第47話 ライバル
「「「「「立ち入り...」」」」」
「ああそうだ。禁止だ禁止」
あまりにも突発的な話に俺たちは絶句する。
が、特に様子の変わりようのないちはやちゃんは間髪いれずに続ける。
「何か質問ある人は?」
俺は一旦他のメンバーの顔色を伺う。皆、なにかをたくらんだような顔をしているので、俺もそれに乗っかることにする。
最初は俺だ。
「きのこを育成する土壌のことをなんて言います?」
「? 菌糸じゃないか?」
続いて秋乃が。
「散らし寿司とかに入る卵はなんでしたっけ?」
「それは錦糸だな...っておい待て」
立て続けに戸坂が。
「先生、そういえば僕、近く見るときぼやけるんです...」
「近視なのか? そういった情報は入ってないが...」
ラストは古市。
「東北のほうの野球チームにいぶし銀の選手が」
「それは銀次だ! というかお前ら! さっきから何遊んでんだ! 禁止って言ってるだろ! 立ち入り禁止!」
流石にふざけたノリも飽きてきたのか、ちはやちゃんが声を上げる。
ところで古市、その情報は多分ツウにしか分からないぞ...。
というか、それを答えれるちはやちゃんもちはやちゃんだ。
とはいえ近年は野球に興味がある女性も増えてきたし、ないことはない。女子プロ野球なるものも存在するからね。
まあ、ちはやちゃんの場合は酒飲みだからね。居酒屋とかで飲んでたりしたらテレビで野球中継とかしてるの見てるって踏んでもいいだろう。
かく言う俺も知ってる。...知ってるよ?
「まあ、銀次選手はどうでもいいんで、本題戻りましょう」
「逸らしたの元凶お前だからな? 後で〆るからな?」
「キャーコワーイ」
この会議が終わったら即刻帰ろう。うん。
「ところで、なんで立ち入り禁止なんですか?」
生半端に真面目な秋乃が話を本題に戻す。その一声でちはやちゃんも我に帰った。
「ん? ああ、悪い。まあ、簡単に言えば工事だ」
工事と聞いて俺は違和感を覚える。
...どうしてこんな時期に? この場所を?
「なんたってこんなオンボロな場所を工事するんすかね...。学校側もこの建物に何か大きいものを望んでいるわけじゃないでしょう」
「あー...。まあ、そうだな」
「?」
ちはやちゃんは返答に困っている様子を見せる。何が不都合なんだろうか?
「まあ、とりあえず工事に変わりはない。これで立ち入り禁止の理由、納得できたか?」
「一応は。...けど、いいんすか?」
「何がだ?」
なぜ自分がこうやってねちねちと抗議しているのか少し意味が分からない。
ただ、少しでもこの場所で、このメンバーといる時間が増えて欲しいと、それだけは分かる。
なら...徹底抗戦だ。
「仮にもここは問題児が集まる場所。ましてや俺のここにいる理由、それを知らない先生じゃないですよね?」
「あぁ、その心配は無いぞ?」
「へ?」
ドヤ顔の俺を一発で粉砕するように、一転攻勢、今度はちはやちゃんが余裕の笑みを見せた。
「最近のお前の行動を見る限り、暴動は起こさなそうと判断できるからな」
「...分かりませんよ?」
「まあ、万が一のことがありゃ、そこのメカニッカーに頼み込んでおいたものが役に立つだろうからな」
「はぁ? 何すかそれ」
「お前のスマホにGPSが埋め込めてあるんだ。変な動きがありゃすぐに反応できるようにな」
ちはやちゃんは俺のポケットを指差す。俺はそこを見つめてただ声を上げた。
「はぁ~...。って、ちょっと待て」
その場の雰囲気でだまされそうだった。今回の話、一人大事な人物が抜けてるぞ。
「陽太ぁ!」
「んなに怒鳴り声出してんだようるせえなぁ...」
ちはやちゃんの話の最中ガッツリ寝てたであろう陽太が眠気を前面に出したまま俺のほうを向く。俺は毎度のごとく首元を掴んでユッサユッサと揺らし始めた。
「お前、いつ埋めた!?」
「ああ、あれ(GPS)? んなもんお前が寝てる間にこっそりやったに決まってんだろ」
「解除方法は?」
「あったらはずされるのでつけてない」
「てめぇ...」
淡々と答える陽太に腹が立つが、現状はどうやら変わらなさそうだ。
