第15話人の強さ

空も大地も関係なくただの一瞬たりとも止まることなく晶は舞い続ける。

全てを貫く牙も動くもの全てを絡め取る植物も触れれば死んでしまうような毒の散弾も、何一つとして当たることはない。

だが晶とて永遠に避け続けることはできない。いずれは必ず当たってしまうだろう。敵も攻撃はその全てが一撃必殺と呼ぶにふさわしいものであり、あたってしまえば即死はまぬがれたとしても最終的には死んでしまうことには変わりない。

そしてその終わりは徐々に近づいていた。


(どうする。もうすぐ魔力がなくなる。そうなれば死ぬ。そうなる前になんとかしないとだがどうすれば…)


自身を狙う敵への対処方法を考えるがろくな考えが出てこない。落ち着いてしっかりと考えられればよかったのだろうがそんな余裕はどこを探しても存在しない。


(同士討ちの魔法は抵抗されるし、抵抗を無理矢理突破するのは残りの魔力じゃあ無理だしそもそも万全の状態でも無理だ。ならどうする。考えろ。なんとかできる方法を)


敵の攻撃を避けながらも一体づつ的確に倒していくが、いくら倒してもある程度の数まで削って仕舞えば何事もなかったかのように元の数へと戻っていく。


(超大規模の破壊魔法で攻撃するか?…無理だ。こいつらの防御を抜いた上で全部を範囲に収めるのできない。なら数体だけだが防御を突破して操って戦わせるのは?…ある程度戦ったところで数で押されて終わるか)


いつまで経っても変わらない、それどころかどんどん悪くなていく状況に晶は焦っていく。


(クソッ!どうすればいい。いっそのこと自滅でもしてくれれば楽なんだがココじゃあそんなこと起こらないだろうな。…自殺するように暗示でもかけてみるか?)


不可能だと分かりきったことを考えながら晶は自嘲気味に笑う。が、その直後に晶の頭に一つの考えが思い浮かんだ。


(ーー待て。自殺させるのは本当に無理なのか?脳みそってのは意外と適当だ。以前何処かで知ったがストーブの上に置いてあるだけのヤカンを触って火傷してしまったらしい。実・際・に・は・熱・く・も・な・ん・と・も・な・い・に・も・か・か・わ・ら・ず・だ。なら自分は既に死んでいると思い込ませることができたなら勝手に死んでくれるんじゃないか?)


それは後々考えればどうしてそうなったと言いたくなるような考えであったがこの時の晶は焦りから冷静な判断力がなくなっていた。そしてそれは名案だとばかりに晶は考えを重ねていく。


(問題はあいつらにその幻覚を見せることだ。他の方法に比べて魔力の消費が少ないとはいえ、それでも全体に掛けるには足りない。でも他にいい方法はないしなんとか死んだように錯覚させないと。…死の幻覚…幻覚、……死…。だめだ思いつかな……ん?そういえばあいつら自分に回復魔法使ってなかったか?)


あいつらーー敵の中には人間はもちろんのこと魔物にも魔法を使うものがいる。そしてその中には自身に強化を掛けながら戦い傷ついたら回復するという事をしていた猿の魔物がいた。それも自身を回復している間も魔法に対する防御は解かないでだ。

ならば 対抗魔法による防御は害があるか否かで効果のあるものとないものに分かれているのではないだろうか。


(もしそうならどこまでなら抵抗されないか確認しないとだな)


そう考えた晶はまず本当に害がなければ自身の魔法が防がれないのかを確認するために自身に迫り来る猪の魔物に軽く傷ができる程度に攻撃してから回復魔法をかける。

幸い、と言えるかわからないが今いる魔物達は全て晶の魔法に対抗できる魔物しか残っていないため確認の為にわざわざ対象を選ぶ必要はなかった。だがそれは全ての敵が脅威となるということなのだからやはり『幸い』とは言えないかもしれない。

回復魔法が発動するとその効果はすぐに表れ傷は治っていった。どうやら回復魔法であれば抵抗されないですむようで、その様子を確認すると晶は次の確・認・を始めていった。


ーーーーーーーーーーーーー

「ある程度は予想通りだったな。魔物の種族毎に耐性が違ったのは誤算だったがまあそれも当たり前だよな」


魔物を相手に色々な確認を行った結果、やっとの思いで魔物達に抵抗されない方法を見つけることが出来た。


「まあそんな事はどうでもいいな。必要なことは調べ終わったしこいつらを倒すための方法もできた。あとは実践するだけでこの悪夢みたいな場所を終わらせられる」


この試練で最後だとは誰も言ってはいないし、その方法を試したところで本当に倒せるかどうかも分からないののだが晶の中では既にそういうことになっていた。というよりそうであってほしいという願いが言葉に表れたのだろう。


