第30話 仲直りの仕方
※今回より掻き方を大幅に変えようと思います。ご了承ください。
それでは本編、どうぞ。
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結局、ファミレスから出たのは7:30くらいだった。
この時期はもう大分明るい時間のほうが多いのだが、それでもこの時間となると空は明るさを保っておらず、消え入りそうな赤紫を浮かべていた。
俺は秋乃に見送ろうかと問いかけてみたが、これ以上は迷惑かけれないのでと心底申し訳なさそうに返されたので、素直にそれに従うことにした。
しかし、どうも真っ直ぐ帰りたくないなという念が消えないまま漂っていたので、秋乃の家との分かれ道まで歩くことにした。少しばかり吹いている夜風が少し心地よい。
「先輩、今日はありがとうございました。」
秋乃はふいに感謝の言葉を述べ、頭をぺこりと下げる。え、何。よく分からないんだけど。俺なんか感謝されるようなことやったかな...。別に飯おごったわけでもないしなぁ...。まあ、結局あの場は割り勘したため、俺のほうが大分損になってるわけだけど、たかがそれくらいではなぁ...。
「ああ、そうか。」
思い当たる節がどうも見当たらない俺はぶっきらぼうに返すしかなかった。感謝されるのは別に悪いことでもないし、何より否定する理由はない。けれど訳が分からなければこれくらいの返事しか返せない。
それを見透かしてか秋乃はいたずらっぽく微笑んだ。
「先輩、なんで感謝されてるのか分からないーって顔してますね。」
「まあ、そりゃあ、な。」
最初のほうは笑みを浮かべていた秋乃だったが、次第にその顔に笑みはなくなっていく。それでも、ぎりぎり感じるか感じないか、そんな優しさの篭った表情は消えていない。そしてそのまま感謝の言葉を続けた。
「別にいいんですよ、ただの私の自己満足なんですから。先輩はただ黙って感謝されていればいいんです。そうするだけで私は満足するんですから。」
「なんだそりゃ。」
フッと鼻で笑った。実際訳が分からないままだ。
...でも、これでいい気がする。
きっと色々思うところがあるのだろう。秋乃はきっと俺のことについて何か思うところがある。それはけがのことについてだろうけど。きっと、そのことについて俺が何も責めなかったことについての感謝も含まれてるんじゃないかな。うぬぼれじゃなくそう思う。
秋乃は言い終わってすっきりしたのか、軽はずみに飛んで、歩道の縁石を歩き出した。
「おいおい、危ないぞそんなところ歩いたら。それこそ大きなことになってみろ、いよいよ問題児認定だぞ?」
「大丈夫ですって。あたし運動能力高いんですから。」
そういう問題じゃないんだけどなぁ...。
しかし秋乃がこうなのは昔から変わらない。真面目ではあるがこういうところは少し抜けてるし、天然バカだし、ドジっ子とか言うレベルじゃないくらいドジだし。そんなこと、今更言ったって何も変わらない。なら、言うだけ無駄だ。
俺は一つため息をついて、縁石を歩く秋乃について何か言うことを諦めた。代わりに別の話題を切り出す。
「なあ秋乃。こんなことを聞くのは野暮だと思うけど...。仲直りってどうやってやるんだ?」
「はぁ。どしたんですか急に。」
両手を翼のように広げて縁石から落ちないようにバランスをとっていた秋乃はこちらを振り向かないまま、真っ白な言葉を返した。そこには驚き以外の感情は篭っていない。
そして、数歩歩いたところで合点がいったのか、両手をぽんとついた。
「ああ、なるほど。美春さんの話ですか。」
「そうだな。...そうなる。」
切り出して何をためらっているのか、俺の答えは曖昧だった。
しかし秋乃はそんなこと気にもしないと言わんばかりに口を開いた。
「ちゃんと理由は聞きましたし、私も一応踏み込んでいる側なので色々発言する権利があると思います。...その上で話しますよ?」
「頼む。」
「まず、先輩は美春さんとつっかえのない関係に戻りたいというわけですね?幼馴染として。」
「それはそうだな。じゃなきゃこんなことは言わないだろ。」
昔から仲良くしていたんだ。
距離が離れてしまっても、そこには超えてはいけないラインがある。あいつとこれ以上離れてしまったら、きっと俺は後悔する。
