第17話剣の女神

「私と闘ってもらいます」


そう言われた晶は何を言われたのかすぐに理解することはできなかった。頭が理解する事を拒んでいた。

試練が終わったと安堵していたところをいきなり女神と会った白い部屋に呼ばれ、自分と戦えと言われても「はい、わかりました」なんて言える者はいないだろう。もしかしたらいるのかもしれないが、晶はそうではなかった。

今目の前にいるのはまごうことなき『神』だ。偽物とはいえ晶がさっきまで戦っていたような存在を自由に生み出し、地形すら容易く変えてしまうような超常の存在。

やっとの事で試練を乗り越えてこれで終わりだと安堵したところにそんな存在から今度は自分と戦ってほしいと言われたのだからたまったものではない。

返事のない晶に頓着する事をせずに女神は話を進めていく。


「体力も魔力も回復いたしました。これが最期の闘いです。構えてください」


女神の力によって回復させられた晶だが、だからといって先ほどまでの戦いですり減った気力までは元には戻らない。もう少しでいいから休ませてほしいというのが晶の偽らざる本音だった。

そして晶としては先ほどの試練でもう終わった気になっていたのだ。

過去の挑戦者たちの最高到達点が試練の八割あたりだというのだから最期の試練までこれたんだし女神も目の前にいるんだからもう諦めてもいいんじゃないか、と晶は思い始めていた。

だがそんなは目の前の女神が許すはずがなかった。


「どうしました。構えなくても構わないというのならこのまま始めてしまいますがよろしいですね」


全くよろしくなどなかった。


「ま、待ってくれ!…いや、待って、ください」


このまま始められてはたまらない、と声を荒げて制止する。慌てながらもまだ言葉遣いを直す程度の冷静さはあったようだ。


「何でしょうか」


まだ何か話すことなどあっただろうか、と表情が変わらないわりに何故か不思議に思っていることがわかる女神に対し晶は自分はもう試練をリタイアしたいという事を伝える。


「私は先ほどの試練で限界でした。もうこれ以上は試練に挑む気力が持ちません。…ですのでこれで終わりとしたいのです」


晶がそういうと、今まで一瞬たりとて変わる事のなかった女神の表情がよく見ていなければに逃してしまうような些細な変化だが、何故か驚愕しているような表情に変わった。


「……。…申し訳ありませんがそれはできません。貴方には私と闘ってもらわなくてはなりません」


女神は僅かながら何か悩むようなそぶりを見せると少し間の空いた後、変わらぬ答えを告げた。


「え?なぜ、ですか。試練を受ける前の説明では、いつでも自由にリタイアできると言ってましたよね?」


予想外の女神からの返答に動揺しつつもその理由を問う晶。


「はい。…通常であればそのとおりです。がそれも先ほどまでの話です。今は状況が変わりました」

「状況が変わった?でもそれってそっちの都合ですよね?俺が試練を止めることとは関係ないでしょう!?」


女神のその答えに晶は思わず言葉を荒げて問い詰めるが女神は変わらぬ態度で晶の質問に淡々と答えていく。


「…いいえ。状況が変わったのは貴方の行動の結果です」

「俺の行動の結果?何が?俺は特別なことなんて何もしてないぞ。それとも試練をクリアしてきたことが悪かったていうのか?」


「最初っから試練をクリアなんてさせる気なかったってことか」と呟き憤りを露わにするが、晶の言葉に即座に訂正が入る。


「いいえ違います。試練を乗り越えたことが問題なのではなくその方法です。…これは私の不手際でもあるのですが、貴方が最後に使っていた魔法。あれは自身の記憶を対象に送り込み精神を狂わせるものですね?あれが原因です」

「あれが?なんで?合格させるには相応しくない方法だからとでもいうのか?不手際っていうのはの事説明不足?」


晶としては自分に何か問題があったとは思えない。だからそれ以外にどんな問題があったのか思いつくことができない。


「いいえ。それがどんな方法であれ試練に制限などありません。そうではなく、私は常に見ていたわけではありませんが、時折貴方の戦いを見ていました。最期の試練の時も見ていたのですが、その時貴方の魔法が私にも害をなしてしまいました。それが神に対する敵対と取られてしまい戦う以外の方法が取れなくなってしまったのです。」