「それじゃあ始め…いや。終わらせるとしようか」


敵の攻撃が少ない上空を舞いながら晶はそう言うと常人としては膨大な、でもこれまで使ってきた魔法からすると比べ物にならない程少ない魔力を使い魔法を失敗しないようにと丁寧に作り上げていく。


晶が何かしようとしていることを察したのだろう。魔物達は休むことなく攻撃を仕掛けるが一つたりとて当たる事はない。

魔法の構築が完成し後は発動するだけと言う状態なのに直ぐには使わず、自身を狙う魔物達を引き連れて地上へと向かう。ある程度まで降りてくると見えるのは敵の群れ。当初のように地表を埋め尽くすほどとはいかないがそれでも個人が相手できるような数ではない。

そして地面に着地した晶に向かって攻撃を仕掛ける魔物がいるがその攻撃は晶に届く事はなかった。


「心を繋ぎ記憶を送れーー心転写」


発動された魔法を中心に目には見えない力が駆け抜ける。その効果は爆発を起こす魔法や同士討ちの魔法のように目に見える形では表れず、何一つとして変わる事なく一見すると何も起こらなかったかのようにさえ見える。

だが周りの様子を少し見ていればその光景が異常だという事に気がつくだろう。今までどんな状況でも晶のことを殺そうとしていたものが一斉にその動きを止めたのだ。先程地上に降りた晶に攻撃しようとしていた魔物でさえも襲いかかった勢いのまま倒れこみ動かなかった。


(成功した、のか?)


動くことがない敵を見て達成感と不安を胸に抱き流石に全滅はしていないだろうと警戒しつつ上空へと飛び立つ。が、晶が空へと上がろうとした瞬間、人間からも魔物からもまさに絶叫と呼ぶに相応しい程凄まじい叫び声が晶の頭を揺らす。

魔法を使い脳を揺さぶる程の叫びを遮断する事でやっと落ち着くことが出来た晶は何が起きているのか確認する為顔を上げる。

そこには喉が壊れるのではないか思うほど叫びながら自身も仲間も傷つくことに構わず暴れている敵の姿があった。


「うぐっ、なんだこれは」


一体何故こんなことが起こっているのか分からないが、原因は間違いなく晶の使った魔法だろう。

晶の使った魔法はその効果自体はそう凶悪なものではない。魔法の効果は使用者自身の頭の中を強制的に相手に見せつけるだけの魔法でありそれだけでは大した意味はない。精々が誤情報で撹乱するぐらいだろう。

結果としては良い成果が出たが、そもそも何故晶はそんな魔法を使ったのか。

晶が敵に抵抗されるものを確認している時にとある種族が違う種族とテレパシーによる連絡を取り合っているのに気がついた。既に相手の思考を読むことが出来ないか試してみたことがあった晶だが、その時は抵抗されたりされなかったりで種族によって読めないこともあったからそれ以降使うのをやめていた。

だが異なる種族が思念を送・り・あ・っ・て・い・る・事に気がつき、相手の思考を読む事はできなくても自分の思考を相手に送りつける事ならできるんじゃないかと思いつき、複数の異なる種族に思考を送りつけたところそれは成功した。

再び相手の思考を読もうとしてみた晶だがやはり読めない相手がいたので送る事だけ可能なのだろうと考えた。送る事だけが可能なのは対抗魔法で防いでしまっては互いに連絡を取ることが出来なくなってしまうからであり、そうなれば晶を追い詰めるのが難しくなってしまうからだった。

だがその方法を軸にして作戦を考えていくがその送る内容が問題だった。

死んでいると錯覚するような内容とは一体どんなものだろうと頭を悩ませる晶だがいろんな死に方を思い浮かべるとその死は全て自分が体験したことがある内容だったことに気がつき、「だったら自分の体験したことをそのまま送ればいいんじゃね?」と考え実行した。


ただそれだけだ。ただ自分の体験したことを相手にも見せただけ。それしかしていないのになぜこんな地獄絵図のような状況ができたのか晶には分からない。

だが本人には分からなくとも他人がその内容を知れば異常であることが、いや異常すぎることにが理解できただろう。なにせ晶が体験した死とは軽く千を超えており何回死んだかなど数えたくもないよう程だ。そのほとんどが異世界といえど普通に生活している限りでは体験することがないようなもの。ましてや今晶と対峙していたもの達は異世界において有数の強者であり、死の恐怖を感じることなど無かったもの達だ。

そんな者が無数の死を頭の中に詰め込まれればどうなるか。中には死ぬような目にあったものもいるだろう。その経験から強くなったものもいるだろう。だが所詮は数える程度の普・通・の・死・でしかなく、晶の経験した無数の死を圧縮され一瞬のうちに体験してしまえば多少の恐怖耐性など意味がない。

