第27話 サイドストーリー 小さな虫の下手くそな恋

これは、僕、チュータローが中学2年生の頃の話。


「チューくん!」


登校中に背中をばんっと叩かれた。


「いってぇ…!……何だサヤカかよ……いきなり叩くんじゃねえよ……」


「へへ~、一緒に行こうよぉ!」


この、人の背中を叩いといて謝りもせず笑ってやがる女はサヤカ、僕の近所に住む幼稚園からの幼馴染みだ。


「くっつくなよ……鬱陶しい…」


「もおー、照れちゃってー」


こいつは昔から、僕の事を弟扱いしていらん世話ばっかり焼いて来る。誕生日が2週間程早いだけじゃねえか…。


いい加減うんざりしている。


ええい!こんな奴はどうでもいい!僕は今日こそ、憧れの3年のマイカ先輩に告白するんだ!


マイカ先輩は美人で、成績優秀で、校内の人気者だ。


1年の時に、僕は彼女に一目惚れした。


それから僕は、少しでもあの人と釣り合う様にと、勉強をがんばって、学年内でもトップクラスの成績にまでなった。


あの人と同じ文芸部にも入った。


その日の放課後、僕は意を決してマイカ先輩を呼び止めた。


「…何?」


「あ……あの……」


言うんだ!僕!


「ずっと前から、先輩の事が好きでした!僕と付き合って下さい!」


「…………」


先輩は、呆気に取られたのかしばらく何も言わなかった。


僕は顔が焼ける様に熱いのを感じた。


言ってしまった!…………どうしよう?言おうと思っていた事だけどいざ言ってしまうと恥ずかしい!いっそこの場から消えてしまいたい!沈黙が辛い!先輩早く何か言って!NOでもいいから何か言って!


「うれしい!」


「………え?」


「私も、実は前からチュータロー君の事、いいなあって思ってたの…」


「え?…………じゃ、じゃあ……」


「はい!これからよろしくね!彼氏さんっ!」


「…………はあっ……!」


やったああああああああ!!…っと、僕は心の中で絶叫した。



その後、先輩とまた明日と別れてからウキウキ気分で校門を出ようとした僕を待っていたのは、サヤカだった。


「あ!チューくん!やっときた!」


「…何だサヤカ。待ってたのか?」


「うん!一緒に帰ろ!」


ふう…と、僕は溜め息をついたが、ま、こんなめでたい日だ。こいつと一緒に帰ってやってもいいだろう。と思って一緒に帰路へ着いた。


下らない世間話をしながら、僕たちは一緒に歩いた。


そして、それぞれの家が近くなった所で、不意にサヤカが足を止めた。


「……ん?どうしたんだよ?」


「……あのね、チューくん…」


さっきまでの明るさはどこへやら、サヤカは真剣な表情でこちらを見た。


「……何だよ?」


僕が訊くと、彼女は深呼吸してから意を決した様に僕に言った。


「私は、チューくんの事が好きです!…私と付き合って下さい!」


「……………」


…は?


今、こいつ何て言った?


僕の事が好き? 10年間付き合ってきて今日になって違う意味での付き合って下さい?


サヤカは顔を真っ赤にしている。同じだ。さっきマイカ先輩に告白した直後の僕と同じだ。僕が何も言わずにいる事に耐えられないって思ってるんだ……。


早く何か言え、僕!何か…何か………。


「……ふざけんじゃねえよ」


あれ?今僕、何て言った?


「誰がお前みたいな、人の背中を思い切り叩いても謝りもしない様な鬱陶しい女となんか付き合うってんだよ……」


僕はどうしちゃったんだ?パニックになって、自分が何を言ってるのか分からない。


「……え?チューくん?……叩いた事、怒ってるの?」


「そんな事はどうでもいいんだよ!」


何で僕は怒鳴っているんだ?


せっかく憧れの先輩が彼女になったっていうのに、今度は幼馴染みに告白されて何が何だか、どうすればいいのか分からなくなってる?


「俺は…俺はなあ……昔からお前のそういう……何つうか…見下してる様な態度が本当に気に食わないんだよ!」


やめろ、僕!


