわよ。…そうは言ってもこれじゃあ貴方が納得しないでしょうね。今からでどうかしら?今日は急ぎの用はなかったはずだから」


アキラの真剣な表情に何か重大な事を言おうとしていると察しながらも、アキラが思いつめすぎないようにと冗談を挟んでから了承する。


「わかった。……ありがとう」


その心遣いに気がついたアキラは少しだけ頰を赤らめながら感謝する。



「………」


アイリスの仕事部屋に行きアキラの話を聞く事になったが、アキラは一向に話さない。口を開いたり閉じたりしているし、視線を忙しなく動かしているので話そうとしているが緊張しているだけだという事がわかる。

アイリスは急かす事なくアキラが話し出すまで微笑みながら待っていた。


「母さん。僕は迫害されるかもしれない魔法を使えるんだ」


アキラが覚悟を決め遂に話し出したが、その言葉によりアイリスの態度が崩れる。


「迫害!?どういうこと!?」


母のその態度を見て言葉を間違えたことを悟ったアキラは慌てて続きを話し始める。


「落ち着いて、ちゃんと話すから。怒られるかもしれないけど僕は昨日の夜、魔法を使おうとしたんだ」

何か言いたそうだが我慢母

そうしてアキラは昨日の夜にわかったことをアイリスに教える。普通の魔法を使うことが出来ないこと。精神を弄る魔法が使えること。もしその事がバレたら流石に嫌われるのではないかと心配になって剣を振っていた事。昨日の今日ではあるが新たに増えた不安を打ち明ける。


「昨日言ったじゃない。私はあなたの味方だって。わかってないみたいだからもう一回言っておくわね。どんな時であってもどんな事があっても誰が敵になっても私はずっと貴方の味方で有り続けるわ」

「……。…ありがとう」


正面から見据えられ、改めてはっきりと言われたその言葉にまた泣きそうになったアキラは俯きながら感謝を口にする。


「魔法については極力使わないようにしたほうがいいけど何かあったら迷う事なく使いなさい。それで問題があるようならこっちで対処するわ」


その姿を見て納得したアイリスは心配することなど何もないと告げる。


「だからほら。顔をあげなさい。今日は組合に登録にいくんでしょう?泣いたままじゃカッコ悪いわよ」


俯いていたあきらの前でしゃがみこみ話しかける。

そこまでしてもらったのにこのままじゃいられないとアキラは顔をあげる。


「やっぱり男の子は前を向いてるほうがカッコいいわね」


だが流石にそう言われ続けるのは恥ずかしいのか母に背を向けて部屋を出て行く。


「…行ってきます」

「いってらっしゃい」


アキラは部屋を出る間際にボソリと小さな声で呟き、その様子にクスリと笑いながら送り出すアイリス。

部屋を出た後のアキラの顔はもう迷いなんてないとばかりに晴れやかなものだった。



家を出て商業組合にたどり着いたアキラは受付に行き事情を説明して登録して貰う。

受付の人も話は聞いていたのか手続きはスムーズに進んでいった。だがどうやら筆記試験と試験管による面接があるようでそれを受けなければ登録をすることはできないらしい。

試験は監督役がいないと受けられないのだが幸いにも手が空いていたようですぐに試験を受ける事ができた。


「素晴らしい。今まで試験で全問正解をしたものはいませんでしたが、いやはや…流石はアイリス殿のご子息だ」


アキラは既に筆記試験を終えて面接に移っている。試練を受けてからさほど時間は立っていないはずだが、その結果は満点だった。だがその結果もアキラとしては当たり前だ。この世界は危険な存在から生き残るために必死で、武力を磨く事が重要視されていて学力は後回しとなっている。そのため字の読み書き程度ですらできないものも珍しくはない。

勉強などに時間を割いていられるのは裕福な商家か貴族だけだった。そんな状況でまともに学問が発達するはずもなく、今回アキラが受けた試験もアキラからすれば最高難度で前世の中学校レベルのものだった。

