第38話 最後のピース


 それから先の時間は本当に磨り減るように進んでいった。


 秋乃は生徒会とこちらを駆け回ってもらい(そうしたほうが一番リスクが少ない)、陽太にはロケット(仮)の設計を全面的に立ててもらい、戸坂にはそれのバックアップについてもらっている。

 ついでにこんな突拍子の無い、無茶な要望を陽太にお願いしたところ、「愚問だな。ペットボトルロケットの上位互換ごとき、俺に作れないと思ったか?」とまあ頼りにしかならない返事をいただいたのでまかせっきりで大丈夫だと思う。


 ただなぁ...その割りには試験飛行とかしてないからなぁ...。直感型の人間が理論値に全頼りってはたして大丈夫なのだろうか?

 しかしそこは流石の信頼度。本人の順調という言葉を俺は信じることにした。


 さて、残りメンバーは俺と古市。

 こちらは生徒会と主に協議、それが無い日は二人で補強案を考えていた。

 正式な日程が前回の全体会議で決まったので、それに必要なものの確認をしている、というのが現状の俺たちの仕事だ。



「なるほど、これはいいんじゃないかな? ...あー、でもこれだけだと少し薄いかもしれないね。そこら辺は僕たちで盛り上げるようにするから、ロケットを飛ばすイベントについてのその他の事項を皐月ヶ丘のメンバーに頼んでいいかな?」

 

 とのご回答をいただいたので今はそれに準拠して仕事をしている。


 開催は来週の週末。今日が水曜だから、残りの平日を数えるとあと七日しかない。

 まあそれでも、焦るほど内容も切羽詰ってないし、動揺する必要もない。





「あと会議が二回、だっけ?」

「そうだな。明日のと、来週金曜日のやつか」

 いまやパーソナルスペースとなった部屋。今日は俺と古市の二人しかいない。

 だからまあどうってこともない。相手が古市な以上、キャッキャウフフな展開なんて想像できない。それどころか俺自身が押し倒せるほどの勇気と器量を持っていない。というわけで二人で仲良く真面目な会議という訳だ。


「改めて確認するね。今のところ決定事項が、思いのたけを書いた手紙を載せて飯田山にロケットを飛ばす、それの運営、進行が私たちの仕事」

「まあ、それが最低限知っておくべき事項だよな」

「うん。...それから、開催時刻は10:00。生徒会の高君が「午後のほうが集客は少ないだろう。その場で手紙を回収するなら、午前中のほうがいいだろう」って言ってたけど、これって本当?」

「うーん...あいつがってのが気に食わないけど一日中イベント回す中で、一番気力が湧くのがこの時間帯だからそれは言えてるんだ。このイベントで時間を取って、ちょうどお昼ごろになったときを狙っての露天商。そう考えればこの時間帯辺りが妥当だと思う。...納得いかないけど」

「文句は言わない。めっ」

「はいはい分かってますよー」


 古市はかけている眼鏡のふちをクイッと押し上げた。...日常ではつけてないよな確か。コンタクトでもつけてて、その代用かなにかだろうか?まあいいけど。

 古市はレンズを一度キラリと反射させ、近くにある紙をトントンと二回鳴らして息をついた。

 

 眼鏡効果もあいまってかすごく秘書っぽくてかっこいいなと思いました(小並感)。


「...で、今から決めるのは具体的な進行。どのタイミングで集めるか、だとか、誰かお偉いさんの話を含めたほうが良いか、とか。そういうところを今日は決めていこうかなと思う」

「了解」

「まず、来賓?の中で誰が一番くらいが高そうかな」


 来賓...。そういわれればそうなんだけど、別に大会でもないし式でもないから改まる必要ないんじゃないかな?


「いや、そういうのは無しでいい。相手が子供から老人まで、と仮定する場合、そういった長々とした話は帰って印象ダウンだな。お偉いさんの言葉をいただくなら、見るだけ見てもらってあとで地方紙の一面化何かにインタビューしてもらうのが一番だろう。問題はコンパクトで、かつ魅力あるイベントにどうやってやるか、ってところだな」

「...なるほど。じゃあ、無しでいいと」

 古市は手元に置いてあるメモ用紙みたいなものにポイントを書き写す。その姿は凛として、心の底からかっこいいと思える。


 ほんとにかっこいいといえるものは、上辺だけでは絶対にできない。芯からの新年、覚悟、良心、それらに従って行動するものにかっこよさというものが付属するんじゃないかと俺は思っている。

