第35話 大人にだから分かること
それから一日、二日と過ぎていった。
しかし、進展の文字はその日々の中に存在しなかった。それは生徒会からの依頼のほうも、...美春のほうも。
なんどか古市や秋乃に相談はしてみた。けれど思いつくものはどれもどこかに欠け、表には出せないような没案がほとんどだった。
...
古市の場合。
「須波君、こういうときは冷静になりましょう」
「お、おう...。分かってるけど。何かよい案でも思い浮かんだのか?」
「そう、たとえば自分が客側だったらどんなことがあれば参加したいか考えればいいの」
「確かにそりゃそうだ。...んで、お前の場合だったら何が合ったら参加するんだ」
「お料理大会」
「却下だ!!!!」
俺自身が一度身を持って古市の料理を食べたことがあるのだが、味は殺人的だ。塩と砂糖を間違えるくらいはかわいいもの。こいつの場合酢と塩酸を間違えるレベルだ。せめて弱酸と強酸は間違えないで欲しい。酸が強けりゃ旨いなんて絶対に無いから。
とまあ、目の前の具体例を差し置いても、俺が考えた高校生にしか出来ないこと、周りを巻き込めることという構想からは少し外れてしまう。確かに、悪い案ではないと思ったが、それがわざわざ市の一部と高校が合同でやるものかといわれれば要素は薄いので却下となった。
...
秋乃の場合。
「先輩!イベントってやっぱり全員が楽しんでこそですよね!」
「確かにそれは言えるな。人間楽しいものに惹かれやすい。その上でスタッフ等も楽しめるとなれば尚更だな」
「というわけで、スポーツ系のイベントはどうですか?」
「すまん、却下」
「なんでですか!?」
「理由は簡単。どう考えてもありきたりだし、高校生が主体的に動く意味が無くなる。そういうのは市の健康課にまかせるべきだな」
ついでにもう一つ理由があるとすれば、秋乃が何かをやらかす未来しか見えない。失敗を恐れず!なんて言葉はこの世に存在するが、こいつの場合へまで人一人殺せるかもしれないくらい破壊的ドジだからな。ソースは俺。流石に死ぬかと思った。今でもあばら骨は痛いし。
別に私怨がたたったわけではないが、これも却下となった。
---
しかし、ここからはそう頭ごなしに否定する猶予も無い。明日は金曜日。当初生徒会と予定していた会議の日程が明日に迫っているのだ。
最悪古市と秋乃の案をもう一度考慮して、練り直して...なんて作業が必要になってくるかもしれない。授業中、ずっとこの話題で俺の脳内は持ちきりだった。
「というわけで、どうすればいいと思う?」
「...俺に聞かれてもなぁ」
俺はいつものごとく陽太の工房のほうへお邪魔していた。ここはあちらの部屋より広くないが、逆にそのサイズ感がどこか落ち着く。そうしてこうやって入り浸っているわけだ。
当然ずっとここを使っている陽太は迷惑そうにしている。いいじゃん別に...。
因みに戸坂、陽太にも意見は聞いてみたが、先ほどの二人とは違って文字に起こすことですら難しいレベルのことを話していたのでこちらは問答無用で却下することにした。さすが超引っ込み思案とチンパンジーメカニッカー。脳のつくりが少し違うみたいだ。
「でもなぁ、明日なんだよ会議が。流石に今のままじゃ高に絞め殺されちまう」
「いいんじゃねえの?」
「お前を絞め殺してやろうか...?」
「まあ冗談だっての。ただまあ、少しは焦るのをやめたほうがいい、それは俺も思うところがあるぞ」
「まじか...」
陽太は日が入ってくる小窓のほうを眺めた。
「元気がいい。積極性がある。こういうのは一見ほめ言葉に見えるが...言い換えることも出来るだろ?」
「無謀、だとかバカ正直、だとかか?」
「そんなとこ。中学のときからお前も高も一緒だったから言える話だけど、お前は無謀すぎるし、あいつは極端に堅実すぎる。混ざればいいのに混ざらないんだなこれが」
「それは...」
返す言葉が無く、俺は下を向いた。
両極端な人間だから、近づくことが出来ない。それは磁石のようなものだろうか。引っ付けば一つになるのに、相手は背中合わせの真反対。それは俺と高の関係といっても間違いは無い。
それでも...あの堅実さは、どうも間違えにしか思えない。
それは俺が中学時代にあいつが何て呼ばれてるか知ってることに関係してるのだろうか?