その言葉を聞いて晶はただポカンとしてしまっていた。

晶は今目の前にいる女神に敵対するつもりなどかけらもなかった。

先ほどまで受けていた試練に不具合こそあったものの、一度死んでもう終わりだと思っていた自分に生まれ変わるチャンスを与えてくれたのだからむしろ感謝している。

それに女神のもつ力は試練で嫌という程体験している。故にもともと逆らおうなんて思っていなかったが現在ではより強くそう思っていた。それこそ女神から自分と闘えと言われてリタイアを選ぶほどに。


「通常そのようなことは起こり得ないのですが、貴方の行いが神の想定を上回っていたため今回のようなことが起こってしまいました。私としましてはあれがただの事故であることは理解しているのですが他の神々はそうはいきません。ですので申し訳ありませんが私と闘っていただきます」


呆然とする晶をそのままに、心なしか深刻そうな表情で女神が説明を続ける。


「…もし、それを断ったら、どうなるんだ」


なんとか女神の言葉を頭が受け入れることができた晶は一番聞いておきたいことを聞く


「…本当に敵対したとして他の神々に処分されます。どのようなものかはその神によって変わりますが、…ろくなものではないでしょう」


女神は晶の質問に少し躊躇った後その内容をぼかして伝える。

だがこれは決して「内容を知らない方がいいよ」というような晶への気遣いからなどではない。

そもそもここまでの話は全て女神の嘘である。

たしかに女神に攻撃が通ったこともそれが神々の想定外だったことも確かだが、だからといって闘わなければ処分するということはない。

そして先ほどの会話で女神が時折言い淀んでいたのはどうすれば闘いを避けようとする晶を言いくるめることができるのか考えていたからだった。

つまるところこの女神、ただ自分が闘いたいがために晶をその気させようと尤もらしい嘘をついたのだった。晶が闘わないことを選んだ場合のことを聞いた時言い淀んだのは「嘘をついて他の神の印象を悪くしてもいいのかな?」と少しだけ罪悪感を感じたからである。


「……わかった。戦うよ。ーーせっかくここまでやってきたのに台無しになるのはいやだからな」


そんな女神の思惑を知ることのない晶は、この結果はすべてではないが自分の責任でもあると自重げに笑うって闘うことを了承する。


晶のその答えを聞いて心から安堵した女神は晶に気付かれることがないように軽く拳を握りしめていた。


「でも一つお聞きしたいのですが、なぜ貴方と戦うことで許していただけるのでしょうか」


自身の願いが叶うと内心喜んでいた女神に冷静さを取り戻した晶は再び言葉遣いを正して女神に質問する。


「ああ、それは私のもつ力が理由です。神にはそれぞれ象徴とそれに付随する意味があるのです。私の象徴は『剣』。その意味は『切断』『断罪』『闘い』です。ですので闘って証明することになります」


なるほどそうなのかと納得しかけた晶だが、その言葉にふと疑問を覚え恐る恐るといった感じで聞いてみる。


「…剣に闘い。…あの、貴方は闘神とか戦神の類なのでしょうか?」


そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、突然の晶からの質問に女神は少し考えるようにしてから答える。


「…そうですね。私の管理している世界で私は『闘いと裁きの神』として祀られています。他の神も闘えないわけではありませんが私には劣ると思われます。闘ったことなどありませんのであくまでも予想になりますが」

「…つまり神様の中で一番強い?」

「正確には私たちの管理する世界の中で、ですね」


その答えに晶は頭を抱えたくなった。なにせ失敗したら今度こそ死んでしまうのだ。

晶が女神に攻撃を通すことができたと言ってもそれは女神が言ったように女神が油断していたからだ。ちゃんと戦うとなればそんな不意打ちな通用しない。そうすると真正面から正々堂々と闘わなくてわいけないのだが


(全く勝てる気がしねぇ…)


とは言え晶としてもこのまま何もしないでただやられるわけにはいかないので、出来る限り自身の安全を確保しようと女神に話しかける。


「…あの。戦うのは了承したのですが今回も先ほどまでの試練同様に何度死んでも復活できるのですか?もしできるのなら復活する際最初からになるのはやめていただければありがたいのですが…」


「はい、あくまでも試練の一環ですから何度でもやり直していただけます。…しかし、最初からになるのをやめて欲しいというのはどういうことですか?死ぬ直前まで相手につけた傷をそのまま残しておいて欲しいということですか?それとも貴方自身についた傷を治さないままにして欲しいということですか?…どのような意図があるのかはわかりかねますが、その場合は復活後すぐに死にまた復活。という状態になってしまう可能性がありますよ?」


