第10話 後輩、襲来
猪突猛進(物理)。これほど痛いものはない。
まあ、今回は相手が女子なだけに怪我にいたるほどではないが、これがそこそこ画対の男だったりしてみろ、死んでしまうぞ。
...いや待て、霊長類最強は確か女...
ってのはどうでもいい!
「...ってぇー。なんだぁ?てめぇ...。」
独歩もびっくりする位の形相で、痛んだ腰を抑えながら追突してきた奴を睨む。
須波、キレた!!
とはいえ、ただでさえ狭い俺の人間関係だ。赤の他人でなければだいたいこんなことをしてくる奴は限られる。
ましてや、俺を先輩呼びする女子なんてのはその中で一人しかいない。
「先輩!遊ぼ!」
「ったく...なんなんだよ、秋乃。」
榧谷秋乃。俺の中学時代の後輩だ。
俺の中学校時代はあまり知られていないが、中学2年~3年にかけて、雑用として細々とだが生徒会執行部に参加していた。こいつとはそこで知り合った。
確かこいつは...書記だったか?
うちの中学の生徒会は少し独特で、やろうと思えば1年生から参加できたのだ。
高校ではよくあることだ。うちの高校も実際そうだし。
ただ、それが中学生で行われるってのは割と珍しい。
まあ、そんな感じで同じ場所にいたわけだが、それだけではここまでの関係にはならない。卒業して以降、一度も会話をしたことなく名前を忘れたメンバーもいるし。
つまり、今ここまで親しいということは、そういうことだ。
ルックス。...まあ、断じて不細工ではないな。
髪は濃い目の亜麻色でショート。すごく綺麗に整えられてはない。まあ、本人結構動き回ることが多いから整えても崩れることがしばしばなんだろうけど。
ただ、雰囲気、性格は古市とは全くといっていいほど真反対だ。
あいつは美しさと可愛さが両立して際立って、人気が出ている感じだが、こいつは中学のときは確かパワフルさが突出していたからな。当然、寄ってくる男もそれに近い何かを持っている...はずなんだが...。
全く人が寄らない。というよりかは自分がリーダーになるタイプなモンだから、どちらかというと付いて来させることのほうが多いのだ。
というか...疑問なんだが...
「お前、うちの学校だったっけ?」
「失礼な!?こう見えても皐月ヶ丘高校の期待の新人一年生です!というか入学式のとき呼名あったじゃないですか!何聞いてたんですか!」
ぷんぷんとその怒りを体全体で表現して秋乃は怒る。けれど根本的にだな...。
「わり、そん時学校停学だったわ。」
「なんと!?」
流石に印象は中学のときの俺のままで止まっていたみたいで、俺が停学を食らっていたことに秋乃は驚いていた。ふふふ...もっと驚け。
「じゃあ先輩は、ひょっとしなくても問題児という奴で、ひょっとしなくても特別監視生徒だったりするんですね?」
「ああ、ひょっとしなくてもそうだよ。...どうだ、すごいだろ?」
「ぜんっぜん?」
「あぁ、そう...。」
俺の渾身のドヤ顔は、は?何言ってんだこいつ。みたいな秋乃の前で見事に粉砕された。是非もないよね。
そもそも問題児であることは誇れるものでもないしな、そりゃ当然か。
そういえば、何気に中学卒業してからこいつにあったこと...なかったか?
今この再開をどこか久しぶりに感じてしまう。うん、超久しぶりだわ。
立ち話も通行人の迷惑なので、とりあえず遊ぶにしろ何をしに来たのかと聞くことにした。
「んまあ、そんなのはいつでも話せるからいい、置いとこう。それより、遊ぶったってなにすんの?こんな都会で。」
「先輩!ゲーセンですよゲーセン!今の時代はアーケードが全てなんですよ!」
「知るかそんなもん。」
アーケードが流行りとかウッソだろお前。
正確に今の流行を俯瞰するならスマホでできるソシャゲだったりとかだろう。
ダウンロード自体は無料。それどころか最後まで無料で遊ぶこともできるのだ。
一方でアーケードとかでは必ずお金が必要となってくる。であれば、少しくらいは顧客も減るはずだ。衰退までとは行かないが流行とは程遠いだろう。
「というわけで先輩!ゲーセン行きましょ?♡」
「うっぜぇ...。まあ行ってやるけどさ、さっきもう行ったからあまりモチベーションないんだよ。」
それに金銭的なこともある。帰り分のお金がないとかそういうのではないが、流石に使う量によっては判断を渋ってしまいそうだ。
「うーん...なら、勝負しましょう!5番勝負!」
「勝負だぁ?...いやそれ、俺にやるメリットあんの?」
すると秋乃はふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「先輩が勝ったら5戦分返金しますよ。それどうです?」
おっ、まじかこいつ。交渉めちゃくちゃうまいんじゃねーのか?
