第35話 汝、欲するなら捨てよ

「消えたって……どういう事ですか?」


鬼気迫る表情で肩で息をしてるリンカ先輩に、俺は訊ねた。こんなに落ち着きの無い彼女を見るのは初めてだ。


「……言った通りだ。……僕らはくっつき合ってただ歩いてた。……で、気づいた時には、ユキは……ユキは……」


リンカ先輩はまるでユキヒメ先輩を失っただけでこの世の終わりとでも言いたげだった。


しかし、落ち着いていないのは彼女だけではなかった。俺たちも一気に戸惑い始めた。


「どうかしたんですか!?待ってても全然来ないので来てみたんですが!」


と、そこにが駆けて来た。


「……」


俺は少し考えてから、イナに訊ねた。


「イナ、ユキヒメ先輩を見なかったか?」


「え?いえ…見ませんでしたけど……」


「……そうか」


俺は今度はリンカ先輩を見て言った。


「先輩、案内して下さい。会長が所へ…」


「……分かった。来てくれ」


俺は彼女について行く前に、ホムラに声をかけた。


「ホムラ、チカをこっちへ連れてきておいてくれ!……あ、一応、チュータロー先輩も一緒に行ってあげて下さい」


「は…はい!」


「分かった…」


2人はチカが去った方へと向かった。


「イナは、俺たちと一緒に…」


「は、はい!」


俺たち3人は墓地の中へと進んだ。


墓地の中心から少し先へ行った辺りで先輩が止まった。


「……ここだ。この辺で、急にユキが消えた……」


「……」


俺は周囲を見回してみた。


「先ぱーい!」


「ユキー!」


俺に続いて先輩も声を上げて彼女の名を呼んだ。しかし何も帰って来なかった。


「……どうしよう……もしもユキの身に何かあったら……僕は……僕は……」


俯いてブルブル震え出す先輩。


ここまであのリンカ先輩が弱気になるなんて……そこまで大きな存在なのか…この人にとってあの人は……。


…と、そこで俺はある違和感に気付いた。


ここには俺と先輩と…もう1人いたはずでは?


「……」


ふり返るが、そこに彼女の姿はいない。


はどこへ行った?


バチバチッ!


衝撃と音と光を感じた直後、俺は地面に倒れていた。


薄れゆく意識の中で、俺は先輩も同じように倒れるのを確認した。


考えてみれば……なら自分の手をスタンガンの様にする事なんて訳ないよな……。



どれ位気絶してたんだろう?


俺は、自分の体が縄で墓石に括り付けられている事に気付いた。


すぐ隣の墓石には、まだ気絶したままのリンカ先輩も同様に縛られていた。


「手荒な事をして、申し訳ありません」


そこにかかった声は、イナの物だった。


「しかし、しばらく我慢してくだせえ。あの方の邪魔はして欲しく無いんで……」


「……お前、誰だ?イナじゃないんだろ?」


俺は訊ねた。目の前にいる女の子は間違いなくイナだが、今の彼女は別人だ。


イナは他者に敬語を使う様な出来た子じゃないし、何より、『待ってても全然来ないので来てみた』だって?ユキヒメ先輩が消えた時、さっきみたいにリンカ先輩は彼女の名を呼んだだろうに、それを近くにいて聞いていないイナではなかろう。演技の下手な奴だ。


「……まあ、ばれて当然ですよね…はい、確かにあっしはこの娘の体を借りてるもんです」


「借りてる…か……やっぱり…って感じだが……お前、幽霊だな?」


「へえ……そうなんでさあ……」


イナ…の体に憑依してるらしき幽霊はそう言った。


ふむ……どうも悪気があってした事でも無さそうだが……。


「それで?ユキヒメ先輩をどこへやったんだ?」


「へえ……あのべっぴんさんは……殿が、連れて行きました…」


「殿?…殿様って事か?」


「へえ…実はあっしらの殿には…かつて愛した一人のおなごがおりました。…しかし、可哀想な事に…流行り病で若くしてこの世を去りました……殿は……そのおなごを生涯愛し続けたんです……あのおなご以外は断じて愛せぬと言い……正室も取らず……お陰で、お家は滅びました……」


「……それと、ユキヒメ先輩を攫った事と、何の関係があるんだ?」


「……先ほど、あっしらは、あのべっぴんさんが、霊魂となって、霊と話しているのを目にしました。……そこで、殿は思い至ったのです。あの娘なら、殿が愛したあの娘の霊に殿の言葉を伝えられるのではないかと」


「……つまりなにか?ユキヒメ先輩に伝書鳩の役をやれと?」


「まあ、そういう事です。霊は、その墓の元を離れられないのです。……もっとも、霊力の強い者……特に女性に多いのですが…そういった者の中には少しなら離れられる者もいるとも聞きましたが……」


…幽霊も女性が強い傾向にあるのか……それでノゾムのお母さんもあそこまで来れたって事か……そういやあのスタジアムは近くに墓地があったな……。


「……つうか、一体どうやって幽霊が生身の人間を攫ったんだよ?」


「それが……殿はあの娘の霊魂だけを引っ張ろうと試みたのですが、生きた人間から霊魂だけを引っ張り出すのは無理だった様で……体ごと引っ張ってしまった様で……」


パワフルだなぁ…幽霊って……。


「…んで?…その殿様とやらは今どこに?」


「訊いてどうします?殿は1度あの娘との話が成りたてばあのべっぴんさんはお返しするつもりです。それまで、しばし大人しくここで待っててくだされ」


「その娘がどこに埋葬されてるか知ってんのか?」


「はい、ここから少し離れた場所に」


「そうか…でも、心配だから俺も行く」


「…はあ?行くって……だから邪魔はさせませんって……」


ブチッ!


俺にとっては拘束なんて鎖ですら無いに等しい。


「な……!あなた一体…?」


「リンカ先輩のあんな顔見たんじゃ……すぐにでもあの人を帰してあげたいんでなあ……それとイナの体もな」


……さて、しかしどうしたものか?


さっきからテレパシーで探したからユキヒメ先輩の位置は掴めたけど、行った所で、俺は本物の幽霊の姿は見えないし、話もできない。


そして俺は空を飛べない。


ああ、こんな時、俺にもユキヒメ先輩の様な霊体化する能力があったらなあ……。


さて…あの謎の現象はこんな時こそ発現するべきだ……。


来い…


来い……


来い………


来るんだ……


俺にはあの力が……あの人の力が必要だ……。


代償に何でもやる…。


また女になって女の子の日を迎えたって構わない…。


目の前で大切な人に消えられて…攫われて……意気消沈してる仲間を目の前にして、それを黙って見ている事しか出来ない位なら……。



……」




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