第52話「恩返しの押し売り」



「私だって、いつまでも怖がってばかりではいられないのよ!」



 今日も今日とていつもの放課後、図書室に来た僕を迎えたのは雫のそんなセリフだった。



「雫、どうしたの? 人には向き不向きってことがあるんだよ?

 だから、例え雫が怖いものが苦手だとしても、僕はそんなことで雫の魅力が無くなるとは思っていないよ?」



 むしろ、雫が『怖がり』を克服してしまったら、雫をからかう絶好のネタが一つ消えてしまうので、積極的に克服しないで欲しいまである。


 それに『怖いのが苦手』な方が魅力的なまであるよね! だって、雫をからかうのが僕の生きがいなんだから!



「あ、歩ってば、いきなり何を言うのかしら……。

 まぁ、確かに?

 この千の魅力を持つとご近所で噂される『学校一の美少女』である私にとって、たかだ『怖がり』程度のことで私の魅力が損なわれるなんてことは、某ドラ●もんの世界においてのび●くんが学校のテストで100点満点を取るくらいにありえないことね!

 ……ムフフン!

 どうやら、歩もようやく私のこの抑え切れないほどにあふれ出す魅力に気づいたようね!

 そう……私の魅力とは!

 まるで、富士山の頂上に登った時の荷物の中にあるポテトチップスの袋みたいにパンパンに膨れ上がった状態みたいに抑えきれないものなよ!」



 うーん、いろいろツッコミたい所は山々だけど……


 例えば、たびたび、雫のセリフの中に出てくる『ご近所さん、雫の噂多すぎない?』とか……


 某ドラ●もんの世界においてのび●くんが学校のテストで100点満点を取ったことって実はある。とか……


 富士山の頂上に登った時の荷物の中にあるポテトチップスの袋みたいにパンパンに膨れ上がった状態みたいに抑えきれない――って、言っているけど『パンパンに膨れ上がった状態』ってことは、つまり『抑えれている状態』だよね……?


 でも、雫の世迷言にいちいちツッコむのも面倒なので、ここは全面的にスルーしよう。



「それで『怖がってばかりではいられない』とか言ってたけど、いきなりどうしたの?」


「ムフフン! 歩、その答えはこの小説にあるわ!」



 雫はそう言うと、僕に一冊の小説を見せてきた。



「『NP ~ノッポ/それが伸びたら終わり~』って……なにこれ? ホラー小説かな?」



 しかし、雫が読んでいる割には普通のホラー小説に見えるな……?


 雫なら、怖い物が苦手だから、普通はあまり怖くない超B級ホラー小説を読むはずなんだけど……。



「ええ、そうよ! 歩が言った通りこれはいつも私が読んでいる『超B級ホラー小説』ではなく、本物の『ガチホラー小説』なのよ!」


「でも、雫って……ガチのホラー小説は読まないんじゃなかったけ?」


「歩! それは既に『過去』の私の発言よ! 時代というのは常に流れ変化していくものなのよ!

 そして、それは『人』でさえ同じよ!

 時間が流れる以上、そこに同じ景色が無いのと同じように……時間が経てば過去の発言なんて無かったも同然よ!

 それに、歩……最初に私がなんて発言したか覚えているかしら……?」



 えぇ~、雫のどうでもいい発言なんて一々覚えてないよ……。


 それに『時間が経てば過去の発言なんて無かったも同然』って、言ったのは雫だよね?


 だから、最初に言ったことなんて既に無かったも同然なんじゃないのかな?



「そう! 私は『いつまでも怖がってばかりではいられない』って言ったのよ!」



 いや、僕に答えさせる気ないんかい!


 せめて、質問を振ったのなら、僕の回答くらいは聞こうよ……。まぁ、ロクな答えは言わなかったけどね。



「つまり、雫がその『ホラー小説』を買ったのは『怖い』のを克服するためってことでいいのかな?」


「ムフフン! 歩にしては中々の推理ね?

 そう、例えるのならシャーロックホームズに出てくるワトソンみたいに、私に及ばないにしても及第点を上げられるほどの理解力が歩にあって安心したわ♪

 そうよ!

 歩の言う通り、私はこの話題沸騰中の人気ホラー小説を読むことで自身の唯一の欠点である『怖がり』という弱点を克服するのよ!

