第10話女神は想う

何もない白だけの空間。


「次の方どうぞ」


私は己に与えられた役割を淡々と果たしていく。

何も願わず何かを求めることもなく、変わらぬ時を過ごしてきたし、今後もそうしているのだと思・っ・て・い・た・。

しかし、現在私は自身の胸の奥に不具合を感じている。――いや、これは不具合というよりは違和感の方が正しいだろうか。どちらにせよこれまでの私には生じた事のない異常事態だと言える。――だが何故だろうか。私自身この異常が危険なものだとは思えない。

思えば、この異常はあの青年の対応をしてからだである。あの青年は何かシステムに不具合をもたらすような存在だったのだろうか…


(彼がどうしているのか少し覗いてみますか)


私は動かしていた手を止め彼の様子を見るために『窓』を作る。

『窓』を見ると彼は三メートルほどの巨人――トロールと戦っている。

トロールはその大きな体から繰り出される攻撃は強力だが動きは重鈍であまり賢くないため闘い方を知っていればそう難しい相手ではないはずです。

故にトロールの出現は序盤の方にしてあるのですが…。

そう考えていると彼はトロールの攻撃を受けて吹き飛んでしまいました。どうやら咄嗟に魔法を使い防御は間に合ったようですが、完全には防ぎきれなかったようですね。

この短期間であそこまで魔法を使えるようになったのは賞賛に値しますが、それだけですね。

過去の挑戦者の方々の中には既に中盤に入っている方もいましたし、その方々に比べてしまえば総合的な評価は中の下といった所でしょう。


「――期待はずれですね」


不意に私の口から言葉がもれる。

――期待?私が?

あり得ない。

秩序を守るために世界より生み出された感情のない道具である私が誰かに期待をするなんて……。


いつのまにか考え込んでいたようで『窓』の向こうでは彼がトロールを倒していた。


「ッ。…どうやら長く休憩を取りすぎたようですね。早く仕事に戻らなければ」

(馬鹿馬鹿しい。そのような事があるはずがありません)


そう結論を出して私は『窓』を消して己のなすべきことに戻った。


―――――――――――


(――そういえば、以前あの青年の様子を確認してからもう一年になりますね。)


変わることのない作業を繰り返しながらふと、それなりの時間が経っていることに気がつきました。

人間と違い、私達には一年などたいした時間ではないので少々忘れてしまいました。

彼はどうしているのでしょうか?

私を呼ばないと言うことは未だ諦めてはいないのでしょうけれど……。


「――確認してみますか」


あれからなくなることのなかった違和感が何故か気になります。

――期待。

やはり道具わたしが期待するなんてありえません。

…期待などしてはいませんが、現状確認をしなくてはなりませんし、間違いであったとしても私にそう思わせたのですから多少は成長していると良いのですけれど。


私はペンを置き『窓』を開く。


「――やはり『期待はずれ』でしたね」


そう、期待はずれ。

初めから期待などしていませんでしたが、それでもこの程度だと逆に何故彼に期待を抱いたのかが気になってくるほどです。


彼は今ドラゴンと戦っている。

あの世界においてドラゴンとは最も強い種族。多少の個体差はあれど基本的に個人で勝てるような相手ではありません。

過去の挑戦者達の中にはここまで辿り着くことなく諦めた者もいますし、そのドラゴン相手に戦・っ・て・い・ら・れ・る・ことは賞賛に値します。まだ諦めていないことも素晴らしいと言えます。――ですが、その程度です。

ここまでたどり着いた方々は皆単独でドラゴンを撃破をなされていますし、ここに来るまでかかった時間も彼より速かったです。というよりも、彼が遅すぎるのですね。

前回私が確認した時から凡そ一年が経っています。試練の開始からならば更に半年。それだけの時間があれば試練の七割を終わらせる事も可能だったはずです。過去最高達成率が八割程なのでそこまでいければ実質終わりと言って良いでしょう。


『窓』の向こうでは彼がドラゴンを剣で斬りつけていますが、あれではドラゴンの鱗を傷付けることはできません。


――ああ、やっぱり。


私が思った通り、彼の振り下ろした剣は弾かれてしまい隙ができたところをドラゴンの爪で吹き飛ばされてしまいました。


(まあ、彼も後一年もあれば他方々と同じ所くらいには辿り着けるでしょうし、これ以上は見る価値がありませんね。)


そうして私は、『窓』を閉じて代わり映えのしない作業に戻る。


――――――――――――


ピーッピーッピーッ


何もない白い部屋に無機質な音が鳴り響く。

私は行なっていた作業を中断して手を横に軽く振るうと音は止まり、部屋は何事もなかったかのようにいつもの空間に戻る。


「もう、そんな時期ですか…」


今の音はあらかじめ設定しておいたもので、現在私の行なっている作業の交代を示すものです。とはいっても今すぐに、というわけではなく引き継ぎのため五十年の準備期間がありますが。


(他の方はどうされているのでしょうか)


そう考えて直後それが意味のないものだと思い出し苦笑する。

どうするもなにも私達は所詮は道具にすぎない。与えられた役割をただこなしていけばいいだけ。

それだけが私達の存在している理由なのですから。


「ああ、そういえばあの青年はまだ諦めていないのですね」


私はいささか呆れながら呟く。

彼がドラゴンと戦っていた時から既に3年は経っている。

――三年。言葉にするのは簡単ですが、実際にその間に休む事なく戦い続けているとなると異常と言えます。食事や睡眠が必要ないとはいえ休みがなければ人の精神は壊れてしまうのですから。…あるいは既に壊れてしまっているのかもしれません。


