第32話 仕事と問題児と
俺たちは5人揃って、改めてちはやちゃんの部屋に招かれた。
無造作に並べられたパイプ椅子に5人が座ったところで、本来ちはやちゃんが座るはずの椅子に本郷先輩が座り、ちはやちゃんは壁にもたれかかって立っていた。
とりあえず集合することだけしか伝えてないので、俺以外の特監生はみな「何が始まるんです?」みたいな顔をしている。...第三次大戦だ。
「じゃあ改めて自己紹介。生徒会長の本郷夏希です。皆さん私の事見た事はありますか?」
「そりゃ、生徒会長だからなぁ」
真っ先に反応したのは陽太だった。...まて、お前真面目に全校集会とか受けてないだろ。なんで知ってるんだ。
突っ込みたくなったがここは我慢する。
その後、戸坂、秋乃、古市とコメントを返したが、やっぱりみんな知ってはいるみたいだ。別にそれが今必要あるかと言われたら微妙なんだけど。
「それで、生徒会長さんがどんな用件でここに来たんですか?」
率直な疑問を秋乃が口にする。本郷先輩はちはやちゃんに軽く目配せして、ちはやちゃんが軽く頷いたところで話し始めた。
「ずばり、特監生のみなさんに手伝って欲しいことがあるんです」
「お手伝い、ですか」
「うん。特監生の規約の中にもあるよね。どこからか指示があったらそれを手伝うようにするって」
存在感のなかったルールを告げられ、特監生の面々はそれぞれ境遇を口にする。
「確かありましたね。僕自身は入ってから日数が浅いから、実際やったことはないんですけど...」
「私も」
「私もですね。先輩は?」
「そういえば...」
結構前から仕事ってなんだ見たいなことは思ってたけど、全く関係のない買出しに付き合わされた一回きりで、特に大きいことはなかった。ということは、俺もないといって良いだろう。
後、このことについて知ってる人がいるとすれば...。
「なあ、陽太はどうなんだ?」
「...俺?あるっちゃあるけど、生徒会からってのは確か無かったはず...。先輩、ここに依頼人としてくるのは初めてですよね?」
「うん、そうだね」
流石は陽太。俺らよりも遥かに長い期間特監生だったわけだから、そこら辺の知識はあるみたいだ。正直頼りになる。
それに今回は相手が年上というのもあり、陽太はどこかツンとした態度を取っていない。別に普段からそうで良いと思うんだけどな。
...というか疑問なのが、ここにいるときの陽太とクラスのほうにいる陽太のほうじゃ雰囲気が違いすぎること。クラスではあくまで当たり障りなく他人と関わってそれなりに仲良くしているだけなんだろうか。
ならば、こっちの部屋でこういうのが見られたのはレアだな。
そんな感じで俺たちに状況確認を取ったところで、本郷先輩は改めて手元においてある紙を一枚手にとって、その内容を俺たちに語りだす。
「本来は生徒会のほうに与えられた仕事なんだけどね、どうしても規模の大きさ的に人が足りないのと、前例にない仕事だったから、ここの力が欲しかったの」
本郷先輩は少し申し訳なさそうにこちらを見つめてくる。そんな中で批判をするものは当然誰もいなかった。
そんな状況で、ここの管理者である陽太が先陣を切って話し出した。
「それについては別に問題ないですよ。そもそもこの場所のある意味はこの使い方で間違いないですし。ただ、本当に力になることがあるんですかね?というのがこちらの疑問です。元特監生の本郷先輩なら分かると思うんですけど、ここは問題児の巣窟ですからね。保障は出来ませんよ?」
そう語る陽太の声にはどこか力が篭っていた。その表情に微笑こそ浮かべてるが、その目が笑っていないのは俺には確認できた。
まあ、本当にいやという訳ではないと思う。本当に嫌なら、まず真っ先に俺のほうを向いてきて後は頼んだといわんばかりの目を向けるわけだから。
ということは、今回の陽太には、何か特別感じたことがあるのかもしれない。
