第5話


「でさー、要。その上司なんて言ったと思う?

…冬場さん、こんな資料じゃ却下されるのは当たり前だよ。

ですって!もう、あたし頭にきちゃって。あんたの言われた通りに資料作ったのに、それが否定された途端、あたしの資料作りが悪いって、そりゃあないでしょ!?じゃあせめてあたしの考えた資料で、勝負させて欲しかったよ。それなら否定されてもあたしが悪かったって素直に認められるのに。」

そう言い終えると、冬場遥は、一息いれるように、コーヒーを啜る。

「もう限界。あたし会社辞めようかな。」

「相変わらず大変そうだね、遥。」

「大変なんてもんじゃないわよ。まぁ、自分で選んで就職したんだけど、まさかこんな形で仕事が嫌になるとは思わなかったわ。」

そして遥は水をぐいっと飲み干した。


 遥は、僕の大学時代の友人だ。僕が所属していた音楽サークルの同期で、僕はピアノ、遥はギターでよくバンドのコピーをしていた。遥の物怖じせず相手をズバズバと切り裂く口調は、昔から変わらない。その勝気な性格は、男より男らしいと、サークル内では有名だった程だ。

 卒業後、遥は東京で就職し、僕は京都で修行を始めた為、距離は離れてしまったが、お互い気心の知れる仲であり、卒業後も連絡を取り合っていた。

 そして僕が東京に戻り、お店を始めてからは、遥は仕事が休みの日に、こうしてお店にやってきてくれる。最近あった面白い出来事や、イケメンの同期の話など、遥は主に会社の話をしてくれる。たまにこうしてその会社で溜まったストレスを吐き出すこともあるけれど。

就職という道を進まなかった僕にとって、遥の話はとても新鮮で、とても勉強になることも多い。


「で、遥のことだから、上司にズバッと言ったんでしょ?」

僕はコーヒーカップを磨きながら尋ねる。今日はオープンからコンスタントにお客様が来てくれている。

「もちろん。でもプライドの高い上司でね、僕はそんなこと一言も言っていない。って言い切るのよ。言質とったわけではないから反論もしようがなくて。次は録音してやるわ。」

「穏便に済むといいね。はい、これサービス。」

そう言って、パンプキンケーキを差し出す。羽村夫妻から、かぼちゃをたくさん頂いたので、今日はケーキも作ってみた。

「わあ、美味しそう。いつも悪いわね、ありがとう。」

そう言って遥は早速一口食べる。んー、美味しい。と言って遥は表情を綻ばせる。遥はいつも美味しそうに食べてくれて、僕もとても幸せな気持ちになれる。

「そう言えば、あの入り口にあるかぼちゃ、面白い形してるわね。まるで鬼の角みたい。」

「そう。今朝、仕入れ先の畑で採れたものなんだけど、あんまり面白い形だからお店に飾ってみることにしたんだ。なんか魔除けになりそうだし。」

「魔除けって。あ…。」

そう言うと、遥は腰を浮かせた。

「どうしたの?」

「ハルちゃんが…。」

遥の視線の先に目を向けると、ハルが鬼角のかぼちゃに近づき、カプリ…。かぼちゃを齧ってしまった。

「ハル!?」

僕は慌ててハルに近寄る。ハルはそんな僕をすり抜けるように、お店の奥へ逃れる。

「珍しいわね。ハルちゃん、お店のものに手を出すことは絶対ないのに。」

「ほんとだよ。しかも生のかぼちゃを齧るなんて…急にどうしちゃったんだろ。」

そうして、ハルの方に視線を向ける。


ハルは、何事もなかったように、悠々と窓際を歩いていた。




しかし、その直後。




突然、ハルは倒れた。

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