第3話 秋・おとろし
秋の日は
つるべおとしという妖怪もいる。俺は子供の頃、てっきり桶などではなくこの妖怪のことだと思っていた。きっと秋にはあの妖怪つるべおとしが出るから気をつけろという意味だと思って秋の帰り道は急いで帰ったものだ。
ある日、あんまり俺が血相をかいて帰ってくるものだから変に思った母に訊かれたことがあった。それで俺が理由を話したら母は腹を抱えて大笑いした。酷い母親がいたもんだ。
そんなこんなで俺は秋が嫌いである。
銀杏の葉が黄色く色付く今日この頃、近所の悪ガキが家の
大抵は「ばか」とか「アホ」なのだが、ある日どうやら俺の似顔絵らしきものが書かれていた。どうして俺と分かったのかと言うと、黒子の位置や髪型もさることながら絵の隣のデカデカと「ここに住むバカ」と書かれていたのだ。
流石の俺もこれは腹に据え兼ねた。一発ゲンコツでも喰らわしてやろうかと思ったが何しろ悪ガキだ。例の如く逃げ足が早い上に用心深い。しばらく張り込んでいたのだが全く現行犯を捕らえることができないでいた。
何か良い案は無いかと近所で買った石焼き芋を頬張りながら、ふらふらと辺りを散歩していた。
ちょうどひなびた神社の前を通りかかった時、薄汚れた鳥居の上でおとろしがうとうとしているのを見かけた。
おとろしというのは大きな首だけの鬼みたいな外見をしている妖怪で、その恐ろしい見た目とは裏腹に滅多に危害を加えたりしない大人しい妖怪だそうだ。神社に悪戯しようとするものや不信心ものを戒める言わば神社のセキュリティ係みたいなものなのだが、こう神社が廃れていると暇で寝てばかりいるのだろう。実際、コイツが動いているのをみたことがない。
意味もなく、ただおとろしをボーッと芋をかじりながら眺めていると、芋の匂いに釣られてかおとろしが目を覚ました。
「ぬぬーっ、ぬぬーっ」
どうやら芋を欲しがっているみたいだったのでひとかけ差し出すと、嬉々として芋を貪りはじめた。
「ぬぬー♪ぬぬー♪」
芋を食べていると豚か牛の様だ。心なしか、鳴き声も牛に近い気がする。しかし、妖怪も芋を食べるとははじめて知った。
こんな暇妖怪に餌付けしている場合ではない。なんとかあの悪ガキを懲らしめる術はないだろうか。
待てよ。コイツは確か、神社のセキュリティだったはずだ。
「おいお前。もっと芋食いたいか?バイトする気はないか?」
「ぬぬ?」
その日は張り込みは止めてワザと家の中で仕事をしていた。すると外から「ウヒャータチケテー!」という叫び声が上がった。
急いで外へ出ると少しだけ縮んだおとろしがランドセルを背負った悪ガキの上におぶさってみごと現行犯逮捕を成し遂げていた。
「よくやった!さあ観念しろ悪ガキめ!」
「ぬぬー!」
「何すんだよ!変質者!警察に通報するぞ!」
悪ガキは大声で喚いたがおとろしは微動だにしない。
「何言ってやがる。お前だろ。いつも落書きしてる奴は」
「知らねえよ!何にもしてねえよ!」
「嘘こけバカタレ。コイツはな。ウチの塀に落書きした奴を懲らしめろって言付けてあるんだ。しらを切るなら警察呼ぶか?お前の指紋、わんさか出るぞ」
「うげええ」
「観念しやがれぃ」
「ぬぬー!」
悪ガキはそこでようやく観念し、俺に謝罪と塀の掃除を約束した。
もう少し懲らしめる予定だったが流石に悪ガキも反省した様子だったので今回だけは許してやることにした。
俺は約束のバイト代としておとろしにめいっぱいの焼き芋をご馳走してやった。
「ぬぬー♪ぬぬー♪」
まあそのおかげというかせいというか。それ以来おとろしがすっかり懐いてしまい、我が家の玄関口の上に住み着いてしまったのだ。
「おーい、焼けたぞ食うか?」
「ぬぬー♪」
家の庭で枯れ葉を集めて焼き芋を焼いていると、おとろしは大型犬の様にすり寄ってくる。
「やめろ、じゃれつくな。ホラ食え」
「ぬぬー♪」
まあ、芋が餌の番犬を飼っていると思えばこれはこれで可愛い、と思えなくもない。
最近ではあの悪ガキも学校帰りにウチに寄っておとろしの頭を撫でていくようになった。いよいよゴールデンレトリバーじみている。
「ぬぬー、ぬぬー」
どこからか漂う
今の俺にとって、秋の日はつるべおとしではなく、秋の日はおとろし、である。
妖怪と暮らす、はじめての秋の出来事である。
つづく
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