その結果が目の前に広がる光景だった。

叫びながら暴れまわっていたもの達はいつのまにかその数を減らし動くものは残り僅かとなっていた。そしてその残りも次々と数を減らしていく。


「これさっきの魔法のせいだよな?…まさか、こんなに効くとは思わなかったな」


想像以上の効果が現れたため呆然としていた晶はポツリと呟きその光景を眺めていた。


ポコン♪ポコン♪ポコン♪ポコン♪


突如後方から連続して鳴った音に晶はバッと振り向くと新たな敵が現れていた。

試練がまだ終わっていなかったことを思い出した晶は先ほどの光景を思い出し、一瞬戸惑いながらも使ったばかりの魔法を再び発動する。

使われたのは使用者の頭の中を見せるだけの魔法。だが一度使えばそこには地獄が生み出された。


そんなことを何度か繰り返すと、とうとう新しい敵が現れることは無くなった。

それはつまり、晶の前に立っている人・間・達・を倒してしまえばこの試練は終わるという事になる。

現在この場所に生きているのは人間のみでほかには何も生き残っているものはいなかった。

だが生き残っているといっても魔法にかからなかったからではない。しっかりと他の敵達と一緒に魔法の効果に巻き込まれた筈だが、それでもなお彼らは生き残ったのだ。最後に追加され現れた龍神でさえも生きることを諦めた無数の死を体験したのに、だ。

晶からしてみれば何故彼らが生き残ったのかが分からなかった。

立派だが汚れている鎧を着た男。

身の丈以上の鉄塊のような剣を持った獣人の男。

異様なオーラを放つ杖を持ったエルフの女。

他にも数人が戦う意思を無くすことなく生き残り武器を構えている。

生き残っているもの達は強者が混じっていたが、龍神は言うに及ばず他のそれなりに強い魔物にさえ劣るほどの力しかなく、魔法を抵抗されたわけではない。現に今も苦痛の表情を浮かべている。

だがそれだけでは終わらない。彼らならまだ分かる。強者として耐えうる何かがあったのだろうと晶も納得できた。だがしかし、彼らと共に生き残り晶のことをにらんでいる少・年・はなんだというのだ。何か力を持っているようには見えず、特別な装備どころかまともな武器すら持たずにそこらへんに落ちているような木の枝を不格好に構えている少年。

晶はその少年が何故生き残ることができたのか考えていると、不意に少年の背後に目が向かう。

そこには少年と同じような服を着た少年ど同じか下の子供達の亡骸が横たわっていた。そのどれもが悲痛な顔をして涙と鼻水でぐしゃぐしゃに濡れている。

他に生き残ったもの達は晶を殺そうと立ち位置を変えたり何か準備をしているのに対し、少年だけは背後にある何かを守るようにその場から動かなかった。


(ああ、そうか。あのこは大事な人達を守るために立ち上がったのか)


自身を取り囲むもの達を見回すとそこにいる誰もが確たる信念を宿しているように見えた。


(この人たちも同じか。譲ることのできない何かを守るために命をかけている。それがこの人たちが生き残った理由か…)


晶の周りを取り囲み様子見をしていた者の一人が斬りかかる。


「…なら、只の自己満足でしかないけど、相手をするよ」


攻撃してきた相手を持っていた剣で斬り、他のもの達に言い聞かせるように宣言した。

晶の宣言を聞くや否や背後で構えていた男が槍を突き、対処する晶の横から頭めがけて矢が飛びそれをなんの動作もなく発動した魔法で燃やし槍の男を斬る。斬られた男の背後から無手の女が拳を突き出し同時に左右から剣士が襲いかかる。そしてそんな彼らごと晶を範囲に収めた魔法が発動し、魔法使い本人を巻き込んで辺り一面を破壊した。

その一連の流れは見事であり、誰もが個人としてみても超一流である。

だが晶とて伊達に何回も死んではいない。そもそもここにいる彼らはとは一度戦ったことがあるのだ。連携して襲ったところで結果に変わりはない。

彼らの技量では己に勝てず、折を見て自爆に巻き込もうとするだろう。と予想していた晶は魔法の反応があると、自身に迫る攻撃を捌きながらタイミングを見はからい準備していた空間転移を発動し逃げた。

そうなれば残っているのはギリギリ範囲の外にいたあの少年だけだった。


「ごめんな。こんな事には絶対にしないから。だから、今は……」


最後に残っていた少年に剣を振り下ろし終わらせる。

新たに音がなることもなく終わった光景を眺めていると


「お疲れ様でした」


銀の髪をした美しい女性、女神が晶の眼の前に現れた。

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