第26話 ほこり


学校復帰は意外と早かった。

というか、家に襲来された次の日にはもう学校にいた。

まあ、登下校も歩きの範囲、体育を見学すること以外は特に問題ないんだけどね。


ついでに言うと学校に言ったところで職員室に呼ばれることなどはなかった。何、俺があそこに呼ばれるのって自分が悪いことをしたときだけなの?

なんたる理不尽。俺絶対あの校長に嫌われてるだろ。


まあ、そんなこんなあって今日も放課後。俺は怪我もあってか少し重たく感じる足を引きずるように歩いて旧部室棟を目指した。

よくある話なのだが、中途半端な平日に休んでしまうとどーも学校に行く気が失せてしまい、鬱屈になってしまう。

祝日等でみなが一斉に休む日ならまだ分からないことはない。ただ問題は、自分ひとりが休むということ。

まともに受けているつもりこそないが授業に遅れが出るということは高校生活においてかなり厳しいことだ。

まあ?どうせ今回赤点出るだろうけど。




渡り廊下を抜け、メインの扉を開いた。

俺以外にもう大分来ているようで、足元にある靴の数を数える。

1、2、3、4、...5?


あれと思って数えなおすが、間違いなく靴が5足ある。

そのうち一つはちはやちゃんの靴だと分かるのだが、だとすると確定で生徒の誰かが来ている。


「とりあえず、ちはやちゃんいるなら聞くしかねぇよなぁ。」

と安直に思い立った俺は、真っ直ぐいつもの説教部屋へと向かった。



---



少したばこの匂いがする部屋の中には、当然のごとくちはやちゃんが居座っていた。

そしてドアを開けた俺に気づくなり、「ああ」と声を漏らした。おそらく俺が何を聞きに来たかもう分かったのだろう。

「玄関の靴の数だな?」

「あれ、気づいてたんですか。」

「君の考えていることは君が思ってる以上に顔に出てるからな。...まあ座れ、話をしようじゃないか。」


ちはやちゃんは火のついた葉巻で俺のすぐ近くにあるパイプ椅子を指す。何、この人葉巻まで吸うのかよ...。


俺は腰深くまでパイプ椅子に腰掛けた。

「さて、君の気づいている通り、新入部員が入った。」

「榧谷秋乃、1年生。ですよね?」

「そりゃ、今回の騒動の張本人だからな。」

そう言ってちはやちゃんは肩をすくめる。


「毎度毎度聞くようで悪いですが、あいつが特監生になったのって今回のことだけが原因なんですか?」

「いや、今回ばかりは前例が多すぎた。...別に精神的に問題があるとかではないのは君も分かっているだろう?」

「そりゃ中学のときずっとそばで見てましたし。」

「だろ?それなら分かると思うんだが、善かれと思って動かれて騒動が大きくなる、ってこと、あいつよくあるだろ。...気の毒だがな。だからまあ、あえて言うならばこれは保護に近いな。実際もっと大きい問題になってからでは遅いし。」

「そうですが...。つまりあいつに何もするなと?」

「やれば問題が出る以上は、学校側としてはあまり動かしたくない人物だろうな。」


俺はここに来て初めてあいつをかわいそうと思ってしまった。

自分の良かれと思ってやっていることが必ず裏目に出る。ドジというよりかはもはや不幸体質だ。それで生きたいように生きれないっていうなら...同情してしまってもおかしくはない。


しかしちはやちゃんはまだ言葉を残していた。それはせめてもの救済。

「ただ、あいつは誰かのために動くことを止めたくないだろう。きっと、ここに呼ばれていなければ生徒会に入るつもりだっただろう。...だから、ここで保護してこそいるが、あいつが何か動こうものなら、私たちはそれを助ける。それであいつも満足してくれるといいが...。」

「...いや、いいんじゃないですかね。あいつは肩書きなんか気にしませんよ。...ま、少しは気落ちするかもしれませんが。」

「だよなぁ...。というわけだ。お前がしっかり面倒見てやれ。」

「そうですね。」


という訳でどうやら五人目の特監生が生まれたみたいだ。別に拒むつもりもないけどね。ただ、一つだけ気になることがある。


「ところで先生、特監生がこんなに多く集まったことってあるんですか?」

ちはやちゃんはそういわれると自分の知りえる範囲の生徒を思い出し、答える。

「あー...いや、ないない。この代は正直言って特別だよ。ここまで集まることはなかった。...んまあ、戸坂あたりから私セレクションでメンバーを集めているってのはあるがな。ああそれと、生徒同士がこんなに仲のいい代も初めてだ。」