「流石に交代する前には終わると思いますが…。確認してみますか」


私はそう独り言ちると『窓』を開く。


「―――ありえま、せん」


そこに映る情景を見て絶句する。

彼が現在戦っているのは龍神。

あの星の原生生物でありながら『神』の名を冠するのは伊達ではありません。あの星にかの者に勝てるものは存在せず、傷をつけることができたならばその者は英雄と呼ばれるであろう存在です。

神としての力を有している私ですら、負けはしませんが勝つまでにそれなりの苦労をするでしょう。

そんな龍神を相手に戦・っ・て・い・る・。

過去の挑戦者のなかで最も優れていた者も龍神に一撃で葬られた事によって試練を諦めています。


そんな敵を相手にしてあの青年は笑っている。

狂ったから笑っているのではなく、純粋に龍神との戦いがただ楽しいから笑っている。


彼は龍神からの攻撃を時に避け時には防ぎ、そして時には跳ね返してしのいでいきます。

龍神がその長い体で彼の周囲をぐるりと囲み、彼に向けて全身の鱗を飛ばしています。あの鱗は最上級の武器とそれを使う技量がなければ傷つかないほど硬く、まともに防げばその守りごと撃ち抜かれてしまうでしょう。そんなものが避ける隙間もなく彼に殺到している。ですが彼はそんな攻撃に動じることなく身体能力の強化をおこない龍神の存在しない上へと逃げます。が、龍神もそれを想定していたのでしょう。収束を甘くした拡散型のブレスを使い彼の逃げた先一帯に攻撃します。

これで終わりかと少しだけが・っ・か・り・しながら息を吐き出し軽く椅子に寄りかかる。

しかし、どうやらまだ終わってはいなかったようです。


――◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!


油断していた私の耳に突然絶叫が入り込む。

再び『窓』に意識を向けると龍神が頭部から血を流して暴れていました。

なにが、と思いよく見ると彼が龍神の頭部にしがみついています。先程の攻撃は避けることなどできなかったはすですが空間跳躍でもおこなったのでしょうか。

その後彼は龍神にしがみついたまま攻撃を加えていき、伸びて鞭のように動く角とも切り結んでいきました。

ですがやはり龍神は強く、彼は角に左腕を貫かれ弾き飛ばされてしまいます。

今度こそ終わりと、そう思うと同時にもしかしたらまだ、とも思ってしまい彼のことを見ると


「羨ましい」


怪我を負い押されながらも笑っていた彼を見て私の口からそんな言葉が零れ落ちる。

――羨ましい?彼のことが?

『期待』に続き今度は『羨ましい』ですか。このようなことを考えるなど、私はどうしたのでしょうか。やはりこの異常を直した方がいいのか。…いえ、どのみち後50年で交代です。この異常はそのときでもかまわないでしょう。


それにしても、私は彼のなにが羨ましいのでしょうか。『期待』ならばまだわかります。過・去・の・私・を含め、いままで試練の全てを乗り越えた方はいなかったので今回は、と期待しているというのはあるかもしれません。

てすが、『羨ましい』となると……。


そこで私はもう一度からのことをよく見る。

ありふれた服装にいつの間にか治っている左腕。平凡な顔立ちとそこを浮かべる心の底からの笑顔。

――笑顔。ああ、なるほど。確かに私は彼のことが羨ましい。

ここに来た時、嫌だと。まだ何も成していないと彼は言った。そんな彼が困難に挑み過去に存在しない偉業を成し遂げようとし、心の底から笑い今を楽しんでいる。私・と・は・違・っ・て・。

私は道具として生まれて今まで作業をしてきましたが、私が持つ本来の性質通りに使われたことはありません。私の性質は『勝負』と『断罪』と『切断』。象徴は『剣』です。

しかし、過・去・の・私・は剣を振り戦ったことがあるようですが、今の私は剣を振るったことがありません。生まれてからただ変わることのない作業を行ってきただけです。彼の言うように何も成すことなく。

だからでしょう私が彼を羨ましいと思ったのは。

私も一度でいいから『私・』として剣を振り戦ってみたかった。

ですがそんな機会は訪れることはありません後50年で今の私は終わってしまうのですから。


私はそんな意味のない考えから目の前の『窓』に意識を戻す。

見ると、両者が全身に傷を負いながら向かい合っている。そろそろ決着かと思うと彼が無数の魔法陣を描き龍神を囲い込む。そして


「っ!なんですか今のは!?」


私は珍しく、と言うよりも生まれて初めての大声を出した。

すぐに落ち着きを取り戻し今起こったことを推測する。

――おそらくは彼の仕業でしょう。アレはあの魔法陣で囲った中に攻撃を加える類のもの。…ですが、あの『窓』は特に防壁も張っていなかったかはいえ神の力。それを破壊するとなるといったい彼は……。


そこまで考えて私は身震いする。

彼は人間だ。人間だったはずだ。それが神の力に対抗できた。それは彼自身も神の力をを手に入れていることになる。

つまり彼は


(自力で、神に至った?)


馬鹿な。ありえない。と私は先程の考えを即座に否定する。

しかし、その一方で彼と龍神の戦いを思い出す。

もしそうならば彼は試練を最後まで終わらせることができるのではないか?と私は期待してしまう。

彼が試練を制覇することができたのならば私が生きた意味もあったと思えるから。


「貴方には期待しています。頑張ってください」


彼には聞こえないと知りつつも、私は生まれて初めての言葉だけではない声援を送った。

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