第31話 依頼人


 意を決して翌日。

 今日こそはと思い、俺は6限が終わり、HRが終わったところで、よーいドンとばかりに教室を出た。いつもは長く感じる授業だが、なにかやるべきことがある日に限ってあっという間に終わってしまうものだ。

 変わりに、全く授業内容が頭の中はいってこなかったけど。


 そんな感じで教室を出た俺は、同じ生徒校舎棟の階段を下りたところで、足を止めた。変わりに動いたのは思考回路。

 ...早くにスタートダッシュ決めたところで、向こうの棟も同じようにHRしてたわけだから、最悪他の生徒の迷惑にもなりかねないような...。

 意を決した俺だったが、他人の迷惑となればいたし方のない。

 ただし、人ごみにまぎれて帰られてしまっては元も子もないような気がするので、俺は階段を下りきり、生徒校舎棟から出たところでさりげなく待つことにした。

 壁にもたれかかり、ただぼーっと外を眺める。傍から見れば変人だろう。うん、変人だ。今ならロダンの気持ちでさえ分かる。分からん。


 そして待つこと五分。


 待つこと十分。


 ...来ねぇなあ。

 向こうの棟からもだんだんと人が出てきているのを見る限り、HRが終わってるってのは伺える。それに乗じて降りてこないというのは、今日も中にいるという考えで間違いないだろう。

 なら、後はこちらから行くだけだな。


「...よし」

 俺は一息つき、覚悟を決め、そのまま大きな一歩を踏みだ...


「何してるんですかこんなところで」

 さなかった。


「うぉ!?...なんだ秋乃かよ。てか何だ?旧部室棟はこっちじゃねえぞ?行けないこともないけど」

「それ、こっちの台詞です。...あ、それよりも報告が」

 一体秋乃が何をしにここに来たのかは分からないが、とりあえず勢いが冷めてしまった俺は足を完全に止めた。

 

 秋乃は特に自分はどうも思ってないという顔で、端的に俺の欲しがっている情報を口にした。

「今日美春さん休みらしいです」

「...あ、そうなのね」


 完全に想定してなかった。美春が休みだってこと。

 ...んまあ、別に俺から遠ざかるために休んだとは思いにくいから、単に体調不良なのだろう。もしそうでなければ流石に俺の精神がきつい。明日休むのは俺かもしれない。

 まあ、休みなのは仕方ない。それはそうだとして...。


「んでところで、なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」

 あいつ自らそんなことを先生に聞く人間じゃないし、実際二人に面識はないわけだから、聞いてしまうと逆になんでそんなことを聞くのかと思われるのでそれはないだろうと断言できる。

 秋乃は人差し指をピンと立てて俺に答えを告げた。

「ああ、簡単ですよ。職員室にあるボードに本日の欠席一覧とか書いてありますから」

「ああ、そういうやつね」

 言われて合点がいった。なるほど、確かにそういうのもあるわな。


 俺自身職員室に行くのはまああるっちゃあるわけだがそれはほとんど西原デスクなわけだし、中のほうまではあまり見れていない。興味がないだけかもしれないけど。

 そんなわけでボードの存在をはじめて知った俺だった。わーい。


 しかし結局本題は達成されないとの事。仕方があるまい。

 ただ。


 俺は右の拳を軽く握った。そしてだんだんと力強く。それと同時にどこか浮かべていた薄ら笑いも消し去る。


 ちゃんと伝えよう。その意思は確かにある。けれど、その意思だってだんだんと時間がたってしまえば薄れて消えていくのかも知れない。...もし消えてしまったら、それはそれで俺の落ち度だとして。

 だから本当は今すぐにでも家に行くべきなのだろう。しかし、状況がそれを許さない。風邪の幼馴染の家に突撃するなんて行為は小説くらいでしかありえないだろう。ましてや、仲がこんな状態で突撃したところで門前払いも待ったなし。そのままコンクリートに鎮められても文句が言えないや。


