第37話 逆転の秘策
「全く、待っとけといったのはこちらだが、流石にこっちが待たされる展開なんて考えてなかったぞ」
「すいませんほんと」
車が止められていたパーキングに帰ると、ちはやちゃんが不服そうに自慢のスポーツカーに身体を預け、腕を組んでもたれかかっていた。
「まあ、理由だけは聞いておこう。何かあったのか?」
「ちょっと迷子を届けてたんです。ただそれだけ」
「ほう。それは小学生か?」
「え? まあ...」
「女子?」
「ええ...」
「よし分かった」
ちはやちゃんはポケットからスマホを取り出すと電話のところを押した。その行動は...まずいね、うん。
「ストップ・ミス・ちはや!」
「なんだ? 自分から自首する気にでもなったか?」
「そうっすね...家に帰して欲しいです」
「それは聞けんな。警察まで送り届けてやろう」
「だから違うんですって!」
ちはやちゃんはにやにやしながらコールボタンの近くに指を寄せた。あの人の場合本当に通報するかもしれないから怖い。
「...冗談だよ。君がそこら辺変に真面目なのは知ってるからな。毒されても毒されない部分はある、か」
「ほんとですよ...。こっちはただ善意の塊だったってのに」
「まあそう怒りなさんな」
「お前じゃい!!」
冗談だとケラケラ笑うちはやちゃんに少しいらっとしたが、得たものが大きいためか特に気にはならなかった。そのことはどうやら表情にも出てるようで。
「どうした?さっきから何やニヤニヤと」
「え、そんな顔してますか?」
「まあな。...ちっ、脈ありか」
「違うんで早く車乗せてください」
---
翌日になった。
今日の天気は快晴、どうやら真夏日になるみたいで、実際それは当たった。半そでのシャツを着用するがそれでどうにかなるわけでもなく、教室、廊下、グラウンド問わず「暑いなぁ...」なんて声がちらほら聞こえてくる。
午後になってクーラーが動き出し、教室はましになったが、そんな天国みたいな状況は長くは続かないのである。そう、特に旧部室棟はね!
だが運よく今日は決戦の日、ちゃんとした部屋を用意されているのでコンディションははっきり言って最高だった。
「それでは、会議参加者内での意見交流、ならびに提案する内容の協議を始めます」
似合わない本郷先輩の真面目そうな声で会議は始まった。お互い椅子が三つずつ。片方の長机には左から俺、古市、秋乃。反対には高、本郷先輩、書記ちゃんという順番で座っていた。
高は開始からずっとこちらを見つめ続けてきている。おそらくあの目は『何か良い案でもあったのか』とかけてきている、そんな目だ。
「それでは特監生の方々から、何か案のほうをよろしくお願いします」
本郷先輩がそういうと、右にいる秋乃と古市は一斉にこちらに目を向けた。それに答えるように俺は立ち上がる。
~数十分前~
「案が決まったぁ!?」
「そんなアニメみたいなリアクションしなくていいから(良心)」
秋乃が驚きの声をあげたのは無理も無い。昨日まで完全な諦めムードだったわけだから、ここにきて方向転換というのは驚くべきポイントだろう。
古市のほうはクラスが一緒な分、先に話しておいた。話を聞いた古市も流石に最初は目を丸くしていたが、すぐさま〇印を両腕で作ってくれた。
というわけで後は秋乃だけになる。そんな状況だ。
ただし、ぼやーっと決まっただけで具体的に問い詰められたら完全に答えられるかどうか分からない。だからこそ秋乃の談判が必要だった。これ自体、俺一人でやっているわけではないのだから。
「んで、それはどんなのですか?」
「ああ、それはな...」
そうして昨日考え付いた案を秋乃に大雑把に伝える。聞き終わった秋乃はどうするべきかとうーんと頭を抱えて悩んでいた。
「やっぱりまずいか?」
「いえ、そうではないんです。けどこれが高先輩に通るかなーってところで...」
「あー...」
確かにそういわれればそうだ。市の職員を当てにしないと考えると、あいつが最後の砦だ。それを破れるかどうかは正直微妙だ。ただ、そんなことで悩んでくれているのならむしろありがたい。
「大丈夫だ。だからそこは俺を信じてくれ」
~現在~
そうして二人から承諾を得て俺は今立ち上がった。失敗は許されない。
俺は一度大きく深呼吸して勢いよくプレゼンを始めた。
「いい案はあります。とびきりの案がね」
「ほう?」
「ただ真っ直ぐに話題に入るのも面白くない。だからここで一つ質問させてください」
「...ちっ、焦らされるのは好きじゃないんだけどな。それで?」
「お祭り、というものにあたって、そこに風習があるものは結構ありますよね? たとえば灯篭流しだとか。そういうものは歴史と意味を持ってますよね?」
「うん、確かにね。うちの県では毎年夏に灯篭流しをやってる市があるよね。確か、無くなった方を供養するためー、だったっけ?」
本郷先輩はフォローを、高は愚痴を入れる。
「そんな感じなものです。それで、この市にはどんな言い伝えがあるか。探してきたんですよ。そしたら一つ、気になる言い伝えがあったんですよ。『亡くなった人の霊が帰ってくる山』、それがこの市にはある」
「...飯田山のことか?でもあれはほとんど迷信に近い言い伝えだが」
高は言い伝えのことを知っているようで、でも否定的に感想を述べた。
それより、あそこ飯田山っていうのね、覚えとこ。
「迷信に近かろうとこの際そこはどうでもいい。どうせ祭りの風習なんて本当かどうかも分からずにないがしろにされるようなものだ。...問題はそこじゃない」
「...いい加減飽きてきた。さっさと案を言え」
「...お前ほんとおもんないわ。まあいい。こっちも迂遠にするのも大分飽きたし」
そして俺はずばり本題を口にした。
「俺の案はこうだ。どこかいいサイズの公園がこの市にはあるはずだ。そこから飯田山に向かってロケットをぶっぱなす。飯田山にはこの町で生まれ、この町に住み、この町でなくなった人の霊がいるんだろ?その人たちに思いをこめた手紙を書いて、それを搭載して、ロケットを飛ばす。そうやって思いを伝えるイベントってのはどうだ?」
昨日の少女がくれたヒント。それがほとんど答えといっても良かった。
「「「「「...」」」」」
場にいる皆の返事は無い。ただ静寂のみが部屋を支配した。こうなると俺もいたたまれない。
そんな状態が十数秒続いて、はじめに口を開いたのは本郷先輩だった。
「うーん、これはまたとびきりすごい案が出たね...。正直こういうのは予想してなかったからね。もうちょっと協議は必要だと思うけど...。でも、決して悪くは無いよ」
「ありがとうございます」
とりあえず会長から一声いただけたことで精神的にも少し余裕ができた。あいつに辿り着く前に突っぱねられてしまっては、もうこちらに存在する意味が無くなるからね。助かったほんと。
そして俺は心の底から一旦安堵して、少し鋭い目で高のほうを向いた。向こうもまた鷹のような鋭い目でこちらを見返して反論を始める。
「なるほどお前のいいたいことは分かった。確かに学生らしい発想でもあるし、小さい年齢からお年寄りの方まで幅広く参加できるだろう。...けど、これらは迷信を信じて行うわけだ。それでいいのか?」
「つまり、誰も本当だと信じてないようなことをやるわけないと踏んでいるのか?」
「この案は正直ただの気休めでしかないだろう。人間、絶対に叶わないものを諦め、遠ざけるように、こんな絶対叶うはずのない迷信にすがると俺は思えないな」
高は姿勢を崩さない。けれど、決して失望、退屈しているようには見えない。きっと、本気で向き合ってくれてはいるんだろう。...ほんとにかわいくない奴だ。
ただ、本気で向き合われている以上、こちらもちゃんと答えるべきだ。そこに好き嫌いの感情はいらない。
