第51話「苦い言い訳」
「ぴぃっ! ぴぃっ! ぬぅ~、まだ口の中がニガニガするわ……」
前回のあらすじ、どうやら雫が飲みたかったドリンクはコーヒーではなかったようだ。
「歩ぅぅうううううううううううう~……??? 一体、これはどういうことかしら!?
私は確か『コーラ』を注文したはずなのだけど、何でこんなにも苦い『コーヒー』を飲まされているのかしらねぇ~……?
貴方の返答によってはこのファミレスが私の怒りの業火によって焼き尽くされると知りなさい!!」
なるほど、雫が注文したのは『コーラ』だったのか!
そう言えば、雫って甘いものが好きだもんね。何故か、無意識に『雫=コーヒー』の方程式が頭に出来上がってたよ。
しかし、問題はこの今にも怒りで暴走しそうな雫をどうするか? だ。
うーん、流石に怒った雫が怒りのままにファミレスで暴れるのはよろしくないと思うんだけどなぁ……。
よし、ちょうどいい所に自分用でコーラを持って来てたし、これで誤魔化すか!
「雫、それは誤解だよ!
ほら、その証拠に雫が注文した『コーラ』は僕の左にちゃんとあるじゃないか?
つまり、雫が飲んだのは、僕が自分で飲む用に持ってきた『コーヒー』なんだ!
きっと、どっちも黒い飲み物だったら、雫が僕の『コーヒー』を『コーラ』と勘違いして飲んじゃったんだね。
それに、いくらなんでも『コーヒー』と『コーラ』じゃ、見た目で違いが分かると思うんだよ。
だって、コーラは炭酸だけど、コーヒーに炭酸は無いんだよ?
だから、飲む前にコップの中身をよく見れば炭酸の『ある』か『なし』かで中身の違いに気づけると思うんだよね!
つまり、悪いのはちゃんと中身を確認しなかった雫ということになるんじゃないかな……?」
さて、僕のこの言い訳はどうかな? 雫なら、ワンチャン誤魔化せたりして――、
「ウフフ……♪ 歩、言い訳という名の遺言はそれでいいのかしら?」
どうやら、ダメみたいですねぇ……
「そもそも、何で私が注文した方の飲み物を左手に持っているのよ!
貴方、明らかに右手に持った『コーヒー』の方を私に差し出して来たわよね!? そんなのそっちが『コーラ』だと思って飲むに決まっているじゃない!
何処の誰が優しい彼氏が持って来てくれたコーラを『もしかしたら、これはコーヒーかも……』なんて疑って飲むと思うのよ!
それに、私だって沢山喋ったおかげで喉がカラッカラで――ああ、もう! なんだか、歩の所為でまた喉が渇いて来ちゃったわ! 何か飲むもの――って、
ぴぃい!?!? こ、これコーラじゃなくてコーヒーだったわ!
……ぴぃっ、ぴぃっ!」
いや、雫……その間違いは流石に僕のせいじゃないからね……?
「と、とにかく! 私はそっちのコーラを飲むから、この苦~い! ブラックコーヒーは歩が責任を持って飲みなさいよね!?
……フフン! 私がこのブラックコーヒーを飲み切れなくて残念だったわね?
今さら、このブラックコーヒーを持ってきたのを後悔したって遅いんだから!
さぁ、歩! 貴方は『学校一の美少女』である私に、このドブ水に匹敵するほど苦くて吐きそうなくらいに不味いブラックコーヒーを飲ませた罰として、今からこれを一気飲みするのよ!
貴方が私に何を飲ませたのか自分の舌で思い知りなさい! ムワッーハッハッハッハッ!」
うーん……ねぇ、雫。いくらこのコーヒーが苦かったとは言えお店のコーヒーを『ドブ水』とか『不味い』って言うのは控えた方がいいと思うよ?
だって、さっきから、お店の人が結構怖い目で僕達のことを見ているし……
でも、このお店のコーヒーってそんなに不味いのかな? 流石にそこまで言われると逆に気になるんだけど……
よし、ここは雫の言う通り飲んでみよう!
ということで、僕は雫からそのコーヒーを受け取り、そのストローに口を付けた。
「……ムムムッ!」
「ほら、歩! どうかしら? 苦いでしょう? 不味いでしょう? 今直ぐに、その口の中のドブ水を吐きたくなるでしょう?
この私がそれを飲んでマーライオンのごとくテーブルにその黒い液体をぶちまけたのを否定できないでしょう!?」
いや……だから、雫。あまり、お店の中で『不味い』とか連呼するの止めようね?
もう、ホントにマジで店員さんの視線がヤバいからね……?
それに――、
「いや、これ普通に美味しいと思うよ?
コーヒーならこれくらい普通だと思うけど……」
実は僕って、コーヒー普通に飲めるんだよね。だから、これくらいの『苦さ』なら全然苦にならないで飲めるんだよな。
「ムム、ムフフン……ッ!
今さら苦く無いフリをして誤魔化そうとしても遅いんだからね!?
その証拠に、歩がそれを飲んだ瞬間、一瞬だけ貴方の表情が怯んだのをこの麗しい女神のような私の瞳でとらえたんだからね!?」
確かに、雫の言う通り僕はこれを飲んだ瞬間、少しだけ『ある事実』に気づいて怯んだような表情をしてしまったかもしれない。
だけど、それは別にこのコーヒーが雫の言うように、ドブ水に匹敵するほど苦くて吐きそうなくらいに不味かったわけでは無くて……。
「えっと……怯んだのは、これを飲んだ瞬間に『もしかして、これって雫と間接キスになるのかな?』って、思ったからなんだけど……」
「はにゃっ!? か、かか、間接キス!?」
ほら、そういう反応するでしょ? だから、指摘しないで黙ってたのに……
やっぱり、いくら雫が僕と『付き合っているフリ』をしているからと言っても『ぼっち』の僕との『間接キス』は流石に嫌がるよなぁ……。
「まま、まったく……っ!
歩ってば、口を開けばすぐに変なことか、エッチなことしか言わないんだから……それに何が『間接キス』よ!?
そもそも、何をもってして『間接キス』と言うのかしら?
ええ! 確かに、歩の言う通り、わ、私と歩の……その……口と口とが……? か、間接的に『キッス』的なことをしたとも言えなくは無いわよ?
でも! でもね?
それはあくまで現象的なことでしかなく! 私と歩の間にそういう認識を持ってしたかは全くの別問題なのよ!
ええ、そうよ!
ぼっちでモテなくて、常に女性を求めてしまう歩からしたら、この行為は『間接キス』として認識してしまっても仕方ないわよね?
でも、私は違うわ!
歩、貴方は今まで自分の皮膚に触れた蚊の数を覚えているかしら?
ええ、覚えているはずが無いわよね? だって、そんなの人間である私達からしたら、数えるようなことでもないのよ!
つまり、今回の私と歩との『間接キス』も同じなのよ!
歩からしたら、この地上に生まれた奇跡とも呼べる『学校一の美少女』である私と『間接キス』をしたという事実はこの生涯……いいえ、この世の輪廻の中でさえ忘れられない事実としてインプットされたことでしょう! でもね?
私にとっては歩なんてそこらへんにいる『蚊』と大して変わらない存在なのよ! だから、私からすれば『歩との間接キス』なんて、そこら辺にいる蚊に血を吸われた程度と同じなの!
つまり、私はこれをちゃんとしたキスとしてカウントなんかしないということよ!
ええ、そうよ!
そもそも、私だって初めてのキスはあたり一面が花で埋め尽くされたお花畑で――いや、それよりも夕暮れの海が見える砂浜で――いやいや、富士山から出てくる朝日を横に――または、ウユニ塩湖の素晴らしい景色を背景に……
と・に・か・く!
初めてのキスはもっと最高のシチュエーションでないとダメって決めているのよ!
だから、今回の間接キスは私の中のキスにカウントなんかしないんだからね!?」
なるほど、確かに雫の言う通り女性経験が乏しいぼっちの僕からしたら、この間接キスは中々の出来事だが『学校一の美少女』と言われ学校のトップカーストに位置する雫からしてみれば間接キス程度気するようなことではないのかもしれない……。
つまり、僕の心配は杞憂ということだったのか。
「ど、どう……歩、分かったかしら?」
「うん、それなら安心したよ。雫もゴメンね。急に変なこと言っちゃって……」
「まったく……本当にそうよ! で、でも?
私はそそ、そんな……間接キスくらいなんの全然これっぽっちも……き、気にしてないから、これくらい頑固な油汚れをショイの洗剤でササッと綺麗サッパリに落とすくらいの余裕さで水に流してあげるわ!」
「雫、ありがとう! ほら、注文していたシロヌワールが来たから食べてよ♪」
「シロヌワール!? フフン!
歩がそこまで言うのなら、もちろん食べないわけにはいかないわね♪
でも、歩! こんな物でわたしのご機嫌を取れると思ったら――」
「はいはい、とりあえず、食べようねー? あーん」
何か再び雫の説教が始まりそうだったので、とりあえず、シロヌワールを一口食べさせてみることにした。
「はむ! う~んっ! 美味ぴぃ~♪ 甘ぴぃ~♪
やっぱり、シロヌワールは最高ね! なんと言ってもこの豊潤で舌を包み込むような甘さが――」
「ところで、雫?」
「歩、何よ? 今、私はこのシロヌワールの感想を体全体を使って表現しようとしている最中なのだけど……?」
「邪魔してゴメンね。ところでさ……僕達って何でこの喫茶店に来たんだっけ?」
「そんなのこのシロヌワールを食べるために決まっているじゃない!」
「うん、そうだよね♪」
「もう、歩ってばそんなことも忘れるなんて、本当におバカさんねー♪
んんん~っ! やっぱり、シロヌワールは最高ね♪」
よし! どうやら、雫は映画の件をすっかり忘れてくれたみたいだ♪
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