「いやいや、そうではなくて先ほどの試練ではどの敵で死のうと一度死ぬと最初の敵ーーあのうさぎからやり直しになっていたじゃないですか。それをやめていただければ、その、有難いなと、思いまして…」


晶は話しているうちになんだか目の前にいる女神が困惑しているような感じがして何かあったのだろうか?もしや文句を言ったことで他の神から早く処分しろと言われたのではないか、と言葉が徐々に小さくなっていく。


お互いに喋ることはなく気まずい雰囲気が二人の間を漂う。


「ーー申し訳ありませんでした」


突然の女神からの謝罪により沈黙は破られた。


「え?あの、何かありました?」


突然の謝罪に訳がわからない晶はそう返すのが精一杯だった。


「先ほどの貴方の言葉を受け調べてみたところ、どうやら試練に不具合があったことが判明しました。ですのでそのことについて貴方への謝罪をせねばなりません」

「えっと、やっぱり復活地点の更新がされなかったのは不具合があったからってことですか?」

「はい、その通りです。ですが、そのことに関して私から一つ質問があるのですがよろしいですか?」

「?はい、どうぞ」


試練の不具合に関してのことなんて自分にわかる訳がない、と思いながらも快諾する。


「ありがとうございます。…先程『やっぱり』と言っていましたが貴方は試練の最中にあの不具合に気がついていたのでしょうか?気づいていたのなら何故私を呼ばなかったのですか」


その言葉を聞き晶は試練の開始後女神を呼び出そうと必死になって叫び、挙句ウサギに貫かれて死ぬという無様を晒したときのことを遠い目をしながら思い出していた。


「……。…………。…あの、質問に質問で返すようで申し訳ないのですが、見つかった不具合というのは一つだけでしたか?」


思い出される嫌な過去から目を逸らし女神からの質問に答える晶。

質問に答えるのにだいぶ間が空いたことを女神は訝しみつつも話を続ける。


「その通りですが…。その言い方ですと他にも気づいたことがあるのですね」

「はい。寧ろ復活地点の不具合より早く気がついていました」

「ならばどうして私を呼ばなかったのですか?もしかして不具合があれば試練に何かしらの抜け道があるのではないか、などと考えていたわけではありませんよね」


不具合があったことに気がついていた。にも関わらず自分に知らせなかった事を知り表情は変わらないまま剣呑な雰囲気を出しながら女神は晶に問い詰める。


「い、いえ!そんなことありません!神に誓って!」


このまま消されてしまうのではないかという不安から晶は慌てて弁明する。


「女神である私を前に『神に誓う』とは…。いいでしょうその言葉を信じます。では再び問います。何故不具合があると知りつつ私を呼び出さなかったのか。答えてください」

「呼びたくても呼べなかったからです!」


女神から発せられる一切の偽りを許さぬという意味が込められた言葉に晶は勢いのままに叫ぶ。


「え?」


今まで漂わせていた雰囲気を一気に霧散させ、きょとんとしたような声が女神の口から溢れた。


「復活地点は敵ごとではなく一定の場所まで行ったら更新されるのかな?と思ったのですが一応聞いてみようと連絡をしようと思ったのですが、連絡する方法を教えられていなかったので呼ぶことができませんでした」

「え?」


晶から語られる言葉を聞きまたしても女神から可愛らしい声が聞こえるが、相変わらず顔は無表情のままだ。だが表情はなくともその様子から困惑しているのがみて取れる。


(……どういう事?私はいつも通りちゃんと私を呼び出す鐘を設置した。…はず。彼が嘘をついている?いえ、この様子ではそれはありませんね。ではそこにも不具合が?それとも鐘を設置したというのは勘違いで私が忘れていただけ?わからない。至急確認しなくてはなりません)


晶の言葉を受けて女神は表面上は何もしていないかのように見えながらも確認を急いで行く。


(……。…………これ、は。……まさか、本当に私が忘れていただけだったとは。………ッ!)


自身が勘違いしていただけで晶にはなんの落ち度もなかった。そのことを確認すると先ほどまで自分の取っていた態度を思い出した。

不具合があったことは自分に責任があったとはいえ、それを報告しなかった晶をズルをしようとしていたのではないかと決めつけ糾弾した。だが結果はさらに自分の失敗が明らかになっただけだった。

そのことに気がつくと今まで変わる事のなかった無表情が晶にもはっきりとわかる程に動揺で溢れていた。自分の事を道具と自称する女神の顔が心なし赤いような気がするのは果たして気のせいだろうか。


「……かわいい」

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