 だから...早く戻ってきてくれ。


 俺はざわつく心情を自分の中で整理し、改めて秋乃の方を笑顔で振り返った。上手く笑えているかは知らないけど。

「...んじゃ、旧部室棟のほうへ行くか。他の皆ももういるだろうし、ちはやちゃんに怒られるのも面倒だ」

「そうですね。ま、私先生から用事頼まれてたついでに先輩が見えて立ち寄っただけなんで叱られることはないですけど」

「あっ、そうなのね」

 

 俺は軽く苦笑いを浮かべて、本来向かうべきだった場所と真逆の方向へ足を進めた。





---




 おかしな光景を見た。

 目の前には靴が五つ。俺と秋乃の分を除いてだ。

 そのうち四つがそれぞれ古市、陽太、戸坂、ちはやちゃんのものだとして、後一つは俺の知らない人のもの。ということは、来客なのだろう。

 ...こんなところに?


「先輩、誰か来てるんですかね?」

 秋乃も同じことを思ったようで、はてと首をかしげていた。秋乃にはメンバーの情報は昨日のうちに大体は言っておいたので、人数がどれだけかというのももう知ってるはずだ。

 が、俺にもわからないので、同じように首を傾げるしかなかった。

「そうなんじゃないのか?見る限り先生の靴ではなさそうだけど」

 生徒の靴は学校指定になっているので、これが先生のものではないということだけは分かる。

「ま、気にしても仕方ないですね!さっさ中入っちゃいましょう!」

「そうだな」

 それを否定する理由もなく、俺と秋乃は少しぼろさの目立つ玄関へと入っていった。



 中に入って秋乃は大体皆がいる部屋の中へと入っていった。その場には俺一人が取り残されている。

 木のフローリングが特徴の廊下に一人立って、俺はさてどうしたものかと辺りを見回す。どこへ行こうか、何をしようか。

 まず陽太の工房(?)へと向かう。しかし、人がいるなら光がこぼれるであろう小窓から光が見えない辺りここには誰もいないんだろう。

 次にちはやちゃんの部屋を覗きに行く。こちらは窓がないため、中の様子をうかがうことが出来ない。仕方ないので聞き耳を立てる。


 コロコロコロ...。ファンブルっ!!


 俺の耳に入ってきたものは、かさつく虫の移動の音だった。はっとして振り向くと壁伝いに一匹の虫が見えた。

 黒光りするボディにいかにも飛びそうな羽!うーん、奴が来たんだ!


「Gェ...」


 あえてその名は呼ばない。せめてもの敬意だろうか。

 (多分)人間が最も憎むべき相手(虫)であろうそいつに、もう言葉は要らなかった。俺は運よく近くに転がっていた新聞紙を円柱状へ巻く。


「さて...覚悟はいいか?」

 鬼の形相でGを睨む。向こうも視線を感じ取ったのかカサカサと音を鳴らして少しばかり動き、いつの間にか俺の足元にまで来ていた。

 挑発か...面白い。


 売られたけんかは全力で買うのが俺の道理。悪いが容赦はしないぞ。


「いくぞ...。スゥゥゥ...。束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流。受けるが良い!」

 俺は右手で持っていた新聞紙を改めて両手で持ち直し、真正面からGと向き合い、宝具詠唱を始めた。

 そのまま両手を振り上げて身体の右半身を引く。

 後は思い切り振り下ろすだけだ。行くぞ!


「エクスぅぅ!カリb」

「うるさいぞ須波ぃぃいい!!」


critical!



