第21話 俺はこの男を変えられるんですかね?

戦いが終わった途端、俺の全身を覆っていた鱗は消えてしまった。


再び出そうとしてみたが、何も起きなかった。リラ先輩の力も消えてしまったらしい。


そう言えば、この2人の力を得ていた間は自分のいつもの強いパワーを感じなかったが、今は感じる。俺が持っていた力を一時的に失う代わりに、2人の力を得たのか?


俺が「こんな力なんかいらない」なんて思ったから……?


「くそっ!何でだよ!?」


声のした方を見やると、災帝が目を覚ましていた。


「何でだ!?何で!?」


「能力が……消えた?」


「くそっ!くそっ!くそっ!……ふざけんじゃねえ!」


そう叫ぶと、災帝はズボンのポケットからナイフを取り出して、俺に襲い掛かってきた!


しかし、そこに高速で何かがされてきた。


それは災帝の手に当たり、思わずやつはナイフを手放した。


見ると、飛んできたのは未開栓の缶ビールだった。


次いで、「いけっ!ひげまる!」という妹の声の後にわんわんわんわんわん!と吠えながら1匹のシーズーが飛び込んできて、やつの手にガブッと噛みついた。

うちのひげまるだ。


「痛えっ!……この犬があっ!」


ひげまるを振りほどこうとしたやつだったが、その顔にパンチが刺さった。


殴ったのは、うちの親父だった。


見ると、転がったナイフを母さんが踏んで、やつに取られない様にしている。


「おいてめえ……あたしの弟に何ナイフなんか向けてんだ?あぁっ⁉」


こんなにブチ切れたマキ姉を見るのは初めてだ。


いやマキ姉だけじゃない。うちの家族全員が怒り心頭だった。……まあ、俺にナイフなんて効かないんだけど。


「……………畜生…!……………せっかく、最強の能力者になれたと思ったのに……………」


「なれた?……どういう事だ?お前、元は弱い能力者だったって事か?」


俺の問いに、やつは思いもよらない答えを返してきた。


「弱い能力?……違う!俺は元々、!」


「……!!何?」


まさか、生まれながら全く何の能力も持って無い奴がいたのか?


確かに、稀に能力を全く持たない者がいるという話を小耳に挟んだ覚えはあるが……実際に見たのは初めてだ。俺以外の、ここにいる者も全員驚いている。


「じゃあ、あの能力は一体?」


「……俺が、あの能力を得たのは、3ヶ月程前だった。変な男たちに誘われて、俺はある施設で薬剤を投与されたり、体に電極を付けられたりした。そして数日後、俺はあの能力を手に入れたんだ……」


「変な男たち?」


人為的に能力を与える?そんな話、とても信じられない。


「俺も、よく分からねえ。施設の場所も、どういう奴らがいたのかも、はっきりとは覚えてねえ。でも、奴らは確かこう名乗ってた」


やつは言った。その組織の名を。


「『』」


「アイデア……?」


周囲を見回してみたが、誰もその名に心当たりは無い様だった。


「……でもまさか、能力が突然消えるなんて、そんな話やつら一言も言ってなかったぞ!」


心底悔しそうに、頭を抱える災帝……いや、彼はもう災帝では無いか…。


「お前、さっき『自分の母親を殺した』って言ってたな。どういう事だ?」


「……ご自慢の能力で読めばいいじゃねえか……俺が力を失った今なら読めるんだろうがっ!」


「いいから言え。俺だけじゃなく、ここにいる皆にも分かる様に」


気づけば、ベンチにいたユキヒメ先輩たちや(リラ先輩も眠たげだが起きて来ている)、チカたちも来ていた。


「……………俺は、能力がないせいで、ガキの頃からいじめられてた。どいつもこいつも…俺をまるで動物や虫けらの様に、まるで人間じゃない物を見る様な目で見てきやがった。能力があるのがそんなに偉いのかよっ!!」


「……………」


もう災帝ではない青年は続けた。


「そして、俺の父親は…俺に何の能力がないのが気に入らなかったらしい。あいつはろくに働きもせずに、毎日酒や競馬やパチンコに金を使った。その金は誰が稼いだ?お袋だ!…俺のお袋は毎日毎日必死で働いた。なのにそれで稼いだ金の大半はあいつの為に消えた!…………挙句の果てに、お袋は働き過ぎて死んだ!そしてあのクズ親父は…お袋が死んだと知った途端にうちの金を全部持ってどこか遠くへ逃げやがった!……………お袋が死んだのは、結局俺が無能力だったからだ………俺にちょっとでも能力があれば、お袋は死なずに済んだかも知れねえんだ!」


