第25話 一つ屋根の下
あの後病院へ行って診断を受けた俺は、やはりあばら骨が二本ほど折れていると診断された。
まあ、片方はひびが入っただけですんでいるのだが。
特にそれ以外は節々の小さな打撲だけだと言うことで、入院するほどの大きな怪我とまではいたらなかった。
しかし、流石に昨日の今日で折り合いが悪く、翌日俺は学校を休んでいた。
現在午後四時。自室ベッドの上。
暇をもてあましていた俺はただ仰向けにぽちぽちとスマホをつついていた。
実際のところ一日たった今は特別激しい動きが無い限りあまり痛いと思わなくなっていた。これならば学校に行ってもよかったんじゃないかと思う始末。
そんな中、ふと思い立ってよいしょと立ち上がる。少し痛みを感じたがやはり昨日ほどではない。
「...のどかわいた。」
長いことボーっとしていたためか語彙力が軽く死んでいる。
どころかいつもこの時間は誰かといたからなぁ...。それがないぶんもっと語彙力が死んでいるのかもしれない。
トントンと音を立て、木製の階段を下りる。
その階段のラスト三段くらいに差し掛かったところで、ピンポーンと誰かがうちのインターホンを鳴らした。
「はーい」
俺は近くにあった機器でインターホンの声に対応する。
「郵便でーす。」
音声の向こうの男はそう名乗る。俺自身は何も頼んだつもりがないのでおそらくお袋辺りがまた何か新しい化粧品でも買ったのだろうと思う。そんなもの使っても加齢はごまかせないと何故分からない。
俺はテトテト小さな歩幅で歩き、玄関のドアを開ける。
「やっほ~郵便だよ~。」
俺の目の前に立っていたのは学生服のチャラ男。こいつは通報したほうがよさそうだ。
「...少々待ってください、今から少し警察のほうに電話を...」
「かけなくていいからね?」
俺がリビングの置き電話のほうに戻ろうとすると急いで陽太が止めに来た。
「...はぁ、何しに来たの?お前。」
「正確には「ら」だけどね。」
「はぁ。」
見ると家の門のほうで古市と戸坂も立っている。その奥にはどこかスポーツカーに乗っていそうな独身女性が。
よりによって特監生チームが総出というわけだ。見舞いにしては豪華すぎる。
どうせ明日には学校に行くってのに。
「でも、案外悪いものでもないなと思う須波悠であった、と。」
「...何アテレコしてんだ張っ倒すぞ。」
途中から本心ではないところを語られていたが俺は声に出してなんかない。
そうこうしている間に奥の三人との距離も詰まっていた。
「大丈夫ですか?須波君。」
「頭がか?」
「違いますよ!怪我です!」
「ああ知ってる死ってる。ま、大丈夫だろう。」
「...なんか変換ミスってないですか?」
「気にすんな。」
とりあえずあまりこちらとしてはずけずけと家に踏み入って欲しくはないのだが...。うん、何ももてなすものとかないし、こういうのってかえって気が狂うわけだ。
気分が悪いものではない、が。
「よお、須波。元気してるか?」
「あんた昨日の今日でしょうが...。んで、なんですかこんなに総出でうちなんか押しかけちゃって。押し売りのブームは過ぎましたよ。まあ?先生の時間軸ではまだ終わってないかもしれな」
ヒュン!
と目の前を何かが通過した。見ればちはやちゃんが火のついたタバコを振り下ろしていた。それも、俺の目の前で。
思わず声を止め、背中には冷や汗が走る。
「次はそのあばら骨がなくなると思え?」
「す、すいません...。」
てか、折れるどころかなくなるのか。修羅の国もびっくりな大技。カイオウは多分倒せないが。
そうして陽太、戸坂、ちはやちゃんと来たが、いまだに後ろでチョコチョコしている人が若干一名存在していた。
「何してるんだ、お前こっち来ないのか?古市。」
「男の家は、魔物の家。」
「はぁ?」
そう言って古市はファイティングポーズを取る。何、本当にどういうことか訳が分からないよ。
「何それ。小説の読みすぎじゃないか?少なくともうちは問題ないから変なポーズやめろ。」
「うーん...。」
それでも納得いかない様子か少し古市は膨れて見せた。そんな古市にちはやちゃんがほんっとうにいらない助け舟を出す。
「そうだぞ、男なんて獣が多いからな、自衛は必要だぞ自衛は。」
「あんた何吹き込んでるんですか!話しややこしくなるじゃないですかほんと...!」
「そうそうちはやちゃん、あなた男性経験なんて」
ヒュン!
