第44話「雨」


「重要なのは決断することなのよ!

 いつまでもグダグダと迷っているよりも、その場でスパッと決断した方が迷わない分、時間も人生も有意義なものになるんじゃないかしら?」



 今日も今日とていつもの放課後、図書室に雫のそんなセリフが響き渡った。



「うん、実に良いセリフだね。まさに、僕も雫の言う通りだと思うよ」



 僕がその言葉に好意的な意見を返すと、先ほどまで表情を曇らせていた雫が笑顔で頷き再び喋り始めた。



「この話に共感してくれるなんて、流石は歩だわ!

 この『学校一の美少女』である私の彼氏(仮)としての自覚はちゃんとあるようね?

 そうよ! 大事なのは『決断する』ということなの!

 つまり、今の時代求められるのは『結果』でなく『過程』よ!

 私達が生きていく上でした『決断』に対して『結果』は関係ないのよ!

 それに、日々いろんな『決断』を迫られる中で最善の『結果』を引けるとは限らないでしょう?

 だからこそ、どんな『結果』になろうともそれを後悔しない『決断』が何よりも重要なのよ!」



 なるほど……確かに、雫の言うことは正しいと思う。


まるで、雫の言葉には何かの経験を踏まえたかのような実感がこもっている気さえしてしまう。


 そう、例えば――、



「つまりHRが終わった段階で外を見たら、少し雨が降っていて、傘を持ってくるのを忘れた雫は……


『今直ぐに帰ればあまり濡れなくてすむかもしれないけど、この程度の雨なら図書室で時間を潰せばそのうち止むんじゃないかしら?』


 ――と、思って図書室で雨宿りをするという『決断』をしたはいいけど、雨が止むどころか天候がドンドン悪くなって、気づいたら土砂降り状態なのにもうそろそろ下校時刻だから傘の無い状態で帰らなきゃいけないという『結果』になっているわけだけど……


 それでも雫は後悔なんてしていないということでいいのかな?」


「そ、そう言うことよ!」



 そう言い切った雫の表情は後悔にあふれているように見えた。



「べ、別に……私はこうなったことを『後悔』なんてしていないんだからね!? 

 ただ、私の予想と違って雨が止まなかっただけで……傘が無いこの状況でどうやって帰ろうかと頭を抱えているだけなんだからね!

 うぅ……何でこんな土砂降りになっているのよぉ~っ!

 天気予報では夕方の降水確率は30%って言ってたじゃない!

 こ、こうなったら、走って帰るしか……

 でも、この『学校一の美少女』である私が走って帰るなんてみじめな真似を……でも、あえて雨の中を優雅に歩いて帰ることで――、


『水も滴る学校一の美少女』とかになる可能性もあるんじゃないかしら……?」



 重要なのは決断することではなかったのだろうか?


 その場でスパッと決断した方が迷わない分、時間も人生も有意義なものになると言ったのは何処の誰だったろうか……?



「ねぇ、雫。いい加減もう帰ろうよ……。

 てか、そんなに後悔するなら何で傘もないのにこの雨の日に図書室で雨宿りなんてしたさ?」


「歩! だから、私は後悔なんてしてないって言っているでしょう!?

 それに、傘を持っていないのに図書室に雨宿りしていたのは歩も同じでしょう! なのに、何で歩はそんな余裕な態度をしているのかしら? そもそも、私が図書室に来たのは歩のためでもあるのよ!

 ええ、確かに私は歩の言う通り傘を忘れて来たわよ。それで、雨が降り始めているのを見て『今すぐに帰れば本格的に降る前に帰れるかも』とも思ったわよ?

 でも、その時に教室に歩が既にいないのを見て思ったのよ!


『もしかしたら、歩はこの雨でも図書室で私が来るのを待っているんじゃないかしら?』


 ――てね? そう思ったら、もう行くしかないでしょう!

 だって、この雨の中で私が図書室を確認せずに帰ったら、歩はどこぞの忠犬みたく図書室で私が来るのを待ち続けて、そのうち忠犬アユ公として図書室の守り神ならぬ『守りぼっち』になっちゃうかもしれないじゃない!

 だ、だから……様子を見るつもりで来てあげたのよ!

 そうしたら、ええ! 案の定、思った通り、予想的中で!

 いつも通り歩が図書室にいるじゃない? ああ、もう! 歩ったら仕方ないわね……。

 こんな雨の日でも、帰るより私に会いたいがために図書室に通う歩を見て、私が『傘を持ってくるの忘れたから帰る』なんて選択肢が取れると思う?

 答えは『否』よ!

 ええ、だって私はご近所では慈悲深くてまるで聖母のようだと言われるほどの『学校一の美少女』ですもの!

 だから、私は歩のために……っ!

 そう、歩のことを思って図書室で雨宿りをすると言う『決断』をしたわけなのよ!

 どう、分かったかしら!?」



 なるほどね……。


 一見すると、雫が僕のことを好き過ぎて図書室に来てしまったと勘違いしかねないセリフだけど……


 まぁ、雫のことだからそういう理由をつけることで……


『雨宿りして帰れなくなったのは歩の所為よ!』


 ――と言いたいだけだろうな。



 しかし、この雫の言い分に僕は一つだけ物申すことがある。



「雫、ゴメンね。

 なんか勘違いしているみたいだけど……

  別に僕は傘忘れてないから、帰ろうと思えばいつでも帰れるよ?」



 だから、傘が無くて帰れないのは雫一人だけなんだよね。



「…………ほぇ?」



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