...いや、今はやめよう。
「ま、いいんじゃないの?両極端だからぶつかれるし、それで最終的には落ち着くんだ。だからまあ、お前はその無謀さのままでいいと思う」
「...なんじゃそりゃ」
「まあ、ほっといてくれ。一人の問題児の独り言だ」
「ああ...ってあれ?最初の話題どこいった?」
「捨てた」
「てめこの野郎!」
こうしてまた今日も一日時間が過ぎていく。おかしなことに、一日単位で見れば今日という一日がとても大切に思えるのに、いざ時間を過ごす身となればその一秒一秒に価値を感じなくなる。だからだろうか。終わったときに頭を抱えて悶絶してしまうのは。
ちょうど俺が部屋から出ようとすると、鍵を閉めに来たちはやちゃんと目が合った。別に怒ってるわけでもなさそうだけど、どうやら少し待って炉といってるような目だ。
別にそれに逆らう理由も無く、俺は待ち続ける。数分してからちはやちゃんは出てきた。
「おっ、待っててくれたのか?」
「そりゃ、あんなに釘を刺すような目で見られたら帰るほうも気がひけます。それで、なんか用ですか?」
「まあな。大した用じゃないが、とりあえず飯でも食べにいくか!」
「は?」
「いや、悪い。ただ飯に連れてってやろうと思っただけだ。特に用なんてない」
「なんすかそれ」
「まあまあ。奢るからそこは気にしなくていいぞ」
ちはやちゃんはグッと親指を立てて笑う。はぁ、まんまと乗せられたわけか。まあいいけど。
「...分かりました。車の準備しといてください。ちょいと親に連絡するので」
「了解。先待ってるぞ」
そういってちはやちゃんは足軽のごとく自分の車がとめてある駐車場へと向かう。その姿が見えなくなったところで俺は親にラインを送る。『まだ作ってないので問題なす』と帰ってきたのでいよいよ断る理由が無くなった。
そうして俺は色々と諦めがつくと小さな歩幅でちはやちゃんの車へと向かった。
---
「それで、何食べるつもりなんですか?」
少したばこの匂いが残る車内で、俺は助手席から窓の外をぼんやり眺めながら、ちはやちゃんにそこはかとなく聞いた。
「ん?決まってるだろ。ラーメンだよラーメン」
「それなら俺んちまでの帰り道中にあるんですよね」
俺がそう言うとちはやちゃんはピクリと眉のほうの血管を動かした。やばい、地雷踏んだか...?
「お前は一店舗だけですべて知った気になれる人間か?あのな、ラーメンなんてこの世に五万とあるんだよ。麺も違う、味も違う、たとえベースの味が一緒でも、そこに何を使ってるかだけで大幅に変わる。そんな世界の中で、お前は一つだけで満足できるのか?」
おぉう...すごい熱弁だ。
「それは...そうっすね」
「だろ?というわけでこれからいくのは私のお勧めの店だ。なに、そんなに遠くない、あと五分ぐらい優雅にドライブと行こうじゃないか」
そういってちはやちゃんはにかっと笑う。それに悪い気分はしなかった。
それでも道中、ずっと明日どうしようかということだけはずっと脳内でぐるぐる回っていたけど。
「着いたぞ」
そういわれてドアを開けた先の景色は、ただのパーキングだった。周りに店の雰囲気も無い。ついでに言うと人気もなく、明かりも少ない。...ということは。
「...俺が先生を襲うために場所を選んだんですか?」
瞬時にグーが飛んできて、俺の頭を吹き飛ばした。
「流石に私も自分の身ぐらい自分で守れるぞ」
「ですよねー...」
殴られた部分を押さえながら、俺は体勢を立て直した。本気で殴ったのかどうかは知らないが、一ついえることがあるとすれば痛すぎる。やっぱこの人ゴリラじゃねえか?
「まあ、あれだ。見れば分かるだろ?ここがどこかってことぐらいは」
「そういえば...」
ボケにすっかり頭を使っていたのではっきりと周りを見ていなかったが、どうやらここは商店街外の数少ない無料パーキングみたいだ。
「ってことは、店は商店街の中ですか?」
「当たり。といっても駅側からは遠いほうだから、あまり来る人も少ないけどな」
「...一蘭?」
「あそこは高いからNGだ。君におすすめするのは別な店。ま、ついてきたまえ」
「はぁ...」
そう促されて俺は常にちはやちゃんの二歩後ろを歩いて、その背中を追っていった。
店の前に辿り着く。一戸建ての店を改良した感じなのか、2階は人が住んでいそうな雰囲気の店だ。こういうところは確かに来たことがない。
「さ、入るぞ。麺の固さは決めたか?」
「え、そこからなんですか?」
「なんだ、まさか麺の固さが分からないとかあるのか?」
「いや、そこは大丈夫ですけど、そういう店に行った事はなかったので」
「ならいい。さっさといくぞ」
そうしてちはやちゃんはガラガラと勢いよく引き戸を開ける。俺もそれに乗じて中に入った。
中に入ると真っ先にスープのいい香りが漂ってきた。どうやらここの目玉はしょうゆみたいだ。
「いらっしゃい!おや、今日は二名かい?」
奥から店主のような人の太い声が聞こえる。どうやら向こうはしっかりちはやちゃんを認識してるらしい。
「ああ、ちょっといいの捕まえてきたんで。じゃ、空いてるところ座るよ」
「硬さとかはいつものでいいかい?」
「私は。...そうだ、須波、お前はどうするんだ?ここはスープ固定、値段固定、固さ選択だからそんなに決めることは無いが」
「あ、ハリガネでお願いします」
「あいよ!」
俺からの注文を聞くと店主は厨房のほうへ戻っていった。それから程なくして出来たラーメンが運ばれてくる。やはりいろいろ固定してる分、出てくるスピードは速い。
「「いただきます」」
各々割り箸を割って、早速麺の方へ箸をいれ、ズルズルと一口。
スープは癖の無い鶏がらベースのしょうゆ。変に口の中に味が残らないように出来ているスープにストレート麺は正直反則だ。
「...うめぇ」
「だろ?」
ちはやちゃんは満足そうにこちらを向いてきた。自分のお気に入りが共有されたのが嬉しいのだろう。
そうなってしまえば箸は止まらない。そこから一口、また一口と俺の口の中に運ばれていく。
「そうだ、須波。依頼の件はどうなった?私自身あまり関与できてないからな、ちょいと進捗の確認だ」
「あー...」
ちはやちゃんから声がかかって俺は箸を止めた。食べることに夢中になってすっかり忘れていたが、もう時間が無い。
「...だめか」
「そうですね」
それからこれまでの流れをちはやちゃんに説明する。それを聞いているちはやちゃんの顔は終始渋い顔だった。
俺の話が終わったあたりでちはやちゃんは表情を崩さず語りだす。
「まあ、あそこの大人連中はあまり当てにしないほうがいい。考えてることが実のないことばかりの連中だ」
「先生がそんなこと言っていいんですかね」
「いや、先生だから、同じ大人だから言える話だよ。私は君とは違ってあの連中と同じ土俵に立ってるからね。...それなりに見れているつもりだよ」
ちはやちゃんの表情は晴れない。凛とした顔で、ただ真っ直ぐ厨房のほうに瞳を向けている。
あの人がここまで言う当たり、やはりそこまでの連中なのか...。
「なんで先生はそんなことを?」
「決まってるだろう?自分の管轄の子供たちだからな。高校という世界から外れた大人の世界でろくなのに触れないで、それで毒されるなんてたまったもんじゃない。ましてや君はいまガードしてくれる膜が一つも無い。毒に触れてしまえば即感染だ。...まあ、もう少し毒されているか。あの日からな」
「あの日って...まさか?」
ちはやちゃんは神妙そうにうんと一度頷いてためらうことなく口にした。
「ああ、君の中学のときの、あの出来事だ」
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