「まあ、お前が特に何もいないなら私もこれを使わないから安心しろ。とにかく今は試験勉強に集中するんだな」
「そうですけどね...。はぁ、分かりました」
結局のところ抵抗したところで何も変わらないと分かってたしね。
今回はそういうことで納得することにした。
「他に質問もなさそうだしな。もう帰っていいぞ」
ちはやちゃんにそう促され、他メンバーがどんどんと帰っていく。
「じゃ、俺も...」
そういって俺も出口に向かおうとした瞬間、さっきまで寝起きでローテンションだった陽太がちゃっかり出口のドアを塞いでいた。
「...なにしてんの?」
「...(クイッ)」
陽太は無言のままあごでどこかを指し示す。
そちらの方角を向くと、例の鬼神がいた。
「先生がカンカンでいらっしゃる。(制裁を)加えられて差し上げろ」
「ですよね」
このあとめちゃくちゃしばかれた。
---
「しかしまあ、俺みたいな馬鹿が一人で何か出来るわけもなく...」
「うるさいぞ。集中しろ」
「しょうがないだろ、古市にご享受NG出されたんだから」
「それとこれ、一体何の関係があるんだ...」
金曜、試験週間ど真ん中の図書室。
俺は高と男二人勉強をしていた。
簡単な話、図書室で勉強しようと思ったら鉢合わせになったわけだ。
他数日も足を運んだが椅子が空いてなかった図書室。それが今日はたまたま空いてたのだ。
それで座ってみればそこは高の隣。まあ、気まずいったらありゃしねえや。
~過去~
「「げっ」」
お互い出会ったときは大概これだ。
互いに嫌々ムードが前面に流れ出す。主に高のほう。
「なんでお前がこんなところにいるんだ」
「んなもん勉強に決まってるだろ。試験週間だぞ?」
「そんなもの分かってる。ただ、勉強ならあっちでも出来るだろ」
「それがそういうわけでもないんだな」
俺がそう言うと高は少し驚いた顔をする。おそらく工事のことを知らないのだろう。
「なんかあるのか?」
「工事中なんだと。それで立ち入り禁止。でも勉強しなきゃと思ってここに毎日来てたわけだけど、席が空かない空かない」
「うちの図書室は生徒総数の割には席が少ないからな。倍率も高いから仕方がない話だ」
「といっても、お前、毎日いるんだろ?」
「倍率が高いと分かってる以上、早めに行けば確保できるからな。意識が違う」
相変わらず真面目すぎるやつだ。
けれど言ってることに間違いがないのがまたなんとも言えない。
ぐうの音もでないほどの正論だ。
そんな中、高は何かが目に入ったのか、こっちにずいっと寄ってくる。
「どした」
「...おい、この数式間違えてるぞ」
「は?」
「公式の使い方から間違ってるな。...ここ、もう一回読んでみろ」
高が手元にある数学の教科書をパラパラとめくって俺の前に差し出す。比べて見たところ、確かに間違いがあるのが分かった。
「あ、ほんとだ。若干違うな」
「数学は公式覚えないと失敗がおきやすくなるからな。国語みたいにフィーリングで解けるもんじゃない」
「わーってるよ。...あんがと」
自分の弱みを指摘されたことには少々納得がいかないが、それでも助けてくれたのは事実。そこには感謝の言葉が必要だ。
「...別に、気になっただけだ」
プイッと高が顔を逸らす。あら、照れられて可愛らしいこと。
そんでもって、高のほうを向いた俺の目に、高のやってる勉強内容が入ってくる。
(ほーん...マーク式の古典か。俺もそればっかりしてたいんだけどなぁ)
そうして熟視していると、今度は高のほうの間違いが目に入る。さっきと正反対だ。
「高、この回答、多分正解の番号違うぞ」
「は?」
「ちょい解答確認」
高のやっているワークの答えを見る。やはり、正解の番号は違った。
「やっぱりか...」
「なんで分かるんだ? 少なくともきっちり訳せているつもりだが...」
勉強には熱心に取り組んでいるためか、高は指摘している相手が嫌いであるはずの俺ということ関係なく、正解について疑問そうにこちらを見つめる。
「んじゃ、訳読ませて」
「ん」
高から別冊のノートを渡される。