勝てると見込んだ上で、俺はその勝負に乗ることにした。
「...やってやろうじゃん。そこまで自信ありげなら負けるわけにもいかねえよな?」
「じゃあ行きましょう!そうと決まればダッシュですダッシュ!」
「...歩行者の迷惑になるので歩いていきましょう。」
そう言って俺はふっと微笑んだ。
全く、こいつが近くにいると意外と気が楽になるもんだ。
さっきまで悩んでいたことをまるで忘れるか位まで。
---
俺と秋乃が出会った場所から午前中に行ったゲーセンまではざっと徒歩で5分ほどかかる。というか、徒歩しか移動手段はない。自転車は禁止されてるし。
そんな道中、俺たちは他愛のない世間話を繰り広げていた。
その中で、先ほどの話題に帰る。
「とゆーか、そもそもなんで先輩は特監生になっちゃったんですか?中学のときは少なくとも問題行動起こすような生徒じゃなかったですよね?」
「ばっかお前、とても模範的な生徒だったろ。先生にも好かれてたし。多分。」
こいつの前では明るくいって見せているが、裏ではかなりどろどろとした黒いものが蠢いている。しかし、今はそんな言葉は必要ないのだと俺は蓋をした。
「...まあ、色々と暴力事件起こしてだな。ひー、ふー、みー...ふっ、そこから先は数え切れねえな。」
「うーわ何やってんすかまじで。」
問題を起こした数を指折り数えて最後はクールに決めてやろうと思ったが、秋乃からのや冷たい視線、それよりもっとSo coldな言葉で俺は凍結した。
というかあれね、急に素に帰るのまじでやめて。辛いから。
...というかそうだ。
生徒会が終わったのが8月。...目の前で河佐に死なれたのがその月の終わり。
だから、そこから先の学校生活を俺はあまり秋乃に知られてないのだ。
まあ、だからと言ってどうということはないといえばそれまでなのだが。
ただ、本当に何も知らない秋乃はなぜ俺がこうなったのかって心から思ってるだろう。
少し口角を上げてるその表情の奥には、ちゃんと疑問符が見えているから。
「...先輩?」
「なーんでもねえよ。気にすんな、女子には手出さないから。」
「それフラグですよ...。」
テンションが少し冷め気味なのか、秋乃の声には先ほどまでの元気はない。
それでもお互い気遣うことなく、話すことはやめなかった。
「というかあれだぞ?問題児っつっても一概に暴力だけとかそういうのじゃないからな?なんだったらお前だって...」
「はぁ?私が?ないっすよ、ないない。なんせこんなまじめちゃんを問題児になんて...あいたっ!!」
秋乃は首を後ろに向け、3歩ほど後ろにいた俺のほうをむいて話していた分、前にある電柱に気づかず、ごちんっ!といかにも痛そうな音を出して電柱に頭をぶつけた。
俺は少し嘲笑うかのようにため息をひとつついた。
そう、ひょっとしたらこいつも問題児かもしれない。
理由はまあ...どうでもいいだろう。学校生活はどうせまじめだ。
「おいおい、前向いて歩けよ?ここら辺、あと20本くらい電柱生えてるからな。」
「うー...頭痛いー...。てかなんすか生えてるって。生物みたいな言い方しないでください。」
痛んだ頭を抑えながら的確なツッコミを秋乃はかます。こいつまだ余裕そうだな。
「実際もっと街の方ではこう言ってるらしいぞ?」
「まじすか!?」
「嘘。」
「もう、からかわないでください!」
「乗る方が悪いと言ったら?」
「ご最もです!」
いいぞー、だんだん調子が戻ってきた。やっぱこいつ相手に話すとどんどん言葉が出てくるな。
いじりがいがあるっていうか...でも陽太とはまた違うんだよな...。
秋乃がぶつけた頭から手を離したあたりで俺はふと秋乃の志望理由について聞きたくなった。
うちの偏差値はざっと55。悪くはないがさほどな、そんなどこにでもある私立高校だ。
でもこいつは確かかなり頭が良い。まじめと本人が言うがそれがうそではないと思えるほどの。
だから、ふと気になった。
「そういやお前、なんでうち入ったの?お前くらいの頭なら、もうチョイ良いところいけただろ。」
「なんで...ですかってそりゃあ...。」
そう言って秋乃は短い髪をくるくるしだした。
そして2、3回したところでそれを止める。なにやら意見がまとまったようだ。
「先輩の...ため?」
...は?
びっくりした。そして一度ぼやけた焦点をもう一度合わせると上目遣いで俺を見ていた。その距離に思わず胸が高鳴る。
「ばっ、おま...」
「なーんて、冗談冗談!分かるでしょ?家近いんですよあそこ。」
秋乃は二カッと笑ったように見えた。けど、実際はいやーな笑みだ。ニマニマしながらただこちらを見る。こちらとしても流石にいらっとした。
「なんだなんだ、てめぇぶっ飛ばすぞ。」
「あれ?女に手は出さないんじゃ?」
「おまえよぉ...。」
あーこいつほんま...。あざとい?
後輩らしい後輩ってのは多分こうなんだなと自分の中で理解し、思わず苦笑する。
「ま、それでも先輩と一緒に生徒会したかったってのは、ありますよ。もっとも、特監生って知ったのちょっとショックですけど。」
「うーんそれは...悪い。」
実際、正義感とかいうのはこういうところで働かせればよかったのかもしれない。今更ながらそう思う。だがもう遅い。
ただし、遅いというのは必ずしも悪い意味でという訳ではない。
もう遅い。俺には特別監視生徒というお墨付きと、居場所がちゃんとある。
だからあながち間違いではないのかもしれない。
「まあ、特監生ってのも案外悪くないもんだぞ?だから悪い目では見ないでくれ。」
「分かってますよ。先輩が特監生って聞いたときは少し焦りましたけど、今の先輩はやっぱり変わらないみたいでよかったです。」
「そんなもん、ちゃんと時間経ってから言え。」
俺は少し縮こまる秋乃の頭を一度ポンッと叩いた。秋乃は「ちょっと...」というだけで抵抗はしなかった。
が、場所と時間は気にしてなかったわけで...。
「先輩...、先輩!もうついてますから!」
「あっ、悪い。」
俺はさっと手を離す。今になって流石に恥ずかしくなったのか秋乃はだいぶ赤面していた。
「もう!なんですか!せっかくやっぱいい人だなって思ってたのに!とりあえず、さっさと行きますよ!コテンパンにしてやるんだから!」
「ははは、悪い悪い。」
俺はガハハと笑って先に店内に入った。あとからちょこちょこと秋乃がついてくる。
さーて、どんな勝負になるんでしょうかね。
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