「ほーん...。そんなもんなんすね。」


確かに仲がいいってのはあるかもしれない。問題児が集まる場所というだけあって、俺よりももっと横暴でやばいやつとかいっぱいいたことを想像するとゾッとする。

それこそどうだ?理系のバカと文系のイキリ問題児と感情が出ない天才とストーカーと不幸体質の真面目ちゃん...うん、可愛いもんだ。


「まあ、そんなわけだ。何も変わらないから今までどおり過ごせばいい。」

「はぁ...。そういえば、五人いるってことはあの部屋じゃ少し狭くないですかね。」

「あー、そうか。君はこことあの部屋しかまだこの建物を知らないな。」

「ええ。」

「んじゃ、出て右にある部屋に行ってみるといい。そこにきっと向洋がいるだろうから。」

「了解です。」


そうして俺はこれ以上聴くことのなくなった部屋に足音だけ残して去っていった。



そのまま廊下に出て右を確認する。いつも左に行けば部屋があるのだが、こうやって右に注目するのは初めてだ。

しかし俺は動かない。代わりに右どころではなく一階全体をもう一度よく見渡した。


いつも俺たちが使っていた部屋、ちはやちゃんの部屋は知っている。それに加えていつも使う部屋の横に男女兼用の洋式のトイレが一つある。今はそれ以外の話だ。

まず、棟全体の中央に木造の階段がある。こいつを上った先にも部屋があるのかもしれないが今は興味ない。あと階段上るの少し面倒だし、痛いし。


そして俺はその中階段の向こう側へ歩く。

そちらには部屋が二つほどと更衣室が男女別で存在していた。

そのうちの部屋の一つから明かりが漏れている。俺はその光に導かれてかそのドアを開けた。




中は明かりがついている割には少し薄暗い感じで、奥のほうでトンテンカンカンと何かを叩く音が聞こえる。その奥には窓があるがカーテンが閉められている。

その窓の下くらいに一人の男性の姿が見えた。


「...いや、何してんの陽太。こんなところで。」

俺はもう一度辺りを見渡してみる。今度はこのまえ片付けたコタツ布団のようなものまで見えてきた。

とするならば、ここがその陽太の言っていた倉庫とやらだろうか。


「ん?ああ、ちょいとでかいの持ってきたからな、ちゃんとこっちで作業。」

「ああ、いっつもは向こうでなにやら終わらせていたけどな。今回は専門的な工具が必要ってことか?」

「まあな。なんなら火花が飛び散ったりすることもあるからあっちの部屋でやるのも危険だろ?人ももう結構いることだし。」

そういって陽太はただトンテンカンカン音を鳴らすのを続ける。ついにはキュイイイインと音がなり始め、言ったとおり火花が出始めていた。...大丈夫か?