読んでみたところ、訳の方には問題は無かった。しっかりと単語と文法が組み合っている、模範的な訳だ。
「訳は間違ってないな...。なら、あとは現代文の世界だ」
「どういうことだ」
「古典には口語訳、意訳というのがある。まあ、分かると思うけど。んで、この訳は口語訳だな。綺麗にできてるけど、そこから意訳ってのに変換しなきゃミスが増えたりする。今回みたいにな」
「なるほど...」
「相手から聞いたことをメモする時、言われたままを一言一句間違えずに書くことはできない。代わりに自分に分かりやすいように書き換えるでしょ? それと一緒。それをやったら古典なんて現代文なんだよ」
俺も熱が入りすぎたのか、気づけば本気で解説を行っていた。
高はというと、この説明が結構効いたのか、うんうんと頷いていた。
「悪い、国語類苦手でな...。助言助かる」
「よしてくれ...感謝の言葉には慣れてないんだ」
高からの感謝の言葉を素直に受け止めきれずに俺も顔を逸らして赤らめる。ここまでさっきとまるっきり真逆だ。
「...ま、せっかくお互い自分の苦手物やってるんだ。お互い協力しながらやろうや」
「そうするか」
~現在~
そういった感じで、お互いわちゃわちゃ何かを言いながら勉強しているわけだ。もちろん、話すといっても周りに迷惑にならない程度に、だが。
これが意外とハマり、どんどんと勉強の効率が上がっているのを俺は体感していた。
複数人での勉強会なんて基本ダレてしまうのがオチだが、相手が高なのもあってかわりかし上手く進んでる。
しかし、集中力は次第に切れていく。俺の悪い癖が遺憾なく現われだした。
かといって声を出して騒ぐ行為は許されない。俺は一人静かに沈みだした。
「...おい、手が止まってるぞ」
「きゅうけーい...。もうだめ...」
メーターは0になった。今ならどの問題をやってもはずす気がする。
それを見た高は、「はぁ」とため息をついて立ち上がった。
「おい、帰るぞ」
「お前はまだやってていいんだぞー...。つき合わせるのも癪だし」
「...僕も今日は早めに上がるつもりだった。だからさっさと荷物まとめろ」
そういって高はスタスタと図書室から出て行く。
先に行かせるのも悪いと、俺もそれについていくように外に出た。
「...悪いな。雰囲気壊して」
「別に構わない。もともと金曜な分、早上がりのつもりだったしな」
高は腕を組んで図書室外の椅子に座っていた。しかし、腕を組んでいる割には怒ってる様子が感じられない。本当に怒ってないのだろう。
「...ただ」
「ただ?」
高は一度それを言うのを躊躇って、けれど結局言い切った。
「お前が少しばかり昔のように戻ってるのが、少しうれしく思えただけだ」
「昔って...」
「中学の頃だ」
何恥ずかしいこと言っちゃってるの、とからかうべきところだったが、俺はそれが出来なかった。
あんなに真面目な顔で俺のことについて喜ばれたら、何も言えないだろ。
「お前に何があったかはそんなに知らないし、これからも深く掘り下げようとも思わん。...けれど、この前のイベントのときといい、今日といい、...何かに意欲のあるお前がいるなら、俺はそれで満足だ」
「...よくわかんねえの」
「僕も何言ってるのか分からない。けど、そんなところだ」
不器用な高は、不器用なりに俺に気持ちをぶつけてきたということだ。
...なるほど。
俺は、俺の知らぬところで俺の変化を哀しんでいる人なんていないと思ってたんだな。
「まあ、忘れてくれ。...さ、帰るぞ」
高は再び立ち上がって廊下を歩き出す。俺はそれを急いで呼び止めた。
「高!!」
「何だ。早く言え」
高は、自分の俺に対する意識を口にしたんだ。俺もやってもいいだろ。
恥ずかしくてもいい。口にしろ。
それが、『友人』と呼べるものなら。
「これからも、ライバルであってくれよな!」
「...なんだそれ。じゃあな」
高は少しだけ笑って、今度こそ帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます