第57話「シャワーと葛藤」



「フンフンフン~♪ 私は美少女~♪ 完璧美少女~♪」



 シャワワワ~♪ ← 聞こえてくるシャワーの音



「…………」



 僕は今、雫の家にいる。さらに、具体的な場所をいうなら彼女の家の洗面所で息を潜めている真っ最中だ……。


 そう! 今、この洗面所のドア一枚を挟んだ向う側の『楽園エデン』で! 雫がお風呂に入っているのである!!


 ちょっと、待ったぁあああああああ! そこ、誤解をしないでいただきたい! だから、警察を呼ぶのは止めてもらうか?


 別に、僕は雫のお風呂を覗こうなんて不届きなことを考えてこんな場所にいるわけでは無いのだ! そう、僕はまだ無実だ。


 実際に、雫がお風呂に入る前にもこのような忠告を受けている。



『あ、歩! いいかしら!?

 どっちが先にお風呂に入るかをジャンケンで決めた結果、私が先に入ることになったわけだけど……く、くれぐれも!

 私のお風呂を覗こうだなんて真似を働こうだなんて思うんじゃないわよ!! 

 ――って、はぁああああああああ!?


『え、僕がそんなことするわけないじゃないか?』


 ですってぇえええええ!?

 貴方は良くもそんな白々しいセリフを言えるわね!?

 歩の考えていることなんて、顕微鏡で覗いたゾウリムシみたいにお見通しなんだから!!

 そもそも、ミロのビーナスにも匹敵するであろう私の入浴シーンを覗こうと思わない限り、ジャンケンに買っておいて――、


『僕は二番目が良いから雫が先にお風呂に入ってくれるかな♪』


 ――なんて笑顔で言えるわけないじゃない!

 きっと、私を先にお風呂に入らせて覗く気なんだわ!!

 ああ! 何ていやらしいのかしら!? 私のことをそ、そそ、そういう飢えに飢えたオオカミのような本能むき出しの野獣の目で私を狙っていたんでしょ!?


 え、野獣の目だと意味が違う……?


 何わけの分からないこと言っているのよ! そんなことで誤魔化そうとしても無駄なんだからね!

 と、とにかに……ほほ、本当に覗いたりしたら絶交なんだからね!?

 歩が覗いた瞬間にその両目をくりぬいた上で身ぐるみを全部はがして外に放り投げてやるんだから!

 だから、何があろうとも覗こうだなんて思わないことね!

 ふ、フリなんかじゃないわよ! べ、別に、これは……期待してるわけじゃないんだからね!?

 覗いたら、責任取ってもらうんだから覚悟しなさいよ!?

 ふ、フン!!』



 ――みたいな感じの忠告だった気がする。


 流石に、雫の方も異性のクラスメイトを家に泊めることになってしまって少なからずは動揺しているか、いつもの長いセリフも後半部分が物凄いメチャクチャになっていたな。


 責任を取るだけで覗いていいなら所詮『ぼっち』の僕に失う物なんて何も無いし喜んで覗くんだけど……


 まぁ、雫のことだからそこらへんの事なんて言った覚えても無く、覗いた僕がポリスメンに突き出される未来しか見えないので、そんな言葉を馬鹿正直に信じたりはしないけどね?


 では、何故……僕は雫が入浴しているにも関わらず、洗面所に身を潜めているのか?


 確かに、誰かがお風呂に入っているのを知っていてお風呂場のドアを開けるのはれっきとした『覗き』である。


 しかし……お風呂に入っている本人がお風呂場のドアを開けて出て来た時に『偶然その場に居合わせた』のは『覗き』と言えるだろうか?


 否! 断じて『否』である!


 そう『覗き』とは能動的な行為であり、自らが『行動』することを指すのだ! 


 だから『偶然』(ここ大事!)僕が雫の家の洗面所で身を潜めている時に、雫が洗面所に僕がいると気づかずに裸で出て来てもそれは『覗き』とは言えないのである!


 つまり無罪! つまり合法! そう僕は無実なのだ! 


 ……よし、完璧な理論だ。


 しかし、一つ想定外だとすれば雫のお風呂が思ったより長いということだろうか?


 雫が先にお風呂に入ってから、そろそろいいころ合いかな?


 ――とタイミングを見て洗面所にバレないように身を潜めてからかれこれ三十分は経過しているんだよなぁ……。


 え、女子のお風呂ってこんなに長いの? 僕とか、十分あれば余裕で入り終わるんだけど……


 なんか、待つのも疲れたし、それにいざ本当に雫が裸で出て来た時にマジで誤魔化せる気もしないから、そろそろ諦めて大人しくリビングに戻――、



「キャ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!?」



 え! お風呂から雫の悲鳴!?



「雫! 一体、どうしたの!?」


 バターン! ← お風呂場のドアが開く音


「あ、歩ぅ~!! お、お風呂からゴ、ゴキ……Gが!!

 天井の換気扇からあの黒い悪魔が落ちて来たのよぉ~~っ!!」



 ウファアアアアアアアアアアアアアア!? ぜ、全裸の雫がお風呂から飛び出して僕に抱き着いてキタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?


 なんか全身びちょ濡れで抱き着いて来るから、僕の服がめちゃ濡れるけど……


 ――って、そんなことより、雫のシャンプーの香りとか『生』で服の上から押しつぶされる胸の感触とか……


 なんかいろいろとヤバイです! はい!!



「え、ちょ……雫さん……?」


「あ、歩ぅ~!! 私『あの黒いヤツ』はダメなのよぉ……。

 な、なんとかしてぇ……」 ピィピィ! ← 雫の鳴き声



 僕はこの時……生まれて初めて『あの黒いヤツ』に心から感謝をした。



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