第41話 第三者視点
8月13日。今日はお盆だった。
俺、ノゾムは久々に母の墓参りへと出かけた。もう何年も行ってなかったせいで、母の墓は汚れ放題になってるだろうと、俺は掃除用具一式を持って向かった。
蝉の声が死ね死ね死ね死ね…と聞こえるやかましく暑い昼の事だった。
俺が墓地に入り、母の墓前に近づいた時、妙な事に気が付いた。
母の墓は、雑草1本残さず綺麗に掃除されていて、新しい花まで供えてあったのだ。蝋燭や線香にもまだ火がついているし、誰かがついさっき、ここに来てやったに違いない。…でも一体誰が……?
とりあえず俺は丁寧に母の墓に手を合わせて、般若心経を唱えて頭を下げた。自然と涙が出て来た。思えば、母が死んでから数年は、親戚に連れられて、毎年の様に墓参りしてた物だが、いつしか俺は、母の墓前に立つのが嫌になり、行かなくなっていた。それでも今日ここに来る気になったのは、あの男のおかげだ。あの男は、魔王になりかけてた俺を救ってくれた神だ。本当に感謝している。そして母にも感謝している。これからもどうか俺の事を見守っていてください。俺、がんばるから……。
墓参りを終え、俺が帰路についた時だった。
墓地の入り口に立っている男性がこちらを見ているのに気が付いた。
俺には、最初その人が誰だか分からなかった。しかし、その人は俺に声をかけた。
「ノゾム……なのか?」
「?」
何だ?この人……どうして俺の名前を……?
「大きくなったな。昔の俺にそっくりだ」
「?…………!!」
俺の胸に氷の矢が射り込まれた。そんな感覚が襲った。
「まさか……お前……!」
外見は結構変わっているが、近くで見たその顔には見覚えがあった。
忘れたはずだった。この男の顔だけはとっくに忘れたはずだったのに……。
忘れたかったのに!
「………てめえ……一体どのツラ下げてここへ来やがった……」
俺は目の前の男――自分の父親を睨み付けた。
「……そういう顔されるだろうとは思っていたよ……」
そう言うと、親父は俺に向かって深く頭を下げた。
「本当に……すまなかった!」
「……やめろよ…」
俺はイライラして言った。
「……今更何だよ……」
「……分かってる。謝って済む事じゃないなんて分かってた!……でも俺は……本当はお前たちの事を……」
「言うな!!」
俺は怒鳴った。周囲には他に墓参りに来た者も何人かいたが知った事か。
「お前なんかもう父でもなければあの人の妻でもない……家族じゃないんだよ……」
「……」
俺がそう言うと、目の前の男は苦々しい顔で押し黙った。まるで、そう言われるのは予期してたけど実際に言われると結構こたえる…とでも言わんばかりに。
「……そうか、俺が来る前に、母さんの墓に来て掃除して花を供えたのはお前だったのか……」
「……そうだ」
「ふざけんじゃねえ!お前が母さんを死に追いやっておいて……よくもそんな真似を!」
「分かってる!……そんな資格無い事なんて分かってる。……でも俺は、長い間ずっと後悔していたんだ。…結局あの後、俺は真面目に働いた。必死に稼いだ。再婚もした。娘も生まれた。でも…お前と母さんの事はいつまで経っても忘れられなかった…!……俺はどうしようもないクズ野郎だった…。母さんが死んだ時、俺は怖くなって逃げた。…そして、自分の過ちに気付いた…」
俺には、目の前の男があの父親だとは思えなかった。毎日の様に酒を飲んでぐうたらしていた男とは打って変わって身なりもびしっとしていて清楚な印象だ。
だが俺はこの男が許せなかった。
「……過ちに気付いただと?……だったらどうしてすぐに帰って来なかった!?家の金を根こそぎ持って行きやがって……」
「……怖かったんだ……帰ったってきっと息子に恨まれる。そう思うと怖くて怖くて……」
「……それで、ようやく決心してここまで来たって訳か…」
「…そうだ。家族に戻ろうなんて言うつもりはない。ただ一言、お前たちに謝りたくて…」
「……そうかよ」
俺は心底嫌な気持ちだった。
突然現れていまさら父親気取りかよ……、家庭を崩壊させた張本人が……。
俺はこれ以上親父と話していたくはないと思い、こう言った。
「…実はな、俺はあの後、ある組織に拾われて、強力な能力を与えられたんだよ……」
「な…何?」
親父は驚いた顔を見せた。
「ほら……5年位前に、大地震が起こって相当な被害が出ただろ?……あれ実は俺の仕業なんだよ……その時の津波もなぁ……」
「お前……何言って……」
「ついこの間も、台風で甚大な被害が出たよな?……あれも俺だぁ……」
「嘘…だろ……?」
俺は言った。迫真の演技で。
「天災学園って知ってっかぁ?……俺は今、そこで災帝って呼ばれて、支配してんだ……この間あの世界遺産が燃えたのも、俺が能力で火を着けたからだぁ…」
「そんな……まさか……」
「だいたいよぉ…あんな暗い過去を持った奴が、真面目に学生やってるとでも思ったかぁ?……俺はいずれこの力で世界の全てを滅ぼす!…今ここでてめえを殺しても、誰も俺を裁けねえ……死にたくなかったらせいぜい遠くまで逃げろ!!」
「ひ…ひいいいいいいいっ!!」
途端に親父は尻まくって一目散に逃げて行った。
周囲にいた人たちまで逃げていった。……そんなに迫真の演技だったか?……俳優目指そうかな?俺……。
「はあ……」
溜め息をついてから、俺は帰路へとついた。多分もう2度とあの男と会う事はあるまい。それでいいんだ。それで。
ノゾムの父親は夕暮れの道をとぼとぼと歩いていた。
やる事はやった。これでいいんだ。これで。
帰ろう。家で妻と娘が待ってる。
昔の家庭は取り戻せないが、新しい家庭を守る事はできる。それがせめてもの罪滅ぼしだ。
そう思って歩いていると、目の前から1人の男が歩いて来た。男の後ろには車があって、そこから降りてやってきたのだと推測できる。
「ノゾム君の、お父さんですね?」
男は体格がいい長身で、丸刈りにした頭で顔には市販のマスクをしていた。
「え?……何なんですか?あなたは?」
警戒する父親に、男――毒島は言った。
「すみませんが、ご同行願いますよ。彼の父親であるあなたなら、きっといい検体になると思いますからね」
そう言いながら毒島がマスクを外すと、そこに現れた口から吐き出された毒ガスによって父親は体が麻痺して動けなくなった。
毒島は再びマスクをすると、大の大人を軽々と担いで車の後部座席に運んで、そのままドアを閉めて車を運転してどこかへ去って行った。
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