第16話女神は笑う
ーーありえない。
目の前に映し出される光景を見て私は純粋にそう思いました。
「まさか、本当にこんな事が起こるとは…。彼ならば、きっと…」
ーーーーーーーーーーー
私は随分と時間がかかっているなと思い作業の合間を縫って彼の様子を見ました。
…嘘です。本当は私に期待という感情を抱かせた彼の様子が気になったために作業に遅れが出ないように時間をつくりました。
私が見始めたのはちょうど最後の試練が始まる直前でした。そしてそのまま試練の様子を眺めていたのですが始めは順調に進んでいたのですが人の群れを倒し魔物が出現したあたりで動揺したのがわかりました。もしやあのまま終わるとでも思ったのでしょうか。
魔物達から放たれる攻撃を易々と凌ぎ反撃に出ました。
彼は魔物達にも人間同様に魔法を使いましたが思ったほど効果がでずに愚痴をこぼしています。魔物にはさまざまな形状のものがいるので人間と同じ戦い方では通用しません。逆もまた然りですが。
そのことは彼もわかっていたのでしょうけれどそれでも彼はすぐさま同じ魔法を使います。一度にそれなりの数を倒すことができるので効率は悪くはないのでしょうけれど
そんな事をしていると
ガシャーン
ほら、大地の魔物以外にも注意をしなければすぐに終わってしまいますよ。
まあ反射的に空間転移の魔法が使えるほど魔法を習熟したようですし、それならば容易く死ぬことはないでしょう。…幸悪鳥は美味だということですが美味とはどういう感覚なのでしょうか?機会があるのならば一度食べてみたいですね。
そんな叶うことなどない無駄な事を考えていると、彼の姿が炎の中にきえてしまいました。
どうやら死んではいないようですが…いえ、これは彼の魔法ですね。
炎に飛び込んでいき焼ける鳥。そしてその後を追って炎に飛び込むワイバーン。
もどきとはいえアレも一応は龍に属するもの。彼はどう対処するのでしょうか。
彼は接近したワイバーンを剣の一振りで倒しました。その光景は私の中にある何かを強く刺激します。
「惑えーー幻惑」
彼は魔法で隙を作った後、再び剣を手に敵を斬り伏せていきました。
何故でしょうか。彼の剣は私から見てまだまだ未熟としか言えません。私の管理している世界には彼以上の剣の使い手がいます。ですが剣を振るう彼を見ていると不思議と目が離せなくなってしまいました。
「友相撃」
彼の使った魔法によるものでしょう。彼の周囲にいた者達が突如味方同士で争い始めました。
魔法にかかったものは魔物であろうと人であろうと関係なくお互いを攻撃し続けています。ですが、どうやらある程度以上の力の持ち主には効果がないようで、人も魔物もその数を減らしていく中で強者だけが残りました。
強者こそ倒せませんが敵の数を減らすには良い手です。ですが
ポコン♪
その程度では終わりません。先ほどの敵は全体からすればなんら問題にならない程度でしかありません。
彼は新たに出現した者たちを見てその場に立ち尽くしています。あれほど頑張っていましたが流石に心が折れてしまったのでしょうか。ここまでたどり着くことができたのですからできれば最後までいってほしいですね…。
(もう、限界ですね…)
その後も試練の様子を見ていましたがどうやらそろそろ終わるでしょう。試練の達成ではなく失敗という形で。
防御や攻撃での度重なる魔法の行使によって彼の魔力は底をつきかけています。要所要所で節約はしているようですがあれだけの数を相手にしては焼け石に水でしょう。しかも魔力を節約するために無茶をして体の方も大分ボロボロになっています。
そもそも一つの星に存在するすべての生き物を相手にしてここまで戦えているという事自体驚異的なのです。仮に彼がここで諦めたとしても転生後の彼の成功は約束されているでしょう。
私の願いが叶う事は無くなってしまいますがそれは元々存在しなかったもの。言うなれば只の私のわがままです。ですので私は恨み言を言うつもりはありません。むしろ、彼の言うように何も成せないどころか何も知らなかった私が感情を知るという機会を作っていただいたことに感謝をしたいほどです。
私はそう思いつつも心の何処かで悔しんでいたのでしょう。これも仕事のうちだからと最後まで見ないと、と試練は既に終わったものとして眺めていました。
その後、彼は何かを考えるように最小限の消費で攻撃を避けながら弱い魔法ばかりを使います。もう諦めている、わけではないのでしょうけれど一体何を?