別に恋愛感情があるわけじゃない。けれど、昔からつながっていた大切な関係。それが切れてしまうことがとても怖い。
大切だと思っていたものを失う恐怖は分かっている。だからこそ、もう失敗は出来ない。
「...そんな人に、あの言い草はないと思うんですけどね。」
秋乃は少し厳しい言葉を俺に押し付けた。無理もない。それが正しいことは俺が一番分かっている。
「あれは俺が悪い。...結局、伝えたいことを伝えきれずのままだったしな。」
自分のエゴを他人に押し付けるな。
...今聞いても、最低な言葉だ。でも、俺だけが知っている、この言葉の裏側。
前を向いて生きて欲しいというメッセージ。
でもそれは、結局今も届かないままどこかを浮いているんだろう。
今、それを掴み直すことが出来るんだろうか。
一度深呼吸をした。深く深く。
そして心に決める。できるできないじゃなく、やるんだと。
これまでだって、向き合いたいだの、ちゃんと話したいだの言っていた。けれど、そこに行動の二文字は伴わないまま。俺はただ時間が過ぎる中で、いつかチャンスが来るか、来てくれるか待ってただけだ。
そんなんでチャンスなんて来るはずがない。だから、ちゃんと向き合うために、動く。一歩踏み出す。
結局前を向いて生きてなかったのは、俺のほうだったのかもしれない。
「...だから、ちゃんと話そうと思う。ただ...。」
言い訳はしたくないが、どうしても一つだけ。
なんていえばいいのか分からない。
多くの言葉に触れてきた。沢山読んで、沢山身に着けた。それでも、そんな言葉たちはみなある事象の前では価値を持たない。
それは、ありのままの自分を伝えるということ。
身につけた言葉は、しまいには自分を着飾るための道具にしかならない。しかし、着飾ったところで本心なんて届かないだろう。
俺は不器用だ。それでまた傷つけてしまうかもしれない。
そんな状態でありのままが正しいなんて言えるのだろうか。
俺は足を止めた。これで何度目だろうか。
前を歩く秋乃の背中はだんだんと遠くなる。...ああそうか、今の俺はこうなんだ。なら、その先を歩く秋乃は美春なのだろうか。
ならば、なおさら詰めなきゃなと俺は歩き出した。悩んで立ち止まっても秋乃に迷惑かけるだけだし。
秋乃はいつの間にか俺との距離が離れていたことに気づき、縁石の上で立ち止まって、短めの髪をなびかせてこちらのほうをくるっと向いた。
「なんていえばいいか分からない、ですか。」
「!?...ああ。」
「まず、なんでそう綺麗な言葉にしようとしてるんですか。」
「というとそれは...。」
俺が再び足を止めたとき、秋乃はハァとため息をついた。そして縁石から降りては、俺のほうに歩み寄ってぎりぎりの距離で立ち止まる。
俺は改めてその迫った表情を見る。
笑っている。とても、やわらかい微笑だ。
俺は、この優しさを知らない。だから当然、目の前の秋乃にうろたえるしかなった。
「ありのまま、何て言葉はとても簡単なんですよ。綺麗な言葉なんかにならずに、ボロボロボロと崩れていく。それでもなんとか伝えようともがいて、初めてありのままなんて呼べるんじゃないですかね。」
そういう秋乃の目は何か得体の知れない輝きを見据えていた。
俺は、秋乃について最低のことしか知らない。だから、彼女の生きてきた道なんて当然知る由もない。
けれど、見れば分かる。いや、今なら見なくても言い切れる。秋乃は確かにありのままで生きていると。
何も取り繕うとすることもなく、自分の思うが侭に行動して、よかったら笑う、悪かったら謝る。ただそうやって生きている。そういい切れる。
それは、簡単なように見えてとても難しい。人間どこかで必ず取り繕おうとしてしまうのだから。小汚い嘘で。見え透いた虚勢で。
秋乃に嘘がないというわけではない。けど、その嘘のつき方まで純粋なのだ。そこに邪念を感じない。むしろ、言ったはずの秋乃自身が後悔しているみたいなこともよくよくある。
全く、どこまでも曲がってしまった自分と比べれば、綺麗な水晶玉のようなものだ。
俺は...そんな秋乃が、羨ましい。
「...でももし、そうやって自分の思っていることを口走って、また大事なことを伝えられずに終わったら...。」
「そんな心配しなくてもいいですよ。ボロボロと零れていく言葉の中に、自分の伝えたい言葉があるなら、一緒に出て行きますから。」
「でも...」
「先輩!」
でも、だって。
それを続ける俺に痺れを切らしたのか、秋乃がむーっと唸って声をあげた。
「本当に大切なものは、相手を信じることです。」
「あっ...。」
全く持ってその通りだった。
自分の言葉だけ押し付けても、自分の感情だけ押し通しても、コミュニケーションは成立しない。そんな当たり前のことすら、俺は忘れてしまってたんだ。
...俺は、美春を。
信じる。信じる以外の選択肢はないんだ。だから。
俺は一度大きく深呼吸をして、そのまま自分の両頬をパァン!と全力で叩く。
「ひゃあ!?せ、せんぱい!?」
「...ありがとな秋乃。目が覚めたわ。」
助言もあり、声に出したのもあり、俺はどこからか自身が湧いてくるのを胸の中に感じていた。今なら、ちゃんとどうしたいか言える。
俺はもう一度歩き始めた。秋乃は一瞬戸惑っていたのか固まっていたが、俺が歩き始めたのと同時に俺の後ろをひょこひょことついて来た。もう縁石には乗っていない。
そこからお互い言葉はなく、気づけば分かれる起点となっている道に着いた。
俺は左。秋乃は右。すぐに曲がってしまうため、分かれてしまえばもう姿を見ることはなくなる。じゃあなと言ってそれで終わりだ。
...なぜだろうか、そんな当たり前のことが、今はあって欲しくなかった。だから。
「秋乃。ちょい。」
「?何ですか?」
俺は今時分のいる位置に秋乃をちょいちょいと手招きした。秋乃は何だろうと小さい歩幅で恐る恐る近寄ってきた。
...よし。
俺は近寄ってきた秋乃の頭の上にポフッと手を置いた。
「...え?...ええええ!?なな何してるんですか先輩!!」
「今に始まったことじゃないだろ。俺がこうするのは。」
秋乃は顔を真っ赤にして固まる。俺はというと変に慣れてしまったのかやはり恥ずかしさは感じなかった。
「せ、せんぱい...。」
「なんだ?」
「...バカァアアアアア!!」
「ぶほっ!?」
羞恥でぷるぷる小動物のように震えていた秋乃だったが、決心がついたのか俺にするどいパンチをぶつけてきた。しかもそれは傷口にジャストヒット。あえなく俺はその場にばたりと倒れた。
わ、わが生涯に一片の...
「なにやってるんですかほんともうこの人やっぱりかっこいいなんて思うんじゃなかった...」
「...ん?」
「なんでもないです!バカッ!」
秋乃は動揺任せに鋭い罵言雑踏を俺に突き刺してくる。なんだろう、案外悪くないけど口に出したら本当に命が危ないのでこれ以上は言わない。
俺は傷口を右手で押さえながら、なんとかよろよろと立った。そして秋乃を改めて見るが見るからにご立腹の様子。
「...全くもう、今人に見られてたらどうなったと思うんですか本当に...。」
「わ、悪い悪い...。」
「反省が足りない!」
「はい!すいません!」
秋乃に怒鳴られ俺は小さくなる。...どっちが先輩だろう。
「「...ぷっ。」」
しかし、そんな怒りも長続きする分けなく、お互いに吹き出した。
ひとしきり笑って今度こそお別れ。俺は秋乃に背を向けようとした。けれどその時声がかかる。
「あ、もう一つだけ美春さんについて。」
「なんだ?」
「よくよくDクラスのある棟に行くんですけど、大体放課後はあっちのほうの部屋で絵を描いてますよ。会いに行くならこのタイミングじゃないんですかね。...なんて。」
「悪い。助かる。」
秋乃としてはただのどうでもいい情報だったかもしれない。けれど、何も知らない俺からすれば、その言葉には多大な価値があった。
秋乃は俺の返しを予想してなかったようで、少しだけ頬を赤らめ、しどろもどろしていた。
「そ、そうですか。...えへへ。」
一瞬だけかわいらしい仕草で笑ったが、はっと我に帰って咳払い。そのまま秋乃は俺に背を向けた。
「...じゃ、じゃあ。私はそろそろ帰りますんで。」
「おう、気をつけてな。」
返事は返ってこなかった。
ようにしたいと思っていた秋乃だったのだろうが、なぜかこういうどうでもいい言葉だけ聞き逃さないマン須波は、秋乃が呟いた言葉がちゃんと耳から入ってきた。
「じゃあな、です。...バカ。」
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