え...?
...
今起こったことをありのままに話すぜ!さっきまで俺の隣に立っていた陽太がいつの間にかうちの庭の壁に倒れこんでいたんだ!
...原因は間違いなく把握しているんだが。
「次はどっちだ?須波か?戸坂か?」
鬼の形相でちはやちゃんが一歩ずつ歩み寄ってくる。
「へ、戸坂です...。」
「ちょっと!?馬鹿じゃないですか!?」
「...自業自得。」
てかこのはちゃめちゃな状況誰か早く止めてくれ!!
---
それから10分後。
せっかくきてもらったのに早々に帰すようなのは失礼だと思い、特監生組全員を俺は自宅リビングに集めていた。
そして古市、ちはやちゃんはソファに座り、男二人は床に座ってテレビ周りの棚を探りまわしていた。
「あい、お茶四人分。あと、据え置きゲーム探してるなら左棚三段目の中に色々入ってるから。」
俺はテーブルにお茶を置き、自分は少しはなれたところで床に座る。
...あれ、俺なんでこんなことしてるんだ?
いつの間にか見舞いが見舞いじゃなく...どちらかと言うと友人が家に遊びに来たような...位の感覚だ。
実際のところ、こういうのも懐かしい。昔は結構あったなぁこういうの。...ほんとだよ?ぼっちじゃねーし。
「「おっ?」」
ちょっとした後、戸坂と陽太はようやく何か見つけたようで同時に声をあげた。
「おい悠、昔よくこれやったよな?」
そう言って陽太は一台のゲーム機を持って右手を上げる。
あれは...PS1か。
そんな陽太にいち早く反応したのは俺ではなくちはやちゃんだった。
「ほー初代か。まさか男子高校生の家でこんなものが見られるとは思ってなかったぞ。」
「俺からすりゃ先生が生徒引き連れて自宅に押しかけられるなんて思ってなかったですよ...。」
しかしちはやちゃんはさっぱり聞いておらず、ただ目の前のPS1を懐かしんでいた。いや...年齢ばれちゃう。
「しかしPS1かぁ...。私も昔はよくやりこんでたよ。FF、テイルズ、DQ...。これ以外にもいっぱいあったな。」
「あれ、ちはやちゃんロープレ好きなの?」
「好きも何も、ありゃ私の人生の一部でさぁ。ついでに言うとおすすめはさっきの順から8、5、シンフォニアだ。」
「うわぁ...マイナーとメジャーの境じゃないですか。」
「マイナーとはなんだマイナーとは。これら当時結構人気あったんだぞ。」
知ってる...知ってるよちはやちゃん。それで年齢がばれるということも。
TOFはまだいいよ、初出がGCだからまだ比較的新しいんだ。FF8もPS1の話だから。けどさ...DQ5、初出がSFCなんだ...。出来ればちはやちゃんが全部リメイクでやっていることを願いたい。
ついでにいうと本当にチョイスはいいと思う。微妙にやったことはないが、いずれの三作品、俺も好きなんだ。語ると年齢詐称だの何だの言われるから言わないとして。
「それで?須波。お前何持ってるんだ?」
「格ゲーがちらほらとダビスタ...まあ、こいつは親父のものなので俺の知るところではないんですが。」
「格ゲーか。よかろう、アーケード鉄拳歴10年の実力見せるときだな。」
「まじかよ...。」
そうこうこんな話をしているとついていけてない人間が約二名。
流石に放っておくのもまずかろうと俺は声をかけた。
「そだ、二人もやる?対戦ものなら二人で回せばなんとかなるけど。」
「いや、別に僕は...。」
「...私、やろうかな。」
「僕もやるよ。」
「早いな手のひらぁ...。」
やはり戸坂はいまだに古市に一途なみたいで、俺は呆れ笑いを浮かべた。
けどまあ、戸坂に恋を諦めさせなかったのも俺だ。その分の責任は取らなければいけないだろう。
「...んじゃまあ、適当に始めるとしますかね。」