 それはどんなに泥臭くてもいい。失敗だらけでもいい。ただ貪欲に頑張る姿こそがかっこいいと今なら言えそうだ。それは今目の前にいる古市にしろ、...美春にしろ。


 俺はただ、そんな人たちが羨ましかった。少なくとも、今の俺にはそんなことは出来ない。ただ羨望の眼差しで見ることしか...俺には出来ない。


「どうしたの?」

「あっ、いや」

 古市は俺が感傷に浸っている間にとっくに仕事を終わらせたらしく、こちらを向いてスタンバイしていた。変な顔してなきゃ良いけど...。


「ただその...かっこいいなって、思ったから」


 俺は俺の知らないところでいつの間にか本心を口にしていた。言い終わった後で思わずはっとして口を手で覆った。

 

 古市は数秒ほど固まって、それから少しばかり頬を朱色に染めて慈しむように微笑んだ。

「そう言う須波君も、かわいいと思う」

「さ、さいですか...」

 俺はぎこちない返事を送った。精神と脳内回路がヘブンズタイムしている中でのこの回答はまだましだろう。


「...そんなことはいいから、仕事に戻ろうか」

「うす」

 古市のオンオフの切り替えは早い。今回も少しばかり照れてから仕事モードに戻るまでそんなに時間がかからなかった。


「...ばか」




 会議に戻る前、古市が何か呟いていたように聞こえたが、俺の耳にはその言葉ははっきりと入ってこなかった。






---




 今日は最後から一つ前の全体会議だ。

 会議を重ねるごとに大人側もこちらを見直したのか、大分発言権が認められるような雰囲気になっていた。

 といっても正直、全体の運営のいろははこちらには分からない話だし、関係ないといえばそれまでで終わる。

 結局を言うと、渡されたイベントの一部の情報共有、足りない部分の指摘ぐらいあれば、それ以上の話はいらないといったところ。


「それでは、現段階での進捗を説明させていただきます」

 俺たちを代表して高が立ち上がり、淡々と説明をする。

 実際、高は肝が据わっており、話をまとめるのも上手い為、こういう仕事は適任だと思っている。...いや、それ以外の人がパッとしないってのもあるな。


 まず古市。動揺などが顔に出るタイプ、ではないが、逆に言うと伝えたい部分のインパクトも表せない。簡単に言うと無愛想すぎるというところか。それでも最初よりマシになったってことを考えるとノーコメントにならざるを得ない。


 秋乃についてはまず根本的に何もやらせないほうがいい。今回の企画準備中にも、毎度のごとく書類を廊下に散乱させたり、試作段階のロケットを破壊しかけたりと住んでのところで大事故になるところだったことが多すぎる。

 ただ喋るだけだろといわれればまあそれまでなんだけどね。


 本郷先輩は真面目なときは真面目ではあるけど、高ほど心が強くないのか、問い詰められればしゅんとしてしまうみたいだ。確かにあの雰囲気では高のような気の強さはイメージできない。ほんわか様はそこがかわいいんだけどね。


 そして俺。俺の場合、情緒不安定といって終わりだ。確かに一通りの発表くらいなら出来るかもしれない。ただし質問に入るとしょっちゅう喧嘩腰になってしまうみたいで、「お前は絶対に喋るな」と中学の時に高に鬼の形相で釘を刺された。それ以来、進んで会議の重役とかはしないようにしている。



「...。以上です」

 あまりにも淡白で、面白みの無い高の進捗報告が終わると、対面して座っている大人はみな首をうんうんと振ってくれていた。この様子だとどうやら進捗どころか企画そのものにまで前面賛成してくれていそうだ。

 なんて、それはあくまで成し遂げることの出来る技術があることありきだけど。


 そんな中、一人20代後半くらいの男性が首をひねっていた。どこか気に入らないことがあるのだろうか。そしてそのままおずおずと口を開く。


「あー...。いいんですけど、ちょっといいですか」

「はい、どうぞ」

「なんというか...ちょっと薄いですね。あっ、企画自体の話ではないですよ? むしろこれくらいのことを発想できるのはすごいと思います。...でも、そんなすごい企画なのに、宣伝等の方面でてんで色が出ていない。簡単に言えばもったいないんですよ。確か、皐高は美術科がありましたよね? そういった方面での参加が出来たりするんじゃないですか?」