「ところで、今何作ってるんだ?こっちで作る辺り、また大きなものなんだろ?」

「いや?特に何か出来るとは思っちゃいねえよ?ただ適当に電気系統のおもちゃの回路を動かせるかどうか確認してるくらい。」

「ああそう...。」


どうやら見かけのでかさと中身は一致していないようだ。


ふと、陽太は手を止めて、首をかしげて呟いた。

「うーん...、今日はここまでかな。」

そう言って工具が並んでいる場所から離れる。しかしそれまでで、そこから動きそうな気はしない。向こうの部屋には帰らないのだろうか。


「終わりなのはいいんだが、向こうの部屋には戻らないのか?」

「んー?戻らないんじゃないかな。人数増えたし、全員が入ったら狭く感じるかもしれないだろ?ここがちょうど俺の工房みたいなもんだから当分はこっちに篭るかな。」

「いいのか?室長がそれで。」

「いいのいいの。向こうの面倒は悠が見てくれりゃいいし、何かあったらここにきてくれれば何とかするから。そんなわけだ、俺はここで待機する。」

「なーるほどね。」


確かに陽太の言っていることには筋が通っているのだが、言い換えればそれが人付き合いから逃げる口実ともなる。そう考えると今の話、なかなかうまいなと思う。

俺ははてどうしたものかなぁと髪を掻いた。しかしこういう場合の陽太はてこでも動かないのでそこは諦めるとする。


「あっ、そうだわ。」

「ん?」

俺がどうしたものかと悩んでいると唐突に何かを思い出したのか陽太はぽんと手を叩いた。


「お前、二階いったことないだろ。ついでに見ていくか?」

「なんのついでだよ...。」

「いいからいいから。それに、色々と聞きたいこともあるし。」

「なんだそりゃ。まいいよ、ついてく。」

俺はため息を一つついてしぶしぶ頷き、そのまま部屋から出て行く陽太についていった。


木造の階段をぎしぎしと鳴らし、二階に辿り着く。

二階には、7つほど部屋が存在していた。おそらくこれは各部活に均等に割り振るように作られた部屋だろうと推測する。

それが証拠にドアの間隔が一定だったりと、部屋の大きさの平等さが伺えるつくりがいくつもある。


「んで、なんでこんなときに限って二階だよ。別に用なんて...」

「あー...、片付け、手伝って欲しかったんだよね。」

「は?」

陽太は両手を顔の前でパンと鳴らして合わせて頭を下げた。

「すまん!誰か追加で人が来たら片付けろよ!ってちはやちゃんに言われてたのすっかり忘れてたんだ!...まじで急で悪いけど、手伝って欲しい。今度飯奢るからさ。」

「...しゃーねえ。まあ、あまり重労働させないと約束するならいくらでも手伝ってやるよ。」

「悪い。マジで助かる。」

陽太は心底嬉しそうに喜んでいた。よほどうれしいのだろう。こっちからすればいい迷惑なのだが...。

まあ、幸せそうに感じているバカにちゃちゃ入れるメリットはない。ここは何も言わないでおこう。


「んで、どの部屋を掃除すればいいんだ?」

「全部。」

「りょうか...はぁ!?バカじゃねえの!?」

「バカだよ?」

「お前そういうのは早く言っとけよなぁ...。」

急に現実に叩きつけられた気がした。なんでこんな話乗ってしまったのだろう。あの時軽々しくイエスと言った自分を恨みたい。


それでもなお陽太はケラケラと笑っている。お前何わろてんねん。


「まあ、今日だけでやろうって話じゃない。ゆっくり時間かければいいさ。」

「そうだけどさ。...それなら、他のやつらも呼べばいいんじゃないのか?」

「んー...。」

陽太はあごに人差し指をあてて考える。


「まあ、今日入ってきた子にいきなり片付け手伝ってってのも気がひけるし、戸坂はこういうの向いてないだろうし、古市は...。まあ、なんか合わないって言うか...。」

「お前最後いつものゲームの私怨だろ。」

「ばれたか。」

「当たり前だあほ。」

こう見えて陽太の他人づきあいのことについては少しずつではあるが改善されているのだ。前まではほとんど離すこともなかったが、ああやってゲームをやろうと集まることで親睦も少しは深まったのだろう。最近では陽太が自分から声をかけるときもある。

しかしそれでもそれはほんの一部の変化であって本調子ではないと言ったところ。今後にぜひ期待してもらいたい。


「んじゃあま、今日は一番端っこの部屋から行きますか。」

「話ぶった切ったよ...。まあいいや。それで?一部屋だけ?」

「今日はね。」

そういって俺と陽太は二階の右端にある部屋のドアノブを回して中に入る。



中はまあ、ひどいものだった。

埃くさい部屋の中は、今からもう数年前の新聞だとか、少しカビの生えた布団だとかがわんさかわんさか。なんでこんなものがあるのか知りたい。

「うっわ、なんだこれ。」

「どこもこんな状態だったってことは、物置って言うかは使用されていた可能性も高いな。」

「ひでぇひでぇ。...これ、先生が管轄のときのものか?」

「さぁ...?」

これには陽太でさえ、返答に困る始末。俺はうーんと頭を悩ませた。

まあいい、過去の話は後々いくらでもちはやちゃんに聞けるわけだし。








「それじゃ早速、片付けますかね。」




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