---
それから約30分後。
ゲームのほうは意外と盛り上がりを見せていた。さすがレトロゲームと言ったところか。
しかし一つだけいえるのが、先ほどから若干一名、まったく負けていない人間がいるのだ。まさかアナログゲームだけでなく、デジタルもだとは...。
そんな中、俺とちはやちゃんの手が空く状態となった。
古市と陽太が対戦し、戸坂が観戦する。完全に二人の状態だ。
ちはやちゃんはそんな状況になったとたん立ち上がり、少し後方に下がったところで俺のほうを向き、ちょいちょいと手招きをする。
来いという事だろうと判断した俺はそれに従うようにちはやちゃんの元へ行った。
ちはやちゃんが腰掛けたのはちょうどリビングから少し離れたダイニングの椅子の一つ。俺はそれの反対側に座った。
「さて、今日は悪かったな。」
ちはやちゃんは俺が座るとすぐに謝罪の言葉から会話を始めた。
「別に、大丈夫ですよ。むしろ助かりました。なんせ暇だったんで。...ただまあゲームのほうについちゃ、機材さえあればあの部屋でやってると思いますが。」
「それもそうだろうな。」
「前々から気にしてたんですけど、そういうのって咎めないんですか?あの部屋について。」
ちはやちゃんはそうだな...と言葉を濁して首の辺りを一度掻いた。
「拒まないよ、そういうのは。外で問題を起こす問題児よりははるかに可愛いもんだし、あれに更正のヒントが隠されているかもしれないし、何かの才能を見出すヒントも隠されているかもしれない。そう考えたからこそ、ああいう風に向洋にさせているわけだ。」
「ほんとは自分で部屋の面倒を見るのが苦手なだけでは?」
「それもあるな。」
ちはやちゃんははっと笑い飛ばした。ちゃんと自覚しているようで結構。
「...けど、どうだ?悪くないだろう?こうやって教室なんかよりはるかに狭い範囲で一つ屋根の下ってのも。」
「そう言われれば...。」
そう言われれば、そうなのかもしれない。
あの場所にいて俺は楽しいと思っている。そう考えれば、別段悪いものでもないという答えは自然と出てくる。
「そうですね。...色々あって荒んでいた頃に比べれば、遥かに悪くないと思います。」
「だろ?...私もなぁ、何だかんだ言ってあの場所が好きだよ。そして、自分が楽しいと思える場所には自分が一緒にいて楽しいだろうなと思う人間を置いておきたい。だから実際、問題児かそうでないかなんて関係ないんだ。」
「...いいんですか?それって。」
「いいんじゃないか?元特監生の私が言うんだから間違いない。」
「そういえば、前の特監生のシステムを作った親は...」
「ちはやちゃーん、出番来たよー!」
タイミングよくちはやちゃんは陽太に名を呼ばれる。
それに答えるようにちはやちゃんは再び立ち上がった。
「まっ、その話はまた今度しよう。私たちもそろそろ帰るつもりだ。」
「...分かりました。...あれ?どうやって来たんです?」
「私が乗せてきた。...ははぁ、さては君、スポーツカーだけだと思ってないか?」
「なん...だと...。」
「ま、もう一台あるのさ、使う相手もいないミニバンがな。...んじゃ、行くわ。」
それ以上は有無を言わさず、ちはやちゃんはゲームのほうへ戻る。
まさかあの人、今日初めから俺んちに遊びに来るためにこの車を持ってきたんじゃ...。
そんな独身女性の行動に俺はどうしようもなく笑いを浮かべた。声に出してしまっては傷も痛むのでそこはこらえる。
そうして、嵐のように騒がしい俺の家での時間は思うより遥かに早いスピードですすんでいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます