第33話 強行突破
それから次の月曜になった。
制服も夏服へと移行し、だんだんと梅雨が近づいてきている。
依頼を受けたのが金曜日。土曜と日曜をはさんだが、この週末でまた大分暑くなったんじゃないかと思われる。
そもそも日本どころか世界規模で温暖化が発生しているわけだし、全然ない話ではないというのが怖いところである。
まあ、そんなことはどうでもいいとして、これ以外にどうでもよくはない用件がもう一つあるのを、俺は忘れていなかった。
美春との仲直り。
金曜に完全に出鼻を挫かれ、土日の間でそれを整理して、さあ今日は月曜だと痛かったところだが、向こうは今日も休み。どこか調子の悪いところがあるんだろうか?
しかし、今日ばかりはこちらも用事があるので、そちらに全てを持っていけない。
今日は例の会議。ということで、出席する三人のメンバー、俺、秋乃、古市は三人で市のコミュニティーセンターみたいな建物を目指していた。
「市役所の隣に隣接してあるから、割と分かりやすいよ!ここからなら歩いて10分でいける!」
といういたって簡単な情報を本郷先輩からいただいたのを頼りに、家とは真逆の方向へ歩いていった。こちらはあまり来ることがないので正直不安な部分もあるが、最近ではMAP類が発達しているのでそこはまあどうにでもなるだろう。
どうやら生徒会の面々は先に行ってるようだ。あの後さりげなく本郷先輩に連絡先交換してもらっておいてよかった。
「ところで須波君。この間だったかな?木曜に1階にいなかったけど、何してたの?」
五分ほど歩いたところで、唐突に古市が話題を振ってきた。意外なことに最近古市とまともに話してなかったような気がする。
「ああ、あの建物二階あるだろ。あそこの掃除をちょいと任されててな。陽太と一緒にやってたわけだ」
「ふーん...。終わった?」
「全然?一日かけて一部屋がやっとだ」
「そうなんだ」
古市の表情、今日はちょっと読みにくい。別にいいんだけど聞いておいて興味があるのかないのか...。そこら辺はせめてはっきりさせて欲しいんだけどなぁ。
しかし、その話題は途切れることなく、質問者は変わって秋乃が俺に聞いてきた。
「その二階の部屋ってそもそもなんで汚れてるんですか?この間古市先輩に聞いたんですけど、旧部室棟はもう十数年は部室として利用されてないんですよね?だったら汚れる理由も分からないんですけど...」
「あーそれは」
この間ちはやちゃんが言ってた事がまんま答えだからなぁ...。生徒同士の仲がうんたらかんたら...。ま、それを伝えればいいか。
「あれだあれ。昔は生徒同士の仲があまりよくないとかなんとかで個室として使ってたんだと。今のメンバーはそれこそそんなことないわけだし、上を使う必要がないという判断らしい」
「あー...。なるほど?でもあれじゃないですか?それだったら急ぎで掃除させる理由もまた無くないですか?」
「んー...ちはやちゃんはなんかやれるうちにやってて欲しいみたいな雰囲気ではあったけど」
「...何か裏があるかもね」
古市が少し低い声でぽしょりと呟いた。しかもそれがなんか起こりそうな気がして悪寒が走る。ははは!まさか!...まじであったら怖いなぁ...。
「まあ、そんなことは放っておこう。あの人の思考に付き合ったら脳みそが腐る」
「先輩...明日焼却炉に埋められてるのは先輩かもしれませんよ?」
「聞かれてなきゃセーフだ」
「...あそこにちはやちゃんが」
「よし逃げよう」
嘘かどうかは関係なく、俺は古市の声が聞こえた瞬間、俺は全速力で駆け出した。バカ野郎!俺は逃げるぞ!ヤメロー!シニタクナーイ!