 瞬間、俺の後頭部になにやら鋭い痛みが走った。どうやらじりじりと下がってたみたいで、気づけばちはやちゃんの部屋の前のドアが背中にあったらしい。それが当たったみたいだ。


「俺は...何も間違っちゃいない...。ぐはっ...」

 そのダメージはあまりにも大きく、俺はばたりとうつ伏せでその場に倒れた。その後、改めて後ろのドアから人が出てくる気配がした。


「はぁ...。特監生になって大分バカになったんじゃないのか?須波」

「そ、そうっすね...。ぐえ」

 俺は起き上がることのないまま声をかけてきたちはやちゃんに対応する。うつ伏せなのでその表情は見えないけど...なんとなーく呆れているんだなぁというのだけは伺える。残当。


 そんな中、もう一つ足音が聞こえた。誰だろうか。

 俺は後頭部を抑えながら、改めて後ろを振り返った。そこには二人の女性が立っていた。

 えーっと...これはちはやちゃんと...あと。隣に1人うちの制服を着てる女性が。

えーっと...。


「誰ですか?」


 俺は何のためらいもなく思ったことを口にした。ついでに言うとそのときにちはやちゃんのこめかみの部分の血管がぴくっと動いたのも分かった。


 その女性は一瞬口を手で覆い、ハッとした表情を浮かべていたが、やがてほんわかと笑みを浮かべて優しく俺に答えた。その慈愛の篭り方は、少なくとも俺の知る人の中ではいなかった。


「そっか。後輩君は私の事知らないんだったね」

「ええ、まあ...」

 俺が少し申し訳なさそうにそう答えると、その女性は改めてぺこりとお辞儀をした。


「はじめまして。生徒会長の本郷夏希です」

 そういわれて思い出した。そうだ、この人が生徒会長だったな。





 本郷夏希ほんごうなつき(さん)。いわずと知れたこの学校の生徒会長だ。

 肩より少し上くらいまで伸ばした髪はふんわりと巻かれている。性格もそれに似てるのか、どこかつかみどころがないというかふわふわしていると聞く。改めて見ると、あの髪さわると気持ちいいんだろうな、なんて思ったり。

 そのつかみどころのない性格から、頭もお花畑なんじゃないのかと時々ささやかれることはあるのだが、実はそうでもないみたいで、生徒会長が代わって以降の行事がすごくスムーズに進んでいると体感できることから、よほど回すのが上手いんじゃないかと思ってみたり。

 結論から言わせて貰えば、よく分からないがすごい人だ。多分。







「あ、こちらこそ。えと、二年の須波悠です」

 向こうだけ名乗っておいてこちらが答えないのもまずかろうと、俺もしどろもどろながら自己紹介を仕返した。

 そしてなぜか俺の名前を聞いた本郷先輩は少し驚いたように俺の目を見つめてきた。その視線はどこかキラキラしている。


「あれ、君が須波君なんだ」

「なんだ?知ってるのか?」

「いや、俺は知らないんですけど...」


 ちはやちゃんは本郷先輩の口から俺の名前が出ることを予想してなかったみたいで、だいぶ驚いていた。いや、驚きたいの俺なんですけど...。

 少なくともこれまで一回も話した覚えもないし、なぜ知られているのかほんと不思議で仕方がない。


「んー、時々生徒会のほうで名前を聞いてたからね。特監生の須波がーなんて」

「え、俺ってそんなに悪評立ってるんですか?」

 暴力問題のキーマンなのでこの学校の株を落としていると言われれば否定はできないが、先生間だけでなく生徒会からも腫れ物で見られてるのならちょっとショックだ。ちょっとどころじゃないけど。


 幸いなことに、本郷先輩はやんわりと手を横にぶんぶんと振った。


「違う違う。うちの会計ちゃんがね、よくよく須波君の名前挙げてるだけ。それで須波って誰なんだろうなーって私が勝手に思ってただけだよ」

「あ、そうなんですね...。ところで会計って誰でしたっけ」

「えーっと」

「...コホン。おい、本郷。そろそろ本題に入ったらどうだ?」


 二人だけの会話になっていたことに痺れを切らしたのか、ちはやちゃんはわざとらしくコホンと咳払いして本郷先輩に注意を入れた。

 本郷先輩は「あっ、そうだね」と呟き、改めて俺のほうを向きなおした。

「須波君須波君、ちょっと他の特監生の子達を集めてくれないかな?」

「え、まあいいですけど...。どうしたんですか?」


 すると本郷先輩はほんわかウインクを一度して、悪戯っぽくことの主題を口にした。








「お仕事だよ、後輩君!」





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