「なるほど...。次回までに対処しておきます」


 的確、かつ的を射た発言。

 話を聞いている中で俺はずっと相槌を打っていた。

 高のほうもどうやらそれが間違いではないとすぐに分かったらしく、気をいつも以上に引き締めた顔で返事を返した。


 今日の会議はそれ以上はとくに見所も無く、穏やかに、スムーズに進んでいった。

 どうやら、いつも通り学校に帰って生徒会、特監組と分かれていつも通りに作業、といった流れになるようだ。

 そんな帰り道中の中、俺の名を誰かが呼んだ。


「おい」

「あん? なんだお前か」

「なんだとはなんだ。こっちは真面目な話だってのに」

「はいはい、分かってるから落ち着きなさいな」


 高は不服そうにして、やはり笑わない。それこそ、いつぞやの古市みたいに。

 ただまあ、感情自体が顔に出ないわけではないので、そこは差異化できるけど。


 俺は数歩後ろを歩いている高と隣になるように速度を調整して歩く。そしてその歩幅が重なったところで俺は話を戻した。


「それで? さっきの宣伝うんたらかんたらの話か?」

「まあな。...大人は流石だな。俺たちなんかより社会を知ってるから、そういった目で足りない部分を指摘できる。今回の分も盲点だったといえばそうだ」

「確かにな。高校生からすれば、そんなことに力を入れる必要が無い、なんて割り切ってしまうだろうからな。...でも確かに、必要ではあると思う。これがそこいらの高校ならそんな話にはならないだろうけど、ここは皐高だからな。美術科のある学校。なら、話は変わる」


 高は神妙そうに頷いた。どうやらここばかりは同じ視野を共有しているみたい。


 ...同じ視野ってなんだ?ブルーアイズ?


「ただ、依頼先をどうするか、というところで詰まらないか?」

「え、生徒会って美術科いないのか?」

「運悪くな。体育科が二人くらいだ」

「それは困ったな...。今から募集を募るってのは遅いだろ?」

「おそらくな」

「なら、誰か特定の個人にお願いをするしかないか...」

「ああ。だが、出来れば自分たちの勝手の知る人間のほうがコンタクトは取りやすい。それを念頭に考えて欲しいってのが、俺の話だ」


 勝手知ったる人間か...。

 俺は足を止めた。そして思い当たる人の顔を思い浮かべる。

 そしてそのまま色々と思い出す。出て来たのはあの日俺が美春に向けた言葉、その時聞いた言葉、ちはやちゃんに告げられた美春のこと。

 それらが苦しくて、もどかしくて、やはり俺は歩けなかった。


「どうした?」

「ああ、いや。なんでもない」


 違う、なんでもないはず無いだろ。

 全ての解が目の前にあるって、何で言わないんだよ...!


 どうせ俺の言葉は届かないって思いこんでいるから?美春が思い悩んでいることを知っているから、だからろくなものは描けないって決め付けているから?


 絶対に違う。

 俺は拒絶されるのが怖いから、俺自身の弱さを認めたくないから、それが言葉に出来ないんだろ。


 いくら悩んでも肯定的な意見が沸いてこない。どこかしらに必ず苛立ちが生まれる。

 もちろんそれは、俺自身についてだった。

 向き合うって決めて、こうやって葛藤するのは何度目だろうか?

 ああ、嫌だ。嫌で嫌で仕方がない。


 どうせ俺なんて...!






「なら、諦める?」


 背後から声がした。か細く、でも母親のように柔らかいその手を俺は知っている。

 いつかは感情のなかったはずの手のひら。今は暖かさを抱いている手のひら。


 どうやら古市が距離を詰めていたようだ。そしてそのまま俺の元へ来たみたいで。

 泣きたくなった。情けなくて仕方がなかった。

 でも、古市が望んでいるのは、きっとそんな俺ではないから。

 でも今は。


 一瞬だけ、その優しさに甘えた。

 勇気を得た。もう一度歩き出す覚悟を得た。

 だから俺は...。



「悪い。大丈夫だ。ありがとな、古市。高」

「うん」

「なんだ? ...ま、いいか。歩けるか?」

「当然」



 今、もう一度自分というものを確かめた足で、歩き出す。学校はもうすぐそこだ。

 そうだ。肝心なことを高に伝えてなかったな。


「なぁ、高」

「なんだ?」

「さっきの話。一人だけあてがある。そいつでいいか?」

「こちらとしては出てくれる人がいるならそれだけでもう構わない。...誰だ?」


 高がいまだ少し心配そうに聞いてくる。それに俺はその名前の一言一句を丁寧に口にした。








「瀬野美春。俺は彼女に任せたいと思う」


 

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