「さっき聞いた祭りの意味のことをもう一回前提において話そう。それに加え、俺は思うんだ。いるかどうかすら分からない神を奉るお祭りがあるように、叶うかどうかわからない、そんな言い伝えを信じてみる、そういうのも悪くないんじゃないかなって」
高は数秒右手で頭をささえてうーんと悩み、やがて決心したのか少し鋭さの引いた声で俺に語りかけた。
「それはお前が多くの人を期待させ、同時に欺くことにつながるぞ。いいのか?」
「構わんよ。はなからそのつもりだし」
「...そうやってまたお前は」
高は歯がゆそうに呟いた。
「あー、水を差すようですいません二人とも。私、思ったんですけど、この案を採用するのはいいとして、伝えるメッセージが無い人とかが参加する理由って無くないですか?言い伝えはあくまで亡くなった人が帰ってくるというだけですし」
秋乃の声で再び場が静まる。...と思いきや。
「それなら、自分の悩みとか書くので、いいと思う。悩みを遠くに飛ばすって、ご利益がありそう」
古市がそこにアドバイスをいれ、そこはそこで落ち着く。ここまで俺と高がグイグイ押して話を進めてきたが、ここに来てようやく会議っぽくなってきた。書記ちゃんはなにやら議事録か何かとっているので...まあいいと思う。
「それじゃ、このロケットを飛ばすって案を進めていく感じでいいかな?」
「...了解です」
「問題ないです。...あ、でも疑問点はいくつか」
「私もです。これに決めるならもっと詰めないとだめですね!」
「言ってみてくれ」
「このイベント自体ならすぐ終わっちゃうけど、それでもいいのかな」
なるほど、確かにそれは言えてるな。けど、ここは根本的に屁理屈で押し返せる。
「まあ、確かに時間はかからないだろうな。メッセージを収集して入れて飛ばすだけ。だからまあ、その他は大人ありきだな」
「おいおい、そんなのでいいのか?」
「もともと全てこちらが請け負ったわけじゃない。そういう難しいところの調整は大人連中の仕事じゃないのか?」
「全くお前は...」
高は心底呆れていた。が、人も結局は使いよう。たぶんちはやちゃんもそう言うだろうし。
「じゃあ、この案を詰めて今度の会議にもって行くよ? 今日の会議はこれで終了でいかな?」
「...あ、待ってください」
高は最後の最後まで俺に聞きたいことがあるらしい。ここまで来たので拒みはしない。
「そういえば須波、あくまでロケットができる前提で話しているが、それって簡単にできるものなのか? ましてや飯田山はかなり高いところにあるんだぞ? そこら辺は順調に対処できるか?」
「ああ、そんなことか」
俺はにたぁと笑った。こればかりは自信というものしかない。
「うちは問題児の巣窟だぞ? それは悪い奴らばっかりというわけでもない。むしろ天才型ばっかりだからな。それくらいやってのけるさ」
「そうか。...ならいい」
それ以降高も何も発さなくなって会議は終了した。一人ひとりと部屋から出て行き、俺と高だけがなぜかその場に残っていた。
お互いにらみ合ってその場から動かない。
「...帰らないのかよ」
「須波こそ。それともなんだ?仲良く昔話でもしたいのか?」
「そんなわけ」
「じゃあさっさと帰れ」
高が威圧的に声をかけてくる。しかし帰らない以外の選択肢はおそらくないのでそれに従う。
俺は引き戸に手をかける。その時、背後から声がかかる。
「お前は、やっぱり変わらないんだな」
そういった高の声は平常より優しく思えた。
...だからこそ、俺は振り向かない。
「人間そう簡単に変われるもんじゃないんだよ。悪いことにしても、いいことにしても。俺だってお前だって、何も変わらない。...それでいいんじゃねえのか?」
最後の質問は誰に投げかけられたものか分からない。それが分からないまま、俺は部屋を出た。
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