遂に彼は弱い魔法で攻撃するさえやめただ逃げ回るだけの無様な姿を晒しています。
このままでは勝ち目などない事を彼自身もよくわかっているでしょうに。どうせなら潔く死んで次の挑戦で頑張ればいいのに。
そう思い未だ足掻き続ける彼に何やら愉快ではない感情を感じますがこれが苛立ちでしょうか。
新たに感情を知ることができたのは喜ばしいことですが、それでも苛立ちは募るばかりです。
私は道具としてあるまじき事に早く終わらないか、と思ってしまいましたがその事に気づく事なく試練の様子を見続けていると、彼は攻撃が届かないような位置まで急上昇していきました。
休憩するつもりでしょうか?ほとんどの攻撃は届いていないようですが一部の攻撃は届いていますし空を飛べる魔物には関係ありません。それでも攻撃の数が減った事を考えれば効果はあったと言えるでしょう。そんなことができるのならもっと早くにやっておけばいいでしょうに。
彼は攻撃を避けつつもなんらかの魔法をつくりあげ発動はせずに維持したまま急降下し始めた。
そのすぐあとに私は自身が愚かだった事を理解した。
彼は地面に着くと待機状態だった魔法を発動し
「!?ッッッッッッックウウ!!」
凄まじい衝撃が頭の中を掻き乱す。
一体何が!?そう思いながらもリソースの全てを防御に回し外部からの全てを遮断しました。その衝撃があったのは防御するまでの一瞬だけでしたが、そうしなければ私は
(今のはいったい何?神である私が危険を感じるほどの攻撃。何処から…)
さらなる攻撃を警戒しながら私は少しづつ遮断を解いていきました。先程は不覚をとりましたがけいかいしている今ならばそう易々とはやられません。最悪でも他の神に知らせることぐらいはできるでしょう。
ですが私の警戒も意味のないものに変わります。
先ほど私に何が起こったのかを調べたところ、近くから思念が飛んできてそれを受け取った事による精神汚染が起こったようでした。
近く。まさかと思い防御のために閉じていた窓を再び開き彼の様子を調べる。彼は唖然とした様子でポカンと口を開けていた。彼は魔法の影響を受けてはいないようですしやはり彼が原因でしたか。しかし何故私に攻撃など。
一瞬私のことを殺したいほど憎んでいるのかとも思いましたが彼に憎まれる要素は何も有りませんし違うでしょう。この試練は彼の意思で始めたものですし、私に連絡をすればいつでも辞めることができるのですから。
では何故?と思っていると、途端に彼の映っている窓から絶叫が響き渡りました。
いきなりの事に不愉快に思い聞こえる音を小さくし、彼以外の状況が見えるように新たに窓を開くと何が起こっているのか理解できませんでした。
頭が割れるのを気にせず打ち付けているもの。肉が抉れてもなお頭を掻き続けるもの。叫びながらも自分の体を食べているもの。
何が起こったのか自身に起こった事を詳しく調べますが、思念を送られてきた事自体は問題ありません。他の神からなんらかの連絡があった時妨げにならないように言葉やイメージ程度のものなら通るようにしていましたから。ですので問題があるとしたら内容の方なのですが…。
…何ですか、これは。
送られてきたのは彼の記憶。彼が体験した死の全てを圧縮して相手に追体験させるもの。心の弱いものならそれだけで死ぬか発狂してしまうような代物です。それだけのことと言えますが実際に使われると凶悪以外のなにものでもありません。強者として生きてきたものも、この魔法を受けて仕舞えば耐える事などできないでしょう。いえ、強者であるからこそ耐えることができないのかもしれませんね。力ある者ほど心は弱い。なにせその力のおかげで恐怖することがなかったのだから。
ですので、この光景も無理からぬ事。ですがこの光景はかの青年としても予想外だったのでしょう。未だに唖然としたまま動きません。
