第11話慢心の代償

「はぁ」


晶は溜息を吐きながら眼前の風景を眺める。

風景を眺めながらの溜息といっても、当然の事ながら景色に対する感嘆の溜息ではなく、自身に迫り来る軍勢に対する煩わしさや疲れから出たものだ。


軍勢の数はもはや万を超えているのは分かるが、どれほどいるのか正確な数はわからない。

彼等の背後にある城も大きくなっており、城だけではなく城下町もセットで付いている。あの街は晶が転生する世界に存在する街――おそらくは何処かの国の首都のコピー。そして軍隊は文字通りの意味でその国の全戦力なのだろう。


「はぁ」


既に何度目になるかわからない溜息を吐きながら杖・の・石・突・き・で・地・面・を・叩・き・魔法を使う。


「――地割れ」


トンッと石突きを鳴らし魔法を構築していく。

使う魔法は今までと変わらない。だがその結果は今までと全く違うものとなった。

直後、パンッという音と共に作りかけの魔法が砕け散ってしまった。

どうやら今回は相手方にもまともな魔法使いがいるようで晶の魔法に対して反魔法を仕掛けたようだ。

しかし、自身の魔法を破壊されたというのに晶は落ち着いていて、既に次の魔法を展開していた。


「――地割れ」


先程と同じ魔法を使うと今度は反魔法が間に合わなかったようで、前進してくる敵軍が大地の裂け目に落ちていく。

しかし発動速度を重視したため、詠唱も魔法陣もなく全軍に効果を及ぼすことはなかった。

敵を全て倒す為に晶は更に三度同じ魔法を使う。

目に見える範囲での敵はいなくなったが、これで終わりではない。

外壁から様子を伺っている事も城にも兵士が残っている事を晶は既・に・知・っ・て・い・る・。


何故知っているのか。それは魔法を使って調べたから、ではない。そうではなく前・回・実際に体験したからだ。

つまりこの街の攻略は初めてではなく、一度死んで二度目であるという事だ。

晶のテンションが低いのもその為で、再び振り出しに戻り兎からやり直していた。

だが、それだけではなく死んだ理由にも原因があるだろう。

龍神に匹敵するような強者が現れた訳でも敵の数に押された訳でもない。ただ純粋に、慢心した結果油断しすぎただけである。



――――――――――――――――――

一度目の挑戦時


「また規模が大きくなってるよ。軍ももう展開してるし。これが一国の全力だってんなら次は世界中の国があいてか?ハハッ」


晶の前には今までで最も多くの敵が待ち構えていた。

その数は10万を超えているだろうが、もしかしたらそれでさえ少ないかもしれないと思えるほど多い。


「大地よ。全てをのみこみ土に還せ」


冗談を言いながらも敵を倒す為に魔法を構築していく。


「――地割れ。―――へ?」


今まで通り魔法が発動し敵を倒すと思い眺めていた晶だが、今回は違った。

晶の魔法が発動直前、パンッと音を立てて魔法陣が砕け散ってしまった。


「なんでっ、なにがっ!いやっ、それよりも敵を!」


今まで通りやったにもかかわらず魔法を失敗したことに動揺したが迫りくる敵にすぐに気が付き、失敗しないようにと先程より慎重に魔法を構築していく。


「大地よ。全てをのみこみ土に還せ――地わ」


しかし今回は先程よりも早いタイミングで壊れ、流石に自身の失敗ではないことに気がついた晶は周りを観察すると強い魔力を感じる一団を発見する。――強い魔力、といっても晶が今まで戦ってきた敵、例えば龍神なんかに比べてしまえば人間なんて全員同じようなものなので気にもしていなかったがそれがまずかった。


「くそっ、あいつらが邪魔してんのか!なら――チッ!」


自身の邪魔をしたものを先に倒そうと思い、今度は邪魔されないようにと発動の早い魔法を使うが、それは一度だけで終わってしまった。

いつのまにか射程圏内に来ていた敵が弓を使い晶に攻撃する。広範囲に影響のある魔法は邪魔されるので使えず、仕方なく自身を守る魔法を使うがそれは間違いだった。守りを固めるよりも敵から離れるべきだったのだ。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