「嘘だけどねー」
遠くから古市の声が聞こえて、俺はようやく足を止めた。落ち着いて辺りを見回すが、どうやら本当にいないみたいだ。俺は胸を撫で下ろす。
本来なら古市をガーッと叱りたいところなのだが、流石に今回はこちらが全面的に悪い気がするのでノーカン。
俺は離れてしまっていた二人との距離を縮めるべく俺はきびすを返して二人の近くまで戻った。
「おかえり」
「ただいま。心臓に悪い冗談は止めてくれ...」
「ふふっ」
古市は満足げに笑う。やっぱりこいつドつこうかな...。
そしてまた3人歩き出す。一度スマホのマップで距離を確認する。どうやらあと2分ほどで着きそうな距離みたいだ。
さきほど話したので少し話題が尽きたのか皆いっせいに声がやみ、ただアスファルトを歩く音のみがその場にこだまする。
そんなこだまを切り裂いたのはまた古市だった。
「そういえば須波君。あの子とのこと、どうなったの?」
古市は真っ直ぐな瞳を俺に向けてくる。どうやら適当にはぐらかす、といった行為は出来なさそうだ。あの子とは言うまでも無く美春のことだろう。
俺は...その瞳に答えられない。その事実が歯がゆく、もどかしい。
俺は一瞬だけ下を向いた。...けど、だからといってくよくよはしていられない。だから、ちゃんと古市の目を見て。
「すまん。進展は無い。けど、大丈夫だから」
最後の自信がどこから来たのか俺は知らない。けれど、言い切った先の古市の瞳はもうそれまでのようなどこか硬いものではなかった。
「そう。分かった」
それ以上はお互い何も言わない。幸いなことに、例の会議場所に着いたようだ。
---
「こんにちは...げっ」
会議場に指定されている中会議場のドアを開けての俺の第一声はこれだった。そして中からも同じ声が。
「げっ」
「あ、来たね。こっち座って~」
先に施設の中にいた本郷先輩が右隣の椅子をぽんぽんと叩く。3席分空いているみたいだし、どうやらそこに座れということだろう。
会議まであと10分。まだ大人連中は来ていないようで、場には生徒会の3人、俺たち3人しかいない。そのため、長方形に囲ってある会議机がとても寂しく感じる。
...とりあえずそんなことは今はどうでもよかった。どうでもよくないことがあるとすれば、さっき声をかけた相手の正体だ。
向こうもすぐ俺に気づいたようで、少しばかりきつい目で睨んでくる。
「なっ、なんで須波がここにいるんだよ。お前中学のが終わったときもう二度とこういうのはしないかな~なんてほざいてただろ」
「うるせえよ。こっちも会議が苦手で仕方なかったお前がこの場にいることが納得行ってないんだよ」
そうして俺はそいつと真正面からにらみ合う。その中で秋乃の気の抜けた声が聞こえてきた。
「あっ、高先輩。お久しぶりです」
「ん、榧谷か。中学以来か?」
「同じ学校なんだがな...」
「それもそうか。まあなんだ、久しぶりか」
そういってそいつ━━高誠一郎は秋乃に不器用ながら笑った。
高誠一郎。俺の中学のときの同期であるこいつとは、はっきり言って馬が合わない。
中学生のときは同じ生徒会に属していたが...、まあ、面白みの無い、名前の通り誠に生きているような人間だ。その分思考がお堅いのであれやこれやと奇抜な発想を口出ししていた俺とはどうも合わなかったらしい。
俺自身もあまりお堅い思考の人は得意ではないため、確執ほどではないが溝が出来ている。このことを知ってるのはまあ、秋乃くらいだろう。
顔は悪くない。むしろ上の下ぐらいまでは余裕で辿り着けるレベルだ。...が、女子人気は高くない。そりゃ風紀委員みたいにビシバシ取り締まっていくタイプなら目の敵にはされるだろう。ざまあないぜ、俺人のこと言えないくらい女子人気無いけど。
そんな感じで俺は最悪の場面でこいつと出会ってしまったわけだ。
「んー?やっぱり二人は仲良しなのかな?」
「「仲良くなんかないです!!」」
天然なのかどうかは知らないが本郷先輩が気に食わないことを言うので反論してしまったが、最悪なことにタイミングがかぶってしまった。
「「...」」
お互い数秒見詰め合って、ふんっと反対側を向いた。
「やっぱり二人って仲悪いんですね...」
「当然だ。何をやっても合わないからな。もう諦めていいレベルだ」
「はっ、合わせる器量の無いやつが」
「なんだと?」
「もっと冒険してみてもいいんじゃないのか?お堅いやり方もいつかは裏切るぞ?」
そこに本郷先輩が助け舟を入れる。