それから新たな敵の出現音でハッと警戒体制になり先ほどの魔法を準備していきます。それに合わせて私も防御を行います。何が起こったのかさえわかれば所詮は低位の魔法、対応は容易にすみます。他の神からの連絡を受け取れないという欠点がありますが、もとより連絡など今まで片手で足りる程しかなかったので問題ありません
?どうしたのでしょう。一瞬魔法の発動が遅れたような気がしましたが、妨害された様子はありませんでしたしおそらくは疲れからきたものでしょう。
その後も彼は現れる敵全てに同じ魔法を使い順調に試練を進めていきます。
そしてもう追加で敵が現れなくなった時に残っていたのは驚くべき事に人だけでした。生まれながらの強者であるドラゴンも弱者から成り上がったゴブリン王や天狼も消え、神の名を冠していたはずの龍神でさえ抗うことができずに死んでいったというのに。
何故彼らはあれ程のものを体験して未だ立ち向かおうというのでしょう。訳がわかりません。
その中でも特に異様なのが一人の少年。何の力もない少年が何故生き残ることができたのか、あの青年も気になったのでしょう。周りを取り囲む者を気にせずその少年のことを見ています。そして何かがわかったのでしょうか。何事かを呟き持っていた剣をしっかりと構えると襲いかかった者達を斬り伏せていきます。魔法使いの周りを巻き込んでの自爆も無事凌ぎ切ったようです。
残るは無力な少年ただ一人。
ーーありえない
だってそうでしょう?まさか本当に試練を乗り越えるとは思いもしなかった。
そうであってほしい。そうであったならと思いはしてもそれは不可能だろうと思っていた。
ですが、神と呼ばれた私でさえ不可能だと思ったことをかの青年は成し遂げた。それは正しく偉業と呼べるものでしょう。あの何もなしていない。為すことができなかった、と悔いていた者が今まで何者にも到達することのできなかった場所にたどり着いた。
(彼ならば私の願いを叶えられるのでしょうか。)
本来であれば私は、私たちはこのような事を考える事などありません。ですが、たった今見せられた光景を前にしてそう思うのを止められませんでした。
「まさか、本当にこんな事が起こるとは…。彼ならば、きっと…」
彼は少年を斬るとその場を動く事なくただ立ち尽くしていました。恐らく今の試練を乗り越えた事で感慨に浸っているのでしょう。その思いは道具として生まれ感情のない私にも理解できます。
あれ程の死闘を乗り越えたのですし多少は休息も必要だろうと思い、私は少し時間を開けてから彼をこの場に呼ぶ事にしました。
「お疲れ様でした」
そう声をかけると彼はぼんやりとしていた意識を私に向け問いかけてきました。
「これで試練とやらは終わりなのか?」
そう。本来であれば今の試練で最後となります。ですが
「いいえ。試練はあと一つ残っています」
私は嘘をつきました。私の仕事にそのようなことは許されていないはずなのに。
「最後は私と戦っていただきます」
私は今まで思うことはなかった、けれど心の底では常に願っていた思いを口にしました。
私は戦いたい。私たちは神として生まれましたがその象徴と込められた意味はそれぞれ違います。
私の象徴は『剣』。意味は『切断』『断罪』そして『闘い』です。
ですが私は今まで己の象徴を手に取ることも役割果たすことなくただ与えられた
それで構わないと、そうあらなくてはいけないと、そう思っていました。
ですが彼の闘いを見て、もうすぐ私はいなくなるのだと思うと私の中にあった願いが溢れてきました。そうなって仕舞えばもう抑える事など出来はしない。
故に、私は例え願いを叶えたとしてもその後は交代を前に処分されるとわかっていながら一度だけしか叶う事のない願いを叶えるために行動します。
「体力も魔力も回復いたしました。これが最後の闘いです。構えてください」
傷ついたままの彼を癒し、私の力を分け与えて魔力の回復も行います。お互いに万全の状態でなければ意味がありませんから。
(期待していますよ)
ーー願わくば貴方が私を倒さんことを
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