「み…見下してなんか…ないよ…」


「お前は、いつもいつも僕の世話をやいて……構って……そのせいで周りから笑われた事もあった…僕は自分の事くらい自分で出来るのに…」


「わたしは…ただチューくんが大事で……」


「そのチューくんって呼び方をやめろ!…もうガキじゃねえんだから……いい加減……ウザいんだよお前!!」


「……!」


言ってしまった。今まで心の片隅で思っていながら決して言うまいとしていた最低の暴言を吐いてしまった。


「……………チュータローのバカ……」


気づくと、サヤカは大粒の涙を流していた。


僕は、そんな彼女の前に立っている事が堪らなく嫌になって、走り出した。逃げ出した。


そのまま自宅へ飛び込んで、自室で鞄を乱暴に放り捨てて、ベッドに飛び込んで頭をかかえた。


くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!……………。


どうしてこうなっちゃったんだよ……………。


こんなはずじゃなかったのに……………。



その翌日から、僕は学校でマイカ先輩と仲良く喋る様になった。


彼女と話すのは、とても楽しかった。


しかし、僕の胸には、常に黒い穴がぽっかりと空いている様な気分だった。


あれから、サヤカは登校時も下校時も姿を見せなくなった。


時折、校内ですれ違う時は、お互いに、相手の顔を見ない様にしていた。



僕は次第に、そんな日常に耐えられなくなって行った。


先輩と付き合い始めてから1ヶ月が経とうとしていた頃。


僕は決心した。


放課後、僕は告白の時みたいにマイカ先輩を呼び止めた。


「…何?」


「……先輩、その……申し訳ないんですが……」


僕は言った。


「僕と、別れて貰えませんか?」


「……え?……どういう事かしら?」


先輩は困惑している。


「僕は、確かに先輩の事が好きです。今でも、心から愛してます。……でも、好きとか以前に、放っておけないやつがいるんです!……僕は、そいつを深く傷つけてしまいました……だからこんな僕に、先輩と付き合って幸せでいる資格なんて無いんです!」


「……………」


先輩は、しばらく考えていたが、やがて口を開いた。


「本当に、それでいいの?」


「………はい」


「私が、他の男と付き合ってもいいの?」


「それは嫌です!……でも、あいつが悲しんでるままなのはもっと嫌なんです!」


「…………分かったわ。……別れましょう」


先輩は、少し残念そうな顔をしながらそう言った。


「さようなら、チュータロー君。短い間だったけど、楽しかったわ…」


そう言い残して、先輩は去って行った。


僕は、帰宅すると、鞄だけ置いて、サヤカの家へと向かった。


「…………何?」


出て来たサヤカは、嫌そうな目で僕を見て訊いた。


「サヤカ…………ごめん!僕、あの日先輩に告白して付き合い始めたばかりだったんだ!そのすぐ後にサヤカに告白されて、どうしたらいいか分からなくなってついあんな事を!…………でも今日、先輩と別れてきた。僕は…………サヤカと仲悪くなったまま、先輩と付き合いたくなんてなかったから!」


「…………そう…」


サヤカは僕の話を黙って聞いた後で、それだけ言った。


「サヤカ………頼む、許してくれ……僕は、やっぱりお前がいないと駄目なんだ……」


「……じゃあ、チューくんは、私の事好き?」


「……………」


僕は、少し考えた。そして言った。


「ああ、僕はお前が好きだ。サヤカ」


「……そう……」


それを聞いてサヤカは言った。



「でも、私はもうチューくんの事、嫌いだから」




その時、僕は腹に氷の塊が落ちたかの様な嫌な感じを覚えた。


「じゃあね、チューくん……また学校で会いましょう……」


そう言ってサヤカは家に入って玄関の戸を閉じてしまった。



結局、僕は2人の女性から好かれていたのに、そのどちらとも自らの手で縁を切ってしまったのだ。


それ以来、僕は誓った。


「二度と女の子を泣かせたりしない」


僕がその精神的ショックから立ち直るには、結構な日にちがかかった。


今、マイカ先輩もサヤカも僕とは違う高校に進学していて、卒業以来再会した事も、連絡を取った事もない。


今でも、あの時の事を思い出すと、ズキッと胸が痛む。

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