第2話
わかることは、わかる。手、足、机、窓、空、雲、海。目でそれらを捉えたとき、ぱっと言葉が出てくるのだから、ちゃんとわかっているのだと思う。それらを説明しろと言われても、できる自信がある。
だけど、わからないものもある。それはこの場所。そしてこの場所になぜ自分がいるのか。そして、僕は誰なのか。
そもそもどうしてこんな冷静でいられるのだろう。普通はもっとパニックになってしまっても不思議じゃないよな。僕は元々、そういう性格だったのだろうか。それとも、これだけ何もわからないとかえって落ち着いてしまうのだろうか。
目覚める前に、波音で昔の記憶を思い出した。だけど、思い出せたのはその記憶だけで、他の記憶は一切抜け落ちている。どうしてあの記憶だけピンポイントで覚えているのだろう。思い出せたのだろう。僕はもう一度さっきの記憶を思い起こしてみる。
父さんがいて、母さんがいて、妹がいて。僕にはその三人の家族がいるということをその回想から思い出していた。つまり、波の音を聞いて思い起こさなければ、僕は家族がいるということも忘れてしまっていたということか。
記憶の中の世界はどうだっただろう。砂浜にはたくさんの人。海。車。道路。コンビニ。そもそもこの海水浴場はどこだったのだろう。伊豆?熱海?うーん。違うような気がする。
おや、今思い浮かんだ地名は静岡県の町ばかりだな。ということは、僕は静岡県周辺、もしくは静岡県に家族と住んでいたのだろうか。いや、そもそも…この記憶自体が本物の記憶なのだろうか。誰かの記憶と混同してしまっているのではないか。
そんな路線も考えてみたけれども答えは見つかるはずもなかった。
だけど、記憶と現状に、違和感がある。記憶の世界には海の上を走る列車も、白い外壁で統一された家が並ぶこの町も存在していないような気がする。つまり、この世界の景色は生まれて初めて見る景色だと思う。写真でも、テレビでも見たことない景色だ。だけど、机やベット、駅など、僕の知っているものも存在する。僕が知らなかっただけで世界のどこかにこんな町が存在していたのかな。そんな解にたどり着く。
いろいろと思考することで分かってきた。基本的な知識は消えていない。ものの名前、地名、学問もなんとなく思い出せる。
消えてしまったのは、僕に関する記憶。僕の今まで生きてきた記憶。
そうして、ふと思う。僕は何歳だ?誕生日は?性別は?
…十七歳。…二月八日。…男。
この三つの記憶は、難なく思い出すことができた。だけど、それ以外の記憶は何も思い出すことはできなかった。
とりあえず、ここにいても何もわからない。危険かもしれないけれど、外に出てみよう。
そう思い立った僕は、サンダルを履き、扉を開いた。
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