第36話 善悪の基準
「………………………………………………………………………………………」
………………………………………………………………………………………………って、これで出来る様になるんじゃ無いんかーいっ!
何だよもうっ!
せっかくかっこよく決まった!って思ったのに…アレが合言葉じゃないの⁉
うわはっず!俺はっずっ!!
何が「こんな力なんて…いらねえ…(キリッ)」…だよ!馬鹿じゃねえの⁉馬鹿じゃねえの⁉バーカバーカ俺のバーーーーーーーッカ!!
「……………」
「……………」
…やべえ、イナ(中身は知らないおっさん)といつの間にか気が付いてたリンカ先輩が無言で見てる。やべえ超はじいっ!俺今顔真っ赤だよっ!誰か俺を穴に埋めてくれえええええええっ!!
そこにチュータロー先輩、ホムラ、チカもやってきた。気絶してからそれ程時間は経ってなかったのか…。事の次第を手短に話した。
「……………そうか……………ユキ…」
事情が分かってもなおも不安そうなリンカ先輩。
「大丈夫ですよ。殿ならちゃんと事が終わればすぐにあの娘を返してくれます」
イナ(の中の人)はさも当然の様にそう言ったが、俺は引っかかっていた。
「…本当にそうか?」
「…はい?」
「何百年も想い続けた女とこれから間接的とはいえ話せるってんだろ?そんな千載一遇の機会で、その殿様が一度きりで満足するかな?」
「え…そ…それは……」
大体、どんな理由があろうと拉致は拉致なのだ。先輩が言った「幽霊に悪人はいない」ってのは本当だとしても、そもそも善悪の区別なんて曖昧な物だ。例えば、食べる為に他の動物を殺す事。例えば、知らず知らずのうちに虫を踏みつぶして歩く事。そう言った『悪意のない悪事』は世の中に溢れている。誰かの善意が他の誰かにとっては悪意となる事もざらにある。こいつらには悪意が無いのだろうが、俺たちにとっては迷惑な話だ。
「お前らのお陰で今俺たち、特にこのリンカさんが非常に困ってるんだ。分かるか?大事な人をいきなり奪われた気持ちが……」
「うう…確かに、申し訳ない事をしました。あっしから心よりお詫びします…」
言うとイナは地に膝着いて俺たちに頭を下げた。所謂土下座だ。
「おい…謝るのはいいけど土下座はやめろ…今の時代で土下座はする奴もさせる奴も嫌われるんだぞ…」
本当…イキッた客がコンビニの店員に土下座させて写真撮ってネットに晒したり、酷い時代だぜ…。
「それで、どうするんだ?」とチュータロー先輩。
「うーん…その殿様の霊と話して説得できればいいんですけどねえ…それができるのは会長だけなんで…」
そう言いながら、俺はリンカ先輩の縄を引きちぎってあげた。イナはそれに対しては何も言わなかった。
そろそろイナから出てけよと言いかけたが、この状態じゃないとこいつは俺たちと会話できないなら仕方ない。もうしばらく貸してやるか。
「…ん?」
待てよ……もしかして……。
俺はある事を思いついて、チカに話しかけた。
「なあチカ。ちょっと頼みがあるんだけど……」
「え?……あ…あたし?」
そう、あなた。
多分この方法なら……。
テレパシーでユキヒメさんの思念を探す……多分そんな感じでレーダーを張り巡らし俺は少し離れた場所へとやってきた。
墓標こそ立っていないが、間違いなくここに件の殿様が埋葬されてるはずだ。
そして、そこには彼女が霊体となってフワフワ浮かんでいた。
「やあ会長。ご無事ですか?」
「あら、来てくれたのですね。良かった……実は今ちょっと困った事になってまして……」
「分かってます。……そこにいるんですか?…殿様」
「ああ、はい。いますけど…さっきから私に向かって土下座してます…」
殿様もかいっ!
「それで、どうするつもりですか?その人の願いを叶えてあげるんですか?」
「いえ…それが……実は私、霊体になれるのは大体20分位が限界で…」
すっと…彼女は元の人間の姿に戻ってしまった。
「1度なると丸一日は霊体化できないんです…」
「…あ、そうだったんですね……」
うーん……これでは殿様と話もできない……いや待てよ?
「会長、しばらくその人に体を貸してあげてはくれませんか?そうすれば話せると思いますし」
「それがですねえ……試してはみたんですけど、どうもそれが無理な様でして……私の能力の影響かも知れません…」
そうなのか……しかしどうしたものか?このまま無視して帰る訳にも……。
その時、俺の体に何か入ってきた。
うわっ!何だこの…まるで自室に1人でいたら、急に誰かが入ってきて俺を押し入れに閉じ込めたみたいな嫌な感覚……。
「ああ、失礼するぞ小童よ……。娘よ、頼む……。後生の願いじゃ……儂死んでるけども……何とかならんか?儂はあの娘を諦め切れんのじゃ!」
俺の口が勝手に動いて知らないおっさんの言葉を放った。
「いえ…ですから無理です…明日には帰りますし…」
「そこを何とか!」
「あのぉ……」
そこに、チカがやってきて声をかけた。
「あたしなら何とかできると思うんだけど……ってアイツが……」
アイツって、今コイツだけどね……。
チカは能力で地面を動かして、殿様の埋められた地面を例の娘の埋められた地面へと運んだのだった。
「これで2人は再会できる……はずだけど…」とチカ。
「おおっ!何と素晴らしい妖術じゃ!娘よ!礼を言うぞ!」
そう言うと、殿様はやっと俺の体から出て行った。
ああ…窮屈だった…。ま、これで良かったのかはこいつら次第だけどな……。
墓地に戻り、イナにその事を伝えた。
「おおっ!何と素晴らしい妖術か!殿もさぞ喜ばれた事でしょう!感謝いたしますぞ!」
「……なあ、能力って、お前らの時代には既にあったの?」
俺は気になって訊いてみた。
「え?あ、はい。もっとも、今ほど多くの者が使えた訳ではありませんでしたが……その頃は妖術と呼ばれ……」
ふーん、なるほどねえ……。
「しかし、あなたの妖術は、まるで信長候の様ですなあ」
「信長?もしか織田信長の事か?」
意外な名前が出たな…。
「はい、信長候はかなり強力な妖術を持っていたとかで……その力で天下布武を目指したと聞いております」
……え?歴史の裏に能力があったの?……信じられないな……。
「では、あっしもそろそろお暇します。この娘にはすまぬ事をしました。では……」
「あ、もひとついいか?」
「…何でしょう?」
「お前……どうしてイナの能力が使えたんだ?」
「え?ああ……なぜでしょう?なぜか体に入ってすぐに使い方が分かったんです……」
「……そうか」
「……もういいですか?」
「……ああ」
「ではでは……」
そう言うと、イナはかくっと倒れた。
慌てて支えた俺の腕の中で、イナは目を覚ました。
「うーん…何かすごく嫌な夢を見てた気がする……」
ふう…一件落着。
帰るか……。
「良かった……ユキ……本当に良かった……」
ユキヒメ先輩に抱き着き涙を流すリンカ先輩を見ながら、俺は息を吐いた。
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