敵の騎兵が突撃してくる。

このままでは味方の弓に当たってしまうかに思えたが、絶妙なタイミングで矢の雨はやみ晶は敵の接近を許してしまう。


「邪魔すんじゃねえよ!」


晶は右手に持っていた剣を振り抜き近くの兵に致命傷を与えていく。

晶が剣を振るうごとに敵の数は少なくなっていくが、減ったそばから補充されていき全く減っていないのではないかとさえ思える。

そして今まで無数の敵に囲まれながらも傷一つ負わずにいた晶だったが、脚に槍が刺さり転んでしまう。

当然、敵はそんな晶を放っておくはずもなく一斉に攻撃を仕掛ける。


「あああぁぁ!鬱陶しい」


直後、ドーンッと晶を中心として爆発が起こり周りにいた兵達が空を舞う。

それほどの威力ならば中心にいた晶はどうかというと、ある程度は守ったようで生きてはいるが、それは本当にただ生きているだけに見える。両腕は無く下半身もヘソから下がないし、残っている場所もやけどしている。むしろ、なんで死んでいないのかと聞きたい。


「っはぁ、はぁはぁ…いってぇ。――《再生、起動》」


一般人から見ると生きていることが不思議に思える状態の晶だが、まだ体を治すだけの力が残っていたらしく、事前に準備していた魔法を発動させる。

すると巻き戻し映像でも見ているかのように元に戻っていく。


「ゴホッゴホッ。くそっ、油断した。兵士はまだのまだ残ってるけど先に魔法使いを潰さねぇと」


そう言って治ったばかりの体を動かし魔法を使うと、大きくジャンプして跳ねるように進んでいく。

しかし、そんな事をすれば遠距離攻撃の良い的になってしまう。現に魔法使いと弓兵は空にいる晶に攻撃を集めている。だが、その全ては当たることがなく晶の進行を阻むことができず、あと一度の跳躍で魔法使い達の元にたどり着くところまで来ていた。

ならばと魔法使い達は晶の最後の跳躍後、晶にむかって広範囲に効果を及ぼす爆発の魔法を発動し、狙い通り晶の姿を消し飛ばした。

それを見ていた魔法使い達の視界が激しく回る。頭部に衝撃が走り慌ててなにが起こったのか確認しようと体を動かそうとするが全く動かない。そもそも体の感覚自体がなく、視界もだいぶ低い。あれ?なんで…そう思ったところで彼らの命は終わった。


魔法使い達の首を切り落としたのは当然ながら晶である。

爆発に巻き込まれたはずの晶だが、実際に魔法をくらったのは晶が魔法で作り出した幻であった。

最初に幻を作った後は自分を強化して姿も隠さずに地面を走っただけである。――敵を斬りながら、ではあるが。


「ふぅ。これで邪魔はなくなったな。それじゃあ後は」


魔法を使うのを邪魔するものがいなくなった為、当初の予定通り軍団をまとめて片付けるべく晶は詠唱を開始する。


魔法を使わせてはまずい事を理解しているようで、兵達は魔法使い達が全員殺されたショックから立ち直り、慌てて攻撃を仕掛ける。


「――地割れ」


兵達の攻撃は間に合わず、晶はいつもの魔法を発動し、いつも通り兵士が亀裂に落ちていく。

街のすぐそばでやったせいで街を囲う外壁まで亀裂が届くが、ピタリとそこで止まってしまう。

街を巻き込むつもりで使った晶としては、どういうことかと疑問に思う。

壁に近付き調べてみると一定以上の魔法を無効化する結界の魔法が壁に組み込まれているらしい。


「――これって壁の中に入っちゃえば意味ないよな。でも、今は少し休憩だな」


晶は門から少し離れた外壁の影に座り込み失った体力と魔力の回復に努める。


魔力が三割程度まで回復した晶はこれ以上この場に留まっているのはまずいと思い行動に移るべく立ち上がった。



晶は散歩でもするかのように鼻歌交じりで薄・暗・い・路・地・を歩いていた。

物珍しそうに辺りを見回している姿は田舎からやってきたばかりのお上りさんのようだが全く違うとは言えない。あえて言うとすれば田舎からではなく異世界からという点だろう。


そもそも外壁の外にいた晶が何故街の中を歩いているのか。門を正面突破したわけではなく、抜け道や反則技の類で侵入したのだ。

方法は単純で、この街を覆う結界は地上部分はドーム状になっているが、地下は壁から十メートル程下までしか伸びてなかった。なので晶は結界より少し深く掘って前に進み、今度は上に向かって穴を掘ってジャンプしただけだった。

この街は実物のコピーだが構造自体は同じなので本物の街はもっとしっかりしたほうがいいだろう。


こうしてなんの苦労もなく街に入った晶は現在門の内側に向かっている。


「さーてと。今までの仕返しだ」


杖を構えた晶は今までとは違う呪文を口にする。


「偽りの敵に惑え――友相撃」


魔法が発動すると、全く隠れていないせいで門の周囲にいる兵達に気づかれてしまった。――でも、遅い。晶の魔法はすでに発動している。魔法陣が光ったと思うと、晶を狙っていた兵達はピタリと動きを止めた後反転し、味方に襲いかかった。

――さっき晶の使った魔法は相手の認識をいじり同士討ちさせるもので、地面や風を操るより必要な魔力が少なくすむので残りの魔力が少ない現在はとても役に立った。


同士討ちの結果を見ることなく指揮官がいるであろう城に向かって歩いていく晶だが、先程から刺すような視線を感じている。


「うーん。見られてるよなぁ。これ全部が暗殺者とかじゃないと良いんだけど…」


そう、感じる視線は一つではない。建物の影や屋根の上から見ている者もいるが、大半は建物の中から感じられた。

視線自体は鬱陶しいが実害はないので放置していこう、と考え歩いていたのだが


「ハァッ!」


突如抜き身のまま右手に持っていた剣を後方へと振り抜き、敵意と共に飛んできた物体を切り裂く。そのついでに剣先から斬撃を飛ばし自身に攻撃してきた犯人に反撃する。


「うわあぁぁぁ!」

「きゃあぁぁぁ!」


聞こえたのは幼い少年と女性の声。親子らしき二人の見た目も普通、ちょっとみすぼらしさがあるが世界観を考えればそんなものか、と晶は納得した。


「いったいどう言うつもりだ?暗殺者の類には見えないが…」

「うわあああぁぁ!」


晶の問いに答えることなく少年が割れている酒瓶で襲いかかってくる。


「チッ、これも敵かよ!わかってたけどさぁ!」


敵は全部殺さなくてはならないため、晶はそう言って少年の首を切り落とす。


「ぁ、ああ、いやあああああぁ!」


息子が目の前で殺されるのを見てしまった女性は少年の体に近付き泣き叫ぶと、少年の手にあった酒瓶を取り晶に襲いかかる。


「ああああ!――あ」


その言葉を最後に女性の意識は途絶えた。


「嫌なことさせてくれる。これも試練の一環なんですかねぇ、女・神・様・」


空を見上げながらひとり呟くと晶は再び城に向けて歩き出した。



「まだいんのかよっ!もう来なくていいよ!」


所変わってここはすでに城の中。

あの後、城を囲う塀にも外壁と同じ結界があったので再びモグラ作戦で城へと侵入して指揮官――王様の元へ向かった。

そして見つかってしまい、敵を倒しながら進んでいるが全く減らない。


(やっぱ指揮官を倒さないとダメか?)


この都市攻略は敵の全滅以外にも、敵指揮官を倒せばクリアできる。だが大抵指揮官は守りの一番堅いところにいるので、今までは軍隊ごと倒してきたが今回は無理だろうと晶は早々に指揮官狙いで動いていた。


「――っ!見つけたっ!」


王様は玉座の間というにふさわしき場所に居・ら・ず・、発見した部屋全てを探し回った結果やけに兵士が多く集まっている部屋を見つけ、残りの魔力は少ないが一気に兵士を蹴散らし部屋に入ると、立派な鎧を着た騎士と部屋の隅にいる豪華な服を着た中年の男が居た。


「うおおおぉぉぉお!」


騎士達が叫び、斬りかかるが個人としては今まで戦ってきた敵の方が圧倒的に強かったので特に問題なく倒しそのまま王様も仕留めた。


「やっと終わった。だいぶ苦戦したな」


その場に座り込んだ晶は今回の戦いを振り返り苦笑する。


カチャ


晶が入ってきた廊下側ではなく隣の部屋に続く扉が開き、中から10歳くらいの少女とそれより少し小さい少年が現れた。

綺麗な服を着ているあたり二人は王様の子――姫と王子で、静かになったから様子を見にきたのだろう。


「「え?」」


部屋の惨状をみて唖然としたふたりだったが、すぐに少女が少年を――おそらく弟なのだろう――をかばうように立ち、両手を前に突き出し魔法を使う。

だが、未熟な少女が杖の補助もなく碌に集中できもしない状況で魔法を使おうとしたところで結果は見えている。


少女の魔法は不安定な光を放っている。が、当の本人は気づいていない。更に魔力を込めより不安定になっていく。


「っ!おいバカっ!何やってんだ」


晶は咄嗟のことでここが試練の為に作られたコピーだということを忘れ、二人を助けるべく行動する。

しかし、終わったと思い気を緩めていた為行動に移るのが遅れ……。


こうして晶は振り出しに戻った

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