第34話 らしさ


「バカ野郎!なんであんな大口叩いた!言え!なんでだ!」

 結局あの後会議は進まず、すぐに終了した。そのまま真っ直ぐ学校に帰って今は一室での話し合いとなっている。

 今回の会議で得たことといえばこちらが積極的に動くことの出来る権利だけであるが、それすらもデメリットになりかねない諸刃の剣な訳だ。もちろんそのことにいち早く気づいて、納得していない奴が一名。俺は今そいつに懸命に怒られている。


「まあまあ、落ち着けって。それに、どうせあのまま会議を進めても何も進まなかっただろうし、結局ああ言うしかなかったんだよ」

「確かに会議は進まなかっただろうとは思ってる!けれど...」


 高は相も変わらず決まりの悪そうな顔をする。まあ、言わんとすることは分かるのでこればかりはこちらも積極的に責めには行かない。

「...お前、何か策でもあるのか?ああまで言ったからにはもうお前も引けない場所にいるぞ?もしできないようならこちらでもしかるべき態度を取らせてもらうかもしれんが...」


 ...うん、本当にそれ。何も考えてないんだよな。


「...」

「まさかお前...」

 だんまりを決め込んだ俺に即座に俺の準備が何にも出来ていないことを理解した高はやはり激昂した。


「やっぱりな!?ああそうだよ!いっつもお前はこうだからな!何も決まってないうちからこんな話ばっかり!お前はなんなんだほんと!」

「まあまあ落ち着けって。一応思ってることが何も無いわけじゃないし」

「...ほう?」


 高は荒げる声を沈めて俺の声を待つことにした。その視線は言うなら早く言え、言い訳だけなら聞いてやるといった感じの目だけど。

「とりあえずあそこに書いてあった時期、あれを見てどう思ったよ?」

「時期?...確か六月の中旬だったよな?なぜあんな時期に定めたのかこっちも知りたいくらいだ。それくらい、何かをするには適していない時期だ。なんせ梅雨だからな。天候具合も響いてくるだろう。...それが?」

「...今言った言葉の中に大きなヒントがあったぞ」

「いいからもったいぶらずに言え」

 高はやはり笑わない。硬すぎるんだよほんと。


「分かった分かった。...そうだな。何かをするには適してない季節だと、お前は言ったな。実際、祭りとかが行われるのがだいたい夏のど真ん中である理由ともこれは直結するよな」

「...つまり、祭りのようなイベントにすることはないって言いたいのか?」

「それもあるけどそれだけじゃない。つまり、時期にのっとるにしろのっとらないにしろ、そこら辺で開催されるようなイベントじゃダメだということだ。量産型のようなイベントを、あえて不利な季節にやる必要が無いだろ?」

 それが、あの無駄な時間の中で得た数少ない答え。まあ、こんなちっぽけなものじゃ到底ゴールには辿り着けないけど。

 

 高もこれが最終的な答え、策につながるものではないとすぐに判断したみたいで、こちらを鋭い目で見てくる。おそらく納得できなかったのだろう。おあいにく様、こちらも高の策に納得したことは生涯一度も無い。180度視点の違う人間同士だからこういうことは当然起きる。

「...結局具体的なことが何一つ見えてないじゃないか。どうするんだ、こんな状態で会議で大口叩いて」

「まあ、それはおいおい考えていくさ。お互いのグループ頭はいくらでもある。いい案の一つや二つ出てくるだろ。幸い期日がすごく近いわけでもないし」

「またそうやってお前は無謀なことばかり...。少しはビジョンというものが無いのか」

「ないね」


 言ってやるさ!ないね!


「...分かった。とりあえず次の全体会は来週の月曜となってるからな。今週の終わりごろにもう一度話し合いをこの学校内で設けよう。そこでいい案とやらが出てくるのを楽しみにしてる」

 高は半ばやれるもんならやってみろと言う目をこちらに向けてにやりと笑った。面白い、安い挑発だが乗ってやる。


「あのー...会長私なんだけどな」

 ここでようやく先ほどまで無言で話を聞いていた本郷先輩が口を開いた。が、内容のことを言わなかった辺り別に気になった部分はないのだろう。まっ、高は俺に敵意をロックオンした瞬間からすごい強気になるからな。...あー、可愛くないやつ。






---




 場所は変わっていつもの部屋。

 五人入るのは狭いんじゃないか?と陽太は言っていたが、それでも今回は事態が自体なので俺は部屋に全メンバーを集めた。ちはやちゃん?あの人今日はもう帰ったらしい。なんでも合コンだとか。やるなぁあの年齢で。


 時刻5時15分を持って会議が始まる。

 まずは大まかに先ほどまでの流れを説明した。向こうの会議で聞いたこと、さっき生徒会(ほぼ高)と話したこと。これらを話したがそれでも全然要素が薄いのが不思議で仕方ない。

 一通り話し終わった後で、始めに言葉を発したのは戸坂だった。

「結構身のない話だったんですね...」

「ああ、身のないどころじゃないぞ。むしろあそこの大人連中には頼れないレベルだ。いくらなんでも締りが悪すぎる」

「...おそらく、上の人から、こういうことをやれって言われて動いてるだけかもしれない」

「古市の言うとおりだな。自主性が無い。ならば、主体的に動く権利を高校生側にくれという話だったがそれも向こうからは提案してこなかった。...全く、とんでもない仕事を持ってこられたもんだ」