「……………それで、お前が自分の母親を殺した…と」


「そうだ!……だから強い力が欲しかった……俺をいじめたあいつらや、あのクズ親父みたいな奴らを見返せる様な大きな力がな!だから俺は能力を得てすぐ、天災学園に行って、力で学園を支配した。そしてどんどん勢力を広げて行って、いずれは世界中のクズどもを震え上がらせるつもりだった!……それなのに……」


「……………そうか、お前も、辛かったんだな」


「黙れ!お前に何が分かる?最強の能力者のお前なんかに!」


「分かるよ。だって、俺もつい最近まで友達1人もいなかったし…」


「…………何?」


「能力が無いといじめられて友達ができない。でも能力が強過ぎると、怖がられて友達ができない。嫌だよなあ……その気持ち、俺にも分かる」


「同じじゃねえっ!お前は今、仲間がいるんだろうがっ!結局そうやって今の俺を見下してんだろうが!」


「見下してなんかいない。俺に仲間ができたのは、俺が皆の為にがんばったからだ。…………だからお前だって、今からでも遅くねえ。自分以外の誰かの為に、がんばってみろよ」


「ふざけるな…………俺にそんな事…」


「出来るさ。だってお前、本当はとても優しいやつなんだし」


「!……………な、何を言ってやがる?」


「お前、あれだけの力を持っていながら、何でいきなり大暴れしたりしなかったんだよ?わざわざ天災学園に入ってまでして。お前、本当は復讐よりもむしろ、仲間が欲しかったんじゃないのか?」


「……っ!」


「それにさ、俺とお前が初めて会ったあの時、お前、俺に不意打ちした時、何か小声で言ってたよな?あの時は聞き取れなかったけど、今やっと分かった。お前、あの時『ごめんな』って言ってから殴ったんじゃないか?」


「……………」


図星の様だ。


「災帝様!」


チカが声をかけた。


「……いや、今はそう呼んでいいのかどうか分かんねえんだけどさ……あたい達、あんたがいたから、あんたに少しでも近づきたいって思って頑張ってたんだぜ!」


「わたしもです!」とホムラ。


「あなたは……あたしらの目標だった……」とフウカ。


「お前ら……」


青年はしばらく何か考え込んだが、やがて言った。


「だが俺は、お袋を殺した…。俺のせいでお袋は死んだ!……お袋だって、きっと最期は俺を恨みながら死んだはずだ!」


「それは違いますよ!」


と、口を挟んだのはユキヒメ先輩だった。


しかし、彼女の姿は見当たらない。


もしやと思って俺は目の能力を使ってみた。


案の定先輩は霊体となって浮いていた。ミハル先生にもそれは見えているはずだ。


「今私は、あなたのお母様の霊と話しています!」


「何!?俺のお袋と?」


なんと…霊体になるとそんな事まで出来るの?…ていうか幽霊って実在したの?俺の目にもミハル先生の目にも、流石に本物の霊体は見えない様だ。


「……はい、……はい、分かりました。そうお伝えしますわ」


先輩はどうやら青年の母親の霊から言伝を承ったらしい。


「あなたのお母様のお言葉を伝えます。『ノゾム、私は、あなたを産み、育てた事、決して後悔はしていません。あなたが何の能力も持たずに生まれてきた事は、確かに最初は驚きましたけど、そんな事は、どうでもいい事だと、すぐに気づきました。お父さんのやった事は、確かに許せません。あんな人と結婚した、私の過ちでした。私は、確かにあなたの為に必死で働いて、そのせいで死にました。でも、それをあなたのせいだと思った事は1度もありません。死んでしまった事は本当に悲しいけれど、私は、あれからずっと、あなたの事を見守っていました。あなたが間違った道に進もうとしてるのを、私は止められなかったけど、代わりに、そこにいる人が、あなたを止めてくれました。本当に感謝しています。ノゾム…大きくなったわね。あなたは、昔からとても優しいいい子だったわ。あなたならきっと、他の誰かの為にがんばれる。そうすれば、きっとあなたにも心から信じあえる仲間ができます。いつまでも、あなたを見守っていますよ。私の、世界で一番大切な息子ですもの』………………以上ですわ」


「………………今のは、本当にお袋の言葉だったのか?」


「はい。幽霊は噓はつけません。舌を抜かれてしまいますから」


「なあ、ノゾム」


俺は彼に言った。


「お前の名前、望みに夢って書いてノゾムって読むんだろ?さっき読んだから分かったよ。本当にお前が母親に恨まれてるなら、何でお前はこんなに素敵な名前なんだろうな?」


「うっ……………ううううっ……………母さん……………母さあああああん!!」


その後、スタジアムに1人の男の泣き声が響いた。


そこで涙を流しているのは、もう災帝なんかではない。


望夢ノゾムという名の、ただの青年だった。




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