中卒とは言っても成績が悪ければ暴行を受けるので必死になって勉強した結果この世界の標準よりはるかに高い学力を持っていた。


「ありがとうございます。それで組合の登録は問題ないでしょうか?」

「はい、もちろんです。我々商業組合は貴方の事を歓迎します。天秤と杯の加護を」

「天秤と杯の加護を」


受付の男性は決まり文句を言ってアキラに組合証を渡す。面接で落ちることはほとんどないとは言っても緊張していたアキラは無事に合格した事で安堵するも素直には喜べないでいた。

組合証を受け取ったアキラは男性が言ったのと同じセリフを返す。これは杯の神と天秤の神の司る性質から『商売がうまくいきますように』と言う意味で使われている。

この世界には十の神がいてそれぞれ司っているものが違う。一人はアキラも良く知っている『剣』の神。それと今の『杯』の神と『天秤』の神。他には『槍』『弓』『槌』『盾』『杖』『月』『太陽』を司る神がいる。

商人は大体が『天秤』と『杯』の神を信仰しているが、当然と言うべきかアキラの信仰は『剣』の神である。なので天秤と杯の神から加護をもらう事ができても素直に喜ぶ事ができないアキラとしてはあまり言いたくはない台詞であった。


「さてこの後はどうするかな…」


組合証をもらい商業組合の建物を後にしたアキラはウダルと約束したように冒険者として登録すべく冒険者組合に向かおうと思ったが、少し歩くと何処からか香ばしい香りがやってきた。

その匂いを嗅いだアキラのお腹から、きゅ〜と間の抜けた音が聞こえ、もうすぐ正午になる事を知った。


「もう昼か。どうしようこのまま冒険者組合に行くと確実に昼過ぎるよな」


冒険者には商業組合のように誰かからの紹介や堅苦しい対談などは登録に必要ないが、ウダルから聞いたところによると簡単な実技試験はあるらしい。試験とは名ばかりで新人がどの程度の力を持っているのか組合が把握しておくためのものだが、やはり今から行ってすぐに、とはいかないだろう事はアキラも理解していた。

なので冒険者組合には行かず、一旦家に帰り昼食をとってから改めて登録に向かうことにした。


「おめでとうアキラ!」


アキラが家に帰ると朝の泣き顔など微塵も感じさせない満面の笑みで玄関に立ちアキラを迎えた。

「おかえり」ではなく「おめでとう」であることから既に何処からかアキラが商業組合の試験を合格した事は聞いているらしい。その理由は心配しすぎて親バカを発揮したアイリスがスパイ、というと物騒だが自身の部下を使って組合に使いを出していたからだ。「なんでもう知ってんだ?」とアキラは疑問に思ったがまさか母親がそんな事をするとは思っておらずいくら考えても答えは分からなかった。


昼食を取った後


「改めて合格おめでとう、アキラ」

「ありがとう。でも母さんには言ったけどあれくらいなら|前回(・・)があったから簡単だったよ」

「それでも、よ。面接でも問題無かったみたいだし」

「その事だけど、なんで知ってるの。合格も教える前から知ってたし」

「あ、えっとね。ちょっと心配になって結果が出次第報告するように使いを出してたの…」


結局いくら考えても分からなかったアキラは素直にアイリスに聞いて見ることにした。この結果、母の口から語られるしりすぼみになっていく言葉を聞き頭が痛くなるような思いがした。

そんな事にわざわざ人を使うなんてなんて無駄遣い。そう思いながらもアキラはもし組合の試験が不合格だったのならどうなっていたのだろうと疑問に思った。


(もしかしたら教会の時と同じように商業組合にも喧嘩を売っていたんだろうか?いやまさか、流石にそんなことは…)


そう思いつつも感じた不安を拭いきることは出来なかったが、アキラはその先を怖くて聞くことは出来なかった。

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