それを聞いて本郷先輩はやはりやさしく微笑んだ。
「分かってますよ。だからこそここに頼んだんです。...ここにいる皆さんがどういう問題性があるのかは分かりませんが、ちはやちゃんが選んでるっていうなら何か特色があると信じてますから。...それに、発想力があるほうが、今回はやりやすいって言うか...」
次第に声が小さくなっていき、本郷先輩は言いよどんでいた。何をためらう必要があるのだろうか。
そこで食いついたのは、思いもしなかった、古市だった。
「そういえば、まだ内容を聞いてませんでしたね。私たちは何を、すればいいんですか?」
「あっ、それを言わなきゃだよね!ごめんごめん」
本郷先輩はあははと笑って、先ほどまではなかったキリッとした目をこちらに向けてきた。ようやく本題だ。
「...この学校ってね、歴史こそ、そこそこあるんだけど、地元、だとか他校、だとかとの交流が薄いんじゃないか?って地元の団体に言われてね。今度開かれる祭り?というかイベント?見たいなのに全面的に協力してくれと言われちゃったわけ。これがつい三日前くらいの話」
祭り、ときいて、元々家が皐月ヶ丘に近い俺と陽太と秋乃は首をかしげた。確かそんなイベントはない。しかもやるにしろ梅雨明けどころか梅雨入りすらしてないこの時期というのはおかしいと感じる。
やがて、先ほど本郷先輩が言った「前例にない」ということの意味が分かった。おそらくこいつは、初めて行われるイベントだろう。
なら、生徒会で対処しきれないのは無理もない。俺自身が生徒会という団体に属したことのある人間だから分かるが、行事などは前例があって、反省があって受け継がれ、そうして厚くなって行われるものだ。その分、前例がない以上、最善の体制で臨まなければいけない。
「さっきも言ったけど前例がないイベントだから、まだ何をすれば良いかも分からないし、どんなものになるのかも分からないの。という状態だから、お願いさせていただきました。来年にあるにしろ、そのときはもう第二回目という判定だから生徒会だけで十分回していけると思うけど」
「なるほど」
俺はとりあえず一度適当に相槌を打つ、それから考える。
つまり俺らがやるべきことは...。
「じゃああれですか。俺らから何人か行われるであろう全体会みたいなものに何名か参加して、俺たちが受け持つものを把握して、そこはそこでまた会議って感じですか?」
「おっ、須波君理解が早いね」
どうやらあたりみたいだった。さすが
んんっ、と咳払いをして、本郷先輩は最終要項を話し出した。
「つまり私たちがお願いしたいのは、生徒会のフォローって言ったところです。全体会議は開催されるので、まずそこに生徒会から3、ここから3出して欲しいと思っています。後はそこから仕事が入るたびにお願いする感じです。...できれば任意での参加であって欲しいんですが...」
そう言って本郷先輩はもう一度ちはやちゃんのほうを向く。ちはやちゃんはだめだといわんばかりに首を横に振って、もたれかかっていた身体をやっと起こした。
「いや、残念ながら極力強制という形を取らせてもらう。...別に私はどっちでもいいんだがな、上層部が納得しないんだよ。『西原君、問題児の監督のほうは大丈夫かね?なにやら差が出来てしまっているみたいだが...』なんていわれたこともある以上、形だけでもそうしないと私の給料に響く」
「は、はぁ...。じゃあ仕方がないですね」
おい、てめぇこのダメ教師。
本郷先輩すごい困った顔をしてるじゃねえか。もっと全うな理由の一つや二つないのかよ。
という旨を伝えようとしたところで、俺よりも先に陽太が口を開いていた。
「いや、別にちはやちゃんが減給されようと俺らには関係がな」
「少し眠ってろ」
ひゅんと俺の右横を誰かが通った気がした。
一瞬ひるんだ俺が改めて光景を見ると、部屋の隅のほうで陽太がうつぶせで倒れてた。くそっ、ヤムチャしやがって...!