 俺は心から一発舌打ちを入れる。


「それで?先輩は高先輩の前でああいったわけですけど、あれ以外にもなにかあるんですか?」

「...いや、これがまじでないんだよ。とりあえず主導権を奪う目的で言っただけだからな」

「は?」

「は?じゃねえよ...。こっちだって今すげぇ困ってんだから」

 何をやればいいかのビジョンが全く見えないのは流石に問題だ。そりゃ非難を受けることくらいは知ってるけどさぁ...。


「それで?会議に行く3人はいいけど、俺は何をすればいいんだ?全員参加って一応ちはやちゃんが言ってるんだろ?なら、俺や戸坂にも当然仕事がいるわけなんだが...。まあ、こんな問題児連中だ。超引っ込み思案にチンパンジーメカニッカー。話し合いに参加できる余地は無いぞ?」

「...二人には多分作業のようなことをお願いすると思う」

 てかそうするしかないよね?戸坂はともかくあのチンパンジー、人の話し聞かないから。


「あとそれと、秋乃にはパイプライン役を頼みたい」

「私ですか?」

「お前、それこそ特監生だけど学校側からの評価は低くないだろ?それでもって生徒会経験者なら人と人をつなぐのには適してるはずだし」

「そうですね。少なくとも先輩よりは学校側の評価は高いと思います」

「底辺と比べるなバカ。...さて、仕事の割り振りはこんなもんか」


 俺が言い切るとぐいぐいと左後ろに座っていた古市がぐいぐいと袖を引っ張った。

「私の仕事は?」

「...案を考える仕事しか残ってないっすね」

「自信がない」

「心配すんな、俺のほうが無い」

 無理やり古市を諭して、一旦部屋での会議は解散となった。陽太は工房へ帰り、秋乃と古市はおしゃべり、戸坂は雑誌を読み始める。いままでと同じ光景だ。

 ならば俺もその『今までどおりの光景』の一部な訳で、陽太の工房にお邪魔させていただくことにした。


「よう、お邪魔するぞ」

「いらっしゃい、向洋工房になにか御用かな?」

あっ、その呼称気に入ってるのね。

 それと、やはり今日も絶えず機械の音が響き渡っていた。しかし、そんな手元でチョコチョコできるような小物ではなく、部屋の中には大きなテレビが置いてあった。まさかこれを修理しているんだろうか?

「いや、特別用事はないけどな。ちょいと今日の作業が気になっただけ。いつもは小物ばっかだけど、今日はテレビなんだな」

「ああ、当分はな。なんせ数が必要だからな」

「どういうことだ?」

「ま、こっちの話。それより、そっちの話も忙しいんだろ?なら、部屋を片付けるのは当分後になりそうだな」

「テレビの修理って今のうちにやらなきゃいけないのか?」

「特別そういうわけでもないがな、今週末親にトラック出してもらうから流石にそれまでには数を揃えておく必要がある」


 そう言って改めて陽太の背後を見てみると、同型、少し違うタイプの液晶テレビが3台ほど置いてあった。

「そういえばあっちの部屋においてあるテレビってお前が修理したんだよな?」

「ああ。あのサイズのものをやったのはあれが初めてだったな。あの頃は画面をつけるのに3日、音を出すのに1日かかった」

 陽太が少し悔しそうに呟く。

「...お前ってここ住んでないよな?」

「ん?まあ」

 軽々しく作業をしている陽太だが、そもそもそんな速さで行えるはずの無い作業だ。ましてや一人。本当にここに住んでるんじゃないかと思ってしまいそうなくらいな時間の使い方だ。


「ちなみに今ならどれくらいだ?」

「放課後二つで一台は終わるな」

「まじかよ...」

 どうやら天才にしか分からない猟奇がこの世に存在するみたいだ。触れないで置こう、うん。俺には無理だ。


「ところでさ」

「うん?」

 キリがいいのか、陽太は持っていたドライバーを放り投げて座りなおした。

「さっきの会議の話」

「ああ、あれか。どうした?」

「その...なんだ。一番近くで力になれる方法って何だ?」

「どしたのさ急に」

 陽太には全く似合わない真面目な話だ。第一、あの話も真面目に聞いていたのか不安だったので正直驚いている。


「一応ここの管理者は俺だからな。流石に仕事が入って一人だけ無関心貫いてちゃ示しがつかんだろ」

「おぉ、かっこいい」

「最も戦力になるつもりも無いんだけどね」

「すまん、前言撤回」

「嘘嘘。流石に俺にも出来ることがあるはずだろ」

「それは...」

「ねえ何で黙るの?」


 俺は悪戯に陽太から目をそらす。少し半泣きっぽい陽太の声が聞こえた時に少しくすりと笑う。


「大丈夫。テレビをいじくることが出来るような奴なんてこの世からいくらでも欲されてるからな。むしろいらないのは...」

 自分だ、とそう言いかけて俺は言葉を止めた。

 今は全面的に前に出ている。ならば、それにふさわしい立ち振る舞いというものも存在するのだから、それにのっとるべきだ。


「いや、いい。...そうだ」

 そうして陽太と話していると、自然と何をやるべきかが見えてきた。

 まだ具体性のかけらも無い。けど、こんな人間がいる。これ以外にもそれぞれ個性を持った人間がこの場所にいる。


 らしさ、か。

 高校生らしさが必要なんていうなら、やるべきことは簡単だ。

 

 おもうまま、個性をぶつけてやればいい。それが若者らしさというなら、なおのこと。だから...






 

「陽太、やっぱりお前の力が必要だわ」

「OK、まかせとけ」


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