 そう、古今東西『毒を食らわば毒を制す』と言われるように、あえて苦手な物を受け入れることで、それへの体制を身に付けるっていうたった一つの理にかなった克服方法なのよ!」



 どうもワトソンくんです。


 というか、雫? なんかそれ、別のことわざが混ざってないかな?


『毒を食らわば毒を制す』って……それ、ただ毒にすげぇ耐性がある人だよね?


 いや、もうそれ人なのかな?


 あと、多分だけど……それ以外の理にかなった克服方法はきっとあると思うよ?



「それで結局、雫はそのガチホラー小説は読めたのかな?」


「全・然! 読めていないわ!」



 いや、ダメじゃん……。



「ハッ! 歩ってば、この私を何度見くびれば気が済むのかしら?

 ええ、確かに歩の言う通り、私はご近所でも『あの子は何をやらせても超一流の結果を残す学校一の美少女じゃぁ~』と評判の天才淑女の雫ちゃんよ!」



 出たよ……。何かと雫の噂が絶えないご近所さん……。


 こいつら、本当にロクな噂流してないよなぁ……。



「だけどね?

 こんな『究極完全態的・学校一の美少女』とまで言われるような私でも、一人では克服できない物の一つくらいはあって仕方ないのよ!

 だって、そう! 私は一人のか弱い女の子なんだもの……」



 うーん……『究極完全態的・学校一の美少女』とまで言われるような存在は『か弱い女の子』なんて言えないと思うんだけど……?


 てか『究極完全態的・学校一の美少女』って究極完全態になる前に処理されそうな名前だな……。



「さて、歩!

 か弱い女の子(美少女)が恐れるものと言ったら、一体何かしら……?」


「それは、ゴキ――」


「そう『恐怖』よ!」



 やっぱり、答えさせる気ないんかい!


 てか、それ『もの』じゃないよね?『概念』だよね?



「ええ、歩の言いたいことは分かるわ……。

 確かに『恐怖』が答えと言ってしまえば質問の定義が崩れてしまうものね。だけど、こうは考えられないかしら?

 つまり『恐怖』とは逃れようのないものだと言うことよ!」



 ……コイツ、何言ってんだ?



「というか、雫って前はホラーが怖いのをなんだかんだ言って誤魔化していたような気がするんだけど、最近はまったく『怖がり』なのを隠さなくなったよね?」


「はにゃ!? そ、それは……」



 それは……?



「だって、あんなにも私がホラー映画で泣いている姿を歩に見られておいて、今更誤魔化すもなにもないじゃないのよ……」 プンプン!



 言われてみれば確かにそりゃそうだ。


 でも、これは逆に雫がそれだけ僕に心を許してくれたということになるんじゃないかな?


 もし、そうだとしたら、これからはもう少し雫にも優しく――、



「そ、そもそもね! 元をたどれば、歩が事あるごとに私を騙してホラー映画を見せるのが悪いのよ!

 歩ってば女の子の泣き顔を見るのが大好きな変態さんなのかしら!?

 ええ、それも普通の女の子じゃ満足できないから、私みたいな超一流である『学校一の美少女』を泣かせるようと毎回意地悪してくるんでしょう!?

 きっと、そうに違いないわ!

 嫌だわ! 歩ってば……冴えない『ぼっち』のフリをしておいて中身は可愛い女の子の泣き顔を拝むのが唯一の楽しみだなんて……

 そんなのだから、歩は私以外に話し相手がいない『ぼっち』なのよ?」



 うん、これからもっと雫を上手くからかうことができるね♪


 だって、僕は『女の子の泣き顔を見るのが大好きな変態さん』だから仕方ないよね?



「つまり! 何が言いたいかというと、そんな歩に何度騙されようとも、めげずに歩の相手をしてあげている私に歩は何か『恩返し』をする必要があるってことよ!」



 そりゃまた……鶴もビックリの恩返しの押し売りだな。



「それで、僕は雫に何をすればいいのかな?」



 つまり、雫は僕に何か頼みたいことがあるということらしい。



「歩、喜びなさい! 貴方に、この私とホラー映画を見る権利をあげるわ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る