というか、これ口にして太の俺だったら飛ばされていたのも俺だったな。さすれば陽太は尊い犠牲だったのだ。供養。
俺が立ち上がるとなぜか古市も立ち上がり、陽太の目の前でかがみこんで手を合わせて念仏を唱えた。
「安らかに眠れ。れいげんやちこなれ...」
「お前は尊い犠牲となったんだ。ありがとな」
「し・ん・で・ね・え・よ!」
陽太は元気よくぴょんと跳ね上がって盛大なツッコミを入れた。そしてそのままちはやちゃんのほうを睨む。
「ちょっと!痛いじゃないちはやちゃん!あんなどこかの大学みたいなタックル決めちゃってもー。増えたのは年齢だけじゃなくてパワーもですか?」
「ばっ!おま!」
陽太は今度は避けるとばかりにあからさまな挑発を入れた。それを見つめ返すちはやちゃんは微笑んでいた。...のに...目が...笑ってない...。
だめだこいつ、早く何とかしないと...。
俺は即座に古市の腕をつかんですぐさま陽太のそばを離れた。ちょっとどころじゃなく恥ずかしい行為だと思われるが、幸いその場にいた全員の目が陽太orちはやちゃんに向けられていたのでこの事実は俺と古市しか知らない。ラッキースケベもこの原理なんだなと今なら分かる。
そして、数歩はなれたところでさっきの倍以上の音と共に陽太の身体が今度はドア側へ吹っ飛んでいった。ちはやちゃんから赤い闘気のようなものが出ていた。これはラオウもびっくり。今なら北斗錬金当座にもいけそうだ。
ついでにパラパラと天井から白い粉がこぼれてくる。うん、まずいなこれ。
陽太はピクピクとしてまったく動かない。どうやら完璧に決まったようだ。
「なん...で...?」
「お前ごときが私に勝てると思ったのか?調子に乗るなよ小僧!そうだとも!年齢だけじゃないのさ!パワーアップってのは!」
ちはやちゃんは開き直ったのか巨漢のようにゴハハハと笑った。キャラ崩壊してまで力を求めちゃったのか...もう、お嫁にいけないね、このゴリラ。
そしてそのまま一瞬だけスンッと真顔に戻ってちはやちゃんは本郷先輩のほうを振り返った。
「ああ、悪かったな本郷。強制参加という形で良いから、話を先進めといてくれ。ちょっとこいつ捨ててくるから。」
そういってちはやちゃんは倒れている陽太の足を引きずりながら、部屋の外へ出て行った。場にはワタワタしている秋乃と、とーーーっても困惑してそうな本郷先輩と、手で口を押さえて必死に笑いをこらえている戸坂と、反対に全く隠すつもりのなさそうに笑っている古市と、呆れてため息をつく俺が残っていた。
数秒の沈黙の後、頬をぽりぽり掻きながらそれた話題を本郷先輩が戻した。
「え、えーっと...そんな訳だから、手伝ってくれると嬉しいんだけど...。」
「分かってます。それで、とりあえず今は会議に出るメンバーを決めたほうがいい感じですかね?」
「あ、そうしてくれると助かる...。じゃあ、自分から行きたいよー!って人いる?」
その号令と同時に本郷先輩は手を上げる。
「...なんすかそれ」
「うー...生徒会ではよくこうやって聞いてるの。それで、行きたい人は...」
「はい、参加します!」
元気よく手が上がる。その声はやはり秋乃だった。
「おっ、一人決まったね。それじゃあ後は...」
そう言って本郷先輩があたりをぐるっと見回し始めたところで、俺も手を上げる。
理由はいたって簡単。俺と秋乃はもともとこういう仕事をやってたわけだから、勝手が知れているし、会議に持っててもよさそうな常識人枠はおそらく二人だからだ。
それで、あとひとり来るとすれば...。
「それじゃあ、私も」
古市が静かに手を上げた。これで三人がそろう。
「よし、これで3人そろったね。それじゃあ、よろしく頼んでも良いかな?」
「はい!」
「どうぞ」
「よろしくお願いします」
「ありがと!じゃあ、次回の会議は来週の月曜になるから!」
本郷先輩は元気そうに笑って部屋を退場していった。それから本題がなくなったからと俺たちも退場する。
三人が退場したところで、俺は部屋へは戻らずに、陽太を探そうと思い、外に出た。本当に捨てられてなきゃいいけど。
そうして向かった外の焼却炉。そこからは陽太の足の部分だけ見えてた。
「...マジか」
「あー!悠!?いるんだったら助けてくれ!」
陽太の必死の叫びが聞こえる。どうやら一人では出られないのだろう。
でも、こういうときの俺の答えは決まってこうだ。
「やーだ」
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