「うーん、それは言えてるかも。高君、生徒会活動の中でも中々思考が硬いからねぇ。正直それはあるかもしれない」
「ほら」
「ぐっ...」
「けど真面目度が高すぎる分、須波君よりは全然使い物になるかな」
「ぐはっ」
辛辣な一撃を食らって、俺は言葉を失う。高は一瞬動揺していたが最後の言葉を聞いたときにはもうすっかり勝ち誇った顔をしていた。野郎...。
その時、ガラス張りのドアが開いて、会議の主役であろう大人の人が入ってきた。どうやらそろそろ時間みたいだ。
「そろそろだね。特監組の人たちはとりあえず私たちが出す案にバツ入れてったりしてくれるとありがたいかな」
「了解です」
そうしてぞろぞろと入ってくる大人が全員座りきると、会議が始まった。うん、どこか懐かしい。...けど、やはり緊張感あるなぁ...。
---
会議が始まって30分。
会議は完全に難航していた。
別に言葉の一つも出ない状況、というわけでもない。ただ、会議の中に俺たちの居場所が無い感じだ。
「私たちの意見に出来るだけバツを入れて欲しい」と言われてはいたが、そもそもまず俺たちが意見を出せるほど前提が進んでいなかった。別に大人連中が悪いわけではないのだが、高校生側に手伝って欲しいと言った割には自分たちで話を進めてる感じだ。正直やりづらいし、いらいらする。
本郷先輩はうーんと頭を悩ませて入る機会を待っているし、高も高でバツの悪そうな顔を悟られないように向けている。これについては俺も同意見だ。正直このままでは埒が明かない。時期がズルズル遅れていくのもごめんだし。
...ふぅ。
一息ついて改めてホワイトボードを確認してみる。現状まとまっていることを整理すると、開催日は六月の中旬、対象は子供から大人までと比較的抽象的なことしか書かれていないようだ。30分話してこれだけなのは正直よほどだろう。
こちらとしても、あまり時間はつぶされたくないわけだし、どこで参加する必要があるのか等も早めのうちに知っておきたい。とりあえず、今すべきなのは現状の打破だ。
けど、生徒会連中にそういうことが出来るやつは多分いないだろう。それに、生徒会が攻撃に出て学校の評価を下げるのもまずい。
そういう時、捨て駒があるとすれば、どうなるだろうか。
幸いなことに、ここに一つ、とても使い勝手のいい捨て駒がある。成った飛車と成った角と同じ動きが出来るくらい、自由に発言するくらい余裕のある捨て駒が。
ならば、盤面の真ん中に立つとすれば今しかない。
俺は、顔をぐいっと上げ、大人連中へ少し大きめに声をかけた。
「すいません!さっきから話してるのを聞いてるんですけど、具体的に私たちはなにをすればいいんですか?」
「あぁ、君たちかい?...ちょっと待ってくれ」
対応した30後半の男性はそう言ってさっきまでの会話に戻ろうとする。この瞬間、ここの大人がこちらにあまり関心を持っていないということが分かった。おそらく、ただの作業要因としか見ていないのだろう。確かに本郷先輩から聞いた説明だと、主体的に参加して欲しいという意図は感じられなかったわけだし、そう言われれば理解は出来る。
ただ、納得は出来ない。だから俺は食い下がらなかった。
「もうさきほどからずいぶんと待ってます。ずっと黙って、ずっと話を聞いて。そこにどこか入れる隙が無いかと探してみても高校の名前の一つもあがりやしない。もし、私たちが今この会議場にいる意味がないなら、私自身で勝手に退場させていただきます」
大人相手に容赦はしない。
「別に私自身の株が下がることについては全くどうとも思いません。ですが、私たちがここにいる意味を考えてください」
気づけば大人の声は止んでいた。そうして俺に向けられる目は反省、あるいは苛立ち、少なくとも全員が全員気分のいいものじゃなかった。
そんな中で、一人の年配の大人がこちらに諭すような声で語りかけてきた。
「すまんかった。...じゃが、何も進まないんじゃ。頼る頼らない以前に、頼らせる物が決まっておらん。じゃから...」
「分かりました」
その年配の方の声で俺は今時分がすべきことを見つけた。自信は無いが、おそらく必要なパーツで間違いない。
一応生徒会連中、秋乃、古市に目配せをする。帰ってきた答えはGOサインだった。なら、遠慮せず言わせて貰おう。
「私たちが案を考えて、次回までに持ってきます。あとはそれで判断してください」
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